平成22年度 アジア研究会公開シンポジウム 「東アジア経済統合、周辺国との経済深化」【2011/01/18】

日時:2011年1月18日

平成22年度 アジア研究会公開シンポジウム

「東アジア経済統合、周辺国との経済深化」


基調講演/「アジア経済統合論の原型 赤松要の雁行形態論を巡って
-アジア諸国と日本が直面する問題を探る-」
原 洋之介 政策研究大学院大学 特別教授/アジア研究会座長

原 洋之介 日本とアジアについては、「日本が先進国、アジアが発展途上国」という発想があり、そのような感覚に基づいて外交も行われてきたと思う。しかし、現在は日本とアジアは何らかの意味で同じ流れの中に生きる時代に入ってきたのではないか。日本と東アジアの間では、特にプラザ合意以降の円高傾向から、政策より民間、市場の力によって実体的な経済統合が進んできた。そして2000年代には自由貿易協定(FTA)締結の動きも一気に進み、地域経済統合へのシフトが見られるようになった。これについては「貿易転換効果」など、学者の間でも様々な議論がなされている。
 FTAや地域貿易協定は、グローバルな体制へのステップと位置づけられる。同時に投資の問題もあり、短期の資本を含め、資本移動のさらなる自由化を進めることが大きな問題となり、その中で日本が今後どのような戦略を進めていくかが問われている。これについて私は、為替の問題を議論せずに貿易の自由化や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、東アジア経済共同体などについて議論することはできないと考えている。
 経済統合について為替の問題も含めて議論した1人が、赤松要先生だ。赤松先生は一橋大学の先生で、1896年に福岡県で生まれ1974年に亡くなっている。赤松先生による有名な「雁行形態論」は当初、日本の羊毛産業を中心とした議論だった。1935年に『商業経済論叢』に掲載された赤松先生の「我国羊毛工業品の貿易趨勢」という論文では、羊毛貿易に関し、当初は輸入していた日本が国内生産するようになり、生産性が上がって輸出産業になっていった流れが書かれている。輸入代替からの変化をグラフに描くと、輸入、国内生産、輸出の小さな山形カーブが連鎖しているところが空飛ぶ雁の姿とよく似ていることから、「雁行形態」と名づけられた。この雁行形態論は赤松先生の弟子によって拡張され、アジア諸国の発展モデルを考える際、日本がたどった道が繰り返され、同様のスタイルの発展がなされていると議論されるようになった。
 一方、赤松先生の議論は、ある産業の発達だけに関するものではなく、雁行形態によってある国が発展してくると、世界の様々な経済が同質化していくとした。しかし、その同質化の過程では競争が生じ、再度、異質化が進まざるを得ないという。現在の経済学の発想からすれば、ある種の貿易構造が補完的になると、それによって両方が得をし、予定調和的に国の経済発展が進んでいくというイメージがある。しかし赤松先生の議論はこれとは異なり、そこから摩擦が生じるとした。そして摩擦が生じるために次のステップへ進むのであり、現代風に言う不均衡、均衡にはならない。均衡点まで行かずに常に不均衡が再生産され、この力によって新しいメカニズムが生まれる。
 もう1つ、世界経済が同質化の局面に入ると、各国は必ず保護主義になる。また世界経済が異質化の局面に入ると、自由貿易という経済政策が主流になるという。各国の経済政策が保護主義や自由主義になるオルターナティブ、交互に変わっていくプロセスを、赤松先生はこのような議論でまとめている。
 広域経済構想と金・ドル問題について赤松先生は1944年に、論文『経済新秩序の形成原理』で触れている。広域経済については、自由貿易主義と保護主義、あるいは国際主義と国民主義を止揚、総合する新たな世界経済秩序としている。さらに1937年にはアメリカが一方的に日米通商航海条約の破棄を日本に通達するが、赤松先生はそのような時期にも日米関係の重要性を強調していた。また先生が亡くなった1974年に出版された『金廃貨と国際経済』によれば、赤松先生は早い段階から米ドルの将来が危ないことに気づいていた。そして国際経済を安定させるためには、金本位制の矛盾によって金平価は否定され、何らかの購買力平価を基礎とした新しい国際通貨が生まれてくると予測している。
 現代行われているFTAかTPPか、あるいは東アジア経済共同体かという議論は、政策論としては非常に重要だが、同時に為替の問題についても考える必要があるだろう。また経済には非常に大きなダイナミズムもあり、少なくとも1世紀ほどの長い流れの中で、今動いていることを考えていくことも必要だ。やはり歴史的な視点も不可欠で、赤松先生の雁行形態論に端を

報告1/「台頭するインドと東南アジアとの経済関係 ― シンガポール、タイ、マレーシアを中心に ―」絵所 秀紀 法政大学教授
絵所 秀紀 最近、インドの台頭が目覚しい。インドは1991年に、大胆な経済自由化に踏み切った。それ以降、中国ほど劇的ではないが、着実に自由化を進め、その一環として1991年には「ルックイースト政策」を打ち出した。これは東南アジアを見て、何か学ぼうという政策だった。なぜこのような認識に至ったかというと、(1)東アジア、東南アジア諸国が製造業品の輸出で高度成長を達成し、工業化の達成水準においてインドを抜き去った、(2)安全保障面で中国に対するインドの脆弱性が高まった、(3)東南アジア諸国に居住するインド人ディアスポラを何らかの形で利用できるのではないかと考えた、という3つの要因があったと思う。
 1991年の経済自由化を転機に、インドは急速に東南アジア諸国連合(ASEAN)に接近した。その後、1997年のアジア通貨危機や翌年のインドによる核実験で関係が冷え切ったこともあったが、2001年の米同時多発テロ事件(9.11)では、インドがいち早く「テロとの戦い」を明確にし、米国との関係改善が急速に進んだ。その結果として、インドとASEANの関係も急速に改善した。2002年11月には第1回ASEAN=インド・サミットが開かれ、2003年10月にはタイとインドの自由貿易協定(FTA)で枠組み合意がなされた。同年には第2回ASEAN=インド・サミットも開かれ、インドはASEANと友好親善条約を結び、包括的経済協力協定の枠組み合意もされた。さらに2005年には、インドとシンガポールの間で包括的経済協力協定(CECA)が発効、2009年8月にはASEAN=インドFTAが締結され、2010年1月に発効している。1991年以降のインドとASEAN、中国の地域的貿易構造を見ると、明らかにインドのアジア・シフトが起きている。またインドの貿易では、サービス貿易の輸出入で黒字が拡大しているのが特徴だ。そして黒字の大半は、ソフトウェアによるものだ。
 またインドは2004年に、海外インド人担当省(Ministry of Overseas Indians’Affairs)を新設し、インド人ディアスポラとの連携に力を入れるようになった。インド人ディアスポラが東南アジアで圧倒的に多い国はミャンマーで、約300万人いる。2番目はマレーシアで166万人、そしてシンガポールは30万人だが、人口比で見るとシンガポールが一番多い。シンガポールでは、インドのソフトウェア会社や金融関連企業との関係をつくる努力をしており、うまくディアスポラが機能している。しかしタイやマレーシアでは、インド政府が考えているほどディアスポラの影響は大きくない。
 今後、東南アジア諸国、中国との経済関係は、急速に緊密度を高めていくだろう。これらは巨視的に見れば、相互補完的・互恵的になっている。また中国とインドを含む大アジア経済圏が形成されており、アジア経済全体のグローバル化=競争の激化が進展している。

報告2/「曲がり角の円借款:アセアンなどに対するこれまでの円借款援助と今後の展開」
古賀 隆太郎 政策研究大学院大学特任教授

古賀 隆太郎 円借款は1958年に、インド向けに供与されたのがはじまり。現在の内訳を見ると、運輸が29.4%、電力が22%、社会的サービスが15.3%を占めている。借款額は1971~73年度には3450億円だったが、1978年度にはODA第一次中期目標ができ、その後は急激に増えていった。最盛期の1995~97年度には、年間1兆円を超える円借款が出されている。2007~09年という最新の数字は減っているが、まだ1兆円近い9000億円といったレベルだ。初期の1971~73年度の時期には多く、その後に減ったのが鉱工業、商品借款だ。社会的サービスについては、1995年ごろから増えている。
 東南アジア諸国連合(ASEAN)向けについて見ると、ASEAN10+中国、インドで全体の68%を占める。セクター構成は運輸が31%、電力・ガスが23%、社会的サービスが14%で、これらは円借款全体の数字と非常に近い。ただ、国ごとに見ると、かなり異なっている。これまでの円借款の支援対象については大雑把に言うと、わが国の社会資本整備経験と同様のことを行い、基幹インフラを支援してきた。また、当初は輸出振興という目的もあったと考えられる。
 日本の社会資本の構成比について1955~64年という高度経済成長初期を見ると、ODAの構成比とよく似ている。日本の高度成長期の国内総生産(GDP)と各国の現在のGDP、そして電力消費量について1人当たりで比較すると、マレーシアや中国では、電力については既にGDPのレベルよりも相当特化して投資が行われている。一方、基幹インフラ投資に民間でもかなりのお金が出るようになっており、近年中国やインドでは非常に多い。対象セクターとしては水や衛生などではまだ出にくいが、通信では非常にたくさん出ている。他には、エネルギーも出やすい。
 今後については、インフラのニーズはまだ膨大にあるので、そちらを引き続きやっていくということもあるだろう。ただ先方の国がどのような形で整備したいのかをよく踏まえた上で、行わなければならない。またODAは当然、外交政策の重要な一部なので、引き続き政策の方向性が重要だ。さらに官民連携(PPP)、BOP(Bottom of the Pyramid)ビジネスのような新しい動きにも対応していく。また少子高齢化では日本が世界のトップランナーで、日本でもまだ検討されている部分だが、インフラの更新ニーズなど先進的な円借款として将来、行っていく可能性もあるだろう。

報告3/「日本、マレーシア、中国の貿易パターン」 ラウ・シンイー 麗澤大学経済学部教授
ラウ・シンイー  雁行形態論に基づけば、1つの国では産業が衰退するが、企業の海外直接投資を通じ、その産業が異なる国に移植される。私の分析ではまず、日本、マレーシア、中国の輸出で分類の4桁に該当し、輸出総額の0.1%以上の品目を選択して、それらの品目を対象に顕示比較優位を計算した。例えばビデオテープ、レコーダーを意味するSITC7638という品目については、日本で衰退していく過程においてシンガポール、マレーシアにその産業が移植され、ピークになるとマレーシアの産業が衰退し、中国に同様の産業が移植されていった。マイクロフォン、拡声器、電気アンプ、変圧器といった他の品目でも、同様のパターンが見られた。また経済統合の議論をするときには、産業内貿易指数(IIT)を計算する必要がある。その分析結果を整理すると、日本とマレーシア、日本と中国の産業内貿易指数は、時間と共に高くなっており、産業内貿易でまさに分業体制が進んでいるということだ。
 多くの学術研究によれば、ヨーロッパ諸国のように発展レベルがあまり異なっていない国々の経済統合では、産業内貿易が非常に進むという。これに基づけばアジアの場合、発展レベルが非常に異なるため、産業内貿易は進まず、むしろ産業間貿易が主題になると考えられる。しかし分析結果によれば、産業間貿易よりむしろ産業内貿易が非常に進んできた。
 経済統合は実際、競合関係なのか、補完関係なのかと考え、日本とマレーシア、日本と中国という2国間貿易から検証すると、決して競合関係ではないことがわかる。むしろ補完的な関係になっており、日本とマレーシアの間ではますます産業内貿易が進んでいる。これは、経済統合が強まっているという傾向だ。同様に、日本と中国、日本と東アジア地域の他の国々に関しても、そのような品目がかなり存在する。
 結果として、東アジア地域の経済統合では、日本が雁行形態論で先頭に立つ雁だとすれば、後ろについてくる東南アジア諸国、そして中国のような国は、統合プロセスにおいて競争し合うのではなく、産業内貿易を通じて補完し合っているといえるのではないか。そのような統合関係を推し進めている力は、やはり先頭に立つ日本企業の投資行動だと思う。また食品関係の品目に関しては、地理的、文化的な要因も影響しているようで、東アジア16ヵ国の多様性の中に企業の投資行動が合理的に整理され、投資が行われた結果、域内の産業内貿易が経済統合の度合いを高めているという結論になるのではないか。

開催風景1
開催風景2
(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部