第69回-2 中央ユーラシア調査会 「タイ、ラオス、ミャンマー出張報告」東芝常勤顧問・国連大学学長上級顧問 田中 哲二【2006/12/18】

日時:2006年12月18日

第69回-2 中央ユーラシア調査会
「タイ、ラオス、ミャンマー出張報告」


東芝常勤顧問・国連大学学長上級顧問
田中 哲二

田中 哲二 生産性本部の調査団顧問として、タイとラオス、ミャンマーを訪れた。東南アジア諸国連合(ASEAN)の10カ国には原加盟国と後発加盟国があり、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーは後から加盟した国々だ。今回訪れた中では、先発組で経済開発も先行しているのはタイで、ラオス、ミャンマーはおくれている。タイの経済規模は圧倒的に大きく、その国内総生産(GDP)を100とした場合、ラオスは11%、ミャンマーは7%程度だろう。ただ統計上の問題もあるのかもしれないが、ミャンマーの実体は数字よりはるかに良い感じだ。

1. タイの新空港と東西回廊の開通
 タイには日本商工会議所に登録されている企業で1230社ほどあり、登録されていないものも含めると3000近くあるのではないか。1997年の金融・経済危機直後しばらくは日本企業の進出も減ったが、2、3年前から再び増えた。現地日本商工会議所等によれば、消費市場としてのタイには限界があるが、タイ現法で製造したものを一大市場化するインドに売ることができるのが、大きなポイントだという。また、ラオスやカンボジア、ミャンマーのより安い労働力を利用する拠点にもなる。9月末にはバンコク郊外に、新空港(スワンナプーム空港)も完成した。この空港は東アジアのハブ空港として、大きく成長すると見られる。タイは日本企業にとって部品調達面など集積のメリットも高く、今後も一定レベルの進出が続くだろう。
 2002年にアジア開銀を中心に始まったメコン流域諸国の開発計画の1つの大きなポイントとして「東西経済回廊」が建設され、中でも最大の橋が今月20日に開通するということだった。ベトナムとタイの国境を成すメコン川の東側ラオス領にサバナケット、西側にはムクダハンというタイ領の町があり、この橋は第2国際友好橋としてその間を結ぶ。総工費の多くは、国際協力銀行(JBIC)の融資による。タイ・ラオス間のメコン渡橋としては、1994年に第1国際友好橋も開通しているが、これを経由する東西交流は相当に廻り道だ。またもう1つ、第2東西回廊としてホーチミンからプノンペン、タイのアヤンプラテート、バンコクを経てメソートで第1回廊と合流し、最終的にモーラミャインへとつながるルートも現在工事が進んでいる。第1東西回廊ではミャンマー部分が未完成だが、東西の直通高速交通ルートがなかったインドシナ半島に大きな横穴を開くことの意義は大きい。

2. インドシナ半島の交通事情と東西回廊開通の意味
 インドシナの交通、流通事情をみると、ベトナムは非常に縦長で北のハノイから南のホーチミンまで約1750キロある。ハノイ-ホーチミン間には国道があるものの、主要都市の街中を通るために渋滞が生じ、到達に2-3日かかったりする。そこでハノイの外港を拡張し、海運を強化しようと努力がなされている。またラオスは、インドシナ諸国で唯一海に面していない。メコン川はカンボジアとラオスの国境付近で“ラインの滝”のようになっており、大きな輸送船は遡上できない。さらにベトナムとカンボジアにはかつてフランスによって鉄道が敷設されたが、ラオスには敷設されなかった。このような状況で、ベトナムからラオスを貫通しタイまで行く高速道路が、第2国際友好橋の完成に伴い実現することは画期的だ。またミャンマーのヤンゴンも川の港を持つが、土砂が港に堆積し吃水が深い大きな船は入れず、そこからの船による輸送は小型船でシンガポールへ持って行き大きな船へ積み替えることが多い。
 交通、流通面でハンディを負うラオスにとって、東西経済回廊がどのような意味をもつかについては、外国からの直接投資による生産企業が、回廊沿線にたくさん出てくる、という楽観的な見方と、橋の完成でベトナムのダナンからタイへの通り抜けが可能になり、メコン川国境を橋でわたる車両はラオスに立ち寄らずに通過するため経済的貢献は大きくないという見方がある。現地のビジネスマンは、後者を懸念している。

3. ミャンマーの政権と中国のインドシナ半島への急速な進出
 ミャンマーでは軍事政権が、政治、経済的に、国際的な孤立もやむをえないという姿勢を強めている。ミャンマーで実権を握るタン・シュエ国家開発評議会議長、ソー・ウィン首相は軍人で、経済政策には必ずしも強くない。海外から直接投資を呼び込み、国内経済を発展させることを重視しているようにも見えない。アウン・サン・スーチー女史率いる国民民主同盟(NLD)の反政府行動と米国等西側の人権外交批判に抗し政権維持を図ること、反政府少数民族を含めた国家統合の強化・維持が優先されている。
 ミャンマーでは1年半ほど前、ヤンゴンから北へ約250キロのピンマナーに首都を移転した。現在はさらに、その名称がネーピードーに変わっている。なぜ現政権が海港に近く経済的にも集積が進み有利な立地にあった首都を移転したのかについては、ヤンゴンは海側からの米軍などによる軍事的攻撃に弱いとトップが考えていたためだ、と言われる。また雲南省を中心とする中国からの経済的進出に対応し、首都が北にあった方がよいという見方もある。さらに議長が遷都について迷い、有名な占い師に聞いたところ「あと1年ヤンゴンを首都にしていると政権を失う」と言われたので移転を決めたという話も聞く。
 日中戦争最後の時期に、重慶へ後退した蒋介石政府を支援するために物資を送るのに使った「援蒋ルート」というのがあり、これを逆に辿るルートなどで中国からの貿易が拡大している。さらにミャンマー沖アンダマンでは天然ガス開発を巡り、中国とロシアが権益争いしている。西側社会では、非人道的な軍事政権とこれに自由を奪われているスーチー女史の対立という図式が固定化し、米国の経済制裁等が妥当性を持ってしまっているが、中・露も日本も国連レベルのミャンマー非難決議に賛成していない。また現地に行くと、市民の自由はある程度保証され、生活も統計数字より豊かに見える。ミャンマーは鉱産物、農水産物等に恵まれ、労働力のレベルも高い。米国の外交政策に配慮して日本が対ミャンマー経済関係をビヘイブすることは、中国とのアジアにおける経済上のプレゼンスの競争といった点で、一種の利敵行為になっていると言えないこともない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部