平成18年度 アジア研究会公開シンポジウム 「グローバル経済戦略-東アジアの統合と日本の選択」【2007/02/28】

日時:2007年2月28日

平成18年度 アジア研究会公開シンポジウム

「グローバル経済戦略-東アジアの統合と日本の選択」


開会講演/黒田 篤郎・経済産業省国際経済課課長
黒田 篤郎 今の通商政策全般の状況を、とくに東アジア経済統合によせた形でお話したい。国際通商政策、貿易投資、産業の分野における国際秩序を形づくっていく政策分野には、3つの柱がある。1つ目は世界貿易機関(WTO)というマルチの世界、2つ目は2国間交渉の世界、3つ目は、地域秩序、地域協定の世界で、私どもはこの3つを重層的に推進していくことを理念にしている。
 WTOでは加盟国が非常に増えており、コンセンサス方式で物事を決めるのは困難になっている。とくに昔のラウンドとは異なり、途上国と先進国との対立で交渉が難しくなっている。昨年7月には交渉を一旦中断したが、この1月末にはこれを再開する決定を行い、今、ジュネーブでは久しぶりに全分野の交渉が再開されている。2国間関係については、日米、日欧のいわゆる貿易摩擦の火種が少なくなっている一方で、日本と中国、これからは日本とインドのような国の間で、バイラテラルの通商問題が難しくなっていく。またロシアや中東など日本にとって重要な交渉相手でありながら、しっかりした通商交渉の体制がとれていない国もある。
 日本の貿易相手国を見てみると、広い意味での東アジアの合計は5割程度になっている。平成16年の投資は中国が約3割で、平成になってからの累積では、アメリカが4割で元のウェイトが高いが、ここ数年で相当、中国が増えている。このように事実上、日系企業が中心になる形で、東アジアにおける経済連携、経済活動の統合が強まっている。それを制度的にフォローアップするという意味での経済連携の動きが、各国で活発になっている。
 東アジアでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)を中核に、まもなく5本の自由貿易協定(FTA)ができあがる。日本にとってはASEAN全体とのFTAを早く仕上げることが、最大の課題になっている。そしてその先にあるものとして、昨春、日本が提唱した東アジア包括経済連携構想(CEPEA)がある。これはASEANを中心とした5本のFTAを1本化し、大きなFTAにしようというものだ。「ASEANプラス6」と言い、ASEANと日中韓、インド、豪州、ニュージーランドの範囲内でFTAをやっていこうということだ。またCEPEAとセットで日本が提唱しているのが、東アジア版OECD構想だ。第1歩として「東アジアASEAN経済研究センター」(ERIA)というシンクタンクを東南アジアにつくりたい。将来的にはこれを、ASEAN事務局のサポート機関とすることを想定している。そしてCEPEAと平行して、APECエリア、つまり太平洋の東側を含めた形も考えながら、最終的にはアメリカも参加できるような発展型を別の形で考えている。さらにWTOのような全世界的な通商の垣根を減らす大きな仕組みにも、つなげていきたい。

基調報告/松下満雄・研究会座長、東京大学名誉教授
松下満雄 FTAが非常に増えてきているということと、WTO交渉が停滞しているということの間には、関係があるのだろうと思う。日本と東アジアのFTAの特徴を見ると、やはり1つはFTAというよりも広い概念の、いわゆる経済連携協定(EPA)で、物品の貿易、サービス貿易、そしてヒトの移動、そして投資、関税手続き、競争政策、知的財産、ビジネス環境整備、二国間協力という広範な事柄が取り上げられていることだ。
 東アジアでのFTAやEPAのメリットを考えると、WTOでは交渉が停滞してできないことができるということだろう。内国民待遇、最恵国待遇、そして政府の規制の透明性を確保する、紛争処理のプロセスをつくる、など色々あるが、こういったことはFTA/EPAでやっていく以外にないのではないか。またこのほかに東アジアにおける孤立の防止、広域生産体制の構築などがあり、またとくに食糧や天然資源における国家安全保障も、私は非常に重要なテーマだと思う。一種の供給源の多様化ということで、国家の安全保障につながっていく。
 次にFTAとWTOの関係について、私はWTOが主でFTAがいわば従という関係か、あるいはFTAとWTOは平等の立場かどちらで見るか、というのは難しい問題だと思うが、ともかくWTOとの整合性を保たなければならないという議論が盛んに行われている。それには賛成だが、問題はWTOに整合させるということがどのようなことか、あまりはっきりしないことだ。
 WTOにはGATT24条、GATS5条の2つがあり、これらで調整をはかっている。GATT24条は2国間、あるいは地域的な自由貿易体制、自由貿易協定をやってもよいとするものの、域内の全ての貿易を実質的に自由化しなければならないという条件をつけている。全てを自由化すれば地域内が繁栄し、多少差別的な体制になっても全体的に利益も大きくなるであろうということだ。しかし、ここでの問題は「実質的」とは何かで、これについてはあまり解釈がはっきりしていない。したがって今後研究を進め、解釈の原則をどう立てていくか考える必要があるのではないか。WTOとFTAとのいわゆる整合性の問題は非常にたくさんあり、しかもほとんど全てが未解決だ。したがってFTAを結ぶ場合に、一般的にWTOと整合させるべきだという方針はわかるが、もう少し細かく、一体どうすれば整合性があるのかを研究する必要がある。
 さらに農業問題について真剣に考慮することなしに、FTA交渉を進めることは難しいだろう。日本の農業分野の大きな問題は、特定品目について関税が極めて高いことだ。一部の農産物については、若干の改善もなされてきているが、十分とは言えない。そして最後に、米国との関係は今後も非常に重要であり、日米の間で何らかの連携が必要だ。FTAも1つの手段であり、この目的から日米FTA構想というのを、対アジアFTAと同時に推進していくべきだと思う。

パネル報告(1)浦田秀次郎・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
「グローバル経済戦略と東アジア」

浦田 秀次郎 東アジアでは急速に経済統合が進んでいるが、これを考える際、少なくとも2つの視点がある。1つは市場誘導型地域統合で、東アジアの地域統合を推進した力は21世紀に入るまでは、市場メカニズムだった。ただ21世紀に入り、2番目の推進力である制度的枠組みの構築が進んでいる。市場誘導型の地域統合がなぜ進んだかと言うと、やはりこの地域で貿易および投資の自由化が急速に進んだことがあるだろう。また市場誘導型から次第に制度誘導型の地域統合へシフトおり、なぜFTAがとくに活発化したか、お話したい。
 アジアでは1997年に通貨危機が起き、このときの教訓を生かして域内協力を強化し、危機の再来を防がなければならないという認識が強まった。そしてFTAも、協力の手段と考えられるようになった。また国内改革の推進を1つの目的とし、FTAが関心を持たれているということもある。さらに日本や中国は、FTA政策を用いて地域での主導的位置を強めようとしている。
 東アジア経済共同体をつくるにあたっては、自由化に対する抵抗のような障害もある。日本に関しては農業が最重要で、相手国にも貿易、投資に対する抵抗がある。日本の農業については時間をかけて自由化する、あるいは被害を受ける人々に補償を行うということも可能だ。
 東アジア経済共同体に向けての日本の役割では、まずCEPEAの実現に向けて積極的な行動をとることが挙げられる。そのためには、日本が東アジアの国と同様に苦労しているのだ、つまり自由化で自分たちは非常にきついが、地域全体や日本の将来を考え辛い経験をしているのだと宣言し、実施していく必要がある。またERIA設立の1つの目標は、政策対話の推進だ。そういった機会を効果的に使い、対話推進に努めなければならない。

パネル報告(2)小寺 彰・東京大学大学院総合文化研究科教授
「東アジア共同体とEPA―過去5年間のレビューと今後の方向性―」

小寺 彰 日本が結んでいるEPAではたくさんの交渉が進み、着々と成果を上げている。昔はよく「高水準」と言われていたが、私はそうではなく「中水準」だと思う。中水準でよいのであり、今後徐々に水準を上げればよい。また日本のEPAはさまざまな分野をカバーしており、第1の特徴は投資環境の整備、協力の重視という点だ。
 このようなEPAのネットワークが、どのような役割を果たすかだが、日本のEPAの場合、貿易自由化は、物品の関税率の撤廃という点にほぼ尽きている。これ以外については、自由化を促進するところまで至っておらず、それはそれでよい。そのために相手国との関係を悪くする必要もなかろうというのが、私の基本的立場だ。そしてもう1つ、投資環境の整備がある。企業の投資を促進し円滑な事業を行ううえで、現地国政府とさまざまな協議メカニズムをつくっていくことは大きな役割を果たす。さらにEPAの役割として忘れてはならないのが、これらを通じて両国間の関係、もしくは日本とASEANとの地域的な関係の緊密化が期待されることだ。
 また東アジア共同体という言葉がよく用いられるようになっており、共同体と言うとすぐにEUを念頭においてお話になる方が多い。東アジア共同体とは何かだが、アジアの経済統合は実態が先行し、制度が後追いしている。一方EUの場合は民主主義や自由化というようなさまざまな理念、制度を共通化し、着々と統合を実現してきた。またEUで忘れてはならないのは、主権を部分的に失い、EUに委譲している点だ。しかし主権の委譲を東アジア共同体に対して行うことは、到底考えられない。そのようなことは、この地域の現在までの状況から言ってふさわしくない。それらを前提とすると、あまり高い水準ではないが、将来の高い水準を目指して環境を整備し、協力を重視していく日本型EPAの有効性を再認識すべきだ。

パネル報告(3)白石 隆・政策研究大学院大学教授、副学長
「東アジア共同体構築-リージョナル・アーキテクチャーをどう考えるか」

白石 隆 東アジア共同体構築、あるいは東アジアという言葉が独り歩きしている。多くの場合、暗黙のうちにEUを念頭に置いて議論をしている。しかし先日のフィリピンのセブにおける会議では、EU型の政治的共同体をつくろうという政治的意思はないことが明らかになった。将来、共同体をつくった際、それをユニオンと呼ぶこと、そして内政不干渉やコンセンサスの原則を見直すことが提言されたが、受け入れられなかった。一方、セブの会議は、11月に開かれる予定だったが準備できず、台風のせいにしてやめた。首脳は非常に忙しく、2ヵ月後に再び会議を開こうとしても簡単に日程調整ができないが、実際には全員がそろった。これは共同体をつくる意思はないが、地域協力を推進する政治的意思はあるということだ。
 なぜそのような政治的協力の意思が出てきたかと言うと、1997年、98年の経済危機で、東南アジア諸国ではアメリカの介入に対する強烈な怒りがあった。一種の地域主義的なムードの中で、協力の意思ができた。またその意思が持続していることには、2つの大きな理由があると思う。1つは、地域の全ての国で経済発展がうまくいかないと、社会的危機が進行し、政治的不安定につながるためだ。そして中国が経済的に台頭しており、放っておけば一方的な行動をとりかねず、皆が合意してルールをつくり、自分も縛られるが敵も縛ろうということだ。
 また金融、通貨、通商、環境など機能別に、ASEANがハブになったネットワーク型のメカニズムがつくられている。東アジア共同体構築が進むには、ネットワークがますます濃密になることが必要だ。そのためには2つの重要な条件があり、1つはASEANが他の協力よりも先に進むことだ。コンセンサス方式のため、ASEANがやりたくないことはできない。日本としては協力を進めたい分野で、ASEANを支援する必要がある。もう1つは、現在の力の均衡が大きく変化しないという国際政治的条件だ。日米同盟はあらゆることの基盤で、そのうえに東アジア共同体構築がありうる。バランス・オブ・パワーの維持は、共同体構築の名における地域協力の前提だ。

パネル報告(4)天野 倫文・法政大学経営学部助教授
「東アジアの国際分業と日本企業」

天野 倫文 アジア全体で、ここ10年ぐらいで進んできたことは、日本から中国、東南アジアに投資が進み、リージョナルな貿易関係、投資関係が緊密になっていることだ。また日中関係は深化し、最終的な商品がアメリカへ流れることもあって三角貿易が進展している。国際ネットワークは複雑で密になっており、分業ネットワークの中で安定した収益を上げる仕組みの構築は、重要なテーマだ。
 アジアへの投資が国内にどのようなインパクトをもたらすかについて、一時まではかなり空洞化の議論があったが、日本で事業構造転換がうまくいっているグループと事業転換に若干失敗しているグループを長期的スパンで見た場合、アジアに投資して国際分業体制をしっかりつくった会社は国内の事業構造転換でも成功している。他方、失敗した会社は経営が行き詰まり、海外拠点における事業基盤の構築でも打つ手がなく、その間に日本の事業基盤も失われていく。
 またHDD産業に参入している会社をみると、シーゲートのようなアメリカの会社は、1990年代前半に出荷台数が1000万台の壁を超え、事業基盤を大きく広げたが、日本企業は1000万台を超えることがなかなかできなかった。ここには経営的な国際化を進めた企業群と、生産拠点の国際化は進めたものの経営上のグローバル化が遅れている企業群との差がある。HDD産業では、アメリカの企業は主に1980年代半ばから90年代前半まで、シンガポールへの進出が目立った。日本企業がこの地域に生産拠点を求めて本格的な国際化を進めたのは、1990年代後半からだ。また日本企業の場合、技術、高付加価値製品を守ることが中心で、規模を広げるという志向があまり働かないが、シーゲートは90年代後半、生産規模を広げることに資源を投入した。同じ業界で展開していく際、タイミング的に規模を広げる時期と、技術的に固めていく時期が戦略的に分かれている。このような取り組みがかなり意図的に進められてきた。一方、日本企業はドライブの市場競争では苦労したが、部品メーカーが経営規模を伸ばしている。元々これらの分野では欧米のメーカーが強かったのだが、今は日本企業の草刈場になっている。そのような意味では垂直的な連携の中で、日本企業がアジアを舞台にプレゼンスを高めていくことが、今後あるかと思う。

開催風景1 開催風景2
開催風景3

<パネルディスカッション>
座長/松下満雄・東京大学名誉教授:
わが国がとるべき方向、アクション、何に配慮すべきかといった問題、そして政府に何を注文するかといった面について、ご意見をお聞かせいただきたい。

浦田秀次郎・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授:
農業を始めとする産業調整を強い意志で進める必要がある。その際、自由化で被害を受ける人たちに適切な対応をすることも重要だ。このような問題の議論を早く始める必要があり、政府が音頭をとるべきだ。

小寺彰・東京大学大学院総合文化研究科教授:
東アジア諸国とのEPAについて農業の問題、さらに産業調整の問題は、さほど大きな問題になるまいというのが私の予想だ。ただし産業調整について、つねに考えなければならないということには賛成だ。

白石 隆・政策研究大学院大学教授、副学長:
日本が国内的につくってきたルール、システムが地域的に広がれば、都合がよい。私はリーダーシップとは、それができることだと思う。また、日本人がうまくやれそうなのは、協力によって後ろから背中を押してあげるようなやり方だろう。

天野倫文・法政大学経営学部助教授:
企業が国際化していく中で、利益の配分をめぐる対立が起きており、しっかりした合意やルールをつくる必要がある。知的財産をめぐる問題では、単なる関税FTAでなく、少し広い経済連携で解決する努力が必要だろう。またリーダーシップという点でも、日本に有利なスタンダードをつくっていく取り組みは有効だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部