平成24年度 第4回-1 アジア研究会 報告1 「インドネシア経済:現状と課題」日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター長 佐藤 百合 (さとう ゆり)【2012/10/15】

日時:2012年10月15日

テーマ「東アジアの変動と日本」

平成24年度 第4回-1 アジア研究会 報告1
「インドネシア経済:現状と課題」


日本貿易振興機構 アジア経済研究所 地域研究センター長
佐藤 百合 (さとう ゆり)

 欧州債務危機が、先行き不透明なまま長びいている。新興国経済も減速ぎみだが、各国の政策対応に違いがみえてきた。インドネシアの相対的な位置づけと政策対応を検討する。

1. BRICsに似たパターンを示すインドネシア
 インドネシアの成長パフォーマンスをASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、BRICsと比較すると、リーマン・ショック後の世界金融危機や欧州危機にもかかわらず、インドネシアは変動が小さく、5~6%を維持している。中国、インドも相対的に変動が小さいが、高成長はリーマン・ショック後にピークアウトしている。
 インドネシアに安定感がある理由の1つに、貿易依存度の低さがある。つまり、内需主導で外的ショックに強いということだ。インドネシアの貿易依存度は、ASEAN諸国のなかでは突出して低い。むしろBRICsと同じような水準にあるが、中国とインドは2000年代に貿易依存度が急上昇したのに対して、インドネシアは40~50%で変わっていない。BRICsと比べても中位に位置している。
 欧州危機が新興国に波及した一つのルートは、通貨の下落だ。リーマン・ショック後に「低調な先進国、好調な新興国」という構図ができ、新興国に大量の短期資金が流れ込んでいた。そこへ2011年8月、欧州中央銀行が2度目の利上げを行ったのを契機に、新興国に流入していた資金が流出し、新興国の通貨高が通貨安に転じた。インドネシアの通貨下落をASEAN諸国のなかでみると、インドネシアの独歩安だ。一方、BRICsと比べると、中国以外はみな同じような下落パターンを示していて、下落幅はインド、ブラジルの方がインドネシアより大きい。インドネシアは、インドやブラジルと同様、有力新興国として短期資金流出入のターゲットにされるようになってきたわけだ。
 ただし、2012年半ばからBRICsの通貨は下げ止まって反転しているのに対して、インドネシアだけは下落が続いている。これは、インドネシアの中央銀行がドル売り介入できなくなったからではないだろうか。内需が良いために輸入が倍増し、通貨介入できる外貨準備の余裕がなくなってきているのが実情のようだ。

2. 輸出の減速、国際収支の悪化
 欧州危機が新興国に波及するもう一つのルートが、輸出の減速だ。インドネシアのGDP成長を、消費、投資、輸出の3要素からみると、この三拍子が揃うと6%成長になる。2007~08年は10年ぶりの6%成長になった。その後リーマン・ショックで輸出が落ち込むが、2009年は選挙の年で消費が牽引役になって4.6%で持ちこたえた。2012年は欧州危機でまた輸出が落ちている。だが、リーマン・ショック後と大きく異なるのは、現在は投資が絶好調という点だ。このため、2012年は大方の国が減速するなかで、インドネシアは6%成長を維持すると予測される。
 問題は国際収支だ。インドネシアは資源輸出が大きいため、基本的にこれまで「国際収支の天井」というコンセプトがなかった。2000年代には中国向けの資源輸出も急拡大した。だが、この構造に転機がきている。内需が本格的に勃興し、輸入が拡大している。エネルギー資源も内需優先になり、輸出余力が落ちてくる。しかも、資源・一次産品に偏った輸出は、国際市況に弱い。2012年には貿易収支が赤字に転落、総合収支まで赤字になった。インドネシアの市場関係者はこれを「Victim of Own Success」と表現した。この表現のとおり、成長加速にともなう新興国に共通する国際収支問題ともいえる。だが一方、資源輸出に依存し、中国向け輸出に傾いていた輸出の構造的脆弱性が露見したともいえる。

3. 欧州危機に対する政府の認識と対応
 2011年8月に周辺国のなかでルピアが目立って下落したことは、自国経済に自信を持ち始めていたインドネシアに大きなショックを与えた。ユドヨノ大統領は12月、欧州危機は「リーマン・ショックより深刻」との認識を示し、「早期警告」を発した。
 中央銀行の対応は特筆すべきだ。リーマン・ショック後とは逆に、政策金利を引き下げた。それも、アジアでは最も早い2011年10月のタイミングで利下げした。通常はルピアが落ちると、通貨防衛とインフレ抑制のため利上げするのだが、ここで逆方向に動いたのは中銀の思い切った成長重視姿勢の表れだ。ただ、その代わり、通貨防衛とインフレ抑制には、金利以外のあらゆる手を動員している。
 国家開発企画庁(バペナス)は、2012年1月に『欧州金融危機:インドネシア経済へのインパクト』という分析レポートを出した。これもリーマン・ショック後には見られなかった対応だ。レポートのなかで、バペナスはとくに輸出構造の分析に重きをおいている。中長期的に、アメリカの輸出が回復し、中国やインドの輸出が減速するGlobal Rebalancingが起きると認識し、インドネシアは輸出市場を新たに開拓し、国際市況に依存しない輸出構造に変わっていかなければならないと論じている。
 このバペナス・レポートの文脈からすると、いま日本との間で問題になっているニッケルなどの未加工鉱物資源の国内での精錬義務づけについては、インドネシア側は基本方針を変えない公算が強い。一時的な保護主義とみては、事を見誤る。持続的成長の局面に入ったインドネシアは、資源の未加工輸出から付加価値と雇用の国内創出へとシフトしようとしている。先週(2012年10月8日)の日本・インドネシア官民合同フォーラムでも、日本側は3点を申し入れた。(1)内需向けでない分については、未加工鉱石の輸出を(2009年鉱物・石炭鉱業法で定められた輸出禁止の期限である)2014年以降も認めてほしい、(2)精錬の計画がない企業に課される20%の輸出税を撤廃してほしい、(3)10年後に株式の51%を現地化する義務づけを撤廃してほしい、というものである。このなかで、インドネシア側に譲歩の余地があるのは、おそらく(3)だけではないかと、私はみている。
 2011年に出された「経済開発加速・拡大マスタープラン」は、インドネシア初の14年にわたる長期の経済開発計画だ。その中で政府ははっきりと、2025年までに「世界の10大経済国になる」という目標を掲げた。目指す将来像は、食糧を増産し、持てる資源・一次産品を加工する形で工業化を進め、そして物流インフラで全国各地および周辺国・地域と連結する、というものだ。通常の五ヵ年計画にプラス40兆円の官民投資をし、そのうちの45%をインフラ投資に当てるとしている。このマスタープランの一部に日本の官民も3.4兆円規模のコミットをしている。
 経済開発にかかわる政策課題は非常に多い。様々な国際指標を見ても、インドネシアの投資環境への評価はアジア主要国より低い。インフラ、物流が弱く、政府は対策を講じてはいるものの、インフラ需要に供給が追いつかない。この状況は、2000年代半ばすぎまで続きそうだ。労働問題では、大きな労働争議が起きている。低賃金の国から購買力の国へと移行し始めたところで、労使ともに学習過程にある。当局の悩みの一つは、貿易自由化と産業振興の相克だ。中国製品が大量に入ってくるなかで、どうやって自国産業を振興していったらいいのか、という問題だ。こうした政策課題に一つ一つ向き合いながら、今後20年続く人口ボーナス期の成長チャンスをインドネシアは活かさなければならない。

4. おわりに
 インドネシアは、外的ショックへの感応度という点で、ASEAN諸国よりもBRICsに近いパターンを示すようになっている。外的危機に際して、インドネシア政府は、従来のような根拠なき楽観姿勢は捨て、警戒姿勢をとっている。こうした変化は、インドネシアが有力な新興国として見なされるようになったことの裏返しでもある。
 現在のインドネシアでは、リーマン・ショック後とは異なり、投資と輸入が旺盛であり、その結果として国際収支が悪化している。2000年代に資源・一次産品に傾いていた輸出構造に反省を迫られている。輸出市場・構造、産業構造、投資環境の弱点を是正すべき、という危機意識が出てきたことは重要だ。その意識を改善策の実行に結びつけることが肝要である。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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