第118回-1 中央ユーラシア調査会 報告1 「プーチン新体制の下でのロシア経済の行方」一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所 次長 服部 倫卓(はっとり みちたか)【2012/04/27】

日時:2012年4月27日

第118回-1 中央ユーラシア調査会
報告1「プーチン新体制の下でのロシア経済の行方」


一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所 次長
服部 倫卓(はっとり みちたか)

はじめに
服部 倫卓 私どもの団体で発行しているロシアNIS調査月報で、プーチン再登場を念頭においたロシア経済と日ロ関係に関する特集号を組んだ。本日は、その特集号に書いた「ロシア大統領選と新プーチン体制 ―せめぎ合う再工業化と脱工業化―」というレポートで論じたことを中心に報告したい。

(1)4つのロシア論
 議会選挙、大統領選挙があり、ロシアの論壇でも様々なことが語られたが、私が注目した一つが「四つのロシア論」である。ロシアの実業新聞「ヴェードモスチ」の暮れの号の中で、ズバレヴィチという女性研究者が1年を総括する記事の中で指摘した。「4つのロシア」とは、1. 大都市、2. 中規模な工業都市、企業城下町のロシア、3. 農村および小都市、4. 北カフカスおよびシベリア南部の民族共和国を指す。与党も野党もロシアを一体、同質なものとして捉えた誤りによって躓いた、と指摘している。
 「第1のロシア」は、消費生活が盛り上がる大都市、モスクワ、サンクトペテルブルグを始めとした12の百万都市を中心にしたロシアである。州都、沿海地方のウラジオストク等、人口25万人位までも含めれば、「第1のロシア」には全人口の36%が住んでいる。過去20年間の脱ソビエト体制の中で、工業都市ではなくなり、ホワイトカラー、中小企業就労者が増え、公務員も意識が高く、高い職能を備えるようになっている。インターネットユーザもほとんどここに集中している。昨年末以来の大都市の反政府デモを起こしているのは大都市の住民が多く、ミドルクラスの反乱とも言える。彼らは必ずしも直近の経済、暮らし向きの悪さで政府に反旗を翻しているのではなく、将来的な閉塞感に危機感を抱いている。
 「第2のロシア」は、中規模な工業都市および企業城下町のロシアである。人口は25万人以下だが、中にはロシア最大の自動車メーカー、アフトヴァズがあるトリヤッチという人口規模70万人以上の非常に巨大な企業城下町も存在する。「第2のロシア」における反政府的なムードもまた高まっているが、直近の自分たちの暮らし向きによって政権に対する態度を変えるという面がある。自分たちの職と賃金を求めて政府に抗議しているという点で、「第1のロシア」と異なる。
 「第3のロシア」は、人口数万人規模の小都市、農村のロシアであり、人口の38%を占める。共産党の支持率が高く、必ずしもすべて親政府というわけではない。ただ、ズバレヴィチの指摘によれば、たとえ経済危機で年金や賃金が遅配になっても、彼らの抗議エネルギーはほとんどない。「第4のロシア」は、北カフカス、南シベリアの民族共和国である。人口としてはそれほど多くはなく、特有なものとして存在している。

(2)せめぎ合う再工業化と脱工業化
 現在のロシアでは、再工業化路線と脱工業化路線がせめぎあっている。類型的に言えば、再工業化路線は「第2のロシア」を主として念頭においた政策であり、脱工業化路線は「第1のロシア」である。再工業化路線の主たる文書といえるのが、大統領選に向けて発表した7本の新聞論文でその中には経済論文もある。それに対して、脱工業化路線を最も代表しているのは、3月に新しいバージョンが発表された「戦略2020」である。
 新聞論文の中でプーチンは「第2のロシア」をターゲットとした再工業化路線を強く打ち出した。もちろん与えるだけではなく、組織的な票の獲得のため、労組、企業城下町に対する締付けの動きも見て取れた。例えば、プーチンはロシア最大の労組組織「独立労組連盟」の集会に参加して企業城下町で20万の雇用を新規創出すると公約し、2012年1月には、ロシア独立労組連盟が大統領選でプーチンを支持することを決定している。
 「戦略2020」は、プーチンが命じ、多数の経済学者を動員して策定されたが、再工業化路線とは大いに異なり、むしろ脱工業化路線を旨としている。「新たな成長モデルは、脱工業化経済、明日の経済を志向している。それを支えるのはサービス部門であり、人間に着目すればクリエイティブ・クラスというものがその担い手となる」と書かれている。
 そのような乖離が見られる中で、問題は対極にある二つの政策路線が今現在ロシアの政策エリートの間でせめぎあっていることである。実際に5月に成立する新政権がどちらの道に進むのか。新版の戦略よりも、新聞論文が重視されていると思われる。政権与党、統一ロシアもそれを肉付けするような動きをいち早く打ち出している。4月11日にプーチンが前年の政府活動報告を議会向けに行ったが、「戦略2020」への言及は一切なかったということが象徴としてあげられる。
 ロシアがいつまでも資源とエネルギーに依存しているだけの経済ではだめなことを誰もがわかっている。どうやって多角化や高度化を遂げていくのか。プーチン流の「軍事ケインズ主義」と言っていいかもしれないが、この4月11日の政府活動報告の発言を拾ってみると、国防発注を通じてハイテクを伸ばし、もってロシア経済全体の技術力を高めていくという発想がある。

(3)主要経済政策の見通し
1. WTO加盟
 去年の暮れにWTO加盟が決定し、批准手続きを経て、9月頃までには正式に加盟する運びである。良かれ悪しかれ大きな影響はないだろう。今となっては、加盟そのものの是非を巡る論争もない。関税率は、7年間かけて、現状の全品目平均10.0%を平均上限7.8%以下に段階的に下げる。品目により数値の設定がなされ、自動車産業やエネルギー輸出など、重要なものほど個別に取り決め配慮がなされている。関税率が1%、2%下がることよりも、為替レートの変化の方が輸出入に与えるインパクトがはるかに大きいと指摘している学者もいる。マクロ経済的にもそれほど大きなインパクトはないだろうというのが大まかな状況である。

2. 自動車産業
 乗用車の新車の輸入関税率は現在30%だが、7年後には15%になる。段階的に下げられるので、すぐに大きな影響がでるということはないだろう。しかし15%になれば、やはり輸入したほうが有利であるという構図が強まる。アフトヴァズの立場もさらに厳しくなるかもしれない。ロシア政府の投資誘致政策に乗る形で外国自動車メーカーがロシアに進出して工場を建設してきたが、輸入関税率が15%になるとその優位性や意義が薄らぐ可能性がある。ロシアは、ドイツよりも生産コストが高いといわれているので、現地生産はいろいろ厳しい面がある。
 ロシアは、「工業アセンブリ」政策によって外国自動車メーカーを誘致してきた。部品の現地調達を義務付ける条件があり、WTO加盟交渉の際に、欧米諸国がこれを疑問視し、現地調達比率を下げさせた。外国自動車メーカーの進出を受け、その次のステップとして、裾野産業の育成のために現地調達の拡大に向けた政策をロシアはとってきた。WTO加盟の犠牲になる形で、このあたりが反故になる可能性がある。
 日系メーカーは夫々の取り組みを見せている。ルノー日産連合はアフトヴァズの株式の過半数を取得する。トヨタはサンクトペテルブルグに工場を建てたが、順調に拡大しているようだ。ロシア側が極東シベリアの経済開発を悲願にしており、その政策の中で優遇措置もあり、トヨタ、マツダはロシア資本の会社ソラーズの極東工場での自動車の組立を始める動きもある。

3. 極東・東シベリア開発
1月にショイグ非常事態大臣(当時)が、突然「極東・東シベリア開発公社」を設立すべきだと提唱した。プーチンは、議会での政府活動報告で、「むろん極東・東シベリアの開発は重視していく。そのために、それにあたる特別な組織の創設を検討しており、その決定は近日中に下される」と明言し、日本にとっても一つの関心事である東シベリア極東開発にとって重要な動きである。しかし、一体どのような枠組みでどんな原資を活用し、どのようなスキームで開発していくのかに関しては議論が分かれている。

4. 民営化
 内閣の組閣にあたり、おそらく一番の政策論争になるのが、民営化政策である。ロシア政府が持っている株式会社の株の払い下げが課題になっている。その急先鋒になっているのはメドベージェフである。メドベージェフは、この民営化の問題をさかんに推進しようとしているが、現内閣でエネルギー担当副首相のセーチンは、ロスネフチとのかかわりが深くその株式売却には反対した。これを巡って、メドベージェフとセーチンの対立構図が非常に明瞭である。新内閣ではセーチンの去就がどうなるのか注目される。

5. イノベーション政策
 イノベーションセンター「スコルコヴォ」は、ロシア版シリコンバレーといわれるハイテクパークである。メドベージェフの4年間は、とにかくイノベーション、近代化がスローガンで、国のトップダウンで企業に技術革新をさせるという奇妙な構図があった。このプロジェクトは、メドベージェフ現大統領の属人的な要素がかなり強い。従って大統領が変わったらトーンダウンするのではないかと前から疑問視する向きもあった。

6. 年金改革
 ロシアでも年金の財源が逼迫してきている。選挙の際にも年金受給年齢の引き上げが国民の身近な争点でもあった。プーチンは経済論文の中では一般論でしか述べていない。口頭の発言レベルでは、年齢を引き上げる必要はないと発言したそうである。一方、その対極にある「戦略2020」では、2030年までに男女とも63歳に引き上げる必要があると指摘している。首相になるメドベージェフが、年金改革では矢面に立つことになるが、先々の政治生命も見据えている彼が、そのような政策を果たして断行できるのか。断行できない場合は、クドリン元副首相・蔵相、あるいは、より改革を断行できるような首相へのバトンタッチ、交代もあるのではないかと言われている。

(4)経済パフォーマンス
 リーマンショック以来、季節要因を除外した経済パフォーマンスは上向きではあるが、石油が高止まりしている割には踊り場とも受け取れるような頭打ちの傾向がでてきている。昨年の経済指標を見ると、個人消費で持っていた分が大きい。例えば、商品小売販売高は伸びているが、実質可処分所得はほとんど伸びていない。リーマンショック以降の落ち込みからの反動や、自動車ローンの拡大などの要因で消費は拡大したが、実質可処分所得が伸びない中では、ロシア経済の先行きは必ずしも楽観できない。必ずしも先々安心だとはいえないというのが今現在の経済パフォーマンスである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部