第115回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「独立20周年のタジキスタン経済」 開発アドバイザー / 元ADBタジキスタン駐在代表 本村 和子 (もとむら かずこ)【2011/11/16】

日時:2011年11月16日

第115回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「独立20周年のタジキスタン経済」


開発アドバイザー / 元ADBタジキスタン駐在代表
本村 和子 (もとむら かずこ)

1. 苦難の独立後10年:内戦から治安回復まで
本村 和子 タジキスタンでは1991年の独立後、経済的混乱に加え1992年から内戦が5年間続いた結果、1997年までにGDPは3分の1に減少、国民は飢餓の危機に瀕する経験をした。和平の成立した1997年に経済の後退は止まり、2000年までの間、年間4-5%の成長をみたが、高いインフレで国民生活に実質的な改善は見られなかった。1997年から2000年の暫定和平期間中、政府は国際支援を受けて積極的に社会秩序の回復と経済の回復に取り組んだ。
 1999年末に憲法改定(政教分離を明示)と大統領選挙が実施され、暫定和平期間が終わる2000年3月には、新しく設置される二院制議会選挙が行われて、新国家体制がスタートした。
 2000年初めには夜間外出禁止令が解除され、同年10月には独自通貨ソモニが混乱もなく導入された。しかし当時のタジキスタンでは貧困ライン以下で生活する人口の割合が92%を占めるという状態で、政府に復興を進める経済力はほとんどなく、また治安にも問題が多かったため、事実上、復興と経済改革を支えたのは国際機関の支援と人道援助であった。

2. 経済開発と改革への積極的な取り組み(2002年以降)
 タジキスタンの治安状態は、2001年9・11の後、アフガニスタンの情勢が変わったことで2001年末から急速に改善に向かった。それにより2002年以降は、国際機関だけではなく二国間援助が活発になり、大使館や民間の援助事務所の新設が続き、この頃から社会全体に復興への意欲が高まるのが感じられた。
 2002年にはタジキスタン政府は国民に将来の展望を示し、またドナーには開発の指針を示して国際支援を効率的に受けられるよう、最初の貧困削減戦略を完成させた。ADBがその作成を支援した。旧ソ連の共和国の中でこれを完成したのはタジキスタンが最初であった。
 経済の成長速度は2000年以降高まり、2002-2004年には毎年10%以上の成長が続き、またインフレが収まってきたため、2002年以降、市民生活は少しずつ明るさを増していった。

(第1表) 主要マクロ経済指標の推移1996-2005 (前年=100)

3. 国際支援の強化と債務削減
 2006年にはタジキスタンは国連の提唱するミレニアム開発目標の達成を目指し、『2006-2015年の国家開発戦略』を発展途上国の中で最初に策定し、その10年の期間中に少なくとも年間7%、できれば9%の高成長を維持することをめざした。同時に、この開発政策に沿って、具体的な投資計画や、それに必要な政府の財政負担などを盛り込んだ貧困削減戦略も、第2次、第3次と策定・実施され、現在に至っている。
 こうしたタジキスタンの将来の開発に対する前向きな姿勢は、それまでの復興の成果とあわせて、国際的に好意的に受け止められ、国連、IMFをはじめ国際機関や2国間援助が強化される背景となった。
 しかし、タジキスタンには非常に多額の対外債務があり、それが経済復興の足かせとなっていた。最大の債権国ロシアはすでに2004年、3億ドルのタジキスタン向け債務のうち2.5億ドルの削減に応じていたが、2006年にはIMFが9、900万ドルの債務削減に踏み切るなど、債務軽減の動きが続いた。その結果、タジキスタンの対外債務がGDPに占めるシェアは2000年の108%から2006年初めには39%に低下し、経済活性化の追い風となった。

4. 経済のかじ取りに積極的となる政府
 2005年のCG会合(支援国会議)で、ラフモン大統領はタジキスタンが戦後復興期から開発期へ移行したと宣言した。国際支援が進み、経済が順調に改善される中、2006年以降、タジキスタン政府は経済の舵取りに積極的となっていった。これを端的に示した出来事の一つは、2006年、中国から総計6.4億ドルという、タジキスタンにとっては巨額といえる借款を導入し、かねてから切望していたいくつかのインフラ投資プロジェクト実施に踏み切ったことであった。こうした政府の姿勢は国民に支持され、2006年11月に実施された大統領選挙では、ラフモン大統領が得票率80%(投票率は91%)で再選された。
 またタジキスタンはIMFの支援プログラムをより独立性の強いもの(従来と異なり、融資は受けずアドバイスだけを受けて、経済改革を実行するプログラム)に変更することを希望、IMFはこれに合意して2006年末から新規のプログラム策定にかかった。しかしその矢先の2007年、タジキスタン国立銀行が、綿花栽培に必要な資金調達にあたり、その資産を直接貸し付けに充てたり、国際資金調達に必要な保証を出すという重大なルール違反を隠蔽して行っていたことが明るみに出たことから、IMFの新規プログラム策定交渉は棚上げとなった。タジキスタン側は、産業の柱の一つである綿花生産を維持するために、他の方法はなかったという立場を貫きながらも、IMFプログラムへの復帰を目指した。その結果、IMFの決定に従い、このルール違反のあった期間中3年間にIMFから受けた融資を全額返納、また中央銀行はIMFの特別監査を受けると同時に、その活動の透明性を高めるための改革プログラムを受け入れた。これらの過程は、ほぼ予定通り終わり、タジキスタンは2009年から再び、従来どおりのIMF支援プログラムに復帰した。

5. 2005年以降、経済成長のペース低下
 2005年以降、タジキスタンの経済成長のペースは低下し、年間GDP成長率は7%前後で推移するようになった。この頃を境に、タジキスタンでは戦後復興の時期は過ぎ、さらに高成長を続けるためには、一段の経済と産業構造の改革を進め、また貿易の拡大と外国資本の誘致に必要な環境を整備することが必要となってきた。しかしその後、現在に至るまで、タジキスタンの基本的な経済構造・特徴に大きな変化はみられない。

(第2表) 主要マクロ経済指標の推移2006-2011、1-6 (年間成長率)

6. タジキスタン経済の特徴
 タジキスタン経済の特徴は、生産と輸出の主力がアルミニウム、綿花、電力に偏る一方、燃料と穀物の対外依存度が極めて高いことである。そのため経済は気候変動や国際市況に左右されやすく、常にインフレの危険にさらされていることが弱点である。経済成長率は2006年から2008年は7%を上回ったが、インフレ率がそれを上回るペースとなり、市民生活が圧迫された。
 またタジキスタンでは、出稼ぎが経済を支える重要な収入源となっており、2008年には仕送りによる収入が過去最高の27億ドルとなった。GDPが約50億ドルなので、その半分が仕送りで支えられていることになる。主な出稼ぎ先はロシアとカザフスタンで、両国への出稼ぎ労働者数は世界銀行の調査で150万人以上といわれている。
 貿易では取引商品が著しく限定されているため、国際価格の変動が輸出入額に直接影響し、年による変動が大きい。2010年の輸出額は12億ドル、輸入額は26.6億ドルであった。貿易収支は、輸出余力が限られ、市場の動向に柔軟に対応する余裕がないところから、恒常的に赤字である。輸出の8割がアルミニウムと綿花で、輸出全体の8-9割がCIS以外の諸国向けである。一方、輸入は6割がCIS諸国からで、石油、天然ガス、アルミナ、穀物が輸入の3割を占めるほか、木材、金属製品、機械類、加工食品、繊維品などが輸入されている。ここ数年の特徴としては、中国との輸出入が急に増え、現在では、輸出入とも中国が10%程度を占めている。

7. 経済の現状と展望
 内戦の和平プロセスが終わってから10年が経過した。その間、とくに最近数年間、経済が改善され、市民生活には格段の落ち着きと活気がみられるようになった。独立20周年を節目に、首都ドゥシャンベも地方も一段と整備され、明るい雰囲気となった。しかし2009年現在でも、GDP総額は約50億ドル、1人当たりGDPは700ドルという水準で、市民生活はGDPの3-5割を占める出稼ぎ労働の仕送りに支えられているという状態である。人口に占める貧困層の割合は、1999年の92%から大きく減少したものの、2009年現在でもいまだ46%を占めている。社会保障の充実もこれからである。今後も高い経済成長を持続させ、さらに生活水準の向上を急ぐことを最優先させなければならない。
 今後の課題は、国内需要にこたえて輸入代替産業を育成すると同時に、国際競争力のある製品の生産を拡大して輸出を増やし、貿易の効率を向上させることである。また、レアアース、非鉄金属、レアメタルなど開発の潜在力が活用されていない。経済発展の牽引力となるのは民間企業の活動であるが、その基盤となる資金と人材に乏しいというのが実情である。今後も、国際支援により経済改革を進めつつ、外資導入に必要な環境整備を急ぐ努力が求められる。
 課題ばかりが目につくなかで、最近注目される二つの明るい動きがある。そのひとつは、金融部門の改革が進み、民間資本の蓄積がこの数年間で急速に伸びたことである。2007年と比べると2010年の商業銀行の預金口座数は、20万口から45万口に増え、民間資金総額はドルに換算すると100億ドルから140億ドルに増えた。貯蓄高は国内通貨建てでは個人が4倍、法人が2倍に、また外貨建てでは、法人はほぼ横ばいであるが、個人では3倍に増加した。2010年現在、預金総額に占める個人のシェアは22%、外貨建ての割合は43%である。この民間資本の蓄積は、経済成長にともなう所得の増加で民間資金にゆとりがでてきたことに加え、市民の銀行に対する信頼が増したことが大きな要因である。今後もこの傾向が続き、商業銀行が金融仲介役を果たせるだけの規模の資産を持って安定した経営ができるよう経験を積み、民間経済活動の促進に積極的な役割を果たすようになることが期待される。
 もうひとつの特筆すべき動向は、タジキスタンが農業改革を進めるうえで障害となっていた綿花債務問題の処理が進んでいることである。債務総額約2.9億ドルのうち、約8割については処理が終り、残りは財務省が2018年までに処理を終える予定である。綿花債務問題の解決には、さまざまな痛みをともなったが、これによってタジキスタンの農業生産で最大のシェアを占めている綿花の栽培農家に再出発の機会がもたらされた。
 そのほか、最近数年、食品加工と繊維産業で増産傾向が見られるのも好ましい動向である。
 これまでタジキスタンは内戦を経験し、そのあとも困難な時代が続いたが、復興と経済改善がかなり順調に進められてきた背景のひとつは、政府の中枢が権力闘争などで大幅に入れ替わることなく、基本政策が継続されたために政府内に経験と知識が蓄積され、それによって政策立案・実施能力が強化されたことである。この政治的な安定の下で、順調に世代交代も進んでいる。
 次の大統領選挙は2013年である。この20年間のラフモン政権の成果を考えれば、現大統領がもう1期つとめる公算が強い。しかし憲法によれば、ラフモン大統領にとってそれが最後の任期となる。2020年の大統領選挙に向けて、誰が次の政権の担い手となってくるのか、注目されるところである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部