平成23年度 第2回-2 国際情勢研究会 報告2「米国のイスラム諸国への対応」東京大学大学院 法学政治学研究科教授 国際情勢研究会 座長 久保 文明【2011/05/30】

日時:2011年5月30日、場所:(財)貿易研修センター

平成23年度 第2回-2 国際情勢研究会
報告2「米国のイスラム諸国への対応」


東京大学大学院 法学政治学研究科教授 国際情勢研究会 座長
久保 文明

1. 「アラブの春」への対応
久保 文明 「アラブの春」については行き詰まりがある中で今後、暑い夏になりそうな気配もある。これはイスラエルにとって驚くことで、アメリカにも衝撃だったと思う。これまで中東について特に中東の研究者らは、アメリカが民主化などと言うと「そういうものは押し付けだ」とし、アラブの人たちは民主主義を望んでいないかのように捉えていた。ちなみに現在アメリカでは、共和党系の人たちが「ブッシュは正しかった」と言い、非常に元気が良い。しかし、元は大量破壊兵器を除去するためにイラクへ入ったはずで、これがなかったために後から異なった理屈を付け足したようなところがある。本当に最初から民主化を望んで追求し、体系的に一貫してイラクについて考えていたとは思えない部分がある。その一方で、これまでのパラダイムでは起きなかったことが起きたことは確かだろう。また現存の権威主義的体制のオルターナティブはアル・カーイダだと見られることが多かったが、イエメンを除くとそうではなく、政治的にはそれほど過激ではない、しかし大胆な変革を望む人たちが主役であった。
 アメリカにとってはやはりイスラエルの安全保障、そして資源、石油の問題が中東では重要である。このように伝統的な利益がある訳だが、同時に普遍的な価値である自由民主主義を促進したいということもあり、ジレンマの中で右往左往している部分もある。そして、これまでの対中東外交、対イスラエル外交の前提に関して、根本的な再検討を迫られている。ただ矛盾なしで事態に対応できるかというと、実質的にほとんど無理だ。結局は矛盾だらけで、アドホックに対応せざるを得ない現実がある。5月19日にオバマ大統領が行った演説では、やはりアメリカとして少しでも一貫性を出したいということがあったと思う。
 リビアへの軍事介入に関してはアメリカという国の体質かもしれないが、介入前は「放っておくのか」という声が非常に強くなり、かつてのソマリアのケースでも同様だった。メディアが注目する中で、放っておいて無残に反体制派が抑圧されれば、「オバマ大統領は無策だ」と厳しく批判される。しかし、実際に介入すると、今度は「何のために入ったのだ」、「どうやって出ていくのか」といった批判が強くなる。その一方で、介入に対し「このように中途半端で良いのか」、「地上軍を投入し、もっと徹底的にすべきだ」といった批判もされる。現在のところ、介入に対する世論の支持は、半分よりやや少ない程度ではないか。
 特筆に値するのは、ゲイツ国防長官が「この介入には、アメリカの死活的な国益はかかわっていない」と述べたことだ。戦っている兵隊にとっては「自分が戦っているのは国益に関係がない」が、「これで自分は死ぬかもしれない」ということになる。比較的、リアリストとしてよく知られている国防長官だが、軍の最高責任者がここまで言ってしまう程度の扱いということだ。早く決着がついてしまえば良いが、長引けば大統領選挙にも跳ね返ってくる。
 アメリカにとって、例えばエジプトのムスリム同胞団やハマスなどは、アル・カーイダとは異なりアラブの一般民衆の精神に近い部分もあって、それらの人たちとどう付き合うかが根本的な問題だという気がする。さらにエジプトはある意味で変革を支持したが、今後どのような指導部、政治体制になるかはまだ見えていない。他方で、これは私の推測だが、ハマスもかなり受身に立たされている。つまりハマスによるガザでの統治には全く民主的でない部分があり、それに対する反発が批判となって跳ね返ってくることもある。また後ろ盾という面があるシリアも弱体化しており、イランも動揺している。そういう意味で、ハマスそのものが磐石であるということもない。

2. 米国におけるビン・ラーディン殺害の影響
 ビン・ラーディン殺害により、アメリカではオバマ大統領の支持率が10%ほど上がった。長続きはしないと思うが、45%から55%程度に上昇した。オバマ大統領の支持率はあまり高くないが、これまでに健康保険や米ロ核合意などの様々な実績があり、また1つ実績を加えられたという面もある。
 また日本などでは、主権侵害ではないかという懐疑的な見方があり、世界的にもそうなのだろうが、アメリカでは「当然だ」と考えられ、他の国での受け止め方とは大きな違いがあるようだ。理論的な説明としては、どの国も自己防衛の権利があり、一方的に攻撃されることを除去できる。また現在の国際法では、脅威がノン・ステート・アクターである場合にどうすれば良いかについて、特に法律はない。ノン・ステート・アクターとはいえ、空中や公海上に浮かんでいるような場合を除けば、必ずどこかの国家に入る訳で、そのときにその国家との関係がどう成立するかは国際法上そもそも整理されていないという議論もある。またパキスタンでは、民衆や議会などは「主権侵害だ」と言っているが、政府は公式にそうは言っていない。
 アメリカの政策に対するインプリケーションとしては、タリバーンとの交渉がかなり加速しているようだ。オバマ大統領の公約は元々、今年7月からアフガニスタン撤退を開始するというものだった。撤退と言っても、少しずつ行う方法もあれば、急速に行う方法もある。そしてビン・ラーディン殺害によって、撤退はかなり加速するとみられる。またビン・ラーディンを殺害したことで、アフガニスタンで大規模なキャンペーンを張るという意味での10年に及ぶ「テロとの戦い」は、かなり終息に向かうのではないか。残るのはパキスタンとの問題で、これは相変わらず難しい。中東、北アフリカで急進主義が強いところにはイエメン、シリアなどがあるが、もしかするとパキスタンが一番、ラディカリズムが強いかもしれない。中国の影や核の問題もあり、そういう意味でパキスタンとの関係は依然として難しい。

3. オバマ大統領のスピーチ
 オバマ大統領は5月19日に、中東、北アフリカに関するスピーチを行った。これまでアドホックに対応してきた中東について、少し体系的に説明したいという意図があったと思われる。下院で多数派の共和党指導部が、イスラエルのネタニヤフ首相による議会演説の日程を決めてしまったため、それに先立って自分が話す必要があった。ただ、テキストは事前にイスラエル政府にも回されており、それを読んだネタニヤフ首相は激怒した。
 その後、オバマ大統領は釈明の演説を行い、ここでおそらく一番含蓄があると思われるのは、中東問題について「もう時間の余裕がない」とした上で、イスラエルに対し「遅らせれば遅らせるほど不利になる。早く何らかの妥協をした方が良い」と迫っていることだ。これには3つの要素があり、まずヨルダン川西岸のパレスチナ人は増加し、またテクノロジーの発達でテロはますます容易になっている。さらに、新しい世代のアラブ人が次第に増えて、一部のアラブ人指導者と話をつければ良いという時代ではなくなっている。そしてグローバルなコンテクストでは、この秋に国連総会でパレスチナ独立国家を承認する投票が行われる可能性がある。例えば、フランス、イギリスがこれを支持するかというと、支持する可能性がある。これがもしも承認されれば、イスラエルは完全に孤立しているということが世界で明らかになり、アメリカも一緒に孤立するかもしれない。このように非常に不利な状況になるので、少し前向きに交渉について考えた方が良いというのが、オバマ政権のメッセージではないか。そういう意味で、かなり含蓄のあるメッセージだ。ただ、イスラエルはこれに激怒している。今後は国連での投票がどうなるか、パレスチナがどちらを選ぶのかといった点を見ていく必要がある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部