平成23年度 第3回-1 国際情勢研究会 報告1「中国の政治改革をめぐる論争」東京大学大学院 法学政治学研究科教授 高原 明生【2011/06/10】

日時:2011年6月10日、場所:(財)貿易研修センター

平成23年度 第3回-1 国際情勢研究会
報告1「中国の政治改革をめぐる論争」


東京大学大学院 法学政治学研究科教授
高原 明生

1.「普遍的価値」をめぐって
高原 明生 中国では来年、党大会が行われるため、これまでにもまして権力闘争が表面化してきている。そして政治改革はできるのか、民主化がいつかは実現するのかという大きな問題が残っている。政治改革については、1989年の六四事件、第2次天安門事件を境に、実質的な改革を進めようという意思は一部の例外的な措置を除いてほとんど消えた。最近の状況を見ると、特にネット言論への締め付けが厳しくなっているほか、人権派弁護士や民主人士などへの迫害は増すばかりだ。特に7月1日の建党90周年のイベントが間近に迫り、大変厳しい統制、警戒があるようだ。しかし、経済発展が進み、「普遍的価値を実現しなければいけない」という人が党内外に増えていることも、事実だと思う。
 普遍的価値をめぐる論争は2008年の半ばごろから、経済政策の責任者である温家宝首相を批判する文脈で行われるようになり、現在も続いている。2008年5月に胡錦濤国家主席が来日した際、日中間の第4の政治文書といわれる新日中共同声明が出たが、その中に「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する」という項目が入った。胡錦濤国家主席もこちらにコミットしたように見えたのだが、彼に近いといわれる中国社会科学院長の陳奎元氏のほか、党機関紙などを舞台にして教育部の書き手などが、「普遍的価値の本質は西側の自由主義と民主社会である」、「西洋の価値を普遍的価値と呼んで、我々に押し付けようとしている」などと批判し、主流はこちらだという感じになっていた。論争が展開される中、2008年の世界人権デーには零八憲章が出され、そこでは「自由、平等、人権は人類共同の普遍的価値である」とし、「共産党は憲法に書かれている人々の権利をなぜ実現できないのか」といった批判がなされた。そしてその主な起草者である劉暁波氏が捕まり、2年後にノーベル平和賞を受賞することになった。
 零八憲章に対する直接の答えとしては、胡錦濤国家主席が「西側の政治制度は採用しない」と言ったが、昨年夏から温家宝首相は盛んに「政治改革をしなくては」と言い始めている、さらに1月には訪米中の胡錦濤国家主席がオバマ大統領との共同記者会見で、「人権には普遍性がある」という言い方をした。ただ、記者会見の内容は、中国では一切報道されていない。そして胡錦濤国家主席は、中国ではまだ人権についてやることがたくさんあるとも述べたが、すぐには実現できない、「任重くして道遠し」と言いたかったのだと思う。
 一方、党大会が近づき、意見の対立が噴出してきている。特に目立ったのは、全人代常務委員長で共産党ナンバー2の呉邦国氏が、3月の全人代で「国家の根本制度等重大な原則問題について動揺してはならない。動揺すれば、国家は内乱の深い淵に陥る可能性がある」と非常に強い言い方をしたことだ。さらに、「多党が交代に執政することはせず、指導思想の多元化もせず、三権分立や二院制はせず、連邦制もせず、私有化もしない」という5つの「しない」を述べて有名になった。
 ただし、全人代閉幕の際、記者会見した温家宝首相は、「不断の改革なくして党も国家も生気、活力なし。政治体制改革は経済体制改革を保障するものである」と、呉邦国とは異なることを言った。また翌4月、温家宝首相は香港の元全人代代表、呉康民氏を家に招き、「社会には封建残余と文革の遺毒が存在しており、社会の気風の浄化に影響があるので改善が必要だ」と強い調子で現状を批判したという。
 『人民日報』では4月から5回にわたり、人民日報評論部という署名で論評が連載された。内容は温家宝氏に近い立場で書かれており、「異質な思考に寛容であれ、公平正義をもって人々の無力感を解消しなければならない」と現状に厳しい見方をしている。去年まで、この署名が入った論評が『人民日報』に載ったことはなかった。宣伝担当の指導者の検閲を避けるべく、これまでにない署名を使って違う観点を載せるようになったのではないかと思われる。その間、逆側の声としては、中央党校の校長も務めている習近平氏が始業式で、「マルクス主義の経典を学習せよ」という話をしている。

2.政治改革への2つの道筋
 政治改革について共産党は、2つの道筋で行おうとしている。1つは、現在、村の幹部について行っている公正な普通選挙のレベルを、郷鎮級、県級、その上の地区級(市級)、省級、そして最終的には中央の指導者まで、ボトム・アップ方式で上げていくというものだ。他方、今年後半には、郷鎮レベルと県レベルの人民代表選挙が全国的に展開される。「出馬する」という有名ブロガーも登場し、そうした運動が広がって、100万人ぐらいが立候補すると予測している人もいる。ただ、あまり候補者が多くなれば、選挙委員会が制限するかもしれない。全人代の法制工作委員会の幹部が、自由な立候補は違法だと述べたことも伝えられている。
 また、地方の行政区画には様々なレベルがあるが、それぞれで党委員会の指導者を改選する時期になっており、これも一応、形式的には選挙を行う。党委員会で選挙をして書紀を選ぶのだが、できるだけ民主的な要素を加えようと、多くの党員の推薦を得た人は選挙に出られるようにするという。このように、少しずつだが制度的な変革をする動きがある。今年後半に、どれほど実効性のある改革措置が行われるかが1つの注目点だ。
 もう1つは、党内民主を進める道筋だ。つまり共産党が考えている政治改革の道筋は1つはボトム・アップの民主的な選挙の普及で、もう1つは共産党内部の民主化だ。共産党は革命政党で、派閥活動は厳禁だ。しかし、実態としては派閥が存在しており、これがかなり実質的に制度化される気配が見られたのが前回の党大会の前に行われた民主推薦制度の導入だ。党大会の数ヵ月前、400人程度の権力の核にいる人たちを集めて、次期の政治局委員に誰がふさわしいか、投票を行った。これは人気投票のようなものだったが、このやり方はうまく行ったと胡錦涛国家主席によって高く評価された。
 しかし、いずれにしても私が呼ぶところの「共産党の平和(パックス・コミュニスタ)」、つまり共産党の抜きん出た力によって維持される秩序は、しばらくは継続するだろう。なぜなら国民の当面の要求は安定、法治、つまり権力乱用の防止、社会正義の実現であって、必ずしも政治参加ではないからだ。また中国には政治家がおらず官僚ばかりだが、官僚と商人の癒着の構造は相変わらず強固だ。しかし、その構造の前提は経済の持続的な成長であり、経済次第で今後どうなるのかはわからない。先ほど言ったような、非常に悲観的な将来像もあるということだ。

3.中国外交と「覇権主義」への誘惑
 2010年に劉暁波氏にノーベル平和賞が授賞されたが、ノーベル平和賞委員会のメッセージはクリアで、中国は国際的な影響力がこれだけ大きくなったのだから、もっと人権の実現に責任を持たなければいけないということだった。しかし、中国にとっては、「覇権主義」への誘惑が常にある。実際、中国外交はリアリズムに則って展開されている。よく言われるのは、「これだけ海外に権益ができてきたので、それを守れる実力をつけなければだめではないか」というリアリズムの考え方だ。キッシンジャーは日本は必ず軍事大国になると予言したが、そうはならなかった。しかし中国は自ら、その道を描いて歩いているということになる。私たちはどうすれば良いかだが、中国の内部をどのように変えていくか、地域において、どう民主的な地域レジームを作るかといったところで努力していくほかないだろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部