平成22年度 第2回-1 国際情勢研究会 報告1「最近の朝鮮半島情勢 -金正日訪中、哨戒艦事件、国防委員会人事を中心に」 関西学院大学 国際学部教授 平岩 俊司【2010/06/14】

日時:2010年6月14日、場所:(財)貿易研修センター

平成22年度 第2回-1 国際情勢研究会
報告1「最近の朝鮮半島情勢 -金正日訪中、哨戒艦事件、国防委員会人事を中心に」


関西学院大学 国際学部教授
平岩 俊司

1.金正日訪中問題
平岩 俊司 5月3日から7日に金正日が中国を訪問した(ルート:新義州→丹東→大連→天津→北京→瀋陽→丹東→新義州)。訪中の時期については昨年の暮れから様々なことが言われていたが、6者協議再開問題とりわけ対米関係の閉塞感打開について中国の役割を期待するのであれば、去年の暮れから今年前半にかけては米中間が少しぎくしゃくしていたので、核サミットで米中関係が回復した時期が北朝鮮にとって訪中の良いタイミングであったと思う。直接的な問題として哨戒艦事件があったのではないのかとも言われているが、中国側はこれを否定している。ただし、この問題のために訪中したのではないとしても、中国と北朝鮮の間で哨戒艦の問題は必ず話題になったはずである。
 この訪中に関して具体的に表に出てきているものは、胡錦濤主席が、1)指導者層の交流継続、2)戦略的疎通の強化、3)経済貿易協力の強化、4)人文交流の拡大、5)国際・地域問題で協力強化、という5つの分野での協力を提案したことである。2)で内政について言及しており、内政干渉を北朝鮮側が認めたという指摘がよくされるが、お互いに情報交換をしましょう、という程度のことで、中国が従来の立場から大きく踏み込んで北朝鮮に対するコミットメントを強化しているということでもないように思う。今の北朝鮮と中国の関係は従来とさほど大きく変わりはないのではないかと思う。

2.哨戒艦事件
 哨戒艦事件は韓国の国内問題である。6月2日に統一地方選挙があったが、北朝鮮に対する強硬策が裏目となり予想に反して与党が惨敗するという事態になった。
 経緯を簡単に説明すると、3月26日に哨戒艦「天安」の艦尾に穴が開いて浸水・沈没し46名が亡くなるという事件が発生し、これに対して韓国のマスメディアは、当初から北朝鮮の犯行であると盛んに報道した。4月6日に李明博大統領は、徹底的に調査をして、科学的客観的な立場を貫くという趣旨を述べ、この問題を大きくするのではなく上手く収めようとしているという印象であった。しかし、同月後半には韓国国民の大半が、北朝鮮の犯行だと思うようになり、李明博大統領も5月4日頃から態度が変わった。
 5月20日には合同調査団(米韓英瑞)が行った調査結果が発表された。それによると、調査報告直前の5月14日に、事故のあった海域で北朝鮮製の魚雷と思われる破片が見つかっていること、事件日前後の行動が捕捉できていない北朝鮮の潜水艦があるという状況証拠から北朝鮮の犯行であると結論付けている。この調査報告書の評価は非常に難しいと思う。
 中国は韓国に対して、この調査は不十分であり北朝鮮に釈明の場を与えよ、と伝えているようである。態度を明確にすれば韓国との関係を悪くするので、北朝鮮を過度に刺激せずに慎重に、あいまいにしたまま政治的に南北の緊張を緩和して収めたい、というのが中国の立場であると思う。先日北朝鮮がこの問題について、国連の安全保障理事会で釈明の機会を要求していると報道にあったので、そういう線で進んでいるのだろう。中国の動向に韓国は当初から反発をしていた。金正日の訪中を中国が受け入れたことでも大きな不満があった。済州島での日中韓の首脳会談の際に、韓国は中国から明確な形で北朝鮮への制裁決議への同意を取り付けたかったはずであるが、実際にはこの段階で少しトーンダウンしていた。その前に行われた米中戦略・経済対話で中国のラインはだいたい決まっていたのだろうと思う。この対話において、朝鮮半島に新たな危機があり、平和と安定の必要性について同意しているが、それを実現するための方法について同意をしたという報道はなかった。ロシアも中国と同じような立場である。

3.異例の最高人民会議
 今年は、間に一月しかない4月と6月という異例のタイミングで2回人民会議が開催された。そのため後継者指名などの憶測を呼んだが、開催理由の一つは経済関係閣僚の更迭であった。昨年のデノミ・通貨交換実施に伴う経済的混乱の責任をとって様々な閣僚が代わったといわれている。一番大きなことは、総理が更迭されたことであり、その後任が崔英林という高齢の人物という異例人事であった。現在の国防委員会副委員長の呉克烈は79歳で、崔英林と同じく金正日と同じように地位を上昇させた人物である。90年代に入って地位を少し後退させたが、昨年の4月に国防委員会に突如復帰をした。国防委員会の組織を強化する時期として、金正日は上の世代をこの2人に任せ、自分より若い世代は、張成澤という国防委員会副委員長に昇格をさせた人間を起用したのであろう。世代横断的な体制固めをしたことは間違いないと思う。ただし、これが後継者問題につながるのかどうか、三男による後継を否定するほどの材料もないが、三男確定かと言われるとそれもどうかという気がする。仮に金正日がなんらかの形で急に執務不能になった場合は、制度的に言えば、張成澤が権力を維持し行使することになる。現時点で金正日の息子が正式にポストに就いたという話はないので、フィギュアヘッドとして金正日の息子が就くかどうかは今の段階ではなんとも言えない。
 金正日は80年代に既に朝鮮労働党の中で地位を確立している。91年12月24日に朝鮮人民軍の最高司令官になり、そして翌年の4月には共和国元帥になった。今の北朝鮮の政治体制は先軍政治とよく言われるが、金日成の生前に正式に譲り受けたポストは、国防委員会の委員長と最高司令官という軍のポストだけであり、その移譲したポストを異様に肥大化させた政治体制であるということが言える。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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