平成23年度 第2回 アジア研究会 「中国の対外膨張と大メコン圏」東京大学 社会科学研究所 所長・教授 末廣 昭 【2011/09/30】

日時:2011年9月30日

テーマ「中国の東アジア経済協力と日本」

平成23年度 第2回 アジア研究会
「中国の対外膨張と大メコン圏」


東京大学 社会科学研究所 所長・教授
末廣 昭(すえひろ あきら)

1. 中国の台頭、国際機関での発言力強化
末廣 昭 中国の経済台頭で必ずいわれるのは、昨年、名目GDP(国内総生産)で世界第2位になったことだ。日本がGDP成長率のアップダウンを繰り返す中、中国の経済的躍進は明確だ。購買力平価(PPP)で見ると、実は2000年代に入ったところで中国が日本を抜いている。一方、中国の軍事支出は毎年2桁で伸びている。また非常に重要な問題は中国の外貨準備で、2011年3月には遂に3兆ドルを超えた。中国は社会主義なので、外貨準備に国家が介入しても問題ない。このため中国投資有限責任公司(CIC)以外に、国際版中国開発投資銀行を作って外貨の余剰分を移し、国家が国際的な事業展開をサポートするための資金源にしようという新しい構想さえ出ている。
 中国のプレゼンスに関し、日本のマスコミや中国研究者の間では、もっぱら領土問題や南シナ海など領海権の問題が注目されている。しかし、私がむしろ強調したいのは、国際金融機関における中国のプレゼンスが急速に伸びていることだ。2003年にはアジア開発銀行(ADB)副総裁に中国人の金立群元財務次官が就任し、中国の発言が強化された。また2010年4月には、前年のG20での交渉結果を受けて、中国の世界銀行への出資比率が3位に上昇、国際通貨基金(IMF)への出資も、2010年9月に日本とほぼ同じになった。さらに2011年7月には、中国人民銀行副総裁を務めた朱民氏がIMF副総裁に指名された。このような活動の積み重ねが、国際経済社会における中国の今後の発言権を強化していくことは間違いない。
 現在の中国をどう見れば良いかだが、まず主流の見方といえるのは、中国の外交もしくは対外膨張を、社会主義中国の外交ではなく経済大国で近代国家になりつつある、あるいはほぼ近代国家になった中国の外交として読み替えるものだ。そして次に、国際政治の経済大国、近代国家よりは、もう少し中国に寄り添って、近隣重視の最近の地域主義外交を見ていこうというものがある。しかし、この見方では政治と経済、国家と企業が分離しており、中国の対外経済外交の実態を十分把握することができない。これに対し、もう少し経済を中心にして書かれたものもある。このほか、米国と日本のメディアに顕著だと思うが、国際政治の通常のツールよりも、中国の現在の対外関係、対外膨張を昔の「中華帝国」の再来のように捉えようとするものもある。さらに、今まで寝ていたスリーピング・ネットワークである中国の様々な血縁組織・地縁組織が、中国の台頭と積極的な外交に揺さぶられて目を覚まし、色々なことをやってくるという見方もある。

2. 「四位一体」の対外膨張、CLMV諸国への進出
 2010年単年の中国の輸出金額は1兆5800億ドルで、対内直接投資、海外からの受入は1850億ドルだった。中国企業の対外直接投資の2009年末現在の累計額は2457億ドル。対外援助はそれより1桁小さく、2009年末累計で375億ドルだった。一方、対外経済合作、つまり建設請負と建設に伴う労務提供、建設前の段階の設計コンサルティング、この3つからなる経済合作の中国側が得ている収入は、1990年から2009年までの合計で6000億ドルにも達し、対外直接投資の累計額よりもはるかに大きい。また、中国輸出入銀行はすでに日本の輸銀を超えており、2010年末現在、1150億ドルの対外貸出残高があるのだが、そのうち海外投資支援は33%を占める。つまり、貿易、投資、援助、対外経済合作が相互に補完する、「四位一体」になっている。しかし、より詳細に調べてみると、アジアではそれが通じず、アフリカでも援助は大きいが、投資、経済合作の金額は少ない。実はそれぞれの経済主体の思惑で動いている面があり、一概に四位一体という言い方をしない方が良いのではないかと思う。もしも四位一体が起きているならば、無作為の、事後的に成立した相互補完の関係だと理解した方が良いのではないか。
 今年4月に初めて公開された対外援助白書を見ると、アフリカへの援助が全体の45%と最大で、次がアジアへの33%だった。そして、2563億元の援助の残高があるが、これとは別に債務免除が255億ドルあるという。これは中国にとって、非常に大きな武器になっている。直接投資については、租税回避地域が2002年の累計で4分の1あったが、現在では15.4%に下がっている。これらは大半が、米国に回っている。うまく理解できないのがアジア向けの直接投資で、2009年の累計では全体の67%が香港に対するものだった。これについては、本当に香港に投資されているものもあるが、それらの金額は少なく、じつは中国本土に「外国資金」として還流するものが多いとみられる。おそらくそれが最大だろうが、証明はできない。そして2番目に、香港は東南アジア向けや中近東・アフリカ向け投資の中継基地になっている。一方、対外経済合作については、アジアではCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)はあまりなく、むしろ、日本やシンガポールなど先進国で金額が大きいのが特徴である。
 中国のエネルギー需給の構図は分かりやすい。まず石炭は現在、国内生産と消費が同じぐらいだが、今後は輸入に頼らざるを得ない。石油はすでに生産の倍の消費があり、2008年当時、国内生産と輸入が同程度だったが、現在は輸入が上回っている。天然ガスはまだ国内生産で何とかなるが、今後は石炭と同様に輸入が必要だ。電力はほとんど火力に頼っており、輸入石炭の重要性は今後ますます強まるものと考えられる。経済成長を続ければ当然、エネルギー消費は増加する。そうした中で中国が現在、特に狙っているのは天然ガスだと思う。原油よりも効率が良く、エネルギーの需給構造を変える場合、天然ガスは非常に注目される。このため中国の関心は、天然ガス産出国であるインドネシア、タイ、ミャンマーへ向かっている。
 そしてもう1つ、IT製品の製造、輸出が増加すると、レアメタルだけでなく、いわゆる希少鉱物資源と呼ばれる銅、鉛、ニッケル、タングステン、アルミニウムなどの需要も非常に増える。このため中国は現在、その確保に向かっている。それを支えているのが、三大鉱物資源集団で、電力や石油と同様、これら巨大な国有企業が各地へ出ていって開発を進めている。
 GMS(大メコン圏、CLMV諸国とタイ、中国の6ヵ国)について見ると、直接投資は2004年以降、中国がカンボジアで1位、ラオスで2位、ミャンマーでも2位に上がっている。これらの数字は、先にも見たように過小評価されたもので、実際の投資事業を数え上げていけば、より高い数字が出るだろう。では、なぜ中国はCLMV、東南アジアに向かうのか。これについては、2000年代以降、北京政府が採用する近隣諸国重視の外交路線に照らした場合、CLMV諸国は重要なのだという見方がある。また、発展途上国を支援するのは社会主義中国の責務であり、これを履行しなければならない、あるいは、南シナ海、インド洋への「海への道」を確保する必要がある、といった理由も、しばしば指摘される。しかし、これらは決定的な理由とは言えない私は考える。中国が現在、最もほしいものは石油、天然ガスであり、そして希少鉱物資源だ。このため、これらを保有するCLMV諸国は重要になる。

3. 無作為の相互補完的関係によって生じた対外経済戦略
 (1)貿易、(2)直接投資、(3)対外援助、(4)対外経済合作、(5)外貨準備、(6)中国企業の海外進出を支える国家機関の活動(中国投資有限責任公司、中国輸出入銀行、中国開発銀行など)、という6つ経済指標を見ると、それぞれが2000年代以降の対外膨張の期間に、急速な伸びを示してきたことは間違いない。ただ、この対外膨張を牽引しているのは中央政府かというと、そうとも言えない。むしろ、中国の民間企業や国有企業集団(石油・石油化学の3大集団、鉱物資源の3大集団、電力の5大集団など)のそれぞれの活動が重要な駆動力になっており、いわば彼らの資本主義的自己利益の追求の結果として生じたものだという見方ができるのではないかと思う。
 そして最も厄介な問題は、資本主義世界では失敗した企業は「市場の原理」に従って市場から撤退しなければならないが、中国については民間企業や国有企業が失敗しても、最後は国家が出てきて損失を補填したり活動を支援してしまうという点である。したがって、質の悪い企業も淘汰されず市場に残ってしまう。現在、アフリカやラテンアメリカで批判を浴びているのは、質が悪く利益を上げないような不良企業が、国の支援のもとで残存していることだ。要するに参入はするが、退出がないという問題が起きている。資本主義と社会主義の両方の原理の合体によって、こうした事態が生じているのである。
 中国では対外経済戦略は中央政府の計画的かつ組織的な行動の上に成り立っているのではなく、それはむしろ、さまざまな経済主体による無作為の相互補完的な関係の結果として生まれているというのが、私の現在の理解である。北京中央政府、外交部、商務部、国家経済機関、石油石化集団、鉱物資源集団、電力集団などのそれぞれが、ときには関係機関や他の集団の目的や利害と歩調を合わせて、そして、ときにはそれらの目的や利害とは無関係に、自己の利益を追求しているのではないのか。その結果、上記の6つの経済指標は、相互補完的な関係も作り出すが、それぞれの立場が相互に離反することもあり得るというのが、現在の私の観察である。


(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部