平成24年度 第5回-2 アジア研究会 報告2 「現地から見た尖閣問題後の日中関係」(北京・上海出張報告)一般財団法人 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之 (せぐち きよゆき)【2012/11/05】

日時:2012年11月5日

テーマ「東アジアの変動と日本」

平成24年度 第5回-2 アジア研究会 報告2
「現地から見た尖閣問題後の日中関係」(北京・上海出張報告)


一般財団法人 キヤノングローバル戦略研究所
研究主幹
瀬口 清之 (せぐち きよゆき)

1. 中国経済の緩やかな回復
 中国経済は8月をボトムに、緩やかに回復しており、現地ではあまり成長率の低下を心配している人たちはいない。その要因としては第一に、今年4月以降金融緩和に転じ、それを背景に資金調達が楽になって、地方政府のインフラ建設が始まったことがある。地方のインフラ建設は公共事業ではあるが、地方政府が自ら資金調達しなければならない。金融引き締めのときには地方政府の資金調達が厳しく制限されていたので、インフラ建設も進まなかった。金融緩和のおかげで、地下鉄やダム、都市開発といったインフラ建設が再び始まった。
 第2に住宅投資は、不動産取引規制が続いていたため伸び悩んでいたが、今年に入ってからは我慢しきれなくなった人たちが徐々に購入し始めている。このため5月以降、住宅価格が上昇傾向に転じた。それを背景に、住宅投資も徐々に増加し始めている。特に北京と上海では長い間、厳しい規制が続いてきたため、その反動もあって価格が急上昇している。
 第3に、雇用増大と賃金上昇に支えられ、所得環境が良好な状態が続いている。このため、消費が引き続き堅調だ。これらの要因をベースに、中国経済は回復し始めている。
 ただし、いくつかの足かせもあり、急速な回復は期待できない。1つは、引き続き欧米向けを中心に輸出が低迷するということ、2つ目は、住宅投資は回復しつつあるが、不動産取引規制が継続されていることだ。3つ目は、2009年に行なわれた4兆元の景気刺激策として急速に伸ばした貸出が不良債権化し、かなり大きな問題になっていること。その処理が来年、ピークを迎えることから、金融機関も貸出を伸ばしにくい。
 一方、来年については、新政権の初年度であるため、大型公共投資の集中を背景に景気が押し上げられることから、従来型の投資主導の回復パターンをたどっていくとみられる。

2. 反日デモの実態
 次に、尖閣諸島の領有権問題後の日中経済関係についてお話しする。日本国内では中国に進出している日本企業が、投資縮小は当たり前で、撤退も考えていると思われているようだ。しかし、実際には投資縮小ということすら、ほとんど考えている人は見当たらない。北京や上海などの日本企業や日本人は極めて冷静で、しばらく様子を見てから考えようという状況だ。既に反日デモ前の状態に回復している業種もかなりあり、それらに関しては予定通り、投資を拡大していくというところも多い。最も先が見えないのは、自動車産業だ。全体的な印象としては、2005年や2010年の日中関係悪化時と比べて今回の方が激しいデモが続いたにもかかわらず、北京、上海等現地の日本人は冷静に受け止めている。日中の相互理解が進み、日中関係はかなり成熟したという印象を受ける。そして相互依存、ウィン・ウィン関係が強まり、互いにもう離れられないということが、相互理解を支えていると感じる。
 一方、北京や上海の人たちは、今回の反日ストや暴動について、自分たちの街を外から来た人たちが荒らしているというイメージで受け止めている。また中央政府の人たちに話を聞くと、「日本人と交流するのを抑制した方が良い」といった具体的な指示は一切、出ていないという。しかし各自が空気を読んで、日本との交流を自粛しているため、幹部の公式な会談やミッションの派遣などはキャンセルされている。中国の一般家庭に関しては、日本の製品が既に生活に入り込んでいるところも多く、不買運動を起こすのは難しいといわれる。
 今回起きた反日デモについては、日本では「政府が仕掛けた」あるいは「これまでにない強い反発が表れた」といった見方がなされているが、実際はかなり異なるようだ。デモに参加するふりをして、デモに入っていった人たちの話を聞くと、デモ隊よりも私服警官の方が多かったという。中国の政府は、反日デモが容易に反政府デモに転じるということを、過去の経験から痛いほどわかっている。今回の反日デモでも、毛沢東の写真を掲げたものが見られた。これは反日ではなく、反政府、反胡錦濤の意味を持つ。
 デモ隊に雇われた人たちは厳しい規制の下にコントロールされていたが、警察がしっかりコントロールしていなかった青島や長沙のようなところでは、野次馬が中心となり、パナソニックや平和堂が襲われたといわれる。ミニブログの発達で以前のように情報コントロールできないため、予想外に多くの地域でデモが起きてしまったというのが、今回のデモの実態だと考えられる。また、中国ではかなりの人たちが、尖閣諸島国有化について、日本政府は最初から国有化を目的としていたが、それを隠すために石原慎太郎・東京都知事と野田佳彦首相が芝居を打ったものであり、二人による陰謀であると理解している。

3. 反日デモによる日本企業への影響と今後の見通し
 今回の反日デモに関して産業別の影響を見ると、影響が特に深刻なのは自動車だ。日用品の小売や食品、物流はかなり回復してきたが、自動車だけは相変わらず、売上げ、注文が半減したままだ。その理由の1つ目は、日本車に乗っていた中国人が引きずり出され、脳挫傷で死にかかったという事件が中国で広く流布されたことが大きく影響しており、日本車に乗るのは怖いと考えられている。2つ目は、新車を買っても路上駐車が一般的なので、傷つけられる。3つ目は、日本車というのは日本製品のシンボルで、日本車に乗るだけで「あいつは日本ファンだ」と後ろ指を指されやすい。さらに食品や化粧品などの場合、一旦、日本の製品を購入する習慣ができると、簡単には変えられないということがあるが、自動車に関しては、中国では過半数の人たちが初めて車を買う人なので状況が異なる。デモの影響は自動車の最終製品に関しても厳しいが、下請けではもっと厳しく、倒産も懸念されている。
 その一方で、中国の主要な開発区は依然として、日本企業の誘致に熱心だ。現在は上海に最も多く日本企業が集まっているが、武漢や重慶のような内陸部からも、日本企業に対して見学に来てほしいと言ってきている。また元々、蘇州など日本企業の集積地になっているところでは、暴動の直後、地方政府の役人が日本企業に対し、「安心してくれ。我々のところは絶対に守る」などとして、引止めにかかっていた。
 このような動きの背景には、中国に対して積極的に直接投資を行う国が、現在では日本だけになってしまっているという現地の受け止め方がある。2001年から2005年ごろには対中直接投資ブームが起き、韓国や台湾、米国などの対中直接投資が非常に伸びた。しかし、米国は現在、「中国は儲からない」ということで、ほとんど意欲を失っている。他方、ドイツや韓国は欧州や韓国での業績が悪化しているため、対中投資を拡大する余裕はない。台湾についても、ブランド力が弱くあまり伸びていない。このような中で、日本からの対中直接投資は、大変な勢いで伸び続けている。加えて、中国の開発区が求める先端産業、医療機器、先端の小売、物流などが入っている。このため、今回の問題によって日本企業の進出が減少すれば、今後成長していかなければならない天津や武漢、成都、重慶、西安のような都市は、上海や北京に追いつく可能性がなくなってしまうといった危機感を持っている。
 反日デモの影響による、現在のような状況がいつまで続くのかについては、少なくとも12月上旬までは動きにくいだろうという見方が大勢だ。12月上旬には、来年の経済政策の基本を決める中央経済工作会議が開かれ、それが李克強による政策の初仕事となる。これは、中国の来年の経済政策運営.の基本方針を決める大変重要な会議だ。したがって、そこまでは中央も地方も動けないとみられている。これが終われば、そろそろ動き出すのではないかということだ。一部では既に待ちきれず、上海の日本企業に対し、「11月下旬で良いのでミッションを組んで来てほしい」という内陸部からの要請もあると聞く。したがって、12月に入ったころから徐々に、雰囲気が変わっていくのではないか。
 11月初時点での日本企業の受け止め方については、「もう少し様子を見てから考えよう」というのが大勢だ。少なくとも自動車産業は、問題がある程度、長期化する覚悟をしている。このため生産、投資、雇用計画の見直しも視野においている状況だ。小売や流通、飲食、日用品などのあまり大きな影響を受けていない業種に関しては、先行きの投資計画を変えない方針だと聞く。このような中で現在、皆が最も心配しているのは、日本の政治家がまた余計なことをして、日中関係を再び悪化させることだ。そうなれば、次のダメージは非常に大きい。したがって、政治家が対中強硬発言など余計な発言をしないこと、そして次の政権が靖国参拝をしないことなどが強く望まれている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部