平成23年度 第2回-1 国際情勢研究会 報告1「中東を中心としたイスラム諸国の最近の動向とビン・ラ-ディン殺害の影響」財団法人 日本エネルギー経済研究所 理事 兼 中東研究センター長 田中 浩一郎 【2011/05/30】

日時:2011年5月30日、場所:(財)貿易研修センター

平成23年度 第2回-1 国際情勢研究会
報告1「中東を中心としたイスラム諸国の最近の動向とビン・ラ-ディン殺害の影響」


財団法人 日本エネルギー経済研究所
理事 兼 中東研究センター長

田中 浩一郎 (たなか こういちろう)

1. アラブ諸国における民主化への動き
田中 浩一郎 今年を迎えたころから表面化したアラブ諸国における民主化への動きについては、偶然の作用がかなりあると思う。この地域には従来から政治的、社会的、経済的な様々な問題が存在するが、今回特に何かが加わった、あるいは何かが急に悪くなったという訳ではない。こういう事態がいつか訪れることは、我々研究者の間ではある部分、当然視されていた。それがどちらかと言えばアラブ社会においてもおとなしい国民性と考えられるチュニジアで起きたことにより、他の国の国民が「うちでもできるだろう」という変な自信を持ち、一気に広がっていった。チュニジア、エジプトでは基本的に、平和裏の抗議デモを足がかりにし、長期強権体制が崩れていった。バハレーンにおいては民衆弾圧が行われ、基本的に旧態依然とした対応に戻っている。オマーンもかなり難しい局面に差し掛かっているが、人口の分布がゆるやかであることも幸いし、バハレーンのような事態には発展しなかった。サウジアラビアについては、強権を振るうと同時にばらまきを広範囲に与えることで、当座の危機を乗り切った感じだ。
 では、これらの国々が今後どこへ向かうのかというと、現在の運動はやはり、政治的な要求を掲げながらも達成することができず、社会的な不満については基本的に先送りされただけだと思う。したがって、1980年代以降、様々な意味での時限爆弾を抱えていると考えられてきたこれらの国々では、依然として未解決の問題が残るとみられる。エジプトとチュニジアについてはまだ最終形が見えないが、一応、「アラブの春」ないしは民衆革命を成就したといえる。他の国についてはまだまだで、「アラブの春」というほどの新しい動きがあるとは感じていない。
 基本的に以前からあった時限爆弾が、いよいよ破裂の瞬間を迎えたともいえるが、それ以上にチュニジアで起きた平和的な権利要求にしても、体制側がいきなり撃ち殺すようなことをやりにくい環境ができていた。これが各国へ運動が広がっていったことの要因ではないか。また民衆側も学習効果を見せており、これまでは体制打倒を叫んでいたような人たちが、メッセージの発信の仕方を非常に計算し、かつチュニジアやバハレーンなどでは国旗を使い、国民一丸となって旗の下に集まれるような変革を打ち出そうとした。ただ注意が必要なのは、これまでのところ、体制がひっくり返ったのは大統領を戴く体制の国、すなわち擬似共和制をとっていたような国であり、まだ王政を倒すような力にはなっていない。王政によって父親から息子へと継承されることについて、アラブの民衆はまだ、それほど疑問を抱いていない。その点では「アラブの春」というのは、小春日和程度のものに見える。
 強権体制には基本的に弱点や落とし穴があり、一般論だが、やはり利益分配をめぐって内部で対立を起こす可能性がある。また長期政権になるほど、権力を継承する際の難しさが生じる。さらに経済的には、例えば食糧難が今回の一連の情勢を作り出したといわれるが、リーマン・ショックの影響なども無視できない。そして2国間関係や多国間のフォーラムでも良いが、やはり同盟国やパトロンとの間の関係にぶれが生じた場合も影響し、とりわけ超大国であるアメリカの存在は重要だ。
 情報統制のゆるみもあり、今回注目を浴びたのはツイッターやフェースブックだった。ただツイッター、フェースブックはインターネット回線に依存しているので、電話線、携帯電話の回線と同様に、当局がコントロールしようとすれば、遮断はそれほど難しくない。むしろ見落とされているのは衛星放送で、カタールのアル・ジャジーラ、そしてアブダビに拠点を置くアル・アラビーアの両局が、各国で起きていることをアラビア語でほぼリアルタイムに空から降らせた。この電波情報の浸透力は、非常に大きかったと考える。同様に大きな影響を与えたものとして、ウィキ・リークスがある。ウィキ・リークスは各国の長期体制、長期政権がどれだけ腐敗しているかということを、改めて違う形で外から移入する役目を果たした。

2. アラブ諸国の今後の見通し
 今後の見通しについては、2点いえると思う。1つは広がるということで、ゆるやかに広がる場合と一気に広がる場合のそれぞれの局面によって変わることもあるが、どこか特定の国で垂直方向に事態が深刻化し、体制を倒すところまでに至ると、その衝撃が周辺に波となって伝わり、水平方向に拡散していく。この2つをもって、広がっていく。
今回の運動で特徴的なのは、今のところアラブ諸国を中心に起きているが、一昔前のアラブ民族主義とは必ずしも一致せず、運動自体はそれぞれの国境の中にとどまっていることだ。リビアの状況は現在、民主運動とはかけ離れたところに入っており、これは内戦、外部によるいわゆるレジーム・チェンジの枠組みになる。しかし、ここで起きることは、例えばイエメンのサレハ政権を倒す、あるいはシリアのアサド政権を倒すということなどには直結しないだろう。
 もう1点、今後の見通しを決める上で重要なのは、やはりアメリカの関心だ。今回のオバマ大統領の対応を見ると、非常に難しい局面ではあるが、情勢を判断しながらアメリカにとって最大限の利益、国益を追求してきたという感じがする。それが100%奏功したかどうかは別として、当座のところ最大の関心であったのは、やはり反米主義を封じ込めることだったと思う。5月19日にオバマ大統領が行った中東政策に関する演説でも、原則的に民主化を支援するという対応であったが、その一方で関係が非常に複雑化したサウジアラビアの動きについては沈黙せざるを得なかった。アメリカとしても重要な同盟国を糾弾することを控えているように見えるが、二重基準の適用として批判を浴びるだろう。

3. ビン・ラーディン殺害の影響
 ビン・ラーディンの殺害に関しては、パキスタン政府や軍が言うように、「そこにビン・ラーディンがいるとは知らなかった」ということには説得力がない。あれだけ軍施設が集中している町では、どのような外国人が住んでいるかを追跡していることは確実だ。それゆえパキスタン軍を信用できない米軍は、今回の作戦は完全秘匿状態で行わざるを得なかった。パキスタン政府、軍の対応を見ると、当然だが主権侵害に対して強く反発している。そうは言っても、パキスタンとアメリカは南アジアの地域情勢、そして核保有国であるパキスタンの将来などを考えても、互いに決定的な対立をする訳にはいかない。では、ビン・ラーディン殺害によってテロの脅威はなくなるかというと、少なくともイスラム過激派によるテロの脅威はなくならない。現在では各地にアル・カーイダの系譜を名乗る組織が拡散してしまっており、これらは本体とは別に活動している。資金面、作戦面でも、ビン・ラーディン殺害による活動の停滞とは無関係だろう。
 中東、北アフリカ地域の今後の流れだが、特筆すべきなのはエジプトがアラブ社会における政治的な重鎮の地位から若干落ちたことによって、とりわけサウジアラビアの政治的発言力が高まった感じがすることだ。これはある部分、歓迎すべきかもしれないが、サウジアラビアのように、これまでアメリカがとる政策の矛盾、いわゆる二重基準を外から批判していれば良かった立場からすれば、前面に出ることによってアラブ社会の中で自ら二重基準を作り出してしまうというジレンマに遭遇する。その点は、あまりありがたくないお釣りが来るということかと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部