平成23年度 国際情勢講演会 「激動する中東情勢を読む~アラブの春、あるテロリストの死」 国際政治学者/放送大学教授 高橋 和夫【2011/07/14】

講演日時:2011年7月14日

平成23年度 国際情勢講演会
「激動する中東情勢を読む~アラブの春、あるテロリストの死」


国際政治学者/放送大学教授
高橋 和夫

高橋 和夫 1. 米国によるビンラーディン殺害
 2001年9月11日に起きた米同時多発テロの黒幕とされるオサマ・ビンラーディンが、今年5月アメリカによって殺害された。場所はパキスタンの首都イスラマバードの郊外、アバタバードという町であった。この町は軍の町として知られている。CIAが怪しい邸宅を嗅ぎつけたものの、居住者がビンラーディンかどうかは最終的に確認できていなかったようだ。だが、5月1日に作戦が実行され、ネイビーシールズと呼ばれる特殊部隊が任務に当たった。ビンラーディンの遺体はDNA鑑定で本人と確認され、遺体は海に沈められた。陸地に埋めればそこが聖地になり、巡礼地になったりするのを嫌ったからだ。この作戦で最も重要な点は、パキスタン側に事前通告しなかったことだ。米国はパキスタンを信用していない。情報が漏れてしまうと懸念していた。
 短期間ではあったが、殺害の成功によって、オバマ大統領の支持率が高くなった。08年の大統領選挙では、候補者オバマは、イラクの戦争は間違っており馬鹿げていると訴えた。なぜならば米国へのテロの脅威はビンラーディンのアルカーイダから来るのであってイラクからではないからである。と主張した。そして大統領オバマは、一方でイラクからの撤兵を開始した。他方では逆に09年11月にアフガニスタンへの米軍3万人の増派を行った。オバマの政策の柱の一つは、アフガニスタンとパキスタンを一つの単位として戦略をたてる事であった。これが間接的ながらビンラーディン殺害につながったといえよう。  オバマは前述の増派の発表の際に同時に2011年7月からのアフガニスタンからの撤退の開始を公約した。ビンラーディン殺害はオバマ政権に、撤兵開始に必要なアリバイを与えた。敵のリーダーを倒したのだから、米国は勝ったと主張できるようになった。しかし、この作戦はパキスタンとの関係を難しくした。同政府の少なくとも一部はビンラーディンの潜伏先を知っていたとすると、両国間に不信感が募る。
 パキスタンの難しさは、この国におけるイスラム急進派の影響力の拡大にある。これを専門家は「パキスタンのターレバン化」と呼ぶ。これによってパキスタンの対米関係が難しくなってきている。その理由を説明しよう。パキスタンを考える際には、3つのAが重要である。1つ目はイスラム教、アラーのA、2つ目は軍隊ArmyのA、そして3つ目はアメリカのAだ。隣国インドは人口が圧倒的に多く、同盟国などは必要ないが、パキスタンは同盟国がなければインドに圧倒されてしまう。このためイスラム国家パキスタンは米国の同盟国になり、軍事援助を受けてきた。この3つのAのバランスの上にパキスタンという国家が成り立ってきた。ところが、次第に過激になるイスラム教アラーのAとイスラエル支持のアメリカのAがぶつかり始めた。その衝突の場が軍である。軍には米国の軍事援助が入るので、米国に留学したなど、米国との付き合いで良い思いをする将軍たちも出てくるのだが、同時に庶民から上がってきて、非常にイスラム的な気持ちを持って入ってくる人もいる。軍の中で、米国寄りか、イスラム寄りかというぶつかり合いが起きている。となると、この3つAのバランスが取りにくくなっている。パキスタンの難しさの底流である。
 パキスタンは米国から年に何十億ドルもの経済・軍事援助を受けてきたのに、ビンラーディンをかくまっていたのだろうか。仮にそうだとしても、ワシントンはイスラム世界で唯一の核保有国を見捨てる訳には行かない。この国の人口は1億7000万人で、毎年2%増えている。そのうち2億人になり、ロシアをもしのぐ。また、パキスタンは米国と中国に依存し、今の体制を守ってきた。米国が抜ければ中国の力が強まる事が目に見えている。また、同国はアフガニスタンで戦う米軍を中心とするNATO軍への補給路でもある。そして、パキスタンのこれ以上の急進化を阻止しなければ、本当に核兵器を誰が支配するのか分からなくなる。パキスタン問題の核心は、「可愛くない」国なのだが、重要過ぎて見捨てるわけには行かないという点である。

2. アラブ世界の政変
 アラブ世界では、大規模な大衆の抗議行動によって、1月にチュニジアで2月にエジプトで政権が倒れた。抗議デモの際に「ビンラーディン」と叫んでいる人などはいなかった。エジプトとチュニジアが示したのは、平和的な手段によって政治を変えられるという事実である。ビンラーディンのテロ(殉教)のメッセージは磁力を失っていた。ビンラーディンは既に政治的に死亡していたと言えよう。アメリカは、政治的な生きる屍(しかばね)となっていたビンラーディンを物理的に殺害したに過ぎない。ただ、アルカーイダがテロ組織として残っていることは事実で、そこは気になるところだ。
 今回のアラブ世界の政変では、インターネットのユーチューブやツィッター、フェイスブックなどが重要な役割を果たした。これらは検閲が難しく、その空間を利用して新しい民衆運動が起きた。コンピューターや携帯電話を持っている人たちがツィッターやフェイスブックで呼びかけ、デモを行った。そのデモをアルジャジーラなどの衛星テレビが放送し、それを見た人たちがデモに参加し、さらに規模が大きくなっていった。政権側は警察を出したがデモを鎮圧できなくなると、軍隊が出動することになった。だが、兵士もデモ隊も同じチュニジア人、同じエジプト人なので軍は発砲できず、政権が倒れることになった。エジプトでは前任のサダト大統領暗殺後、30年にわたって大統領を務めていたムバラク大統領の政権が崩壊した。独裁を続けたムバラク政権下では、国民の生活は良くならず、大統領とつながりを持つ一部の人たちが豊かになり、国民の不満がたまっていた。
 だがリビアでは状況が違う方向に展開した。民衆が立ち上がり、警察では抑えられなくなった。ここまではエジプトやチュニジアと同じである。違いは、ここで軍が発砲したことだ。政権は倒れずリビアは内戦状態に陥った。何が軍の対応に違いを生んだのか。国民の間に一体感があるか、ないかであった。リビアでは国民の間に一体感が薄い。小難しく言えば、国民統合のレベルが低い。この低さが、兵士に発砲させた。リビアの場合には他国からの傭兵が発砲の前面に立った。
 欧州のリビアへの軍事介入の背景には二つの要因がある。石油と難民である。欧州はリビアの石油への依存度が高く、石油の流れが長く止まると打撃が大きい。 第二に、多数の難民がイタリアやフランスに押し寄せることへの懸念が強い。
 アラブ世界ではドミノのように政変が続いており、バーレーンでも政権と大衆が綱引きをしている。ここでは軍が発砲して、民衆を弾圧した。バーレーンの軍隊には外国人が多く、リビアと同様の構図がある。ここでも、国民としての一体感が薄い。バーレーンでは、少数派のスンニー派が多数派のシーア派を抑え付けている状況だ。さらにサウジアラビアが政府側を支援してバーレーンに軍隊を派遣した。そしてもう1つ揺れている国がシリアだ。シリアは形式上は共和制だが、実際にはアサド一族による世襲が行われる王朝のような体制だ。ここでも民衆のデモに軍が発砲し、抑え込もうとしている。シリアではスンニー派の上に、シーア派の一部とされるアラウィー派という少数派が支配層として存在している。アラウィー派は軍隊を押さえ、政権を掌握している。アラウィー派は少数派なので、選挙をすれば絶対に負ける。民主化は権力からの転落を意味している。これまでの抑圧的な支配に対する多数派の報復を恐れるアラウィー派には、大胆な政治的な改革を受け入れるのが難しい。問題はあるが、軍隊が発砲するリビア、バーレーン、シリアは、今でも政権が残っている。
 極端に豊かな産油国のアラブ首長国連邦、クウェート、サウジアラビア、カタールでは平穏が続いている。石油収入のバラマキが功を奏している。
では、アラブ世界を越えて、トルコ、イランはどうか。トルコは既に民主的に選挙をしている。イランは我々の感覚からすると、まだ完全に自由な選挙ではないが、とりあえず大統領選挙や議会の選挙が行われている。ある程度の民主化が進んでいる。
 それでは、中東を越えて中国は、どうか。一つには政府によるネット規制が厳重である。第二に経済が成長しており、国民はとりあえずは金儲けに気を取られている。失業者の多い中東とは違う。第三に中東よりも中国の人口の方が、平均年齢にして10年ほど年長である。これらが、中国で、これまで政権を脅かすほどの大衆運動が起こっていない背景だろう。

3. 日本は今、何をすべきか
 このような状況を受けて日本は何をすべきか。一連の政変で明らかになったのは、中東の相変わらずの不安定さだ。その中東にエネルギーを依存することの危うさである。その危うさから逃れるために、日本はこれまで原子力発電を促進してきたが、どうもうまくいかなかった。中東依存でも原子力でもない、新しいエネルギー政策が求められている。国民の理解と共感の得られるエネルギー政策の構築を急ぐべきである。
 もう1つは、中東への日本の働きかけである。これまでは政府開発援助(ODA)で、箱物を作ってきた。たとえばカイロのオペラ・ハウスである。しかし、こんな物は貧しい人たちの役には立たない。これからは、もっと貧しい人たちのために援助を使ってほしい。日本は現在、米国以上の借金大国になっており、今後はODAにたくさんのお金を出すことについて、国民の理解を得られないであろう。したがってお金のかかる箱物主義は、いずれにしてもやめざるを得ない。これからは、もっとNGOの活動にお金を出していくべきだと思う。これらODAをNGOを通じて使う「お団子(ODA-NGO)」主義で行きたい。そうすることによって日本の若い人たちの雇用の創出にも役に立つ。そして日本の将来を背負う若い世代に海外を経験して欲しい。箱物からお団子へ!これが、これからのスローガンになるべきだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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 平成23年度 JKA補助事業 IIST国際情勢講演会 報告書 (PDF:3MB)


担当:総務・企画調査広報部