第116回-1 中央ユーラシア調査会 報告1 「グルジア紛争後のアゼルバイジャンとグルジア:内政・外交への影響」慶応義塾大学 総合政策学部 准教授 廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)【2011/12/16】

日時:2011年12月16日

第116回-1 中央ユーラシア調査会
報告1「グルジア紛争後のアゼルバイジャンとグルジア:内政・外交への影響」


慶応義塾大学 総合政策学部 准教授
廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)

1.はじめに
廣瀬 陽子 コソヴォの承認とグルジア紛争が発生した2008年に未承認国家(非承認国家ともいう。本報告では未承認国家で統一)をめぐる状況は大きく変化した。グルジア紛争後にグルジアとアゼルバイジャンの内政外交の変化がどのように起きたのか、また未承認国家に対する政策がどのように変わったのか。

2.グルジア紛争のグルジア、アゼルバイジャンにおける内政的・外交的影響

2-1 グルジア
 サアカシュヴィリ大統領に対する反発は実はそれほど大きくない。国家が受けた経済的・人的損害は大きいだけではなく、グルジアが長年目指してきたNATOやEUへの加盟の道が大きく遠のくなど外交的ダメージは大きいが、ロシアの挑発と囲い込みが強まる中で戦争は避けられなかったと考える国民が圧倒的である。他方、野党のブルジャナゼなど、野党への反発は強まっている。戦争に負けた以上、グルジアは敗戦国として生きていく必要があり、いくつかの変化がでてきている。
 一つ目として、欧米との関係深化のために必須であり、かつロシアには欠けている「民主化」をこれまで以上に推進していることが挙げられる。戦争では負けたが、民主化の水準ではロシアに決して負けないというわけである。司法分野の発展は遅れが目立っているが、民主化、透明化、事務手続きの簡素化に関しては顕著な進展が見られる。しかし、経済的にはアメリカからの援助で何とかやっている状態で、アメリカの属国と言ってもよい。一方、米国オバマ政権が2009年から始めたロシアに対するリセットポリシーには不信感を持っており、アメリカとは微妙な空気も流れている。グルジアが最も不信感を強めているのがロシアとの関係を最優先しているドイツである。グルジアがNATO加盟の登竜門として期待していた2008年4月のNATOのMAP(加盟行動計画)が承認されるか否かの時にも、ロシアの圧力でドイツとフランスが反対に回った。EUが提出したグルジア紛争の評価レポートでは、双方に責任ありとしながらも、直接的原因となった先制攻撃はグルジアによるという決断を下したのはドイツの委員だと言っている。
 次に挙げられるのが、アメリカとドイツないしEUへの不満が高まる中で、グルジアが歩みだしているのが、地域諸国との関係強化を進めることである。特に想定しているのが、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコ、イランである。なかでもアゼルバイジャンとの関係強化が強く感じられる。例えば、アブハジアの近くのアナクリアで、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジアの青年キャンプを開催し、サアカシュヴィリ大統領も参加している。アナクリア地区に国際地区を開発して、ウォーター・パーク、ヨットハーバー・レンタル、ディスコ、カジノ、ヤシの木の大量植林などをし、観光地として栄えさせようとしている。さらに、アジャリアのバトゥーミの再開発も行い、近隣諸国、特にトルコとアゼルバイジャンからの観光客を誘致している。サアカシュヴィリ大統領は、アゼルバイジャンとの連合を再三呼び掛けている。また、トビリシの大統領府の近くにヘイダル・アリエフ公園を開設するなど、様々なアゼルバイジャンに対する阿る政策をとっているのである。他方、アゼルバイジャンのアリエフ大統領も、「ロシアはアルメニアを持つ、われわれはグルジアを持つ」と発言するなど、グルジアに対する影響力の拡大を明らかに意識している。実際、SOCAR(アゼルバイジャンの国営石油会社)がグルジアのガス網をかなり支配するなど、アルメニアのインフラがロシアに支配されている構図と似た構図がアゼルバイジャンとグルジア間にも見られている。
 三点目が、北コーカサス・ファクターの利用である。2010年10月13日には北コーカサス住民に対する査証制度を撤廃した。通常はバイラテラルな交渉に基づくため、ロシアはその姿勢を「非文明国」と批判している。しかし、北コーカサスの住民には朗報であり、グルジアに多くいる親族や友人との面会が容易になるだけでなく、ビジネスチャンスの拡大も期待できる。また、2011年5月20日には18~19世紀のチェルケス人の虐殺問題を世界で始めて公認した。野党はこの会議への出席をボイコットしたが、出席した与党議員は全会一致で賛成した。さらに、現在、ここ17年間にわたるチェチェン人に対する虐殺決議についても着手している。

2-2 アゼルバイジャン
 国民も政府も、グルジアとは運命共同体であると考えている。グルジア紛争の際に、グルジアに対して公に支援を表明しなかった政府に国民の怒りが高まり、一部抗議行動もあった。その一方で、ロシアの怖さも認識しており政府の対応に一定の理解も持っている。他方、アゼルバイジャン政府は、グルジアの二の舞を踏むまいとして、ロシアへの接近を強化している。グルジアと同じ状況が起こりうると想定しているからである。北部の民族問題は、2000年頃に高まり分離運動なども過激に起きたが、最近は収まっている感がある。しかし、ロシアがアブハジアや南オセチアの住民にロシアのパスポートを配布しているのと同様に、ダゲスタンとアゼルバイジャンの間で分断された民族に対してもロシアのパスポートを配布している。つまり、アゼルバイジャンの北部で、ロシアが「自国民保護」という名目でグルジアを攻撃したのと同じ論理が成立することになるのである。最近では、ロシア大使がロシアにいる3~400万人の出稼ぎアゼルバイジャン人を脅迫材料として使ってくるそうである。関係が悪化すれば強制送還も可能で、その際のアゼルバイジャン経済への影響は極めて大きい。
 アリエフ大統領はグルジア紛争勃発直後にロシアに対して、自国防衛のための根回しをした。つまり、ロシア大統領に電話し、グルジア在住のアゼルバイジャン人やBTCパイプラインなどアゼルバイジャンの権益に直接かかわるものに危害を加えないよう懇願したのだ。加えて、アゼルバイジャンでも容易に再現されうるグルジア・シナリオを避けるため、アゼルバイジャンのガバラ・レーダー基地の延長を容易に認め、天然ガスの販売をロシアに優先的に行った。さらに、ここ2年で、アゼルバイジャン大統領は、娘2人をロシア国籍のアゼルバイジャン人に嫁がせている。娘を人質に出したとアゼルバイジャン人は見ている。
 一方で、アゼルバイジャンはグルジアをこっそり援助している。サアカシュヴィリの行動にも共感と同情の念を持っている。アゼルバイジャン人もグルジア紛争はロシアによって仕組まれ、グルジアは嵌められたと考えているのである。

3.ポスト2008年の未承認国家政策
 ポスト2008年の未承認国家政策、つまり2008年の紛争以後、両国がどのように未承認国家に対する政策を変えてきたのか。

3-1 グルジア
 2008年の戦争後、グルジアでは南オセチアのツヒンバリからの国内避難民が増えたことで、国内避難民(Internally Displaced Person: IDP)の問題が深刻化した。一番打撃だったのが、アブハジアと南オセチアが、複数国から国家承認を受けた「独立国」になりアプローチが難しくなったことである。今後は何かをしようとすると常に内政干渉になる。現在、アブハジア、南オセチアではロシアによる軍備の拡充や、さらなるロシア化が進んでいる。グルジア人は、ロシアは承認をお金で買っていると言っている。現在、両地域を承認しているのは、ニカラグア、ベネズエラ、ナウル、ツヴァル、加えてアブハジアをバヌアツが承認している。このような追い詰められた状況では、未承認国家への政策も変えていかなければならない。グルジアは、信頼醸成を図っていく政策に転換している。この方向性がEUから指南を受けて作られたセルビアのコソヴォに対する政策と似ているので、EUの指導によるものかと思ったが、グルジア政府は完全にグルジア独自の政策であると述べていた。その主なものを二つ紹介したい。
 一つ目は、占領された地に対する国家ストラテジー(State Strategy on Occupied Territories)である。去年の1月に作られ、7月にはアクションプランの形で拡充されている。このアクションプランは4つの側面(人道的、人間、社会、経済)を多面的にカバーし信頼を醸成していく。例えば、人道援助、自然災害への対応、コミュニティ間の関係、文化遺産とアイデンティティの保全、情報の自由な流れ、人権、若者の活動、教育、ヘルスケア、環境、貿易、共同生産、コミュニケーション、インフラストラクチャーの整備。それを支えるリエゾン・オフィス(トビリシとアブハジアのスフミ)、旅券やIDの付与システム、財政制度、統合社会経済ゾーン、協力エージェンシー、信託、共同投資資本などのシステムによって目的を補完していく方向性でやっていく。特にグルジア政府が、自信をもっているのが、教育、ヘルスケア、貿易共同生産の分野である。教育については、グルジアで教育機会を与え、来年からは、アブハジア、南オセチアの青年に対して、奨学金やフェローシップの付与も計画されている。ヘルスケアについては、無料で医療を供与し、年間約120万ドルの予算をつけている。トビリシ、クタイシに加え、アブハジアのガリ、グダウタ、オチャムチレ、南オセチアのアハルゴリ等で治療を無料で供与している他、予防医療にも努力をしており、ツベルクリン、ポリオなど高価なワクチンの無料供与や、HIVラボ創設やHIV治療薬の供与なども行っている。また南オセチアとアブハジアは、両地域が輸入に頼った生活をしているため物価が高い。グルジアとの交易や共同生産は非常に効果的なので、国境地域の貿易、共同生産なども少しずつ活発化している。
 二つ目に、"On Status-Neutral Identification and Travel Documents"がある。アブハジア、南オセチアの住人が、グルジア国民と同様の権利、特典、さらに身分証明書や旅券なども得ることができるというものだ。だが、この政策には反発もかなり大きい。例えば、アブハジアはポピュリズムであると言い、南オセチアは信頼醸成には遅すぎると言っている。グルジア本国でも、グルジア市民の経済状況も決して良い訳ではなく、多くの人が経済的理由で医療を受けられない状況にあるにも拘らず、何故これほど敵を優遇するのか、という不満が国民、特にIDPから強く出ている。国際社会からも、単なる時間稼ぎの理論的な計画にすぎないという批判もある。とはいえ、成果は未知数だが、アブハジア、南オセチアのロシア化が進み、内政干渉という切り返しまでされてしまう状況では、信頼を積み上げていくしかないのが実情である。

3-2 アゼルバイジャン
 グルジア紛争後、未承認国家問題がより一層、国際政治、国内政治を左右するファクターになっている。グルジア同様、IDPやアルメニアからの難民の所有権問題は引き続き厄介な問題である。最近では、ナゴルノ・カラバフの開発が進む中で、ナゴルノ・カラバフの空港開港問題は厄介な揉め事になっている。
 アゼルバイジャンは一貫して、ロシアは未承認国家の問題を近い外国への外交カードとしていると言っている。そこで二つの疑問が生じる。それならば何故、①南オセチア・アブハジアを承認し、②グルジア紛争後にナゴルノ・カラバフ紛争の和平を仲介したり、沿ドニエストル問題で「5+2交渉」を再開したりするのだろうか。まず、南オセチア、アブハジアの承認の背景には、多面的な事情があり、グルジアに対する懲罰と周辺国に対する見せしめに加え、コソヴォ承認に対する欧米へのあてつけをしたかったということに加え、南コーカサス、特に黒海沿岸に軍事基地を確保したいという願望が背景にあった。また、未承認国家の和平を活発化しているのは、国際的な平和国家的なポーズであり、ロシアが和平交渉を独占することで、常に旧ソ連の国際政治の中心的なポジションを維持するとともに和平を妨害するためである。つまり、ナゴルノ・カラバフ、沿ドニエストルの独立を認める気は全くないが、和平を仲介している国連、EU、OSCEの力を骨抜きにし、ロシアが中心的なポジションを維持することが目的だといえる。
 ナゴルノ・カラバフ問題に関しては、アルメニアの疲弊を待つ戦略に転換している。アゼルバイジャンはロシアが自国にグルジアカードを使うことを恐れており、現状維持が最も得策だと考えている。本気でカラバフを奪還しようとすれば、ロシアからの懲罰がありうると考えているからだ。アルメニアはロシアに全て捧げ、国内は骨抜き状態で、ロシアから兵器も無料でもらっているが、「ただほど高いものはない」と、アルメニアを冷ややかに見ている。石油・天然ガスで経済的に潤っているアゼルバイジャンは高みの見物をしながらアルメニアが泣きついてくるのを待つ戦略に2008年に転換した。アゼルバイジャンは、ナゴルノ・カラバフ問題について、戦争の手段に訴えるようなことを度々表明し軍拡も進めているが、脅しであって、石油で潤い続けている以上、戦争に訴えることはあり得ない。
 アゼルバイジャンでも、紛争解決のカギはすべてロシアに握られているという声が多い一方、アゼルバイジャンこそが全てのカギを握る、すなわち、アゼルバイジャンが「イエス」といわない限りは、交渉の進展はあり得ず、コーカサスのエネルギー・ハブとして国際的ポジションを高めている今、実はアゼルバイジャンの交渉力は高まっているのだ、という声も若干聞かれた。ただし、一方で、関係主体の多くに解決のための政治的意思が欠けているという問題もある。

4.まとめに代えて
 最後に、本報告は関係者の是非やグルジア紛争の是非を問うものはない。グルジアとアゼルバイジャンのグルジア紛争に対する認識や生じた対応を考えることが、今後の展開を検討する上で不可欠なのではないか。コーカサスの未承認国家問題のカギを握るのはやはりロシアである。現状では、国際社会も関与できず、グルジアの和平に深く関わるEU、アゼルバイジャンの和平に関わるOSCEも、ロシアの妨害で何もできないお手上げ状態である。グルジアにおいては、ロシアが国連のグルジア・マンデート延長に反対して国連を追い出した経緯がある。グルジア紛争後、アブハジア、南オセチアを承認し内政干渉を掲げてEUをも追い出す事態となっている。
 つまり、未承認国家に内政干渉という言葉が使われるようになってしまったのである。ロシアの鶴の一声で地域が国家になりうる。国家とは、大国の恣意的な感覚で生まれると言っても過言ではない。
 未承認国家問題では、かつて国家の規範となってきた基盤はもはや機能せず、歴史、法、通例・先例は通用しなくなった。極めて政治的な問題となっている。特にコソヴォが悪しき先例になっているのは否めない。現在も、セルビアのEU加盟問題の最大のネックになっているが、そもそもEUのコソヴォ承認の基準が非常に曖昧である。現状に見合った明確な基準を作るべき時がきている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部