第105回-2 中央ユーラシア調査会 「キルギス政変とロシアの対応」青山学院大学 国際政治経済学部 教授 袴田 茂樹【2010/09/15】

日時:2010年9月15日

第105回-2 中央ユーラシア調査会
「キルギス政変とロシアの対応」


青山学院大学 国際政治経済学部 教授
袴田 茂樹

1. キルギスの新大統領、ローザ・オトゥンバエワ
袴田 茂樹     キルギスで新大統領に就任したローザ・オトゥンバエワと私は、モスクワでの学生時代、大学の同じ寮の上下に住み、同じ学部で同じ指導教官についていた。彼女が18歳のときから40年ほど付き合っているので、彼女の発想法や性格などは、ある意味でほとんど知り尽くしている。彼女は優等生的で、典型的なソ連的人間だった。私がソ連や社会主義を批判すると、最後の部分は通じない所があった。私が当時付き合っていた知識人らは、ソ連的な体制に極めて批判的な人が多かったが、彼女はそういうタイプではなかった。ソ連邦崩壊直後に、キルギスのアカエフ大統領がモスクワへ来て、私も彼女の紹介でアカエフと話をした。そのとき彼女が、「ソ連邦が崩壊してようやく、以前、袴田さんが言っていたことがわかりました」と言った。このように、彼女は、西側的な発想が強い反体制的知識人とはタイプが異なる。
 彼女は非常に真面目で、曲がったことが嫌いな人だ。アカエフ大統領の時代には、民主化、改革派ということで、外務大臣やカナダ大使を兼ねた駐米大使、駐英大使といった最重要の対外的ポストを務めた。アカエフは国際的には民主化のシンボルで、旧ソ連で最も民主的といわれていたのだが、その後はネポティズム、汚職などが問題になった。彼女はアカエフについていれば高い地位を維持できたが、彼に対して批判的な立場をとるようになった。このため左遷され、2年ほどグルジアのアプハジアへ送られ、国連代表として民族紛争解決に従事したが、それはある意味で後にプラスになった。そしてバキエフらと共にアカエフを倒したが、今度はバキエフ政権がアカエフ政権以上に汚職、腐敗のひどい政権になり、結局、バキエフとも真っ向から対立してバキエフそのものを倒すというプロセスを踏んだ。

2. 中央アジアに対するロシアの見方における変化、キルギス政変とロシアの対応
 ロシアが中央アジアをどう見ているかだが、1990年代には中央アジアどころではなかった。これはロシアの政治経済が非常に混乱していたからであると同時に、改革派、市場派の人たちは中央アジアなどを抱え込めば、かえって経済的にマイナスになると考えていたからだ。したがって、中央アジアからはできるだけ距離を置きたいという状況だった。しかしプーチン政権になり、偶然ではあるが、国際的なエネルギー価格が上昇し、ロシアは大国としての自信を取り戻した。プーチン自身、改革派とは発想が異なる人物であり、また大国としての自信を取り戻したことで、中央アジアなどに対する態度も変化してきた。つまり、大国主義的な対応が強まったのである。
 今回のキルギスの政変では、キルギス人とキルギス内ウズベク人の民族紛争が勃発したために、新政権がロシアに軍事支援を求めた。紛争当事者の民族ではない、第3の中立勢力として軍事支援を行うことは、ロシアにとってある意味、中央アジアで影響力を強化するための絶好の機会だったはずだ。しかし、ロシアは軍事支援を行なわず、カント基地に150人ほどの空挺部隊は送ったが、かつてのような対応ではなかった。キルギスの新政府がなぜロシアに支援を要請したのか、キルギス大使館で尋ねたところ、「要請したが断った」と聞いた。その理由はよくわからなかったが、『ノーボエ・ブレーミャ』に出ていたキルギス政府高官の匿名によるコメントに基づけば、「ロシアはキルギス南部に部隊を送り込む用意はあったが、派遣の条件は、6月27日に計画している、議会民主制への移行を謳った新憲法への国民投票を止めることであった。つまり、従来の大統領制を維持することである。キルギス政府はそれを拒否した」ということだ。
 またロシアのメドベージェフ大統領は、6月27日にカナダで、キルギスに対し、かなり厳しい発言をしている。駐日キルギス大使や前の参事官とこれについて話したところ、「メドベージェフはリベラルなはずなのに、プーチンより発言が厳しい」ということだった。日本の新聞でも部分的に報じられたが、ロシアの新聞によると、メドベージェフは「キルギスをどのように統治するのが良いのかは、大変複雑な問題だ」、「これは同国の内戦問題である」、「今日でも新政権の正統性が低く、したがって政権への支持が多くの問題を生む状況にあることを考えると、キルギスで議会制共和国のモデルがどのようにしてまともに機能するのか、私には想像できない」などと述べている。この発言は、国民投票後になされており、国民投票ではオトゥンバエワも新憲法も91%の支持を受け、投票率も69%だったのだが、それでもまだ正統性が不十分だということだ。
 ロシアのメディアでは、政権寄りといえる『エクスペルト』は典型的な突き放した見方を示している。国民投票直前に、「ロシアは今のところ解決策を有していない」、「キルギスの状況は最悪だ。歴史的に国家形成の経験がなく経済的な基盤も弱体で、政治的にはキルギスの指導部は、他の中央アジア諸国と比べても理想主義(ロマン主義)的、かつ恣意的である」、「臨時政府は諸状況から判断して、全く無能で統制力のない政府だ」、「クーデターで政権を転覆させた正統性のない政府の要請で主権国家に軍を派遣した場合、国際的にロシアの評価を著しく傷つける。ロシアはジレンマに直面している」などとしている。
 CIS諸国に関してはこれまでかなり客観的な記事を書いてきた『独立新聞』も、新政権を真っ向から批判するキルギスのバキエフ派シロビキ将軍のインタビューは大きく掲載したが、オトゥンバエワのインタビューが掲載されているのは見たことがない。7月8日付の『独立新聞』には、欧州安全保障・協力機構(OSCE)が部隊を派遣しようとしたが、キルギスがそれを断ったとし、その理由が書かれており、専門家の見方によれば、これは「ロシアとの信頼関係維持のため」ということだ。ロシアはOSCEを覆面した北大西洋条約機構(NATO)のように見ており、OSCEの軍隊を入れれば、ロシアとの関係を決定的に悪化させる。オトゥンバエワはそれを避けたのだ。また、外国部隊が入ると、今は対立している南部の諸勢力は団結して、外国部隊を占領軍と見てそれに対抗する可能性がある、とも報道されている。
 結局、議会制民主主義がうまく行くのかという問題については、私は率直に言って、かなり困難だと思う。エミリ・パインという学者は、ロシアが非常に低信頼社会であることを指摘し、低信頼社会で法治国家、立憲国家を確立することは非常に難しいと見ている。強力な指導者がいなければ経済、社会は混乱し安定しないからだ。したがって、低信頼社会では、しばしば安定が最重要視され、そのための上からの強力な統制が肯定される。しかし、安定重視は、現実には腐敗・汚職と既得権益の保護を意味し、腐敗、汚職を、つまり社会の無秩序をますます強めるという悪循環がある。私はキルギスが、ロシア以上に信頼のレベルが低い社会だと思っている。キルギス新政権の腐敗・汚職の独裁政権への批判は、避けられない道でもあった。しかし、その意図は正しいとしても、実際にそこで議会制民主主義がどれだけ定着するかは、非常に難しい問題だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部