平成23年度 第4回-1 国際情勢研究会 報告1 「インドネシア――人口・資源大国の光と影」 日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター 次長 佐藤 百合(さとう ゆり)【2011/07/08】

日時:2011年7月8日

平成23年度 第4回-1 国際情勢研究会
報告1 「インドネシア――人口・資源大国の光と影」


日本貿易振興機構 アジア経済研究所
地域研究センター 次長
佐藤 百合(さとう ゆり)

1. 経済成長、民主主義の実現
佐藤 百合 このところ、インドネシアがにわかに注目を浴びている。2009年のグローバル金融不況の際に、堅調な成長パフォーマンスを示したのは中国、インド、インドネシア、ベトナムだった。インドネシアでは、2004年に建国史上初めて直接選挙で大統領が選ばれ、民主主義体制が確立した。その後5年が経過してスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領が再選され、「インドネシアの民主主義は本物だ」ということが欧米にも認められてきた。昨2010年秋にオバマ米大統領がジャカルタに里帰りした際には、インドネシアを「世界にとって理想的な民主主義のモデル」と称賛した。これはあながち外交辞令ばかりではない。
 アジアにおける主要国の経済成長率を見ると、2000年代前半にはインドネシアは周辺諸国より低かったが、後半になると浮上してきた。インドネシアは人口規模が多いため、毎年200万人から250万人の新規参入労働力があり、最低6%の成長をしなければ、失業率が上がってしまう。この意味で、1997年から2006年までは一度も成長率が6%に届かない「失われた10年」だったが、2007年以降ようやくそこから抜け出した。内需主導型で、現時点では輸出依存度は30%と中国よりも低く、外的ショックにも強い。
 2004年に誕生したユドヨノ政権は、失業を5年以内に10%から5%へ、貧困を17%から8%へそれぞれ半減させる目標を掲げた。しかし5年ではこれを達成できなかったため、現在は10年で達成しようとしている。最初の5年で達成できなかったのは、5年間の平均成長率が6%に届かなかったためだ。2期目は何としても平均6.55%の成長率を達成しようとしている。2010年の1人当たりGDP(国内総生産)は3005ドルで、人口規模が約2億4000万人なので、5年後には国の経済規模は1.1兆ドル、日本円にすれば5年で50兆円から100兆円になるということだ。またインドネシアの2000年代の人口成長率は1.49%で、1990年代の平均(1.45%)を上回った。現在は「老いていくアジア」ということで、日本を筆頭に中国、韓国、タイやベトナムでも少子高齢化が進んでいる中で、「老いていかないインドネシア」になっている。
 よく指摘されるインドネシアの強みは、人口規模、天然資源、日本の5倍の国土、そして外的ショックに強い内需主導だが、これらは「失われた10年」の間も存在していた。では、なぜ今、持続的成長が見込まれるのかというと、理由は主に2つある。1つは政治体制の安定性、もう1つは「人口のボーナス」だ。
 インドネシアではスハルト政権による権威主義体制が32年間続き、その間に平均7%の成長を持続して、「東アジアの奇跡」の一角を占めるまでになった。しかし、アジア通貨危機をきっかけに政権が崩壊し、その後は一転してインドネシアは表舞台から消え去ってしまった感があった。だが、政治的にはその間に大転換を成し遂げた。憲法を4回改正して人権を謳い、中央集権から地方自治へと移行した。三権分立制が確立し、大統領、州知事、県知事・市長のいずれも、住民が直接選ぶことになった。現在、国民とって重要なのはやはり経済で、「豊かになりたい」という思いが前面に出てきている。
 また「人口のボーナス」、つまり総人口に占める生産年齢人口の比率が上昇することで成長が促進される期間は、中国ではまもなく終わり、タイでは2015年、ベトナムでは2020年代に終わると予測されている。しかしインドネシアでは、「人口のボーナス」が2030年頃まで続くとみられる。したがって、今後20年がインドネシアにとって重要なキャッチアップのチャンスとなる。逆に、このチャンスをうまく使えなければ、その先の高成長は難しいということでもある。

2. 懸念される脱工業化
 次に、懸念される現象だが、私が最も強調したい点は、脱工業化だ。インドネシアではスハルト時代の32年間、製造業が成長のけん引役になっていたが、スハルト体制崩壊後、製造業の成長率は劣化してしまった。インドネシアは資源が豊かで、人口規模も大きいが、これらは1歩間違えばやっかいなものでもある。資源の豊かさが貧しさをもたらす「資源の呪い」(resource curse)として知られる諸仮説のなかで、インドネシアに妥当すると考えられるのはオランダ病だ。インドネシアは現在、パーム油と石炭の輸出ブームによって油脂化学が出ていると私は考えている。インドネシアで国内投資と外国投資がどのような分野に行っているかを見ると、内資が食糧、農園、食品、紙パルプなどに投資しているのに対し、コア製造業ともいうべき化学、金属、機械は外資が主体だ。
 かつてスハルト時代に工業化が進められていたときには、地場の大資本も重工業に投資していたが、現在ではパーム油、石炭に象徴される一次産品・資源へシフトし、それらを盛んに中国へ輸出して儲けている。一方、金属、機械などでは日本を始めとする純粋外資がまだ頑張っており、それが東南アジア諸国連合(ASEAN)の域内貿易に貢献している。このように、外資と地場大資本が棲み分けている関係が浮かんでくる。
 就業構造を見ると、通常であれば経済成長にしたがって農業部門の就業比率が下がり、工業部門へシフトしていく。日本、韓国、台湾、中国もそうであったが、インドネシアではスハルト時代崩壊後、農業就業比率が40%のままで、変化していない。スハルト時代は工業化が国家開発の中心になっていたのが、現在は民主化により「上からの開発」がなくなった。自由に利益追求行動をして良いということになったので、地場資本は一次産品・資源へ回帰している。しかし、製造業が全くなくなったかというとそうではなく、まだ純粋外資が一定の役割を担い続けている。
 このためインドネシアではやはり、外資誘致に向けた投資環境の整備が重要になるだろう。しかし、アジアの主要国と比べて、インドネシアの投資環境への国際的評価は低い。マクロ経済環境や市場規模は良いが、インフラや労働市場、技術などは評価が低い。

3. 付加価値戦略が政策課題
 インドネシアはこのように、政治体制の安定を実現し、6%程度の安定的な成長を持続できる局面に入ってきた。そうなると、大規模かつ若い人口が有利に働き、新興経済大国への道が見えてきている。しかし、かつてと条件が異なるのは、現在は民主主義体制で、かつ貿易自由化の時代であり、農業・鉱業への回帰、脱工業化が進んでいることだ。脱工業化の主体はおそらく現地大資本であり、工業の担い手は未だに日本を始めとした外資が中心である。全体としてみると、製造業だけでなく、農業、鉱業、新興サービス業にも成長エンジンが分散する形になってきている。
 資源、人口は、一歩間違えると成長阻害要因にもなる。これをプラスに活用するには、分散したエンジンのある産業でそれぞれに雇用と付加価値を産み出さなければならない。例えば石炭であれば、未加工のまま輸出するのではなく、低環境負荷の技術で改質する、あるいはパーム油ならば国内で油脂化学に加工するなどが必要だろう。そして化学・金属・機械などの製造業には外国投資をより促進すべく投資環境を改善していくといった、それぞれの付加価値戦略が必要になるという政策課題が導けるのではないか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部