第118回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「プーチン新体制後のロシア情勢」朝日新聞社 国際報道部機動特派員 大野 正美(おおの まさみ)【2012/04/27】

日時:2012年4月27日

第118回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「プーチン新体制後のロシア情勢」


朝日新聞社 国際報道部機動特派員
大野 正美(おおの まさみ)

(1)2012年2月4日のモスクワ反プーチン集会
大野 正美 まず今話題になっているロシアの政治のあり方について、2月4日の反プーチン集会を取材してきたのでご紹介したい。
 3月4日の夜、大統領選挙に勝利して復帰を決めたプーチンは、モスクワ市内の支持者集会で涙を見せた。彼はソ連国家保安委員会(KGB)の要員だったので、いつでも泣くことができるスパイの技量を持つという。この夜の涙について、苦戦の選挙戦に感極まり泣いたのか、ここで泣けば効果的だと泣いたのか。二つの見方があるけれども、私は後者であろうと思っている。
 その苦戦のもととなった反集会の一つの頂点をなしたのが、2月4日の集会である。当日朝集合場所に行くと地下鉄の駅から数珠繋ぎになるくらい大勢の人が上がってきてぎゅうぎゅうの状態だった。参加者数は、主催者の発表で12万人、警察発表が3万6千人であった。
 この抗議集会には多様性が非常に現れたのではないか。アナーキストから急進左翼、リベラル、民族派などまで様々な勢力が、不正な選挙に対する抗議で集まって行動を起こした。この多様性は、弱さとも捉えられている。有力な指導者がいないこともあり、選挙が終われば一過性なものとして烏合の衆が離散していくのではないかという指摘もある。1980年代末から90年代初めの民主化の運動も私は取材したのだが、あの時に共産党と共産党による統治システム、経済システムをなくせばすべて良くなるという一点で人々は戦ったが、それがなくなったとたんに目標を失い、過酷な現実の中で運動が潰えていった。しかし、今回の抗議運動に参加している勢力がもつ課題は多様である。日常的なビジネスにおける官僚の不正や役所の横暴、腐敗、汚職と戦い、それを改善したいというグループもあるし、ロシアの通貨ルーブルの価値を強くしようという立場で活動している勢力もあるというように、抗議に参加しているグループには夫々に課題がある。例えば、既存のリベラル、ネムツォフ元第1副首相やカシヤノフ元首相などは、かつて議席を持っていた議会にもう一度復帰するきっかけとして今回の政治活動を捉えている。当然選挙が終われば共通の目標は当面なくなるが、各勢力がもつ課題は、ロシア社会、政治、経済の中で消えるものではない。新たに新しい目標を結集してまた続いていくだろう。選挙後も、その動きは継続しているように思う。

(2)3月4日 大統領選について
 大統領選挙と下院選挙の結果の分析に簡単に触れたい。棄権した人と無効票を除いて、有効投票をした人の中で候補者がとった票の割合が、普通の得票率である。絶対得票率は、棄権も含めて、全有権者の中での得票割合で、政治に対して不満があり選挙を棄権する人が増えると、絶対得票率が下がり政治への不信があることがわかる数字である。
 過去4回の大統領選得票率を比較してみると、得票率はあまり落ちていない。しかし、今回の選挙で絶対得票率は41.51%である。メドベージェフとの双頭体時代も含めたプーチン体制では、08年の大統領選挙時がピークで48.98%であった。2000年のプーチンの絶対得票率は36.33%で、2004年は45.90%、2008年にメドベージェフが当選した時の数字48.98%は、相当な信任であると取れる。ところが今年は41.51%と、4年前と比べて7ポイント以上落ちた。これはプーチン、メドベージェフを通じた体制に対する信任が傾向として落ちていると見ざるを得ない。腐敗、汚職などのいろいろな問題があると思うが、一番は、長くやれば飽きられる、という自然な傾向ではないか。それを押し戻すのは、かなり国民に今までと変わったことが示せないと難しい。
 ソ連からロシアの選挙を長くみていると、国が変わるとき、その傾向は両首都のサンクトペテルブルクとモスクワ、極東から変化が現れることがわかる。今回、地域別の得票率を見ると、モスクワとその周辺、シベリアや極東、さらに北西部が低くなっている。モスクワでは、プーチンの得票率が46.95%であり、ここでは大統領選が1回では当選が決まらずに再選挙となる50%以下だった。沿海地方では57.31%、その中心都市ウラジオストクでは47%しか獲得できなかった。全体的に、プーチンの現体制に対する信任が退勢の傾向にあるのではないか。
 モスクワでは、数字的に首をかしげるところが確かにある。モスクワでは大統領選挙でプーチンは46.95%しか獲得できなかった。ところが、下院選挙での統一ロシアの得票率は49.32%で、「ペテン師と泥棒の党」と言われた与党の方が、より圧倒的に人気をもっているはずのプーチンよりも得票率が高かった。この下院同選挙での第二の都市サンクトペテルブルクの統一ロシアの得票率は33.5%だ。旧ソ連末期以来の各種選挙で同じような選挙結果を示してきた二つの首都で、今回これほど大きな差異が現れたことは、相当モスクワで不正があったためと思わざるをえない。これが大統領選挙になると、モスクワではプーチンの得票率が47%弱なのに、サンクトペテルブルクでは58.77%もとっている。下院選挙の統一ロシアの得票率と比べて22ポイントも跳ね上がっている。不正がないとすれば、このような数字に対する合理的な説明は難しいのではないか。
 選挙結果からも、プーチン支持に長期低落傾向があることが見て取れる。その表れとして、地方の反乱がある。反体制派、反プーチン勢力は大統領選挙が終わって目標を失ったかに見えたが、3月18日、ボルガ自動車工場という大きな自動車工場があるサマラ州の工業都市トリヤッチで、統一ロシアの市長候補が野党候補に負けてしまった。大統領選挙の2週間後である。4月1日には、日本のコマツの工場があるヤロスラブリ市でも、各野党が相乗りになった市会議員の対立候補が7割の得票を得て統一ロシアの候補を破ってしまった。
 黒海のボルガ河口の町アストラハンでは、大統領選挙と同じ日に市長選挙があり、公正ロシアの元下院議員オレグ・シェインが対立候補として出馬し、統一ロシアの現職市長に60%対30%の得票率で負けた。しかし選挙に不正があったとして、3月16日から抗議行動としてハンガーストライキをはじめた。全国から支持者も集まり集会が開かれ、メディアも活発にこの抗議活動を報道するようになった。4月14日には1000人以上がアストラハンに集まり、反汚職ブロガーの反政府指導者ナバリヌイ氏も応援に駆けつけた。ロシア中央選管は投票所の映像を見直さざるを得なくなり、203のうち129の投票所で手続き違反があったことが判明した。公選法によると25%以上の投票所の結果が無効になると選挙も無効になる。違反はあったが結果には影響がないと選挙結果は見直すつもりがないようであるが、現在裁判に持ち込まれている。
 オレグ・シェインは、かなり左派でならした急進的な人物で、本来的には民主派とは合わないはずである。しかし、今回の騒動で多様なグループが支援に駆けつけ、このような運動にまでもってきた。新しい目標が生まれると、各々の課題に対処していくなかで、共通項をもつ者が集まり運動するというロシア政治の新しい傾向ができてきている。
 経済についてみると、その動向に大きな影響を持つ石油価格では、イランの核開発問題の行方で変化があるかもしれないが、価格がある程度下がってもそれほど影響は出ないのではないか。しかし、年金問題がある。将来的には支給年齢を引き上げなければならない。今年7月頃から、教育、医療、研究、文化といった分野で、民営化を進めるそうである。早い話が有料化で、これが政権にとってダメージになるのではないか。これがこうじると、多様な反政府運動の継続性と結びつき、2015年頃に政治危機が起きるかもしれないと指摘されている。

(3)日ロ関係 ―プーチン復帰と領土問題
 3月1日に、朝日新聞の若宮啓文主筆がプーチンに会い、久々に領土問題に関する発言を引き出した。しかし、今までに発言済みの内容で、ロシア外務省も受け入れ可能な範囲での発言であると思う。非常に厳しいことだが「平和条約は、日ソ間に領土的要求を有するその他の要求がそれ以上ないことを意味している。共同宣言には、どのような条件で島々が引き渡されるのか、島々がどの国の主権下に置かれるのか、何も書かれていない」と言っている。また「同宣言には二島と平和条約しか規定されていない。なのに日本側は四島を、その後に平和条約を求めているといってきた。しかし、それではすでに56年宣言ではない。我々の間ですべてが振り出しにもどった。」と2006年のバルダイ会議の発言を繰り返した。それでも柔道用語などを塗して、前向きな印象を作り出し、日本との関係を進めようという意欲をそれなりには持っていることは指摘できるであろう。
 ロシアの政策が果たして東に向いたのか。ロシア国内で整理がついていないように思われる。例えば、東方ガスパイプライン政策を押し進めてきたガスプロムの副社長が去年暮れに解任された。欧州の南側を目指すサウスストリームや、北極海や黒海の開発をめぐるエクソンモービルとの合意を見ると、必ずしも東一辺倒ではない。東西両睨みなのか。ロシア政府、経済界の中で東の西のどちらに向かうべきかについて、合意ができていないのではないか。プーチンも経済界の利益対立を調整できなくなっている。経済界がかなり力を持つようになり、互いにコントロールできない部分がでてきている。それがロシアの見方をわかりにくくしている。今後もより注意深く見ていかなくてはならない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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