第107回-1 中央ユーラシア調査会 「不安定化するタジキスタン情勢」慶応義塾大学 SFC研究所 上席所員(訪問) 稲垣 文昭【2010/11/19】

日時:2010年11月19日

第107回-1 中央ユーラシア調査会
「不安定化するタジキスタン情勢」


慶応義塾大学 SFC研究所 上席所員(訪問)
稲垣 文昭

不安定化するタジキスタン情勢
稲垣 文昭     2010年8月以降、不安定化の要因となるような事件が頻発している。8月22日ドゥシャンベ刑務所が襲撃され、25名の収監者が逃亡した。9月3日には、ソグド州内務総局組織犯罪取締局の敷地内で爆破事件が発生し、当局は、IMU(ウズベキスタン・イスラム運動)の犯行だと最終的に発表している。9月19日には、ドゥシャンベ刑務所の脱獄者を追跡中の国防軍が東部ラシト地区コマロブ峠で襲撃され40名ほどの死傷者がでた。この事件には、1990年代の内戦のときに作られた旧UTO(タジキスタン統一反政府勢力)の主要なメンバー2人が間接的ながら関係していた。一人は、ミルゾ・ジヨイェフ元非常事態相で、逃亡した収監者達が起こした1年前の事件に関係していた。もう一人は、通称ベルギー大佐と呼ばれているミルゾフジャ・アフマドフで、まさにラシト地区を取り仕切っている有力メンバーの一人である。9月19日の国防軍襲撃事件の主犯なのではないか、という憶測記事もでたが、彼は、政府に協力して事件の解決にあたっていた。だが、現在のタジキスタン政権内には、ラシト地区の実力者であるアフマドフを追い落としたいと考える勢力がいて、ラシト地区の利権分配を巡りアフマドフに対して圧力をかけているのではないか。ラシト地区があるガルム地方は、鉱物資源が豊富だとも言われおり、政府側としては、今後、外資を呼び込むために、利権や鉱山利権を有利に得たい意向があるのではないだろうか。

タジキスタン内戦の構造と要因
 タジキスタンの体制、内戦の要因は、基本的には地方対立、地域閥間の対立と言われている。主な要因をいかに7つ挙げたい。(1)歴史的要因(その起源は人工国家である)、(2)自然災害(内戦により治水設備が破壊され、洪水が頻発。地震も多発)、(3)民族関係(ペルシャ系タジク人対トルコ系ウズベク人の対立)、(4)イデオロギー(政府勢力=共産主義、反政府=イスラム)、(5) 社会的確執(レニナバード〈現ソグド州〉が支配し、カラテギン〈中部:ガルム地方)が商い、クリャブ〈現ハトロン州東部〉が警備し、パミールが踊る〉、(6)国際的要因(ロシアがラフモン支援。ウズベクがレニナバード支援から西部ウズベク系支援に移行、イランがイスラム系〈パミールとガルム)を支援)、(7)地方対立((1)~(6)までの要因が複雑に絡み合った地方対立)
 92年10月頃までは、挑戦される側は、レニナバード+クリャブ州で、これに対して、他の勢力がチャレンジャーとして挑戦していく状態だった。92年11月以降、大統領職が廃止され、ラフモンは最高会議議長から国家元首になったが、クリャブ州が上位になり、レニナバード州が下位になり、政府側の中で力構造が変わった。さらにUTOができ、西部ウズベクもでてきて、三つ巴の対立になっている。

タジキスタンの経済
 エコノミスト・インテリジェンス・ユニット2010年9月号のカントリー・レポート・タジキスタンによれば、GDP実質成長率は2009年が3.4%で落ち込み、インフレ率も6.4%である。ソモニが弱くなって輸入が困難になった。2008年以降経済成長が少し鈍化しているが、タジキスタンの経済は国庫の約3割がロシアの出稼ぎ労働者からの送金だともいわれている。ロシアの経済状況が悪く、金融危機で落ち込んだので、タジキスタンの経済が悪化した面もある。また、2008年だったと思うが、タジキスタンの国家予算の1割が中国からの借款でまかなわれていた。それくらい外国からの支援に頼っている。
 タジキスタンの主な輸出品目は、ソ連時代に巨大な水力発電所とともにアルミニウム工場が作られ、アルミニウムとなっているが、原料のアルミナは主な輸入品となっている。CASA1000という、IMFや世界銀行等と組んで、キルギス、タジクから水力発電で作った電力をアフガニスタン、パキスタンへの輸出品目にして外貨を得るプロジェクトがあるが、現在支援が停止している。電力を輸出してアフガニスタンを安定化させようというのがタジキスタン政府の発想であるが、各国の支援に頼らざるをえない状況である。しかし、アフガニスタン情勢が安定しないと世界的な支援を受け入れられない。どうすればタジキスタンの経済が好転するのかなかなか出口が見えない状況になっている。

新家産制化するタジキスタン
 このように経済が小さくシュリンクしている状況で、今のタジキスタンは「新家産制化国家」という体制に変わってしまっているのではないか。特に大統領を中心としたパトロン・クライアント、つまり大統領を支えるグループとそれ以外のグループとの関係が作られ、権力ネットワークが国家制度そのものを侵食している。国家の制度の中で、一部の政治的ネットワークだけが利益を享受している状況が新家産制である。利権構造が、特にラフモン一族、ダンガラ地区の一部の人間たちに集中してしまっている。

内戦とアイデンティティの帰属
 タジキスタンでは地域閥がタジク国民のエージェントとして重要な役割を担った。96年~99年にかけて内戦時代のアイデンティティの帰属先を調査した研究があり、アイデンティティの帰属先として民族や国民の割合が、それぞれ42%から34.3%、27%から18.4%に低下した一方で、地域を帰属先とする割合が10%から12.6%へと増加した。当人の父方の祖父の出身地が地域閥を決めるということである。おそらく、ソ連時代に作られた新しい伝統なのではないかと思うが、その地域の利益の代弁者、エージェントだといわれて育てられた人たちが、新しい政党を作り、利益の対立を起こして最終的に武力衝突につながっていった。地域閥というアイデンティティが、現在のタジキスタンの不安定化にある程度影響を及ぼしているだろう。
 最近のタジキスタンの不安定化は、内戦終結から10年が経ち、経済基盤の安定化と共に利権構造も固定化されつつあることへの不満と利権を巡る対立ではないか。ただし、単純な地域間の二項対立ではなく、網の目のような複雑な様相になっており、何を利益対象にするかによって、対立構造は変化する可能性がある。フランスの社会学者ブルデューの言葉に「政治界」というのがあるが、政治の世界と社会の間は実際にかなり乖離や断絶があるのではないか。一部の勢力、一部の実力者だけが政治ゲームを繰り広げ、実際の一般市民は置いてきぼりをくらっている。
 さらにはタジキスタンの不安定要因として、ポスト・ラフモンの問題がある。ラフモン大統領の後任を誰にするのか、選挙かあるいは息子に全譲という形になるのか、現時点ではわからない状況である。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部