平成23年度 第5回 アジア研究会 「中国の政治体制とアジア諸国への影響」東京大学 大学院法学政治学研究科 教授 高原 明生 (たかはら あきお)【2011/12/14】

日時:2011年12月14日

テーマ「中国の東アジア経済協力と日本」

平成23年度 第5回 アジア研究会
「中国の政治体制とアジア諸国への影響」


東京大学 大学院法学政治学研究科 教授
高原 明生 (たかはら あきお)

1. 拡大する格差、倫理道徳の退廃、普遍的価値論争
高原 明生 中国では現在、国の方向性を決めるような重要度の高いトピックについて、様々な論争が起きている。例えば、「中国モデル」はあるのかという論争がある。「中国モデル」というのは海外で始まった言い方だが、中国人でもこの言葉を使う人たちが現れ、これに対する反論も起きている。わかりやすく言えば、政府の統制の強い政治体制と経済体制があり、そこにナショナリズムが加わるというものだ。これに対し、中国はまだ制度改革の途上にあり、「中国モデル」といえる静態的なモデルはない、などとする反論がある。
 中国では格差が問題になっており、この状況を改善して「和諧社会」を作ろうというのが胡錦濤・温家宝体制の重要な政策課題だった。しかし、これはほとんど成果を上げていない。中国では、ネポティズム、縁故主義がますますひどくなっており、「チャイニーズ・ドリーム」は萎んでいる。鄧小平の「先富論」は、「先に富める人は富みなさい。それが後から来る人の励みになり、共同富裕が実現する」というものだったが、格差の拡大により、そのような状況ではなくなっている。
 物価については最近、少し落ち着いてきたようだが、庶民にとっては大変な状況が続く。また環境汚染がひどく、北京ではスモッグが原因で飛行機が飛べないこともある。さらに10年前と比べ、高齢化が部分的に深刻な問題となってきている。そして都市開発や不動産開発は、成長の原動力として有力だったが、いつまでもこれに頼る訳にはいかない。地方政府は財政収入の源を、色々探らねばならない段階に来ている。
 2011年10月に開かれた第17期中央委員会第6回全体会議(6中全会)では、倫理道徳の退廃も重要な検討テーマになった。そのころ、幼児が車にひかれて苦しんでいるのに、18人もの通行人がそれを無視し、通り過ぎる事件が起きた。幼児はその間、再び車にひかれ、亡くなった。偶然、これを監視カメラが撮影していたため、この事件は中国社会にも衝撃を与え、「私たちの社会は病気だ」という嘆きの声が聞かれた。
 しかし、これに対して「何を言っているのだ。中国社会の現状は近代以降、最高の状況にある」という声もある。生活水準の向上は目覚しく、暴動やデモが起きることもあるが、基本的な社会の安定は保たれ、成長も続いている。その結果、中国の国際的な地位は近代以来、最高の高みに達しているというものだ。特に2008年のリーマン・ショック以降、アメリカ・モデルの権威は中国で失墜した。
 もう1つの深刻な論争は、「普遍的価値」をめぐるものだ。鄧小平以来の伝統的な中国の指導者の立場は、人権に普遍的価値があることを認めている。しかし、「中国は途上国なので、大目に見てほしい。やがて実現するが、道程は長い」という言い方をしてきた。2008年5月の新日中共同声明でも、「国際社会が共に認める、基本的かつ、普遍的価値の一層の理解と追求のために日中が緊密に協力する」という文言が盛り込まれ、胡錦濤国家主席、温家宝首相は「普遍的価値がある」という立場に立っている。
 その一方で、2009年には、「普遍的価値など存在しない」という言説が広まり、普遍的価値論争が表面化した。宣伝部門内では、こちらが主流と言って良い立場を占めるようになっている。この立場は、「西洋的価値に過ぎないものを我々に押し付けるため、西洋が『普遍的価値』と呼んでいる」とする。中国最大のシンクタンク、国務院の一部である中国社会科学院の院長や、党の機関紙である『人民日報』、機関誌の『求是』に出てくる言説は、このような立場だ。党のリーダーである総書記がAと言っているのに、宣伝部門はBと言っており、このような意見の不一致、亀裂の露呈はかつての共産党にはあり得なかったことだ。
 また、国防大学教授で現役の上級大佐である劉明福氏の著書『中国夢』が売れている。この本は、「これからは中国の時代だ」、「中国的価値が世界を席巻する」とするもので、個人が追求するChinese dreamは萎んでしまったが、これからはChina dreamがあるという。ただ、「中国的な価値とは、いったい何か」と聞くと、中国の人は説明できない。数年前であれば、「それは儒教だ」ということだったが、最近は儒教をめぐっても議論や混乱が起きている。

2. 政治改革、外交政策、南シナ海問題
 政治改革をめぐっては、温家宝氏が盛んに推進論を唱えていたが、今年春、はっきりとした反対論が、全人代の常務委員長である呉邦国氏によって出された。呉邦国氏は常務委員会の活動報告において、「国家の根本制度など、重大な原則問題について動揺してはならない」、「動揺すれば、国家は内乱の深い淵に陥る可能性がある」といった激しい言葉づかいで政治改革を否定し、皆を驚かせた。
 また今年、採択された第12次五ヵ年計画の1つの目玉は、社会の安定化をどう実現するかということで、これは胡錦濤・温家宝政権の特徴を表すものだったと思う。この目的には誰も反対しないが、手段に関しては大きな意見の違いがある。一方では、改革を進めることによって社会を安定させる、いわゆる市民社会の発展が良いという考え方があり、他方でこれに反対する声がある。しかし、市民社会の社会組織を全くなくしてしまうことはできず、「党と政府の管理体系にしっかり組み込むことが重要」と主張する。今年10月の6中全会では、盛んに社会主義的価値、マルクス主義的価値が強調され、儒教はやや後退した。これらの動きを見ても、中国の指導層に存在する深い亀裂を感じる。
 外交政策をめぐっても、厳しい論争がある。一番の大元では、「韜光養晦」を守るかどうかという話がある。韜光養晦とは、能力を隠し、低姿勢で協調的な外交をしていくべき、時を待って協調的な外交をしていくべきという鄧小平の教えだ。今年9月に発表された平和発展に関する国務院の文書では、この韜光養晦を守るとし、中国は経済規模が拡大して世界第2位の経済大国になったが、1人当たりGDPは低く、依然として発展途上国だとしている。
 このような立場に立つ人たちが非常に気にしているのは、中国メディアにおける言説状況の変化だ。ここ2、3年、かつては中国メディアに載らなかったような、激しい言説が多数、載るようになっている。南シナ海に関するものが最も多いが、インドに関するものも多かった。例えばアメリカをどのように攻めるかという話で、太平洋を渡っていくのは大変だから、逆側から、つまり南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、そして喜望峰を周り、大西洋側から行けば良い、叩くべきアメリカの政治経済の中枢は大陸の東側にあるといった主張などだ。
 2009年7月の在外使節会議では、胡錦濤国家主席が演説で、中国外交の4つの戦略目標を挙げた。これは「政治面で影響力を強める」、「経済面で競争力を強める」、そして「イメージ面では親和力を上げる」、「道義面では感化力を上げる」というものだ。中でも、イメージ・アップは重要な戦略目標とされたが、このような激しい言説を中国メディアがばらまけば、この指示に反することになる。
 また最近、かなり勢いを強めているのは「鄧小平の教えである韜光養晦を超越する時期が来ている」とする説だ。「中国は世界経済を牽引しており、今やG7ではなくG20の時代だ」、「相当な海外権益が生じており、それを守るには軍事力の投射能力を強化しなければならない」というように、リアリズムむき出しの考え方をする人たちが増えている。
 在外使節会議での胡錦濤演説に関しては、近隣外交について、「地政学的な戦略拠点の充実強化をはからなければならない」という言い方をしていることに驚いた。これが何を意味するのかは当初、よくわからず、現在もはっきりとはわからないが、その後の政策から判断するに、大きく分けて2つのことではないかと思う。1つは北朝鮮に対する支援の強化で、バッファーとしての地政学的な重要性を考えるというものだ。そして、もう1つは南シナ海への進出だ。
 韜光養晦をめぐっては、相変わらずはっきりせず、綱引きが続いているが、やはり気になるのは在外使節会議で若干の修正が加えられたことだ。これは正に中国共産党的なやり方で、やや玉虫色の修正だ。鄧小平は韜光養晦、そして有所作為とも言った。有所作為とは、「為すべきところを為す」ということで、特に主権をめぐる問題についてはしっかりやれということだ。最近、南シナ海、あるいはその他で中国外交が自己主張を強めたといわれるが、「堅持韜光養晦、積極有所作為」への方針の修正が関係なかったとはいえないのではないか。
 南シナ海については、「九段線」の問題、地図上に中国が引いている破線の問題がある。中国側の主張は、この破線の中の海域で管轄権を有しているというものだが、この水域は国連海洋法が認める沿岸国の排他的経済水域と重なっている。先日、中国の人民外交学会から研究者を招いて行われたシンポジウムでも、これについて「歴史的権利」という言い方をする人がいた。これに対し、私が「そのような言い方を続ければ、中国は孤立を深めざるを得ない」と言ったところ、後で別の中国の出席者が「本当にそうなのだが、我々としては取り下げる訳にもいかない」と言っていた。現在の雰囲気でそのようなことを言えば、「売国奴だ」などと批判される。非常に厳しい空気があり、誰も言い出せないので中国にとっても頭が痛いという状況が、しばらくは続くだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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