第110回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「中央アジアの変動と国際情勢」青山学院大学 国際政治経済学部 教授 袴田 茂樹【2011/05/26】

日時:2011年5月26日

第110回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「中央アジアの変動と国際情勢」


青山学院大学 国際政治経済学部 教授
袴田 茂樹

1.ネガティブなソフトパワー
袴田 茂樹     アラブ諸国の政変の前触れと位置付けられる昨年のキルギスの政変にも関心があり、ウズベキスタンで国際会議に招かれたのを機に、キルギスにも足を伸ばしてきた。
 ウズベキスタンの国際会議は、大統領直属の政治研究センターが主催で、11カ国40名程が参加した。「新たな国際関係における新しい概念」として、とくに「ソフトパワーの役割」がテーマであった。私は、ネガティブな意味でのソフトパワー、つまり風評被害について、報告をした。日本の地震、津波、原発事故が起きた後の各国の過剰な反応に疑問を抱き、できるだけ日本の状況をきちんと話し過剰反応を抑えることが私の役割であると考えたからだ。
 まず、原発事故に関してはロシアの反応は2つある。最初に事故に対処した「カミカゼ突撃隊200人は遅かれ早かれこの2,3ヶ月のうちに放射線で苦しみながら死んでいく」という風評被害を煽るような刺激的な記事があった。一方、専門家の見解としては、次のような内容の冷静な記事もある。
 福島第一原発は運転開始が1971年で一番古いが、電力供給や冷却システムなどの補助設備がダウンしたために、結果的に本体にまで深刻な事態が生じた。しかし原子炉自体は地震、津波、建物爆発にも耐えている。それに対しては敬意を払わざるを得ない。
 またこの事故の深刻度がチェルノブイリと同じレベル7であることに対して、ロシアの多くの専門家は、過大な評価だと述べている。
 3月末にはポーランドのマスメディアが、EUとロシア、日本を結んで電話での国際会議を計画し、私も参加した。「大きな地震や津波のある国では原発は禁止するべきだという3月24日のメドベージェフ大統領の発言と、プーチンの日本へのエネルギー支援に対する発言に対してどう思うか」と問われた。
 この質問に対して私は、メドベージェフは、大きな地震や津波が予測される国では、原発の安全基準や規制を厳しくすべきだと提案したのであって、禁止すべきだと述べたのではない。想定外の大きな地震、津波であったとはいえ、深刻な事故が起きたことは真摯に受け止めざるを得ないし、基準をより厳しくするのは合理的な判断である、と述べた。
 また、プーチン首相の提案は、ロシアからのヨーロッパへのエネルギーの輸出を増やし、ヨーロッパのカタール等からの輸入を減らし、そこから日本へのエネルギー輸出を増やすというものである。これが日ロ関係の改善に役立つと思うかと質問を受けた。
 私は、プーチンが真に日本を思っての提案なのか、もしくは日本の不幸を利用してロシアが自国の国家戦略あるいはビジネスを進展させようとしているのか、その受け止め方によって意味合いが変わってくる。160名のレスキュー隊派遣など、日本人がロシアのさまざまな支援に対し感謝しているのは事実であるが、もしも日本国民が後者のような受け止め方をするならば逆の効果もあり得ると答えた。東京のロシア大使館の敷地内でロシアの専門家が放射線量を計測したところ、東京の放射線量はモスクワの半分であった。そのような事例も紹介しながら、過剰な反応は控えるべきであると国際社会に訴えた。

2.アラブの政変とロシア、中央アジアへの影響
 アラブの政変とロシア、中央アジアへの影響について、『独立新聞』などの記事を引用しながらいくつか紹介したい。中央アジア問題などが一番しっかりしているのはロシアの『独立新聞』で、中央アジア情勢、CIS情勢についてかなり客観的に述べており、この新聞は日本大使館などもサポートしている。ただし、キルギスに関しては一貫して当初から非常に冷たい扱いであった。キルギスで政変を担った連中はアメリカの手先、アメリカの傀儡といわんばかりの雰囲気である。新聞記事は、元バキーエフ派の人物のインタビュー等が中心である。また、クリントン国務長官とローザ・オトゥンバエワ大統領が並んだ写真は新聞に載せるが、メドベージェフ大統領やプーチン首相と並んだ写真を大きく掲載することはなかった。つまり、ある意図的な編集がなされており、『独立新聞』らしくないと思うこともしばしばあった。
 北アフリカやアラブ諸国の政変、いわゆる「アラブの春」が中央アジア諸国を始めとするCIS諸国に影響を及ぼすかどうかという問題に関心がある。じつは1年前にキルギスで起きた政変は「アラブの春」を先取りするものであった。モスクワのカーネギー研究所のマラシェンコ氏は、アフリカ、アラブ諸国と中央アジアには共通の要素があると指摘している。すなわち、貧困、失業、腐敗、汚職、若者が多いというようなことである。しかし文化が異なり、インターネット、フェイスブック、ツイッターなどは、エジプトやチュニジアほど中央アジアでは発達していないので、同じような事態は起きないだろう、としている。
 もしも中央アジアで政変的なことが起これば、キルギスを除いてどの政権も必ず武力弾圧に出るだろうという見方がある。
 ウズベキスタンは、国内情勢の不安定がカリモフの立場を脆弱にしているという見方がある。しかし何か起きたら強権的に弾圧する国で革命の可能性はそう高くない。ロシアの専門家も、ウズベキスタンでは2005年のアンディジャン事件のように、政権批判のデモなどが起きれば1時間で弾圧するだろうと紹介されている。
 カザフスタンは、少し前に実施された大統領選挙の結果、ナザルバエフ大統領は95.5%の支持率を得た。これをどう見るかについては色々な評価があるだろうが、カザフ国民は一般に満足しており、安定を望んでいるとの見方ができる。経済が急速に発展したカザフスタンは安定していて、アラブ的な状況が中央アジアで起きる可能性は少ないという見方が強い。
 トルクメニスタンは、教育や生活必需品が非常に安く設定されているので、革命の可能性はゼロではないが極めて少ない。社会保障は極めて低い水準であるが、それでも、電気、ガス、塩、教育、医療は無料で、パンやガソリンが非常に安い。ある程度改革は進められているが、ニヤゾフ時代の超強権体制から解放はされていない。
 大統領制から議会民主制への移行を宣言したキルギスに対しては、ロシアでは非常に厳しい見方をされている。民主改革が進展しても、将来も安定するとは言えない。民族間の和解もまだ不十分で、もしも騒動がおきないとしたら、国民が革命にうんざりしているからであり、革命の可能性は高いという見方だ。
 キルギス人自身は、カザフスタン、ウズベキスタンその他の中央アジア諸国と違って、キルギス国民は指導者たちの腐敗汚職を許さない。民衆が腐敗や汚職を見れば、怒って政権を倒す。その意味でキルギスは他の中央アジア諸国よりもずっと民主的であるという言い方をよくする。
 しかし、大統領あるいは指導者を批判することが民主的という意味ではない。私はキルギス人にしばしば次のように述べた。あなたたちは政権を批判するというが、指導者の腐敗だけでなく、あなたたちの生活の中に、腐敗、汚職、ネポチズム(縁故主義)やコネ社会的な状況がないといえるのか、と。つまり、国民自身が、法治社会としての行動をしているかが問われているわけです。
 野党「アタ・メケン」党指導者の一人のインタビュー記事によれば、500万あまりのキルギス国民のうち30万人がロシアとカザフの国籍をとっているとのことである。出稼ぎ者の数はもっと多い。これが、キルギスの今の状況を示している。歴史的に見るとキルギスにはロシアの企業が存在したが、今や主要な経済相手国はロシアではなく、中国やトルコと経済関係を強めており、ロシアは政治面での協力により関心を向けている。中国はキルギスでミネラルウォーターの水源を確保し、鉱山の開発権を獲得している。トルコはキルギスに対して、文化的な共通性を強調し、教育面や中小企業分野での協力に力を入れている。米国や欧州は教育や民主化のNPOなどに力を入れている。特別の立場にあるのが日本で、一貫して人材育成に力を入れている。
 キルギスの治安機関がウズベキスタン、タジキスタンの国内情勢について分析したものを見たことがある。ウズベキスタンではエタール(ロシア語でフバーチット=もう結構)とか、ウズベク人民党といった反体制運動が生じているが、体制転覆には至らないと分析していた。タジキスタンに関しては、ロシアからのエネルギー、石油価格などが上昇して国民の間に不満が募っているという分析であった。
 また、資源をめぐるキルギス、ウズベクの紛争も深刻だ。ソ連時代には、「中央アジア・ガスプロム」企業がこの地域をすべてカバーし、キルギスのバトケン州では、そのウズベク支社が採掘をしていた。ソ連崩壊後、国境が定まっていない地域となり「ウズベク石油ガス」企業がキルギスの法律の下で採掘をしている。キルギス側は、これまでの利益5億ドルを返還せよとウズベキスタンに要求して紛争になっているようである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部