平成24年度 第5回-1 アジア研究会 報告1 「インドビジネス事情と日印ビジネスの方向性」株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長 島田 卓 (しまだ たかし)【2012/11/05】

日時:2012年11月5日

テーマ「東アジアの変動と日本」

平成24年度 第5回-1 アジア研究会 報告1
「インドビジネス事情と日印ビジネスの方向性」


株式会社インド・ビジネス・センター
代表取締役社長
島田 卓 (しまだ たかし)

1. インドの経済発展と恩恵に浴せない人々
 私はインドには2回、誕生日があると言っている。1回目は政治的に独立した1947年で、もう1回は、1991年の経済的独立だ。91年の経済危機で外貨不足に落ち入り、仕方なく、経済を自由化した。以降、インドはかなりの経済成長を遂げたことから、「シャイニング・インディア」などといわれ、BRICsの一角としてもてはやされるようになった。しかし、このような経済発展の恩恵を受けているのは、ごく限られた人たちだけだ。その他、大勢の人たちは経済成長の恩恵に浴せず、未だにあえぎ苦しんでいる。
 新聞報道によれば、現在インドでは住宅が2800万戸不足しているという。多くの人たちは、日本のマンションのように1000万円や2000万円といった価格の住宅は購入できない。このため100万円や200万円で買える住宅の提供が必要になる。日本の昔のプレハブを見ると、約30平米で100万円程度だ。この程度の価格であれば、例えば年収が50万円の人でも、2年の年収で家を購入できる。それを可能にするような住宅ローンを組んであげれば、かなりの人たちが家を買えるようになる。このような対応を通して、インドが経験している「成長痛(格差社会)」というようなものが、多少なりとも緩和(是正)できるというのが私の考えだ。
 1戸100万円の住宅であっても、2800万戸になれば2兆8000億円だ。その1割のマーケットを取ったとしても大きい。30平米ほどのプレハブ住宅であっても、泥の家に住み、高圧線から電気を盗んで死んでしまうような状態よりは、ずっとましだ。また、プレハブ屋根は平らなので、コストの問題はあるが、そこに太陽光パネルを張って蓄電することも一考に価する。そのような技術は、日本が一番発達しているのではないか。相当な量を販売できれば、コストも下げられるはずだ。
 私がインドへ赴任したのは1991年の経済危機のころで、非常に大変な時期だった。赴任した2月のすぐ後、5月には選挙の最中、ラジブ・ガンディー元首相が暗殺された。そして6月には、デフォルトの危機だ。当時の橋本龍太郎大蔵大臣らは、「日本が最大の債権国であるインドを潰すな」と、3億ドルの緊急融資を断行した。それによってインドは、一命を取りとめた。したがって、マンモハン・シン蔵相(当時、現首相)が、「色々な国にお世話になった」と述べたとき、唯一、固有名詞を挙げて言及したのはは日本だけだった。だから、「日本には足を向けて寝ることはできない」と。アジアのどこを見渡しても、そんな殊勝なことを言うトップはインド以外にはいないのではないか。
 最近は、インドの経済成長にもかげりが見えてきており、一般論として今年は6%前後の成長率になるとみられている。インドの財務大臣は、来年は7%、再来年は8%くらいの成長率に持っていきたいとのことだが、ではそのためには何をしなければならないか。インドのスバラオ・中央銀行総裁は、「インフレを抑えるために金利は下げない」と言って、頑張っている。しかし最近訪印した米国のガイトナー財務長官なども「金利を下げるべきだ」と明言している。インドでは食品の価格が上昇している一方、工業製品などの非食品はあまり値上がりしていない。金利の高止まりで、耐久消費財などがふるわず経済が減速、角を矯めて牛を殺すような結果になっている。また、インドでは流通過程で食品の3、4割が腐ってしまうことから、現在起こっているのは供給不足によるインフレだ。したがって、今インドが必要としているのは、物流を整備し、食品供給量を増やすことではないか。サプライサイドの問題であり、金融政策によるインフレ抑制には限界がある。

2. インドとの協力による「ブーメラン効果」
 2009年9月の国連総会でインドの外務大臣は、インドには1日1ドル以下で生活している人たちが約2億人おり、また5億人が電気なしの生活をしていると強調した。同年12月には、コペンハーゲンで国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)が予定されており、この発言は、現状の温室効果ガス排出の削減義務は飲めないことを示唆するものだった。
 日本は少子高齢化によって、将来的に先細りだ。中国でも少子高齢化が進み、今後は生産年齢人口が減る。しかし、インドの場合、25歳未満だけでも6億人いるので、当面は安心とみられる。この点について、前中銀総裁のレディー氏は、「理論的にはインドはまだ相当期間、人口ボーナスの恩恵に与れるはずだが」と、付帯条件付だ。その条件とは、「若者に労働機会が提供できた場合」ということだ。そして、もし不稼動若者が増え続ければ、ボーナスをもらうどころか「人口の悪夢」(demographic nightmare)を招来する」とした。毎年、約2400万人が成人するため、この人たちがどのように食べていくのかは喫緊の課題だ。
 日本の人口は、15歳までをすべて足しても1700万人足らずだ。その一方で、日本には資金や技術力がある。日本では今後、人口減少による元気の喪失が懸念されるが、インドの場合、人口の増加が元気創出の元だ。ただし、それらの人たちを食べさせていく手段が必要だ。インドには農民が多いが、農家は悲惨な状態にある。借金して春に種をまいても、旱魃で秋の収穫ができなければローンの返済ができず、自ら命を絶つことにもなる。また電気がなく、ろうそくの生活を余儀なくされている人たちも多い。
 このような状況下で、インドが最も必要としているのは、雇用を生む産業だ。端的に言うと、裾野の広い自動車産業などに力を入れている。しかし、その一方で環境問題も深刻化している。環境への負荷が低い自動車の製造は、日本が得意とするところだ。このような領域でインドとうまく協力していけば、日本国内産業の活性化にもつながるのではないか。
 私は今、生意気にも「ウォーレン・バフェットを止めろ」(Stop the Warren Buffett !)と言っている。バフェット氏はオランダのIMCを買収した後、その持ち株会社を使って、世界第2位の工具メーカー、イスラエルのイスカルも手中に収めた。さらに日本では、タンガロイを買収した。そして、それらの技術をインドへ持っていき、自動車工具を作っている。今、私が最も危惧しているのは、日本やイスラエルの技術を駆使したインド製低価格自動車工具が日本へ入ってくることだ。そうなれば、5~10年で日本の工具メーカーはすべて倒産してしまう可能性だってある。それらの製品は現在、品質に問題があるといわれているが、日本などの海外技術が根付くと大きな脅威になる。
 やはり日本の技術は日本企業が、それを使えるところへ持っていって活用するのが良い。インドの人たちは、空調なども無く、室温40度以上の劣悪な環境の中ででも、一生懸命工具を作っている。手をこまねいていたら近い将来、これらの人たちと競争していかなければならなくなる。私は競争するよりも協力し、仲良くなった方が良いと思う。日本の燕三条では、1995年には洋食器の輸出額が133億円だったが、2005年には68億円に半減しジリ貧状態だ。一方、インドの片田舎にある、真鍮の町ムラダバードでは600の中小企業が真鍮製品を年間400億円ほど輸出をしている。
 私が提案したいのは、「ブーメラン効果」と自分で名付けているのだが、効果が戻って来る経済活動だ。インドには、世界に売れる洋食器の技術はない。もしもムラダバードの若い技術者が燕三条へ来て、洋食器の最新技術を学ぶことができれば、燕三条では若い人の人口が増える。人口が増えれば活気が出て、未来が明るくなる。技術を提供することでムラダバードの中小企業を利してあげるが、その結果、生まれてくる果実については応分の分け前に与る。そのような国家政策があっても良いと思う。

3. 「過不足」を知り、アジア諸国と共存を
 インドでは皆「aware(分かってる)でも、「action(実行)」が伴わない。尻に火が点かなければやらない、という傾向がある。1991年の経済危機のときもそうで、現在も同様の状況だ。与党の国民会議派は、2014年の総選挙で負けるのではないかといわれ始めて動き出した。9月には長らく懸案だった複数ブランド小売の外資解放を認め、航空行政を緩和するなど様々な改革に着手した。それに呼応するように、インドの株価はかなり上がってきている。そういった期待値に応えていけるか、インドの政治は正念場に差し掛かっている。
 昨年から今年にかけての州議会選挙を見ると、例えばUP州では、社会主義党の候補者が新機軸を打ち出し、圧勝した。また国内唯一の共産党政権があった西ベンガルでは、共産党が惨敗し、インド国内から左翼政権がなくなった。これはインドの衆愚政治の終わりの始まりを暗示している。したがって、現職国会議員もうっかりしているとその職を解かれかねないと理解し、真面目にやり出してくれることを期待している。2014年央に予定されている総選挙までに主要州の州議会選挙がかなりあり、12月に行われるグジャラート州の選挙では、インド人民党(BJP)のモディ同州首相の3選は間違いないだろう。モディ・グジャラート州首相が州議会選挙で圧勝した場合には、その余勢を駆って2014年の総選挙出でBJPの首相候補として国政に出てくる可能性が強い。その場合には、国民会議派を中心とした現与党の政権維持はかなり危うくなる。
 アジアを取り込まなければ日本の将来はなく、アジアの国々との共存共栄がMUSTだ。。日本は「過不足」を知って、その持てる過(技術や資金)を持たざる国に提供しヴァリュー(価値)を創出、それを応分に分け合う。そのようにすれば、ビジネスと人が循環し、元気が出てくる。行って返ってくる、ブーメラン効果の出るようなビジネスを展開し日本企業が元気になる、というのが私の願いだ。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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