平成23年度 第3回-2 国際情勢研究会 報告2「グローバル・インバランスと中国の経済発展方式の転換」専修大学 経済学部 教授 大橋 英夫【2011/06/10】

日時:2011年6月10日、場所:(財)貿易研修センター

平成23年度 第3回-2 国際情勢研究会
報告1「グローバル・インバランスと中国の経済発展方式の転換」


専修大学 経済学部 教授
大橋 英夫

1.グローバル・インバランスの拡大
大橋 英夫 これまで米国経済は、「双子の赤字」の持続可能性やドル暴落の可能性が指摘されると、効果的に外資を取り込み、度重なる「危機」を乗り切ってきた。その結果、大量の長期資本の流入は、米国金利を低水準にとどめ、不動産投資に火を付けた。それが米国の過剰消費と貯蓄不足をもたらし、最終的にサブプライム・ローン危機、そして「世紀に一度」の金融危機を招来したことは周知の通りである。一方、グローバル・インバランスのもうひとつの焦点は、かつては日本の経常黒字、21世紀に入ってからは中国の経常黒字である。
 グローバル・インバランスの原因としては、次の点が指摘できよう。第1に、米国の過剰支出・貯蓄不足がまずあげられる。とくに2006年には、家計消費支出が可処分所得を上回り、米国の家計部門の貯蓄はマイナスに転じた。第2に、米ドルの過剰発行に対する批判も絶えない。米国の通貨当局による米ドル発行権益(seigniorage)の過度な行使ともいえよう。第3に、世界的な過剰貯蓄が指摘される。これは「産油国は巨額の経常黒字を貯め込み、日独は急速な高齢化に備えて貯蓄を増強し、中国を含む新興国は突然の資本流出に備えて外貨準備を積み上げている」というバーナンキ米国連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言に集約されている。第4に、米国の経常赤字の拡大は中国の開発主義・重商主義的政策の帰結にほかならないとの批判も米国では広くみられる。

2.グローバル・インバランスに対する中国の対応
 中国の巨額の経常黒字と外貨準備は、中国と諸外国との貿易摩擦の主因であり、ここから生じた過剰流動性は、中国の経済運営をさらに困難なものとした。 そのため2000年代半ばから、巨額の経常黒字を背景として、輸出生産に関連する増値税(付加価値税)の還付率引き下げ、貿易黒字の主因となっている加工貿易の抑制、希少金属や石炭などに対する輸出関税、「外商投資産業指導目録」における輸出産業の位置づけの変更、そして輸入促進ミッションの派遣など、輸出抑制・輸入拡大的な「水際対策」がとられた。
 しかし、これらの「水際対策」は、経済摩擦の緩和に努める中国の姿勢を示しているとはいえ、中長期的には経常黒字の削減にほとんど寄与しえない。輸出抑制や輸入促進は貿易黒字を暫時縮小させるかもしれないが、実質為替レートを減価させ、結果として輸出の促進要因となりうるからである。
 また、為替調整も有力な手段であるが、現状では米国の輸入の一部が中国から他の新興国に代替されるにすぎない。国際金融では、為替相場の安定、自由な資本取引、独立した金融政策は「不整合な三角形」を形成し、鼎立できないことが知られている。従来中国は、事実上の米ドル・ペッグを維持しながら、資本移動を制限することにより、独立した金融政策を確保してきた。しかしWTO加盟後、資本移動が活発化し、独立した金融政策の維持のために、より柔軟な為替制度が求められている。このような背景のもとに2005年7月に人民元改革が実施されたが、この時期における人民元高の容認は独立した金融政策、つまり折からのインフレ抑制のために採られた措置といえよう。そして、高いインフレ率が続く現在も、同様の動きがみられる。ただ、中国が人民元高を容認した期間に、中国の対米輸出は減少せず、むしろ大幅な増加をみた。この点に関しては、中国が東アジアの輸出生産ネットワークに深く関与し、人民元高の負の影響を十分に吸収できるほどに、中国の輸出産業の生産性が伸びたと解釈できよう。
 結局、「水際対策」に限界がある以上、中国の経常黒字はやはり貯蓄・投資バランスから考察せざるをえない。1990年代半ば以後、中国は貯蓄超過、すなわち大幅な経常黒字を続けている。中国の急速な貯蓄率の上昇を検証するために、部門(家計、企業、政府)別の貯蓄率の推移をみてみると、21世紀に入ると、家計部門に加えて、企業・政府部門の貯蓄率が上昇に転じている。2000年代の貯蓄率の急増、またそれに伴う投資率の上昇は、主としてこれら企業・政府部門、なかでも企業部門の貯蓄増加を背景としている。

3.経済発展方式の転換
 中国の「経済発展方式」の転換を検証するために、近年の対外貿易の動きを確認しておこう。今日の中国経済は東アジアの輸出生産ネットワークに深く組み込まれている。日本を含む東アジア近隣諸国・地域の輸出産業が中国に中間財を輸出し、中国の生産拠点が輸入中間財を組立・加工し、最終財として米国市場に向けて輸出するという「三角貿易」である。その結果、中国は欧米諸国に対して巨額の貿易黒字、近隣諸国・地域に対しては大幅な貿易赤字を抱えることになった。
 しかしながら、近年では中国が域内最終需要の源泉となり始めた兆候もみられる。「三角貿易」のもとで、中国は欧米市場のゲートウェイである香港に対しては大幅な貿易黒字を記録しているが、他の東アジア近隣諸国・地域に対しては総じて貿易赤字を計上している。より詳細にみると、韓国と台湾が中国の対東アジア貿易赤字の大部分を占めている。そして中国の対韓国・台湾の財別貿易収支をみると、時間の経過に伴い、中国の貿易赤字の内容が大きく変化している。1996年の中国の対韓国・台湾貿易の赤字は部品・パーツが中心であった。しかし2007年には、貿易赤字の中心は最終財に移行している。
 経済産業研究所の貿易データベース(RIETI-TID 2009)を用いて、中国の対東アジア貿易の典型として、対韓国、対タイ財別貿易収支の推移をみてみると、中国の対韓国中間財貿易収支が依然として大幅な赤字であるとはいえ、最終財貿易収支も2002年から赤字に転じたこと、また対タイ最終財貿易収支も2004年に赤字に転じ、逆に中間財貿易収支の赤字が縮小傾向にあることは注目に値する。
 ただ、中国の東アジアからの中間財輸入の減少と最終財輸入の増加に関しては、次のような留保条件を同時に想定しておく必要があろう。第1に、欧米諸国の景気回復後も、中国が内需拡大を維持するか否かはいまだ不透明である。第2に、2008年以後の中国の最終財輸入の増加は、やはり4兆元の内需刺激策などの景気対策と無関係ではなかろう。第3に、中国に生産拠点を移転した外資系部品メーカーの中国での生産が増加したために、中間財の自給率が上昇しているのかもしれない。
 このように近年の貿易フローをみる限り、中国経済が内需主導型成長に転換したと判断するのは明らかに時期尚早である。しかし金融危機を契機として、また2010年からは中国ASEAN自由貿易協定(FTA)の実施に伴い、中国の「世界の工場」から「世界の市場」への動きが加速化したことは間違いなかろう。

4.中国の内需主導型成長への含意
 グローバル・インバランスの是正や内需主導型成長への転換に関していえば、やはり中国の過剰貯蓄の解消が重要な課題となるが、それは次のような要因に影響される。第1に、改革・開放後の経済格差の拡大を考慮に入れると、今後とも中国は貧困削減のために一定規模の投資が必要である。第2に、中国は急速な少子高齢化に直面しており、経済改革で寸断されたセーフティ・ネットの再構築は不可欠となっている。第3に、消費拡大の観点からも、人民元レートの切り上げは重要な政策課題である。
 しかしながら当面の課題は、上述したような企業部門の過剰貯蓄をいかに効率的に再配分し、消費拡大につなげていくかにある。近年、次のような理由から、企業部門、とりわけ大企業の業績はきわめて良好である。第1に、中国企業はエネルギー、電力、用水、土地収用コストや環境保全コストなど、低い投入コストを享受してきた。第2に、中国企業、なかでも大型国有企業は金融抑圧のもとで低い資本コストを享受してきた。一方、資金繰りに悩まされている中小企業は自己資金に依存せざるをえず、それゆえ中小企業も過剰貯蓄を内包している。第3に、中国企業は「無制限の労働供給」のもとで、これまで低い労働コストを享受してきた。
 このようにグローバル・インバランスの是正や内需主導型成長への転換という観点からみても、要素価格の是正、所得分配の調整、企業ガバナンスの強化、一層の金融改革など、中国では引き続き経済改革の深化が必要である。「和諧(調和)社会」の構築、そして持続的かつ持続可能な成長を目指して、中国が取り組むべき課題はいまだ山積状態にある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部