第8回 IISTアジア講演会 「最新の北朝鮮情勢と外交戦術」早稲田大学 国際教養学部教授 重村 智計【2007/02/19】

講演日時:2007年2月19日、場所:東海大学校友会館 富士の間

第8回 IISTアジア講演会
「最新の北朝鮮情勢と外交戦術」


早稲田大学国際教養学部教授
重村 智計

重村 智計1. 北朝鮮の国力の実情
 本日は特に今回の6カ国協議の合意と拉致問題、核開発の問題を中心にお話したい。昨年の北朝鮮の国家予算は、日本円に換算すると僅か3600億円だ。また昨年、北朝鮮が輸入した油の量は100万トンで、国内からは一滴も出ない。その中で軍事用に使える油は最大限60万トン程度しかなく、これでは絶対に戦争はできない。
北朝鮮の経済がいかにひどいかと言うと、2002年7月1日から配給制をやめ、今はみな勝手に自分でお金を稼いで食べていけという状況だ。食糧生産については2200万人の人口に対し、約500万トンあれば飢餓状態を脱すると言われるが、昨年は250万トンしかなかったという。北朝鮮の幹部が昨年秋ごろから「このまま4月ごろになれば、ほとんど食糧はなくなり飢餓状態になる。万が一の場合、核開発を完全に放棄してアメリカと手を結ぶか、このまま核を持って死ぬか、という2つに1つの選択肢しかない」と言っていた。このような状況がわかっていて、あと2カ月ほど待てば、北朝鮮が完全に手を上げたはずだとわかる。ところがアメリカは、北朝鮮にとって一番よいタイミングで譲歩してしまった。

2. 北朝鮮に譲歩した6カ国協議での合意
 6カ国協議での合意は、5万トンの油を提供し、代わりに寧辺(ヨンビョン)の核施設を封印するということだけだ。しかし実はこの協議が合意すると、韓国は凍結していた食糧を出せるようになる。6カ国協議が合意したことで100万トンの食糧が出るので、北朝鮮は何とか秋の収穫まで待てる。一方、韓国政府は、6月から8月の間に南北首脳会談を実現することを狙っている。なぜ会談が必要かと言うと、今のままでは次期大統領選で与党が敗北する可能性が高く、この会談で統一ムードを高めたい。これが実現して与党が結束し大連合が実現すれば、勝利する可能性も高まる。したがって年末の大統領選を考慮しても、このタイミングでの合意は絶妙だ。
 今回の合意の中で日本にとって最もひどいのは、アメリカが北朝鮮に対するテロ支援国家という扱いを解除するための作業を開始する、と盛り込まれたことだ。最近では準公式的にアーミテージ元国務副長官らが「拉致もテロ支援国家指定の1つの理由である」と言っていたが、拉致問題で前進がないにも関わらず、テロ支援国家を「解除する」という。 最終的には「解除する検討を開始する」という表現に弱まったが、これを入れてしまった。
開催風景 さらに今回の合意は核交渉の前段の合意で、核交渉には至っていない。核交渉の合意として前進させるには、核拡散防止条約(NPT)に北朝鮮を復帰させ、核査察を受け入れさせなければならない。そして濃縮ウランの施設を放棄させる必要があるが、このような合意に至らなかった。
 またアメリカの共和党では核開発に見返りをやらない、というのが基本方針だ。しかしその基本方針を、今回破ったことになる。アメリカがこのような合意をした背景には、ブッシュ政権がイラク問題で追い詰められていることがある。何としても外交的な成果を上げなければまずい、というのが根底にあった。


3.日本の6カ国協議参加と前進がない拉致問題
 もう1つ、日本は拉致の問題を理由に結局、エネルギー支援には加わらないことになった。これについては外交のやり方としては正しいだろう。よく6カ国協議でなぜ拉致を扱わないのかと言われるが、6カ国協議で拉致を扱うべきだという条件を、日本政府は元々つけていなかった。6カ国協議に入るときに、「拉致問題を扱わないのなら入らない」と言えばよかったのだが、入れてもらえないのではないかと心配し、言わなかった。しかし実際には入れてもらえないどころか、他の国々としては日本が入ってくれなければ合意を実行できない。
 よく政治家が北朝鮮に行くが、たいてい拉致問題には全く関心がないのに、「道筋をつける」などと言っている。実際の目的は北朝鮮利権や国交が正常化後をにらんだ政治献金がらみである。
 拉致被害者について、北朝鮮は8人が死亡したとしているが、横田めぐみさんや有本恵子さんらが生きていることに間違いはない。小泉前首相の訪朝では当初から拉致問題を解決しようという意思に欠けたために、今のような状況になった。日本政府としては、「拉致問題を解決しない限り、国交正常化も支援もしない」というのが正しいやり方だ。小泉前首相の訪朝で、なぜ北朝鮮が拉致問題を認めたのかと言うと、それは困ったからだ。当時はアメリカでブッシュ大統領が当選し、北朝鮮を軍事攻撃するかもしれない状況にあった。さらに韓国では野党の李会昌(イ・フェチャン)という候補の大統領選での当選が、ほぼ間違いないと見られていた。ブッシュ大統領が軍事攻撃を行い、李会昌候補が当選すれば、どこからも何も得られず危険な状況に陥る。 これを心配したために、日朝首脳会談に応じた。このように、北朝鮮は困れば譲歩せざるをえない。したがって、いずれ譲歩するに違いない、という見通しを持って対応することが大切だ。

4. 求められる現実的な視点
 北朝鮮の核問題をめぐる現在の最大の問題は、北朝鮮がミサイルに搭載できるだけの核弾頭をいつできるか、ということだ。ミサイルに通常爆弾を載せても破壊力はなく、しかも一発発射をすれば、日米同盟によってアメリカが数百発の巡航ミサイルを発射して北朝鮮がなくなるだけだ。このようにリアリティを持って北朝鮮問題を考えれば、たいした相手ではないことがわかる。
 北朝鮮には経済力がなく、油もないので戦争はできない。軍事力はほとんど使えない、という相手だ。難民がたくさん来ることを懸念する声もあるが、北朝鮮には難民を何万人、何十万人と送るだけの船も燃料もない。軍事専門家はみな、1994年に金日成主席が死んだ直後、「兵隊が百数十万人いて、戦車が何千両、戦闘機が何千機あって大変だ。すぐに戦争だ」などと言っていたが、今は誰一人そう言わなくなった。北朝鮮の現状については、具体的な数字や実際の状況に基づいて、リアリティがあるように判断していただくのが一番わかりやすいだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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