第114回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「ユーラシアをめぐる安全保障・地域協力について:ロシアの動向に関する二題」防衛省 防衛研究所 主任研究官 湯浅 剛 (ゆあさ たけし)【2011/10/21】

日時:2011年10月21日

第114回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「ユーラシアをめぐる安全保障・地域協力について:ロシアの動向に関する二題」


防衛省 防衛研究所 主任研究官
前ビシュケク、スコピエ、タシケント事務所長
湯浅 剛 (ゆあさ たけし)

1. 地域協力を巡る最近の動向
湯浅 剛(1)プーチン構想とユーラシア経済共同体/関税同盟
 10月4日付『イズヴェスチヤ』にプーチンが寄稿した「ユーラシアのための新たな統合プロジェクト」という論文がある。EU型の地域統合を追及し、地域統合に参加する国は政治的主権は維持して、ユーロのような統一通貨を導入し、中央銀行の設立も視野に入れ、ユーラシア経済共同体とその中核的な枠組みである関税同盟を発展させて将来的には統一経済空間に移管するという概要の論文である。
この論文は現段階では次期大統領選にむけての重要政策課題の表明以上のものではないと思う。昔からプーチンは、ソ連の解体がロシアの歴史にとって悲劇であったという意味合いの発言をしていたが、ロシアの指導者として、政策重要課題を示していく上で、この次期を選んで示した以上のものではない。具体化に向けた道筋はこれからの問題になっていくのではないか。
 統合体の名称を「ユーラシア同盟」とした点は興味深い。ロシアの指導者がこの名称のもとで将来の統合構想を表明したのは画期的である。統合イメージや名称は、時代背景や文脈は全く異なるが1994年にナザルバエフ・カザフスタン大統領が提唱したものに近く、最策課題として遡上にのった時には、カザフスタンは少なくとも反対はしないのではないか。当然議論を進めていく姿勢を示すと思われる。
 現状ではプーチンの構想は政策の空理空論ばかりで中身が伴っていない。プーチン構想の中ではユーラシア経済共同体とその中核諸国(ベラルーシ、カザフスタン、ロシア)からなる関税同盟が中軸にすえられている。プーチンは首相職在任中この問題の主管担当であったので、経済統合を軸に地域全体の統合を進めることは自然な発想の流れである。演説、論文だけをとりあげても、うまく進むとは思えない。ロシアのメディアでもそういう評価があると思うが、報道をみていても、この数年、ユーラシア経済共同体、あるいは関税同盟のプロセスに紆余曲折があったのは自明である。
 たとえば関税同盟に関する法典は昨年の2月に調印されている。その後も批准を巡る審議の中でカザフスタンやベラルーシの政府や議会の中で不安視する議論が続いていた。プーチンの構想では通貨統合を視野に入れているがその結論もロシアとカザフスタンのアイデアでは開きがある。
 去年はよく報道を目にしたが、今年は具体的な議論がなされていない印象がある。プーチン構想によれば2012年初頭には共通の関税制度について基本的な手続きが完了して、参加国によって統一経済空間の形成が果たされることになっている。2012年以降の枠組みが実際にどのように機能するか見極める必要がある。

(2)集団安全保障条約機構と集団作戦即応部隊構想
 多国間の安全保障の枠組みにも、ロシアの構想がアイデアとして先行しているばかりで実態が伴っていない傾向がある。8月末にベラルーシのルカシェンカ大統領が早期運用開始を主張したとされる、集団安全保障条約機構(CSTO)というロシアが主導する集団防衛の枠組みがあるが、その元での集団作戦即応部隊(外務省訳では合同作戦対応部隊)(KSOR)を早期運用するアイデアが出された。2009年の初期の段階で、KSORを実現しようと加盟国間で合意がなされ、関連文書が調印された。
 KSORに関する合意は今年7月に、ロシアの外務省の広報で公開されているが、中身をみると基本的な枠組みを示しているだけである。CSTOの条約に基づいて、部隊の配置、規模、種類はCSTOの理事会の意思決定によってなされるという形でお茶を濁している形の条約である。推測になるが、加盟国間の間で方針にかなり開きがある。2年前の私の分析で指摘したとおり、その溝はまだ埋まっていないのではないか。
 他方で、ロシアの政権周辺では、ルカシェンコ同様、CSTOあるいはKSORの活用を追及する動きも見られる。メドベージェフ大統領に近いシンクタンク「現代発展研究所」(イーゴリ・ユルゲンス所長)がCSTOに関して報告書を出している。ロシア側からみてCSTOの枠組みを利用して、ロシアが思い描く地域秩序で理想的なものを描いている。例えばアフガニスタンの安定に向けて上海協力機構やNATOとの積極的な協調を行っていこうという内容が提唱されている。データ的にはユルゲンス所長の報告書では、CSTOの下で、部隊の中でも特に安全保障の用語でいうと国家対国家ではなく、テロ対象の部隊を作る構想がある。CSTOの枠組みで作戦として成果が上がっているデータも報告書の中に掲載されている。提言にどれだけ実現性があるのかどうかは未知数である。今後注目すべきである。

2. ロシア・NATO関係について
 ロシアはCSTOをNATOと対等のパートナーとして位置づけて協力を構築したい趣向を強く持っている。NATOは、規模、組織の成熟度から、CSTOをジュニア・パートナーととらえているに過ぎない。2009年11月にロシアが提唱した、既存のヨーロッパの保証の枠組み、機能を見直し継承発展させるヨーロッパ安全保障条約が提案されたが、NATO側はあまり議論をしていない。ヨーロッパを含めたユーラシア安全保障の仕組み、特にNATO諸国との協力体制がロシアの理想像とは程遠い状態である。
 他方、2008年のグルジア戦争を含めて紆余曲折もあるが、NATOとの関係は近年の地域情勢に伴い、西側とロシアが必然的に協力せざるを得ない分野が広がりつつある。NATOとロシアの問題が、単にヨーロッパ地域の問題ではなく、ユーラシア全域、特に、旧ソ連圏、かつての勢力圏を含めた地域にも問題群が広がりつつある。例えば、東欧諸国へのミサイル防衛の配備の問題、グルジア情勢、トルコ・アルメニア間の国交回復問題、イランの核開発、アフガン情勢、いずれも停滞しているものばかりで、NATOやNATOの加盟国や、ロシアの利益を折衷しながら進めていかざるを得ない案件である。ロシアはかつての自らの勢力圏、あるいはその周辺域で発生する問題群に対処するためにNATOとの関係改善、協力をすすめなければいけない立場にあるのではないか。これがロシアの地域安全保障メカニズムの改革案の提唱へと繋がっている。同様の展開が最近の中東情勢、あるいはリビア、シリアに対するロシアの姿勢にも見られる。リビアの政変以降、ロシアはカダフィー政権の存続を巡ってあいまいな態度をとり続けていた。あいまいな態度をとりながら、ロシアの権益を守ることを優先した。例えば、2月にカダフィー政権に対して制裁を決めた国連安保理決議に対して、ロシアは武力行使の反対の立場から中国とともに賛成に回った。リビアに対するNATOの空爆に対しては、反対の立場に立っていたが、カダフィーの劣勢が明らかになり、9月1日には国民評議会を承認するに至った。その間、3月21日、空爆が始まって間もない頃、プーチンが空爆に対して中世の十字軍を想起させるものであると発言したのを受けて、メドベージェフ大統領は、十字軍という言い方は容認できないと反論している。単に、外交上のレトリックに対する問題というよりは、この時期から次期大統領のポストを巡って権力闘争が背景にあったのかもしれない。少なくとも対リビア関係、国際関係という文脈の中で、指導者間の齟齬を考えるときに、個人的であると同時に組織的なものでもある。
 ロシアとリビアの関係は、ソ連時代からあったが、特にその時代は武器の供与という形で関係が築かれ、また、社会主義国としての支援を行っていた。ロシアの国家元首がリビアを始めて訪問したのは2008年4月、プーチンの訪問が初である。プーチンがリビアを訪れ、経済協力あるいは武器支援のきっかけをつくった。この訪問が両国関係の活性化、特に原油採掘、軍事技術の分野での協力の本格化に繋がっていった。推測すると、社会主義時代は、ソ連とリビアの間で関係が続いていたが、エリツィン時代に国家間の関係は少し距離をおくようになった。リビアは、プーチンの2008年訪問を機に、ロシアとの軍事協力、軍事技術の分野での協力をもう一度改めて作り上げよう、兵器に関しても最新鋭の技術の知識を導入して、自国で生かしていこうという目論見があったのだろう。ロシアは、新しい国民評議会を主体とする政府、新政権の下で、ロシアとして軍事技術の分野の協力、あるいは石油を含めた利権を維持していく方向にあるのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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