第38回 IISTアジア講演会 「流動化する台湾の政治情勢と両岸協議」(財)交流協会 専務理事 井上 孝【2010/05/13】

講演日時:2010年5月13日

第38回 IISTアジア講演会
「流動化する台湾の政治情勢と両岸協議」


(財)交流協会 専務理事
井上 孝

井上 孝1. 交流協会と台湾
 私は1999年まで、李登輝政権の最後の3年半、交流協会台北事務所の次長として台湾に在勤、その後8年間は民進党政権になり、その間は台湾とあまり関係を持つことがなく、第三者としていろいろなことを見てきた。2008年5月に国民党政権が復活し、偶然前後して交流協会東京本部専務理事のポストに復帰、8年ぶりに台湾との交流の促進につき皆様のご支援、お手伝いをすることになった。
 私ども交流協会は、純粋の民間団体、財団法人で1972年に日中共同声明の署名が行われ、その際、大平正芳外務大臣が「日中関係正常化の結果として、日華平和条約は存続意義を失い、同条約は終了したと認められるというのが、日本政府の見解である」という外相談話を発表した。日本側は「断交」という言い方をしなかったが、即日、台湾側から対日断交を宣言する外交部声明が出され、外交関係は終了した。しかし、日本と台湾の間には歴史的に非常に大きな蓄積があっただけでなく、その時点でも経済的、人的に非常に厚みのある交流があり、この関係を維持する必要があった。そして1972年末に、関係者間で、日台関係を維持、発展させる組織をつくる合意がなされ、外務省と通商産業省(現・経済産業省)共管で、かつ、時の二階堂官房長官談話に基づきその経費についても大部分を国が支える財団法人として、交流協会が発足した。
 台湾は九州より若干小さく、住民は約2300万人だ。70歳ぐらいまでが日本語世代で、長老を大事にする国なので、非常にご立派な方に日本語世代がまだたくさん残っている。交流協会が毎年行っている台湾の世論調査があるが、「一番好きな国はどこか」という質問に対しては、「日本」という答えが常に断トツに多い。台湾はまた、日本にとって非常に重要な経済パートナーでもある。そして現在、台湾と大陸の経済関係が極めて急速に緩和されつつあり、この中で日本企業から見た台湾企業の意味も、かなり変化している。日本企業が大陸に出る場合には、いろいろなご苦労があるが、今では台湾企業とアライアンスを組んで大陸へ出るというケースも増えている。

2. 盤石の基盤で発足した馬英九政権
 現在の馬英九総統は、2008年3月の選挙で選ばれ、同年5月に就任した。馬英九政権は盤石の基盤の上で、「台湾の住民内部における融和と安定をはかれる総統」という非常に大きな期待を受けて発足した。これは台湾の最近の政治情勢において、極めてユニークなことだった。しかし、今年5月までの2年間の施政を見ると、外的要因もあったが、内政面で不手際と言わざるを得ないものが続いた。そして、それらを踏まえ、支持率が低下してきた。昨年末から今年にかけて、いくつかの地方選挙、あるいは立法委員の補選が行われたが、いずれも与党・国民党にとって逆風となっている。その結果、台湾政治のカレンダーが少し早まってきており、本来なら来年からホットになりそうだったことが今年に前倒しになっている部分がある。そういう意味で、これを「政治情勢の流動化」と言っている。
 大陸との間の両岸協議は、当面経済に関してしか行わないことになっているが、この経済協議が最終局面を迎えつつある。これと政治情勢の流動化がどう絡むかということすら、考えなければならない局面になりつつある。
 ただし、その一方で先に申し上げた不手際で低下した馬英九政権の支持率が、底を打ったのではないかと思わせる兆しも出ている。
 まず、馬英九政権が「盤石の基盤で成立した政権」であるとは何なのか、そのポイントを3つ挙げる。最近の台湾政治では珍しいことなのだが、まず総統選挙が2008年3月に行われ、馬英九氏が大勝した。得票率では17.2ポイントの差、得票数で220万票の差があった。住民2300万人の台湾ということでお考えいただきたいが、それほどの大差で勝ち、圧倒的な支持を受けて発足した政権だった。2つ目は、与党・国民党が台湾の国会である立法院において圧倒的なシェアを占めていることだ。台湾の場合、立法院選挙と総統選挙が前後して行われる。立法院の任期は現在4年で、前回の選挙は2008年1月、つまり総統選挙の2ヵ月前に行われた。この選挙は民進党、陳水扁政権の最後の時期だったが、民進党は大敗し、結果として国民党が議席数の4分の3超を獲得した。
 この立法院選挙は、日本と同様の小選挙区比例代表制が採用された最初のケースだった。この議席数4分の3というのは台湾の憲法上、意味がある。台湾では立法院に総統の弾劾権がある。この弾劾を提案するには、4分の1以上の署名が必要だ。そして3分の2以上の賛成があれば弾劾が成立し、国民投票にかけられる。陳水扁政権のとき、民進党は常に過半数を取れず、一時は3分の1も取れないときがあった。したがって、陳水扁政権は常に弾劾の危機にさらされていたが、馬英九政権はそもそも弾劾の発議権すら民進党に与えないほどの大勝で誕生した。
 陳水扁政権では立法院は常に少数与党で、8年間を通じて一度も過半数を超えたことがなかった。2000年の選挙では、陳水扁氏が国民党の連戦氏を破り、初の民進党の総統になった。選挙直前まで、誰もが国民党、あるいは国民党が分裂していたので国民党の反主流派の人が当選すると思っていた。しかし、選挙前になって最有力候補の金銭スキャンダルが表面化し沈み込んだ結果、ぎりぎりのところで民進党が勝った。2004年には、2000年の総統選挙で分裂した国民党の2人が連携し総統候補と副総統候補になった。したがって、寝ていても国民党が勝てる選挙といわれた。ところが、陳水扁氏が選挙運動中に狙撃される事件があり、そこで台湾人が結集した。そして際どい勝利で、民進党が勝った。
 最近の台湾では省籍、省別の戸籍という言い方はしなくなっているが、戦後大陸から台湾へ来られた方と、それ以前から台湾にいた方の比率が85対15、あるいは75対25だという言い方がよくされる。公には言わなくなっているが、台湾の政治を語る上で頭に入れておくべき数字だ。歴史的に見ると、国民党あるいは国民党系全体としては、民主選挙に入ってから大体常に過半数を確保している。台湾の政治学者の数字によれば、台湾では国民党系が約55%、民進党系が約45%を占めるという。したがって、基本的に少数政党である民進党が、特にナショナルな選挙に勝とうとすると、この支持基盤の差を埋める努力をしなければいけない。そしてこの差を埋めるため、やむをえない部分があるのかもしれないが、民進党は台湾人意識を掻き立てる戦術に出ることが多い。これが非常に極端に出たのは、2004年だった。台湾人意識を掻き立てる一番単純なやり方は、大陸と対立することだ。いろいろな意味でそういった戦術が採られたので、さすがに諸外国からクレームが出た。このような状況に対し、台湾住民はあきあきしていたというのが、2008年の状況だった。
 そのような中、2008年の選挙では、馬英九氏が8年ぶりの国民党の総統として大勝した。馬英九氏による5月20日の総統就任演説には、台湾人の心に訴える文言が埋め込まれている。まず彼は外省人で、生まれは香港だが、いわゆる省籍は湖南省だ。そして「自分は台湾生まれではないが、台湾は自分が成長した故郷で、家族の骨をうずめる土地だ」と就任演説で宣言した。この「家族の骨をうずめる地」というのは、非常に重要で、蒋介石はまだ骨を台湾の地にうずめておらず、別邸の部屋に置かれている。要するに土地にうずめた瞬間、故郷には戻れなくなるという考え方で、これは中国系の方に根強いようだ。
開催風景 2つ目に、総統の最も神聖な職責は憲法を守ることであり、憲法を改めることより重要だとしている点。これも台湾の最近の歴史においては、重要な文言だ。台湾の民主化は、李登輝元総統の6回の憲法改正によって実現した。最後、陳水扁総統のときに第7次改正が行われたが、実質的には李登輝政権の6次にわたる改正で完了した。これらはその都度、台湾で政治的に大騒ぎになった。そして馬英九新総統は、「自分はもう憲法改正はしない」と言った。これには2つの意味があり、台湾化をさらに進めることはしないあるいは必要ない、他方、元へ戻すこともしないということだ。「それは常に台湾の政治を混乱させてきた」、「もう打ち止めだ」というのが融和の総統としての彼の問題意識と思われる。

3.政権発足後のトラブルと支持率低下
 馬英九政権はまた、経済発展を公約し取り組んでいるが、これは難しい。いずれにせよ陳水扁政権を敗北させた台湾の混乱、分裂を修復し、さらに陳水扁政権を敗北させたもう1つのポイントである経済の混乱を立て直すというのが馬英九総統の公約および基本的なポリシーだった。しかし政権発足直後からトラブルが続き、その結果、支持率が低下した。
 いくつかのファクターを挙げると、まずリーマンショックと毒ミルク事件がある。これらは外的要因で、リーマンショックは世界共通だが、2008年5月の就任直後の9月に発生し、「経済建設計画633」という華々しい選挙公約を吹き飛ばした。また処理を誤ったのが中国発の毒ミルク事件で、この事件は日本でも大騒ぎになったが、大陸産のメラミンが混入した粉ミルクが、どういうルートを通じてかわからないが輸入されていた。これを使って台湾の粉ミルクメーカーが粉ミルクをつくり、メラミン混入がすぐにわかって大騒ぎになった。そして馬英九政権がこれにローキーで対応しようとしたため、激しい批判を浴びた。当初これを一般の行政問題とし、行政院、要するに首相以下で対処すれば良く、総統府の関与するところではないという姿勢を明確にしていた。しかし子供の安全にかかわることなので、消費者の反発を食らい、ついにはそのままで抑えきれず、日本の厚生大臣に相当する衛生署長が更迭された。こういった経緯の中、いろいろな調査で馬英九政権に「不満」を持つ人が過半数を超えた。
 さらに約1年後の昨年8月8日には、モーラコット台風(台風8号)が台湾で大豪雨をもたらした。それまでに支持率は少しずつ回復していたのだが、このときの行政院の対応につき、また言動においても批判を招いた。この台風では特に南部の高雄県にある1つの村が完全に土石流に巻き込まれ、埋没した。計700人以上の死者、行方不明者が出たのだが、これについて批判されたのは、1つは行政院幹部の能天気な言動だった。しかし実質的に非常に大きな意味を持ったのは他の2つで、1つは軍の動員が遅れたことだった。総統は軍の統帥権と外交の権限を持っており、それ以外のことは基本的に行政院長、首相に任せるというのが台湾の建前上の憲法体制だ。ただし現在では総統は直接選挙で選ばれるので、そんな建前論では済まないというのが政治的な実態だと思う。ところが馬英九政権は、「台風なので基本的には行政院が対応すること」、「統帥権にはかかわらない」という対応をした。しかし結果として、災害発生の6日後になり、軍の動員に追い込まれた。
 そしてもう1つ、日本などは直ちに救援の意向を示したが、謝絶された。日本に対してだけでなく、アメリカ、ヨーロッパに対してもそうだった。その理由については諸説があるが、1つはメンツだという。そしてもう1つは、日米欧から救援を受け入れたら大陸も当然出てくる訳で、そうなると面倒だからだという説もあった。どの説が正しいのかはわからないが、結果として諸外国からの支援申し出を謝絶し、台湾住民の大反発を食らった。最終的には救援を受け入れることになり、この結果、外交部の、日本流に言えば政務次官が首を切られた。それだけでは収まらず、内閣が更迭され劉兆玄内閣が総辞職、現在まで続いている呉敦義内閣が成立した。したがって、毒ミルク事件以降、じわじわと戻っていた支持率が下がり、「不満」が再び6割超に跳ね上がった。
 また最近では、米国産牛肉の輸入解禁問題があった。これは要するにBSE(牛海綿状脳症)問題で、2009年10月にアメリカとの間で台湾政府が議定書に署名、生後30ヵ月以内の米国産骨付き牛肉と内臓等の輸入を解禁する決定をした。骨の付いていない生肉は従来から輸入していたのだが、それをここまで拡げる議定書を総統府主導で締結した。しかし、それが明らかになった瞬間、強い批判が起きた。1つは当然、消費者団体によるもので、担当の食品安全に関わる閣僚も不満をもらした。そして決定的だったのは、国民党の有力首長である台北市長による批判で、この方はおそらく次の総統を狙う方の1人だと思う。さらに台北県の県長など有力都市の首長も相次いで不満、批判を漏らした。これらは皆、国民党の方々だ。馬英九政権は、「外交問題」、「総統権限」と突っぱねようとしたと言われているが、しかし、それでは収まらず、まさに今年1月、国民党が圧倒的な多数を占める立法院において、与野党合意の上で、内臓等の輸入は認めないという法改正を通してしまった。台湾における日本の食品安全衛生法に相応する法律の改正で、与党国民党が圧倒的多数を占める立法院において、これが通ってしまった。

4. 相次ぐ選挙での国民党敗北
 このような中、2009年末以降、いくつかの選挙があり、12月5日には県長、市長選挙が行われた。台湾の場合、日本でいう政令市は直轄市と呼ばれる。現在は台北と高雄だけだが、日本でいう地方自治法の改正が行われ、政令市が5市に増えることになった。台湾中部にある台中市、台中と高雄の間にある台南市、それから従来の台北県を新北市とし、これらを政令市にした。この5つが直轄市だが、このときはこれ以外の県長、市長選挙があった。
 実は台湾の人口は、この5大直轄市に6割おり、12月5日の選挙が行われたところにいる住民は4割のみだ。ただ、選挙の結果は非常に興味あるものだった。改選ポストは17で、国民党は2つ減らし、民進党は1つ増やした。1つ勘定が合わない部分は、国民党を除名された候補が勝ったということで、14になった。今申し上げた最後のケースは花蓮県の県長選挙で、株絡みのスキャンダルがあったため、国民党を除名処分となった人間が花蓮県の県長候補として立候補し、この方が国民党の公認候補の2倍を上回る得票率で当選した。
 これには、2重の意味がある。実は当初馬英九政権が推した国民党の候補は、この負けた公認候補ではない。馬英九総統は行政院の中で、毒ミルク事件の責任を取って辞めた衛生署長の後任に信頼している葉氏という人を持ってきた。このまだ就任したばかりの葉衛生署長を再度引っこ抜き、花蓮県へ国民党候補として派遣した。しかし花蓮県では予備選挙を行っており、そこでこの人が国民党予備選の対立候補に負けてしまった。したがって、馬英九政権が選んだ候補は国民党の公認候補になれなかった。そして国民党の公認候補が、国民党を除名された人の半分しか取れなかったというのが花蓮県長のケースだ。台湾の地方政治は複雑で、その人が地元で培ってきた実力の問題かもしれないが、極めて興味あるケースだった。
 なお、台湾では、本当に地元に密着したところでは、国民党がなお大勝している。県議会議員選挙、郷鎮長選挙では、国民党が民進党の約2倍の得票率で圧勝している。ただ、大きな首長の選挙で、興味を引くケースが出た。この結果かどうか、4日後の12月9日に国民党の秘書長が再度、交代している。ただし、公式には敗戦の責任を取ったということにはなっていない。また花蓮県の県長選挙も同様だが、国民党が敗れた宜蘭県の県長選挙では、馬英九総統が11回も応援に入っていたといわれる。それまで馬英九総統が関与した選挙は負けないという「不敗神話」があったのだが。
 続いて、立法院の補欠選挙が2010年1月と2月に行われている。これははっきりと国民党の敗北で、国民党自身が敗北宣言をした。1月9日には、いずれも非常に大きな県である桃園県、台中県、台東県にある小選挙区で選挙が行われた。これらの県ではいずれも国民党が現職で、勝たなくてはならない選挙だったが、すべて民進党が勝っている。このうち、台東県は台湾の東南にある県で、これまで一度も国民党が負けたことのない選挙区だった。続いて2月27日には、台湾の国際空港周辺にある桃園県と新竹県、それから南部にある嘉義県、東部の花蓮県の小選挙区で補選が行われた。元々、嘉義県以外はすべて国民党の議席だったが、国民党は花蓮県のみ確保し、他の選挙区はすべて民進党になった。桃園県と新竹県は台湾北部にあり、一般的に台湾北部では、国民党が強い。そして南部では比較的民進党が強いといわれる。したがって、北部の桃園県と新竹県で国民党が負けたのは、興味を引くケースだ。
 このような状況で、台湾の政治カレンダーが早まってきている。次の総統選挙は2012年3月で、選挙の時期自体はアローアンスがあり得るが、任期は5月までで、選挙の時期としては前回のケースを考えると3月だ。立法院の選挙は、これも前回の選挙を考えれば1月だが、若干のずれがあり得る。したがって、実は政治の時期は来年だろうとにらみながら、両岸協議のスケジュール等も組まれていたはずだ。しかし、馬英九政権の支持率が低下し、少なくとも最近行われた選挙で国民党が勝てなかったことで、2つの動きが出てきている。1つは、民進党側が勝てるかもしれないと思い始めたことだ。今年末に、直轄5市の市長選挙があり、5市になってから初めての選挙になる。任期からいうと12月だが、選挙の時期については法律上、若干のアローアンスがあり得る。今年は11月末ないし12月初めに、この選挙が行われる。
 そして野党・民進党の、この選挙に対する位置づけがかなり変わってきている。要するに次の総統選挙に勝てる可能性が出てきたと民進党側が思った瞬間、この5市の選挙が非常に重要になってきた。与党・国民党は当然、馬英九現総統が続いて総統候補になる訳だが、5市の選挙でうまい結果が出なければ、「選挙を戦えるのか」という声が出るかもしれない。国民党の次を狙う人も、この直轄市長選挙の中から出るのではないかという議論にもなっている。

5. 両岸協議の進展
 このような中、両岸協議が進んでいる。この6月に開催される協議では、最大の眼目である経済協力枠組み取り決め(ECFA)を締結したいということで動いている。6月に結ばなければいけないことの理由の1つは、私の理解する限り、年末になると先ほどの5大直轄市長選挙があるためだ。5大直轄市長選挙と一緒になった瞬間、何が起きるかわからない。両岸協議は春と秋の年2回行われており、昨年秋は11月だった。しかし台湾で今年11月にECFA締結への両岸協議などを行えば、この選挙とだぶってしまい、どういう政治的な突発事件が起きるかわからない。このため台湾政権としては、「ぜひ6月に」ということになろう。
 馬英九政権の対処原則でぜひご留意いただきたい点についてコメントすると、まず「統一協議行わず、台湾独立求めず、武力行使せず」といういわゆる「3NO」がある。「台湾独立求めず」ということには、非常に重要な意味がある。馬英九総統自身が後ほど海外の新聞記者に対して解説しているが、法律理論上の独立は求めないということだ。実質独立と法理独立という2つの用語があり、実質独立はしているのだから法理上の独立を求める必要などないというのが前者の立場で、で、馬英九総統も法理独立は求めないという趣旨だと、明示的に言っている。しかし、同時に、馬英九政権は、「92年コンセンサス」の上に立ち、1つの中国は認めている。
 このような原則に従い、これまで4次にわたって両岸協議が進展、いわゆる両岸のヒト・モノ・カネの流れがかなり自由になってきている。第1次協議では、ヒトの流れを増やす合意がなされ、第2次協議では、貨物ないし郵便にも拡大したモノの流れを自由化する動きがあった。さらに第3次では、その他、金融も含めたカネの動きを自由化する合意がなされ、第4次では、本来は税金が入るのではないかといわれたが、結果として入らなかった。第4次の合意事項の中でも目立つのは、規格を台湾と大陸で統一していこうというもので、日本にとっても極めて留意すべき点だ。国際標準に関して中国大陸は最近、極めて独自の主張をするようになっており、それに台湾が乗るのか乗らないかというのは非常に重要だ。
 台湾政府は今、このECFAを非常に積極的にやろうとしている。大陸とECFAを結べば、その後、他のところとFTAを結べるというのが、台湾の考え方だ。また、協議では経済のことしか言わず、政治問題には一切、触れない。そして、香港モデルは取らないということだ。香港モデルは台湾ではタブーで、「絶対に香港にはならない」というのが与野党に共通した問題意識だ。
 台湾政府はまず、台湾の主体性、人民の利益、両岸対等性原則を確保するとしており、そして民意の支持と立法院による監督という部分が非常にサブスタンスとして重要になっている。立法院の監督下で、大陸とECFAの協議をするというのが2つ目だ。
 3点目は、あくまで制度化であって自由化ではないということだ。ヒトの流れやカネの流れが本当の意味で自由化されると大変なことになるというのが、台湾の与野党、あるいは企業家を通じた基本的な問題意識だ。このため、自由化のケースもあるかもしれないが、自由化の制度をつくる訳ではないという。政府、そして『遠見』という中立的な雑誌によるECFAに対する台湾での世論調査を見ると、基本的に、「経済的にはやらざるを得ない」というのが、過半の問題意識だ。しかし政治的に「大丈夫だろうか」という不安がある。
 馬英九政権に関しては、現在も「不満」という人が過半を超え、「満足」は3割に満たない状況だ。ただし、与党寄りのテレビ局の調査では「満足」が上向いてきているなど、「底打ちの兆し」も見られる。また、経済が上向いてきている。633の経済目標とは、成長率6%、失業率3%、1人当たり国民所得で米ドル3万ドルを、任期中に実現するというものだ。これを実現するという馬英九総統の問題意識が、リーマンショックで吹き飛んでしまった。しかし現在は足元経済が良くなってきており、これについては大陸との経済関係が大きな意味を占めている。失業率については近々、5%前後から4%台を期待できるところまで来ているのではないか。
 そういう中、政治カレンダーが重要で、ECFAは最終局面を迎えている。これが6月に結べなければ、11月になり、もろに選挙にぶつかる。この選挙は台湾において、非常にホットになりつつある。ホットにしている主な要因の1つは、馬英九総統の支持低迷だったが、もしかすると底を打つかもしれない。いろいろ複雑な要素が、プラスマイナス両方で出始めており、それが今年1年の台湾政治、あるいは社会を動かしていく感じがする。これを踏まえ、2012年1月の立法院選挙、3月の総統選挙に向けて、来年になだれ込んでいくというのが台湾の実態だろう。
 一方、「6月に主要な両岸経済協議が終わったらどうするのだ」という問題意識は皆にある。馬英九総統も「まず経済で、政治はその後だ」と明言しているが、政治についてはいつ、どのように始めるかが、常に課題としてある。むしろ経済問題が短期間に終息してしまいかねないため、そういう議論、問題が起きてきたのではないか。台湾政府もその問題点を十分わかった上でやろうとしている。そして、少なくとも選挙とは切り離したいと思っているだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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