第4回 IISTアジア講演会 「胡錦濤政権の課題とアジア戦略」東洋学園大学人文学部 教授(政治学) 朱 建榮【2006/09/20】

講演日時:2006年9月20日

第4回 IISTアジア講演会
「胡錦濤政権の課題とアジア戦略」


東洋学園大学人文学部 教授(政治学)
朱 建榮

朱 建榮中国における社会構造の地殻変化
 今の中国の政治経済や社会のさまざまな現象を見るうえで、最も重要なのは過去20数年に起きた中国の社会構造の地殻変化ではないか。中国の13億人のうち、裕福層は全人口の0.8%にあたる約1000万人になっている一方で、未だ食事も十分に確保できない極貧の人たちが、人口の2%程度の約2500万人いる。これらの層を比較すれば、極めて格差が大きい。中国では地理的状況などにより、伝統的に格差の土台が存在したが、過去20数年の発展で都市部の住民の年収が急速に伸び、それがさらに拡大した。
 しかし今の中国社会を知るためには、この3%だけでなく、残りの層も見る必要がある。現在、残りの人口のうち、約7億5000万人以上は低所得層で、農村、内陸部の住民の大半がこれにあたる。そして私がここでとくに注目したいのは、他の5億人、すなわち中間層だ。

5億人の中間層が及ぼす影響
開催風景 中間層にあたる5億人のうち、本当に中産階級の生活水準に達しているのは2億5000万から2億6000万人程度だ。この他に、本当の中産階級レベルではないが、低所得層に比べて「自分の生活がかなりよい」という感覚、日本語でいう中流意識の持ち主が、約2億5000万人いる。実は今の中国における社会、経済、政治の変化のほとんどが、この層と関係する。3年前に内陸部の重慶で開かれたサッカーの試合では、日本チームに対して激しいブーイングが浴びせられ、日本のマスコミ報道では、中国の低所得層がはけ口を求め、反日で発散しているといった解釈が見られた。しかし現地の人々の収入や入場券の価格などを考慮すれば、スタジアムで騒いでいるのは基本的に、低所得層ではなく中間層と考えられる。
 ここで中間層の拡大が、中国の社会や対外関係に与える4つの影響を挙げてみる。第1に、これによって中国は、史上初めて莫大な内需を持つ消費社会になった。第2に中間層は、社会の改革、改良を引っ張っている。情報化時代に生活に一定の余裕があり、自分の頭で考え情報を入手するようになった中間層は、権利の主張を始めた。中国では昨年、約8万7000件の抗争事件が起きているが、これらは市民らが連携をとり合い、法律の下で権利を守ろうとしているものだ。そして第3に、権利意識の主張は対外的にもなされ、ナショナリズムにもつながっている。今の反日デモは、90年代の反日教育の結果と位置づけられているが、デモは基本的に、ここ数年の現象だ。なぜそれまで一度も起こらなかったのか、という問いに答えなければならない。これについては社会の中で対話をし、相互理解を深めていく必要がある。そして第4に、中間層の拡大は、中長期的には民主化を促進し、中国の社会や政治を根本的に変える基盤になると見られる。

胡錦濤政権の政治、経済、外交
 来年2007年秋には第17回党大会が開かれる予定で、2002年の党大会で総書記になった胡錦濤氏の1期目はこれで終わり、2期目も続投することになるだろう。一方、中国では同じポストに在職するのは、長くて2期10年というルールができた。従って、2012年には胡錦濤氏が降りることも、すでに決まっている。このため2期目の来年以降には、政治面での改革も本格的に始まると考えられる。
 経済政策については、今年3月の全人代(全国人民代表大会)で、第11次5カ年計画が採択された。最大の特徴は、過去20年以上続いた「先富論」に基づく政策から「共同富裕論」に切り替えたことだ。この方針の下、内陸部、格差是正重視の方向で、「調和社会」づくりを目指している。また「科学的発展観」に基づき、環境、公害対策、老年福祉などの整備、教育の整備を、発展とのバランスをとりながら進めようとしている。さらに人民元の切り上げ問題についてだが、中国国内では大幅に切り上げれば、決定的に打撃を受け、発展の勢いがそがれると考えられている。従って一気に大幅な切り上げはせず、ゆるやかに進めようという方針だ。
 日本の経済界では、2008年の北京五輪前までは中国経済が順調に成長するが、その後は落ち込み、成長が止まるのではないかという見方がある。しかし今の中国の発展を牽引している要素の大半は、五輪とは関係ないところにある。また北京五輪前に過大な投資が入り、その後、落ち込みや停滞が起きるということは、北京周辺では考えられるものの、他の地域にも当てはまるかどうかは別の問題だ。さらに今後の中国の発展では、石油、天然ガスのような資源が問題になることも指摘されるが、むしろ長期的に最大のネックと懸念されるのは水資源だ。中国では1人当たりの水所有量が世界平均の4分の1しかなく、地域ごとの偏りもある。また環境破壊、とくに公害、排出対策の遅れも深刻な問題だ。
 外交問題については、これまでは二国間の外交重視であったが、最近は国際的枠組み、組織重視へと変化してきている。

今後の日中関係:チャンス見逃さず改善を
 今の日中関係における様々な問題は、急速な交流の拡大に、相互理解が追いついていないこと、そして歴史上初めて日中両国がアジアの2強として並列することに両国が適応していないことなどから生じている。互いに認め合い、敬意を表し合う大人の関係を築くことができれば、多くの問題は解決可能だ。
 胡錦濤時代は2012年までだが、次の時代の指導者にはアメリカ留学組が増え、日本留学組、日本と深く関わりがある人たちがいなくなるだろう。胡錦濤時代の指導者らは、いずれも80年代の胡耀邦時代に育ち、日本の色々な支援を受け、日本にたくさんの友人を持ちトップレベルに上がった人たちだ。それらの人々の間では、中国は将来に向けて、やはり東洋の国として日本の経験をもっと学ぶべきだという考えも多い。日中とも今後5年間の戦略的チャンスを見逃さず、アジアの将来、世界の将来を考えていくべきではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部