平成23年度 国際情勢講演会 「中国:政権過渡期の政治外交と日中関係」 東京新聞・中日新聞論説主幹 清水 美和【2011/11/29】

講演日時:2011年11月29日

平成23年度 国際情勢講演会
「中国:政権過渡期の政治外交と日中関係」


東京新聞・中日新聞論説主幹
清水 美和

清水 美和 北京五輪や上海万博が遠い昔であったかのように、経済大国に躍進した中国と周辺国の摩擦が目立っている。ごく最近でも、APECや東アジア首脳会議の場で、米中のせめぎ合いがあったばかりだ。改革・開放以来30年余の高度成長を経て中国が「富強」(中国憲法)大国と化し金融危機も、いち早く克服したことで、各国は中国に期待とともに警戒心を強め、中国自身も協調的な外交姿勢を転換した。背景には政権交代期を迎える国内政治がある。高まる中国脅威論に胡錦濤政権は再び、平和的発展の強調を始めたが、一方で、2009年に掲げた「核心的利益」という主張をむしろ強めているという面があり、今後も対外的な緊張が高まる可能性は強いということをお話ししたい。

1. 協調的な外交姿勢を転換
 中国では鄧小平時代、「経済建設」がすべてに優先し、外交も経済建設に奉仕するものとして展開されてきた。そのためには「平和的な国際環境」、各国との協調的な外交が必要で、江沢民政権、胡錦濤政権は基本的にこれを継承してきた。しかし、各国に先駆けて金融危機を克服したころから、中国では「大国になった」という自覚が強まり、従来から党内で準備されていた外交転換が実行に移された。  09年7月の第11回駐外使節会議では、胡錦濤国家主席が重大演説を行い、新しい外交路線を示した。この演説は未だに全文が公表されておらず、その全体像はなかなかつかめないが、鄧小平氏が示した「韜光養晦(とうこうようかい)、有所作為」(能力を隠して力を蓄え、その力に合わせて少しばかりのことをする)という抑制的な外交方針が、これによって転換された。胡錦濤国家主席はこれに2文字ずつ加え、「堅持韜光養晦、積極有所作為」とし、能力を隠して力を蓄える方針を堅持するが、より積極的に外交展開をしても良いというお墨付きを与えてしまった。これはわずかな修正に見えるが、その後の中国を見ると、これを口実に対外的な強硬姿勢が非常に強められた側面がある。
 さらに2009年7月には、初の「米中戦略・経済対話」が行われたが、その場で胡錦濤国家主席の側近である戴秉国国務委員が、従来、台湾統一に限定して語ってきた中国の「核心的利益」を、①基本制度と国家の安全擁護、②国家主権と領土の防衛、③経済社会の持続した安定的発展-と定義づけた。そして、この「核心的利益」という言葉の擁護が、「中国外交の最大の目的である」と言い切った。その後、南シナ海での様々な問題が起きたことは、この「核心的利益」という言葉が独り歩きした側面が強い。

2. 09年転換の背景
 こういった転換は中国外交の「09年転換」ともいえる重大な路線変更だったが、胡演説の全文が明らかにされなかったこともあり、なかなか外からは重大性がわからなかった。結果的に、党内、軍内の強硬派は「核心的利益」の擁護を口実に、様々なところで挑発的な言動を繰り返し、党中央や外交部はそれを押しとどめられない状況になった。  「09年転換」について明確な説明を行っている中国の指導者や研究者は少ないが、中国人民大学国際関係学院の金燦栄副院長は、次のように説明している。まずリアリストの学者たちから、「宥和外交が国益を損なう」という批判が高まり、また中国の国家権益が海外でも増大し、その保護が必要になったという現実がある。さらに、国内に「利益集団」が存在し、外交上の安易な妥協は国内政治でも受け入れられなくなった。この「利益集団」とは、例えば中国の3大国有石油企業などで、これらの外交への影響力は突出している。また、軍も「新たな」対外政策関与者になったと指摘される。
 このような国内の動きと共に外国との関係も、転換に大きな影響を与えたと思う。米国のオバマ政権が発足当初に採用した対中宥和路線は、結果的に中国内部の対外強硬論者をエンカレッジした。また日本の政局混迷、東南アジア諸国における資源ナショナリズムの高まりも、対抗的に中国の海洋権益に対する攻撃の必要性を強める原因となった。

3. 軍がリードした外交路線の転換
 この外交路線転換で大きな役割を果たした中国人民解放軍は、近代国家としては奇妙な軍隊だ。国家財政に支えられているが、未だに党の軍隊ということを自認し、「国家の軍にすべきだ」という正論が起きると、「それは最も危険な思想だ」と反撃する。統帥権は未だに党の中央軍事委員会が掌握し、国家軍事委員会は存在するが、構成は党の軍事委員会と全く同じで形骸に過ぎない。軍事委員会のメンバー12人のうち、主席は軍歴のない胡錦濤国家主席、副主席は習近平国家副主席が兼務しているが、他はすべて軍人だ。このシステムは結果的に、国会に当たる全国人民代表大会や中央政府の国務院も干渉できない仕組みになっている。軍が主張している対外強硬論は、国防費増額や自らの地位を高めるための口実の側面が強いが、しかし、それに対する威令を誇る指導者や文民統制を欠くため、軍が強力な「利益集団」と化して自らの圧力を党にかけている。さらにナショナリズムを高めた民衆が支持する形で対外強硬論が助長され、外交路線転換の大きな背景になったというのが私の見方だ。
 もちろん、背景には政権の異動もある。来年には党の18回大会で、胡錦濤指導部が政権交代を迎える。次の総書記は、革命元老の故習仲勲を親に持つ「太子党」の習近平氏が確実になっている。胡錦濤氏は政権発足当初、「平和的発展」を強調し、日本との関係でも比較的、協調的な姿勢をとってきた。しかし、総書記引退後も軍事委員会主席に留任をもくろみ、この2年来は軍の主張に対する迎合を強め、日本や他の国々に対し、あまり協調的なスタンスをとれなくなっている。

4. 米国の反撃と新たなパワーバランス
セミナー 米国はオバマ政権発足からほぼ2年間、中国に対し、融和的、迎合的な態度をとった。しかし、南シナ海問題が生じたころから、この姿勢を変えていく。大きな転換点になったのは、昨年7月にハノイで開かれた東南アジア諸国連合地域フォーラム(ARF)でクリントン国務長官が「航海の自由」(Navigation Freedom)を強調したことだ。これは南シナ海の領土紛争に米国は介入しないが、「航海の自由」は絶対にゆずらず、例えば中国が米国の調査船インペッカブルを妨害したような行動は許さないということだ。  中国は大変なリアリストで、力による外交に対しては、力がかなわないと思えば妥協的な姿勢を示す。そして、このころから「09年転換」がもたらした米国、日本、東南アジア諸国連合(ASEAN)との摩擦について再検討し、表向き修正するような言動が目立つようになった。今年9月には、『中国の平和的発展』と題する白書を発表し、平和的発展を強調し始める。ところが、この白書でも「中国はあくまで核心的利益を守る。中国の核心利益には、国の主権と安全、領土の保全、国の統一、中国の憲法に定めた政治制度、社会の大局の安定、経済社会の持続的発展の基本的保障が含まれる」として「核心的利益」論を放棄せず、非常に大きなリスクをはらんでいる。
 実は中国外交の最大の問題点は、党が政治外交を一元的に指導しながら、現実には外交部の外交とは別に政府の各部門、国有大企業、軍が独自の外交を展開し、相互に調整が行われていない点であり、この対外政策の多元的な弱さが悪影響をもたらしている。

5. 最大のリスク抱える日中関係
 日中関係では民主党政権の2年間、外交らしい外交はなかったが、野田政権になってようやく対米関係を筆頭に、外交再建の動きが始まった。玄葉光一郎外相は先日、就任後初めて中国を訪れ、中国側では温家宝首相、戴国務委員、楊潔?外相のフルメンバーが対応し、大変厚遇した。そして東シナ海ガス田の開発をめぐる条約協議の再開を目指すことなど、前向きな提案がなされたが、その同じ日に中国海軍の艦艇6隻が沖縄・宮古島の北東を通過し、西太平洋に向かうという見過ごせない行動を起こした。中国国防省も即日「艦隊は西太平洋の訓練に向かった」、「特定の国家に向けられた訓練ではない」という言い訳めいた声明を出した。しかし、この発表を真に受けられないのは、今年に入り、同様の出来事がひっきりなしに起きているためだ。尖閣諸島について日本は現在、「領土問題は存在しない」とし、その領海や周辺海域を巡っては「日本のもので、日中で協議する対象でない」としているが、中国では、尖閣の実効支配への挑戦を抜きに、東シナ海のガス田の共同開発を進めることに対する抵抗が強い。漁業監視船、あるいは海監総隊の行動というのは、彼ら軍や強硬派の主張を端的に示しているデモンストレーションといえよう。党指導部は平和的発展を強調するようになった一方で、強硬派に対する譲歩、迎合である「核心的利益」論を下げておらず、これが維持されている限り、中国の平和的発展路線、あるいは対日協調路線を額面どおりには受け取れない。昨年起きた尖閣事件のように、何か事があれば、大きなトラブルが起き、それが日中関係の全体を揺るがし、日中関係を崩壊的な危機に追い込むリスクは、残念ながら存在し続ける。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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 平成23年度 JKA補助事業 IIST国際情勢講演会 報告書 (PDF:3MB)


担当:総務・企画調査広報部