第68回-2 中央ユーラシア調査会 「日ソ共同宣言50周年-領土問題へのプーチン大統領の対応」青山学院大学 教授 袴田 茂樹【2006/11/29】

日時:2006年11月29日

第68回-2 中央ユーラシア調査会
「日ソ共同宣言50周年-領土問題へのプーチン大統領の対応」


青山学院大学
教授
袴田 茂樹

袴田 茂樹 昨年に続いて今年9月に、プーチン大統領と国外の有識者の懇談会「ヴァルダイ会議」に招かれ、大統領と3時間あまり懇談した。ちょうど日ソ共同宣言50周年でもあり、それに関連して私なりの解釈でお話させていただきたい。

1. ロシアにおける領土問題をめぐる議論と2島決着論
 今年は日ソ共同宣言50周年で、56年宣言と93年の東京宣言の扱いについて、議論されている。世界経済国際関係研究所(IMEMO)のミヘーエフ氏、カーネギー・センターの副所長のトレーニン氏の2人が昨年(05年)5月、対日政策、とくに北方領土、平和条約問題に関する提言を作成し、発表した。11月にはラブロフ外相とプーチン大統領が、テレビで領土問題の解決、平和条約締結の重要性について国民に述べた。
そのミヘーエフ氏とトレーニン氏に9月(06年)に会ったが、「安倍晋三氏が首相になれば、平和条約問題、北方領土問題で小泉純一郎氏の路線をとるか、森喜朗氏の路線をとるか注目している」とのことだった。私が「小泉路線と森路線は、基本的に大きな差がないはずだ」としたうえで、「森氏は2島論で小泉氏は4島論と理解しているのか」と尋ねると「その通りだ」と言う。
 なぜ森氏を2島論とするのか、私の見方をお話したいが、その前に1956年の日ソ共同宣言についてお話しする。56年9月の松本・グロムイコ書簡をベースに、56年10月19日、日ソ共同宣言が出された。松本・グロムイコ書簡では松本俊一全権委員が、「日本国政府は領土問題を含む、平和条約締結に関する交渉を続ける」とし、ソ連のグロムイコ第1外務次官が、「領土問題を含む平和条約締結に関する交渉を継続することに同意する」としている。しかし共同宣言では、この「領土問題を含む」という部分が消えた。
 10月16日の河野・フルシチョフ会談で、フルシチョフは、「歯舞、色丹以外の日本側の領土要求は、一切われわれは受け入れない」とし、18日には「純粋に文章上の提案」としながらも、「日本案の第一文から『領土問題を含む』という表現を除去してほしい」、「前記の表現を残せば、日ソ間には歯舞、色丹以外にも、なおある種の領土問題が存在すると考えられる」と述べた。結局、河野一郎農相はこれを削ることとし、鳩山一郎首相も同意した。ただ日本側の解釈では、松本・グロムイコ書簡と共同宣言は一体というもので、他方、ロシア側の解釈は2島決着論だった。
 ゴルバチョフ大統領が来日した91年ごろには、日本側は日ソ共同宣言の承認を迫った。もちろん56年宣言の解釈も、当時は2島で最終決着という解釈をロシア側も強引に押してくる雰囲気ではなかった。だからこそ、その証拠に、93年の東京宣言でロシア側は、歯舞、色丹以外の国後、択捉も帰属交渉の対象にすることを認めたのである。これは2島で最終決着という考えをロシア側が強固に押していた訳ではないということだ。そこで日本側と、微妙な駆け引きが続いていた。しかし96年には56年宣言に至る会談の記録がロシア側から公式に発表された。この意図は、56年宣言のロシア側の解釈は歯舞、色丹の2島引渡しで最終解決というものである。また2000年7月末ごろには、自民党幹事長だった野中広務氏が、平和条約と北方領土問題を切り離してもよいと理解されるような発言をし、ロシア側が色めき立った。そのとき、欧亜局長だった東郷和彦氏も、本来は「野中発現は政府の立場にも国会の決議にも反する」と批判すべきなのに、「重大に受け止める」と発言し、間違ったメッセージを送った。

2. イルクーツク合意と両国における解釈の相違
 2000年9月にはプーチン大統領が来日し、日ソ共同宣言を口頭で認め、翌年3月にはイルクーツク合意で文書化された。その文書の中では、東京宣言と日ソ共同宣言の両方を認めており、東京宣言は4島の帰属問題を解決して平和条約を結ぶというもの、つまり国後、択捉を交渉の対象にするというものだ。ただイルクーツク合意での書き方は、日ソ共同宣言を平和条約交渉の出発点となる基本的な文書だとしていた。日本側はイルクーツク合意について、歯舞、色丹の返還交渉と、国後、択捉の帰属交渉を「車の両輪のように平行して行うもの」とした。論理的には歯舞、色丹は平和条約締結後に日本に引き渡すという日ソ共同宣言があるから、帰属交渉をする必要はないという解釈からだ。
 私が懸念したのは、日ソ共同宣言の日本側とロシア側の解釈がまったく違うままで、このような合意を行うことの危険性である。ロシア側が56年宣言は2島で最終決着だという解釈を96年の会議録に続いて、2001年11月にはロシア政府が正式に、「2島で最終決着」と日本政府に伝えている。したがって私は、日ソ共同宣言を正面に出すことは、ロシア側に間違ったシグナル、つまり日本側が2島決着論を受け入れたというシグナルを与える可能性が高いと考え、批判してきた。

3. ロシアによる強硬論
 昨年の「ヴァルダイ会議」でプーチン大統領は、56年宣言については「日本側が最初にこの宣言から離れた」と述べた。つまり日本側が2島返還論ではなく4島返還を主張したことをそのように理解したのだ。ロシア側もエリツィン大統領までは、56年宣言を認めず、プーチン大統領になって初めてその宣言の有効性を認めた。プーチン大統領によれば、これは個人的に親しい森善朗首相から強い依頼を受けたためだという。プーチン大統領は森氏と親しい関係で、森氏の面子をつぶすような嘘を言うことは考えられず、私はこれを事実だと思う。このころ私は、東郷和彦氏と激論し、日ソ共同宣言を日本側が正面に出すことの危険性を指摘した。
 ロシア側は最近では、日ソ共同宣言を前面に出し、しかも強引に「4島の主権はロシアが保持する」などという解釈もしている。プーチン大統領も「共同宣言には、どういう条件で日本に引き渡すかは書かれていない」と述べ、ロシアが主権を保持したままでの「賃貸」も念頭に置いているかの発言もしている。日ソ共同宣言を正面に出せば結局、ロシア側は2島決着論を前提に、2島から値引きが始まるだろう。さらに2003年1月の日露行動計画についても、ロシア側は日本側が平和条約を棚上げしたと理解した。
 最近ロシアは東京宣言を無視し、日ソ共同宣言だけを前に出し、その強引な解釈の下に強硬論を展開している。そしてその背景には、2000年前後に日本側が間違ったアプローチをしてきたこと、それをロシアが逆手に取っているというのは否定できない事実である。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部