第111回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「連鎖する中東の政変」NHK解説委員 出川 展恒(でがわ のぶひさ)【2011/06/23】

日時:2011年6月23日

第111回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「連鎖する中東の政変」


NHK解説委員
出川 展恒(でがわ のぶひさ)

1.エジプトの政変
「1月25日革命」
出川 展恒 ムバラク前大統領の辞任を求める民衆のデモは、1月25日に始まり、2月11日にムバラク氏が辞任して、30年に及ぶ独裁体制が崩壊した。エジプト国内では、「1月25日革命」の呼び方が定着している。政情が安定していると思われていたエジプトで政変が起きたのは、チュニジアのベンアリ政権が、1月14日、市民の抗議運動で倒されたことが直接の引き金となった。チュニジアの政変を衛星テレビで見たエジプトの人々は、「われわれにもできる」と勇気づけられ、大規模な反政府デモに参加した。チュニジアと同様、インターネットと携帯電話に加えて、アラビア語の衛星テレビ局「アルジャジーラ」の果たした役割が大きかった。アルジャジーラは、報道機関というだけでなく、政変の主要なプレーヤーになっていた。

軍が主導する民主化
 エジプトの今回の政変には、2つの側面があった。ひとつは「民衆革命」で、もうひとつは「軍によるクーデター」である。「民衆革命」の主役は、宗教心の薄い都会の若者たちで、インターネットや携帯電話を駆使して、大規模な反政府デモを組織した。中東ということで連想されがちな、イスラム運動の役割はあまり大きくなかった。そして、決定的な役割を果たしたのは、軍だった。軍は中立の立場を貫き、最終的にムバラク氏に「引導」を渡した。ムバラク氏の辞任にともない、軍の最高評議会が、暫定的に権力を掌握した。タンタウィ国防相が、軍の最高評議会の議長、すなわち、臨時の国家元首となった。2月13日の声明で、憲法を一部改正し、民主的な選挙制度を確立したうえで、人民議会選挙と大統領選挙を行い、新しい正式な政権を発足させるというロードマップを明らかにした。あわせて、「一時的な政権掌握であり、正式な政権ができた暁には、すべての権力を引き渡す」と強調している。つまり、「軍が主導する民主化」という、異例の革命である。3月19日、「国民投票」が行われ、賛成票77%で憲法改正案が成立した。この憲法改正は、大統領の権限を制限し、長期独裁政権を阻むことに主眼が置かれた。大統領の任期を、これまでの6年から4年に短縮し、2期8年を限度とした。大統領選挙の立候補資格を大幅に緩和し、必ず副大統領を置くことも定めた。
 人民議会選挙と大統領選挙の日程は、当初の発表から遅れが出ている。これは、軍最高評議会の事情ではなく、選挙に候補する側の事情によるものである。とくに、革命の主役といえる若者たちのグループは、選挙に向けた準備がまったく整っていない。政党をつくり、候補者を立てて、選挙に参加すべきだと主張するグループと、今後も政治の監視役として活動してゆくべきだというグループに分裂してしまった。両者の対立の溝は深く、修復は困難だ。独裁政権を倒すことと、新しい政治体制をつくることは、まったく別のことである。

注目される「ムスリム同胞団」
 対照的に、選挙に向けた準備を着々と進めているのは、「ムスリム同胞団」である。穏健なイスラム原理主義組織で、これまで「非合法」とされてきた。長年、貧しい人々の暮らしを支える福祉活動に力を入れ、エジプト社会に深く浸透している。最近、首都カイロに、立派な本部が完成した。「ムスリム同胞団」という看板を堂々と掲げていること自体、画期的なことだ。「ムスリム同胞団」は、新政党「自由公正党」を結成し、秋に予定される人民議会選挙で、全議席の45~50%の獲得を目標に掲げている。「ムスリム同胞団」が、カイロの高級ホテルで開いた市民対象のセミナーを取材したところ、幹部が、集まった市民に「ムスリム同胞団」の歴史や活動の目的について説明し、会場からの質問に丁寧に答えていた。その応対やメディア対応は洗練されており、用意周到である。「ムスリム同胞団」は、組織力と資金力があり、人民議会選挙では、第1党になると予想される。その一方で、「ムスリム同胞団」は、大統領選挙には独自の候補を立てない意向を表明している。国の内外で、イスラム化が急速に進むことへの警戒感が強まっていることを認識しているからである。時間をかけて、じっくり足場を固め、勢力拡大を図る戦略と見られる。

次期大統領は、ムーサ氏か
 来年初めまでに大統領選挙の投票が行われる。最有力候補は、アラブ連盟の前の事務局長、アムル・ムーサ氏である。ムバラク政権時代の90年代、外相を務め、国民的な人気がある。中東の複雑な国際政治を知り尽くし、アラブ諸国だけでなく、欧米との信頼関係も築いている。公正な選挙が予定通り行われれば、圧倒的に有利である。IAEA(国際原子力機関)の前の事務局長、モハメド・エルバラダイ氏も立候補の意思を示している。イラクの大量破壊兵器の査察、北朝鮮やイランの核問題に取り組み、ノーベル平和賞も受賞しているが、国際的な知名度とは裏腹に、エジプト国内では強い支持基盤がなく、カリスマ性に欠けている。歴代4人の大統領は、すべて軍の出身者だ。最高評議会は、「軍からは大統領候補を出さない」と表明しているが、軍の息がかかった人物が立候補する可能性はある。エジプト軍は、国防だけでなく、行政にも深く関与し、広範な経済活動も行っている。しかも、毎年アメリカから13億ドルという多額の軍事援助を受けている。巨大な組織と権益を持つ軍が、新しい政治体制で、どんな地位と役割が与えられるかが注目される。既得権益が脅かされたと感じた場合、軍がどう行動するかは未知数である。また、軍が、国民が望むような、大胆な民主化改革を実行できるのかどうか、疑問視する見方も根強い。

民主化の難しさ
 ムバラク政権を倒した若者たちは、新しい体制になっても、自分たちの生活が、そう簡単に良くならないことに、気づかされるだろう。失業、貧困、汚職などの問題は、一朝一夕には解決しない。そういう閉塞感の中で、イスラム勢力が支持を広げてゆく可能性は高い。
 エジプトではこれまで、自由公正な選挙は一度も行われず、学校教育で民主主義について教わることも全くなかった。選挙の結果、イスラム勢力が台頭し、政治と社会のイスラム化が進むことを、少数派のキリスト教徒や世俗派の人々は恐れている。「ムスリム同胞団」は、穏健なイスラム組織だが、強硬で保守的なイスラム勢力も活動を活発化させている。キリスト教徒との間で衝突も頻発しており、民主化の不安定要素となっている。

外交と中東和平への影響
 エジプトの新政権は、当面、ムバラク政権時代の外交方針を踏襲する可能性が高い。エジプト経済は、観光、石油の輸出、スエズ運河の通行料、海外からの送金に依存しており、急激な外交関係の変更は、経済の根幹を揺るがしかねない。
エジプトの政変に、最も大きな懸念を抱いているのは、イスラエルだ。軍最高評議会は、「エジプト政府がこれまでに結んだ国際条約や協定は守る」と表明している。しかし、「ムスリム同胞団」は、イスラエルとの平和条約に は基本的に反対の立場だ。仮に将来、「ムスリム同胞団」などイスラム勢力による政権ができた場合、イスラエルとの外交関係を見直す可能性も否定できない。イスラエルは、エジプトの新政権がイランとの関係改善を目指す動きを見せていることや、パレスチナのイスラム組織「ハマス」に融和的な姿勢を示していることにも、大きな危機感を抱いている。中東地域のパワーバランスが大きく変わる可能性がある。

2.長期化するリビアの内戦
 41年にわたるカダフィ大佐の独裁体制が続くリビアでも、2月中旬、チュニジアとエジプトの政変に触発される形で、反政府デモが始まった。カダフィ政権は、外国人の傭兵を大量に動員し、一般市民にも銃を向け、戦闘機やヘリコプターを使った無差別攻撃を行った。大量虐殺が起きるという危機感が広がり、3月17日、国連安全保障理事会で、リビア市民を守るための武力行使を容認する決議が採択された。3月19日、多国籍軍による軍事作戦が始まり、戦闘機やミサイルで、カダフィ政権の軍事拠点を攻撃した。反政府勢力は、一気に攻勢に出て、首都トリポリに迫ったものの、多国籍軍は、地上部隊を派遣せず、空爆も限定的なものにとどまった。カダフィ政権側は再び攻勢に転じ、いくつかの都市を奪還した。
 カダフィ政権は、離反者が相次ぎ、求心力が衰えているが、ここまで持ちこたえているのは、反政府勢力を徹底的に弾圧していることに加えて、国際社会の足並みが揃っていない事情がある。反政府勢力は、戦闘経験がほとんどなく、多国籍軍の支援に頼り切っている。武力弾圧による犠牲者は、1万人から1万5000人と見られ、チュニジアやエジプトの政変と比べ、桁違いの多さだ。国際社会の足並みが揃わないのは、各国の思惑が違いすぎるのが原因だ。フランスとイギリスは、攻撃用のヘリコプターも投入して、カダフィ政権の中枢を攻撃しているが、アメリカは、アフガニスタンとイラクへの対応で手一杯で、リビアには深入りしたくないのが本音だ。一方、ロシアと中国は、リビアの石油資源への関心から、カダフィ政権と関係を深め、軍事作戦に反対している。それでも、関係国の間で、「カダフィ氏が政権の座にいる限り、問題は解決しない」という共通の認識が生まれつつある。国際社会としては、内戦が泥沼化しないよう、カダフィ氏のすみやかな退陣を促すこと。軍事・経済の両面で、強い圧力をかけ続けるとともに、カダフィ氏の落ち着き先を用意することも必要だ。そして、カダフィ政権に終止符が打たれた時に、リビアの人々が、新しい国づくりにとりくめるよう、支援の枠組みをつくっておくことが大切だ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部