第65回-2 中央ユーラシア調査会 「中東の暑い夏~戦闘拡大はくいとめられるか~」NHK解説委員 出川 展恒【2006/08/10】

日時:2006年8月10日

第65回-2 中央ユーラシア調査会
「中東の暑い夏
~戦闘拡大はくいとめられるか~」


NHK解説委員
出川 展恒

ヒズボラとイスラエルの戦闘勃発
出川 展恒     レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」とイスラエル軍の間の激しい戦闘がまもなく1カ月になる。この戦闘は、武装組織と国家の間の「非対称の戦争」とも呼ばれるが、単なる局地紛争ではなく、中東地域全体を巻き込む大きな紛争にもなり得る。これまでの戦闘で、レバノン側の死者は1000人を超えた。イスラエル側の死者も、すでに100人を超えた。国連などで、ようやく停戦を目指す動きが活発化しているが、早期の停戦実現は果たして可能なのか。

レバノンの特殊性とイスラエルの「ホロコースト・シンドローム」
 戦闘の背景には、レバノンの特殊性がある。レバノンには、イスラム教、キリスト教、合わせて18の宗派があるといわれ、1975年から90年まで激しい内戦が繰り広げられた。周辺国の介入を招きやすく、昨年まで、隣国シリアに実質的に支配されていた。
 現在の戦闘は、ヒズボラとイスラエル軍の間で行われている。ヒズボラは1982年、イスラエル軍によるレバノン侵攻を受けて結成されたイスラム教シーア派の武装組織で、イランが物心両面で支援してきた。レバノン政府には、ヒズボラによるイスラエル攻撃をやめさせる力がなく、ヒズボラは、「国家内国家」ともいえる存在だ。
 7月12日、ヒズボラの武装グループがイスラエルに越境攻撃を行い、兵士8人を殺害、2人を拉致した。ヒズボラは、イスラエルが拘束しているすべてのレバノン人の釈放を要求した。実は6月25日には、パレスチナ暫定自治区のガザ地区で、イスラム原理主義組織「ハマス」が、イスラエルに越境攻撃を仕掛け、兵士を人質にとり、拘束されたパレスチナ人活動家の釈放を要求した。ハマスとヒズボラは、同じような攻撃を同時に行っていることになる。
 2004年の国連安保理決議1559号は、レバノンからのシリアの軍・情報機関の全面撤退とともに、ヒズボラの武装解除を求めた。国内でも、ヒズボラの武装解除を求める声があがる中で今回の戦闘は起きた。ヒズボラは、パレスチナ人への連帯と自らの存在意義を示そうと、イスラエルに越境攻撃した。しかし、イスラエル軍によるこれほど激しい反撃を受けるとは予想していなかった。一方、イスラエル側も、ヒズボラの軍事力がこれだけ大きくなっているとは想像していなかった。双方の「読み違い」が、戦闘を一気に拡大させていった。
 イスラエルは、ヒズボラの拠点と見れば民間施設も攻撃し、武器の輸送を防ぐため、空港や道路の社会基盤も爆撃している。なぜこれほど激しい軍事攻撃を行うのか。これは、「ホロコースト・シンドローム」とでも言える、ユダヤ人・イスラエル人特有のメンタリティーが働いている。ユダヤ人迫害の苦難の歴史をくぐり抜け、第2次大戦後に建国したイスラエルの人々は、周辺のアラブ諸国からいつ攻撃されるかわからない恐怖感と向かい合ってきた。「国を守るには、圧倒的な軍事力で敵を屈服させるしかない」という意識が強い。政治指導者も、「治安のプロ」であることが要求され、歴代首相は、輝かしい軍歴を持つ人がほとんどだ。しかし、オルメルト首相にはそれがなく、「有事に強い指導者像」を演出するため、過剰な軍事攻撃を命令した可能性がある。10年前にも、イスラエルとヒズボラの間で激しい戦闘があったが、当時の首相ペレスも輝かしい軍歴がなく、ヒズボラの攻撃に過剰反応している。

国連安保理決議と難しい停戦の実現
 停戦を目指す国連安保理決議案の柱は、①戦闘行為の全面的停止、②レバノン南部に非武装地帯を設置、③国際部隊の派遣、④安保理決議1559に基づくヒズボラの武装解除、の4点だ。この決議案について、イスラエル政府は前向きに評価しているが、レバノン政府は修正を要求し、イスラエル軍のレバノン領からの即時全面撤退を求めている。アラブ諸国はこの修正案を基本的に支持しており、国連安保理で協議が続いている。
 しかし、停戦は簡単には実現しないだろう。イスラエルとヒズボラ、とくに国連加盟国ではなく、協議にも参加していないヒズボラが決議案を受け入れる保証はない。さらに決議案をよく見ると、イスラエル側に甘い。イスラエルには「攻撃的な」軍事作戦の即時停止を求めており、「自衛権行使」という名目での軍事作戦は事実上容認している。イスラエルは、レバノン南部に強力な国際部隊が展開されなければ、停戦にも撤退にも応じないと主張し、ヒズボラ側は、イスラエル軍がレバノン領内に残る限り、攻撃は続けると主張する。国際部隊にはフランスが参加する意向を示しているが、そのフランスでさえ、停戦が実現しなければ部隊を派遣できないとしており、当事者らの主張はかみ合っていない。

求められる和平への地道な取り組み
 イスラエルとヒズボラによる戦闘は、1996年にも起きている。このときも、カナにあった国連施設が爆撃され、避難していた住民100人以上が死亡した。この悲劇をきっかけに、アメリカの当時のクリストファー国務長官が、シャトル外交を展開し、停戦が実現した。今回もライス国務長官が現地入りしているが、大きな違いもある。10年前、クリストファー国務長官は、シリアのアサド大統領に働きかけて、ヒズボラに停戦を受諾させた。当時のアメリカはクリントン政権で、中東和平実現を最大の外交目標に掲げ、シリアとイスラエルの間の和平交渉も仲介していた。「戦闘がこれ以上激しくなれば中東和平全体が壊れてしまう」という危機感が、アメリカ、イスラエル、シリアに共有されていた。今回はブッシュ政権で、イランもシリアも「テロ支援国家」とし、自ら対話の道を閉ざしてきた。こうした状況を見ると、停戦実現は難しいというのが実感だ。
 ヒズボラもハマスも、民衆の中に根を下ろし、民主的な選挙で選ばれた合法的組織だ。これらを「テロ組織」と一刀両断にして、対話や交渉から排除するのでは、事態は好転しない。これらの組織を徐々に政治参加させ、武装解除へ導いていくことが必要だ。しかし、ブッシュ政権は、こうした組織に「テロ組織」のレッテルを貼り、力で排除しようとしている。アフガニスタンやイラクで起きた失敗が、繰り返されようとしている。次々と破綻国家が生まれ、国際テロ組織が拠点を増やしてゆくという非常にまずい状態に陥りつつある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部