平成22年度 第3回-1 国際情勢研究会 報告1「タイの政治混乱-その歴史的位置-」 アジア経済研究所 地域研究センター 東南アジアI研究グループ長 重冨 真一【2010/07/27】

日時:2010年7月27日、場所:(財)貿易研修センター

平成22年度 第3回-1 国際情勢研究会
報告1「タイの政治混乱-その歴史的位置-」


アジア経済研究所 地域研究センター 東南アジアI研究グループ長
重冨 真一

重冨 真一 タイでは2001年から2006年ごろまで首相を務めたタクシンを支持する、農村や都市の下層の人たちを中心としたグループと、中間層や上層の人たちを中心とする反タクシン派のグループによる対立が続いている。
 タイの戦後政治史を見ると、1973年までは軍部による独裁政治が続いていたが、その後、学生による民主化運動があって、1980年代には軍も上からの民主化を進めざるをえないようになった。当時は、政党が認められ、選挙も行われたが、首相は元軍人で選挙による承認を得ないプレームが務めていたため、「半分の民主主義」といわれた。この時代が終わり、ようやく全面の民主主義に変わるとき、再び軍が反発し、死者が出る事件も起きた。それらが治まって1990年代になると、進歩的な知識人や社会活動家らを中心とするニュー・エリートが政治改革を進めた。1997年には「民衆版憲法」といわれる新たな憲法が制定され、2001年に選挙を行ったところ、タクシンが率いるタイラックタイ党が勝利した。
 タクシンの戦術は、今でいうマニフェスト選挙で、農村住民が裨益するような政策を掲げ、多数の票を獲得した。そして政権発足後まもなく、これらの政策を実現し、任期満了を迎えた2005年の選挙でも圧勝することになった。それまでの政党は農村で票を金で買い、「数の政治」を行っていたが、タクシンは「数の政治」を再編成し、政策で票を集めた。これは農村の下層の人たちを政治的に覚醒させて、エンパワーした。逆に1990年代に政治の主導権を握っていたニュー・エリートは、相対的に力を失ったから、タクシンを街頭行動や裁判で攻撃し、最後には軍の力で政権の座から引きずり下ろすことに成功した。ニュー・エリート達は、自分らが力を持ち続けるためにも「数の政治」ではなく、「質の政治」を主張する。つまり選挙ではなく、「良い人」を選ぶ仕組みが良いという。
 現在のタイの状況は混乱のように見えるが、戦後の政治史を見ると、民主主義の発展の一段階だと思う。これまで選挙の時以外、政治に関わることの無かった下層の人たちが、政治に参加意識を持つようになったことは、重要な民主主義の発展である。ただ現在は中間層が求める「質の政治」と、下層の人たちが求める「数の政治」という、いわばゲームのルールに関する対立があり、混乱が起きている。政治の転換時には、これまでもこうした混乱が起きてきた。 これからはタクシン派であろうとなかろうと、下層の人たちの支持を得ない限り、政権運営は難しい。その意味で、両派とも政策的にはあまり大きな違いがない。一方、王室については、そのカリスマ性が反タクシン派によって利用され、政治に巻き込まれたため、これまでのような政治安定機能を果たせなくなった、いうのが現在の状況ではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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