第44回 IISTアジア講演会 「アジア太平洋地域の経済連携を展望する~日本APECを終えて~」経済産業省通商政策局審議官(総括担当) 西山 英彦【2011/01/28】

講演日時:2011年1月28日

第44回 IISTアジア講演会会
「アジア太平洋地域の経済連携を展望する~日本APECを終えて~」


経済産業省通商政策局審議官(総括担当)
西山 英彦

西山 英彦1. APEC首脳会議の成果
 今日はアジア太平洋経済協力(APEC)の成果と、最近話題になっている環太平洋戦略経済連携協定(TPP)などにつながる経済連携についてご説明する。
 APECでは一昨年12月、お台場で開かれた非公式の高級実務者会合(senior official meeting / SOM)を皮切りに、「Change and Action」をスローガンに検討を行ってきた。昨年11月13、14日には横浜で首脳会議が開かれ、首脳宣言(横浜ビジョン)が取りまとめられた。昨年は「ボゴール目標」の達成について評価する年で、今後のAPEC地域のあり方も示す必要があった。APECは貿易や投資の自由化、円滑化を主な課題とし、1989年に発足したが、その実現に向けてボゴール目標が作られ、「エコノミー」と呼ばれるAPEC参加の21の国・地域のうち、先進エコノミーは2010年、他のエコノミーは2020年にこの目標を達成することとなった。
 首脳宣言では、現下のAPECがカバーするアジア太平洋地域は、世界経済への影響力を非常に強めると共に、国境を越えたサプライチェーンとしての重要性が増大し、新しいIT技術が次々に採用されているとの現状認識と変化が書かれている。首脳宣言では各エコノミーの基盤と多角的貿易体制を強化すると共に、さらにG20と協調することの重要性も指摘されている。多角的貿易体制に関しては、首脳宣言において「ドーハ開発アジェンダを迅速、かつ成功裏に終結させることが必要だ」と認識し、その上で、2011年は極めて重要な「機会の窓」(window of opportunity)との認識した上で緊張感を持ち、包括的な交渉に臨むよう各首脳が閣僚に指示する事が書かれている。また、保護主義への対応に関しては、2013年末までに輸出規制を含め、新たな保護主義的な措置を講じないということを約束した。さらに気候変動への対応の必要性も認識され、COP15のコペンハーゲン合意を支持他も盛り込まれた。
 アジア太平洋をビジョンとして考えるなら、共同体(community)という言葉以外にないとの認識の上、APECでは小文字のcから始まるAPEC communityを用い将来像を描いている。首脳宣言ではAPECが将来、共同体(community)として3つの性格を持つことが必要だと指摘している。第1に「緊密な共同体」である。これは非常に強化され、かつ深められた地域経済統合を行う地域・共同体ということだ。第2は「強い共同体」で、優れた特質を持った、経済成長をできる共同体を意味している。第3は「安全な共同体」で、テロや病気、災害、食糧などに関する安全が確保された経済環境を持つものというものだ。
 ここでボゴール目標についてご説明したい。ボゴール目標は、1994年にインドネシアのボゴールで行われた首脳レベルの会合で合意され、今年評価すべきとされていたのは先進エコノミーの日本、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド5つだった。ところが、これは非常に良いことだったのだが、8つの任意のエコノミー(シンガポール、香港、チリ、ペルー、メキシコ、韓国、マレーシア、台湾)が「自分たちも評価されたい」と名乗り出て、計13のエコノミーに関する評価が行われた。
 評価結果は、さらに取り組む作業が残っているものの、ボゴール目標への努力により、アジア太平洋地域では貿易や投資に対する障壁が非常に減少し、貿易や投資の規模が拡大し経済成長が進み、人々の福祉も大幅に改善され、ボゴール目標の達成については、「顕著な進展があった」というのが今回の結論になっている。この「顕著な進展」というのは英語でsignificant progressと英語で言っているが、この言葉に行き着くまでにかなり時間がかかった。なお、この評価については日本が原案を作成し、これを1年かけて、各エコノミー、アジア開発銀行、世界銀行など様々な有識者と相談しながら、何度もやり取りを重ねた末100ページ程度の評価報告を纏めており、首脳はそのエッセンスを声明として発表している。
開催風景 ボゴール目標の達成度を以上のように評価した上で、APECの新しいビジョンとしての「強い共同体」を実現するためのAPEC地域の成長戦略が昨年の1つの目玉だった。成長戦略として(1)世界経済におけるバランスの取れた成長を意味する「均衡ある成長」、(2)あらゆる市民に経済成長への参加の機会を提供する「あまねく広がる成長」、(3)環境やエネルギーの制約に配慮した「持続可能な成長」、(4)研究開発などのイノベーションを進め、新興産業を促進していく「革新的成長」、(5)テロ、病気、地震や津波、台風を含む災害などから自由な形で経済活動ができるようにするという「安全な成長」の5つの成長の特性が合意された。また、各エコノミーは今後、包括的に取り組むべき分野での行動計画を作成することとなり、まず構造改革の分野でそれが実行される。高級実務者レベルでは、2011年中に各エコノミーの首脳が自ら行う構造改革の内容について約束することで合意し、5年が経過した2015年に進捗を報告しようということになっている。
 APECビジョンの3つの柱のうちの「緊密な共同体」を作るためのものが地域経済統合だが、この地域経済統合において鍵となる概念がアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。これをどう考えるかも昨年のAPEC会合の1つの焦点であった。FTAAPという概念はこれまで、アジア地域においてASEANに日本、中国、韓国が加わったもの、さらにインドやオーストラリア、ニュージーランドが加わったものができてくる中で、どちらかと言うと太平洋の反対側のアメリカを中心に連携に入りたいと提唱された、どちらかと言うと漠然とした概念として存在していたFTAAPだが、昨年のAPEC首脳会議では最終的に自由貿易協定と定義された。
このFTAAPに至る重要な道筋として、ASEAN+3、ASEAN+6、そしてTPPがあげられる。そして、APECは新しい概念のインキュベーター(育ての親)として、APECの外側で行われる広域的な自由貿易協定の交渉にも、その議論の成果を反映させていく役割を担ってもらおうとしている。これに加え、分野別の取り組みに関する作業を継続、発展していくことにAPECのもう1つの機能がある。今年のAPEC議長国は米国で、既に活動を始めている。ハワイのホノルルで昨年のうちに高級実務者の非公式の会合が行われ、今年はワシントンで高級実務者の、そしてモンタナで大きな貿易大臣や中小企業大臣の会合があり、サンフランシスコで、高級実務者など関連の会合が開かれ、11月にはハワイに戻り首脳会議が行われる。

2.EPA、TPPをめぐる動向
 これまで日本が経済連携協定(EPA)でかかわってきた国、地域は、ASEAN地域など日本企業が生産拠点を持っているところが中心だった。しかし、今後は大きな市場を押さえていかなければならない。大きな市場の1つは米国で、もう1つはEUだ。さらに中国もあり、これらの国とEPAや自由貿易協定(FTA)を進めていくことが、次の課題である。これに強い刺激を与えてくれているのは隣の韓国で、非常に素早く、大胆に動いている。韓国は既にEUともFTAを締結し、今後5年間でEU側の関税がなくなれば、日本からの輸出とは乗用車で10%、薄型テレビで14%の差がつくことになり、本当にこの調子で進めば、相当厳しい影響があると考えられている。韓国は米国との間でも昨年12月再交渉のような形になり、FTAが成立した。中国とは今年にも、交渉を開始するという説がある。
 日本では、昨年11月9日「包括的経済連携に関する基本方針」が閣議決定された。基本方針では、主要貿易国間で高いレベルのEPA/FTA網が拡大しているという厳しい認識を示した上で、「『国を開き』、『未来を拓く』ための固い決意を固め、遜色のない高いレベルの経済連携を進めると同時に、高いレベルの経済連携に必要となる競争力強化等の抜本的な国内改革を先行的に推進する」として、抜本的な改革で高いレベルのEPAを目指すことを、非常に高いレベルの文書で謳ったことになる。
 具体的には「すべての品目を自由化交渉対象」とする中で、それに伴う様々な手当に取り組んでいる最中である。また、アジア太平洋地域とそれ以外の主要な国、その他を分けており、アジア太平洋地域については、まず現在交渉中のものをしっかり行う。ペルーとは先般の首脳会談の際に妥結しており、豪州については、まだ難しいものとして残っている。その他に、韓国とのEPAでは韓国との思惑が合わず、一度は交渉に入ったが、中断したままになっている。そして先ほども触れたが、日本、中国、韓国のFTAや、東アジア自由貿易圏構想というのは、ASEAN+3のことで、東アジア包括的経済連携構想というのは、ASEAN+6のことだ。これらについて、今は研究中だが進めていくということだ。さらに未だEPA交渉に入っていない主要国や地域については、2国間のEPAを行うとした。そして、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に向けた道筋の中で、唯一交渉に入っているのがTPPである。我々は今、TPPの交渉をしている9ヵ国を訪問し、日本の立場を述べ、相手方から交渉の現状や日本が入るときにどのような考え方を持つかということを聞いているところである。
 TPPは現在、9ヵ国で交渉されているが、その基になるのはシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイという4ヵ国が2006年に作った経済連携協定(通称P4)だ。そして米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムを加えた8ヵ国でP4を発展させ、新たな広域経済連携協定を目指そうとしている。さらにマレーシアが昨年10月から参加し、現在9ヵ国で交渉が行われている。誰かが新しく交渉に参加したいと思えば、この9ヵ国の同意をそれぞれ取り付けなければならない。期限はないが、参加国は今年11月に米国の主催で行われるAPECの首脳会議の際に、妥結したいと思っている。そうなると、日本の主張を反映させるためには、なるべく早く入る必要がある。しかも各国の国内手続きの問題があり、米国では議会の承認を得るため、行政府から議会に「日本と交渉したい」と通報してから90日待たなければ交渉ができない。
 アジア太平洋地域以外では、EUが最重要だ。
次に今申し上げたような経済連携への対応をしていく際、どうしても国内対策をしっかりやらなければ難しい。それを行う体制を内閣として整えている。まず、FTAAPやEPAのための閣僚会合」を設置している。そして「食と農林漁業の再生推進本部」という総理を本部長とする会議を設置した。また「食と農林漁業の再生実現会議」を作り、閣僚と有識者で議論していただいている。この本部の結論が、基本方針として、今年6月、そして行動計画として今年10月をめどに策定されることになっている。このスケジュールで、総理も様々なときに、6月にTPPに入るかどうかの決断をすると言っているのだと私は理解している。
 TPPに反対する人たちからは「すぐに関税がゼロになり、農業などは壊滅する」という声があるが、これは事実に反する。自由化とはすぐに関税をゼロにすることではなく、TPPの交渉を積極的に進めている米国においても、自由化率が高いが、長期的に時間をかけて自由化している例もかなりある。さらに全体に占める比率はごくわずかだが、米国といえども本当に困る品目については除外している。
 TPPに加盟すれば、日本の関税は次第になくなるが、当然この9ヵ国の関税もなくなる。民間でこれらの国に払っている関税は、2009年には計3497億円で、これを払う必要がなくなるほか、様々なルールができればビジネスもやりやすくなる。TPPに関しては現在、作業部会でルールを作ろうとしており、ここではアジア太平洋の貿易や投資、知的所有権、中小企業対策などについて決められる。したがって日本も早めに入り、主張を行う必要がある。2つ目に、米国との関係強化がある。米国は韓国、コロンビア、パナマとの間でのEPA、FTAが終われば、後はTPPに集中するという考えだ。議会との関係で、これが最も良いやり方だと考えていると我々は理解している。このため米国との関係を強化するには、TPPしか道がない。
 TPPは決して、農業を犠牲にして製造業、サービス業の繁栄を図るものではない。農業についてはこれまでと異なる発想で対策を考えていただき、我々経済産業省も、輸出を支援するなど様々なことをしたい。そういった対策をしっかりさせた上でTPPに入り、日本の立場を確立し、ルール形成にも参画するという方向へ持っていく所存だ。

(参考)APEC経済産業省URL:
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/apec/index.html

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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