第119回-1 中央ユーラシア調査会 報告1 「中近東におけるトルコの政治外交 -対イスラエル、シリア、イランの立ち位置-」日本女子大学 文学部史学科 教授 臼杵 陽(うすき あきら)【2012/05/30】

日時:2012年5月30日

第119回-1 中央ユーラシア調査会
報告1「中近東におけるトルコの政治外交
-対イスラエル、シリア、イランの立ち位置-」


日本女子大学 文学部史学科 教授
臼杵 陽(うすき あきら)

1. はじめに ―エルドアン政権の「新オスマン主義」
臼杵 陽 エルドアン政権になり10年近くが経ち、新オスマン主義(ニュー・オスマニズム)という言葉が氾濫している。これはトルコ側が言っているのではなく、トルコの大国主義を批判、揶揄するような文脈で使われることがしばしばある。歴史的な観点から、トルコがエルドアン政権以降、世俗主義からイスラム主義といった方向に変わりつつあるという印象を与えている。
 エルドアン政権になってから、アラブ世界、イランとの関係が急速に変わっている。1908年の青年トルコ革命以前のオスマン帝国は、トルコ・ナショナリズムというよりも、むしろイスラム的な統合を目指していた。20世紀に入ってから、トルコのアラブ民族主義運動の弾圧はすさまじいものがあり、第一次世界大戦の記憶からトルコを悪の権化のように言い出した。それが、急速に変わりつつある。
 変化のきっかけには、イスラムが中核にある。アラブの春以降のアラブ世界でのイスラムの再復興と、革命後の新たなモデルとしてトルコの穏健なイスラム主義的政策が賞賛され、反トルコ感情が好転の方向に向かった。アラブの国々で今後指導者になる人たちが、トルコを今後のモデルとして、政権運営の中でトルコの経験を学んでいくだろう。従ってトルコの中東における位置づけが、かつてない程に重いものになっている。その一方でイスラム化することで失うものもある。その一番大きなものがイスラエルである。イスラム化を過度にしてしまうと中東外交における仲介者あるいは橋渡しのような役割が難しくなる。これまでのトルコ外交の一番の特徴がなくなってしまう可能性がある瀬戸際にある。
 一方、トルコにはいわゆるアラビストが非常に少なく、対アラブ外交の貧弱な体制がしばしば指摘されている。トルコ外務省におけるアラビストの数の決定的な不足への対応を迫られている。対アラブ外交というレベルで改善を考えていくことが必要なのではないか。

2. トルコ・イスラエル関係
 トルコとイスラエルの関係は、建国の父であるアタチュルクの世俗主義に全て帰属すると言ってよい。世俗主義に基づいてイスラムと距離をおいたことが、トルコの近代化が高く評価される一因になった。文字改革によりアラビア文字を廃止して、アラビア語、イスラムの語彙をトルコ語から排除した。しばしば日本の近代化と比較される形で、中東における優等生として評価されてきた。
 79年のイラン・イスラム革命以降、イスラエルとの関係が大きく変わるのではないかと予想されたが、軍事同盟含めて、トルコはイスラエルとの同盟関係を維持している。トルコ・イスラエル関係は、トルコと対EU、対米関係において考えなければならない問題である。とりわけNATOとの関係が重要な指標となる。2003年のエルドアン政権の成立後、イスラエルとの関係が急速に悪化した。2009年1月のダボス会議において、エルドアンが2008年末からのイスラエルのガザ攻撃についての討論に際して、ペレスを批判して退席することがあった。決定的に悪化したのは、ガザへの襲撃事件である。イスラエル軍のガザのパレスチナ支援船への攻撃によって、トルコ人10名が亡くなった事件を契機にして一時期は断交寸前まで悪化した。この事件を機に、トルコ側の積極的な対アラブ外交の一つの象徴として、パレスチナを前面に押し出しガザの問題にも介入していった。トルコはパレスチナの大義を代表するイスラム国家としてアラブ世界において絶大な人気を博するようになった。

3. トルコ・イラン関係
 1979年のイラン・イスラム革命後、トルコの世俗主義をあざ笑うかのように、シーア派ではあるがイスラム政権が成立しトルコ・イラン両国の関係は悪化した。しかし、イラン核開発問題を巡って、2010年5月トルコ、イラン、ブラジルの三者で、イランからウランを輸入する形でイランを支援することが合意され、イラン・トルコ関係の改善への一歩になった。しかしながら、現在は再びシリア問題を巡って緊張関係にある。
 また、トルコ東南部、イラン北西部、イラク北部、シリアの一部にクルド人の居住地があり、トルコ・イラン両国とも国内にクルド人を多数抱え込んでおり、クルド労働者党(KPP)を封じ込めるという戦略目標の点では協力関係にある。イラク北部のクルド人自治区の独立国家化を抑え込むために共同歩調をとっている。イラクとの関係において、トルコ軍がクルド人自治区に対して今後どのように動くのかが、その地域の安定にとって非常に重要な試金石になっていくだろう。

4. 「アラブの春」とトルコ・シリア関係
 トルコとシリアにはアレクサンドレッタ(トルコ領ハタイ)を巡って積年の領土問題が存在している。領有権をめぐる帰属の問題が、トルコ・シリア関係に影を落とし、両国関係はうまくいっていなかった。しかし、2000年にバッシャール・アサドに政権が全譲された後、領土問題を積極的に解決するというよりも、両国関係においてできるだけ触れないようにすることで関係は改善の方向にむかった。
 しかし、アラブの春という事態がシリアにも波及した。11年1月に始まった一連の民主化要求デモに対してシリア当局によるデモ弾圧が続く中、トルコはシリアからの避難民を受け入れ両国問題が悪化した。アサド政権を支援するイランとトルコとの関係も緊張している。シリアも現状のままでは、ロシアとイランの支援によって内戦状況へと陥る可能性も否定できない。
 アラブの春が、最終的にどうなるかは一番の大国であるエジプトの状況をみないとなんとも言い難い。アラブの春以降、政権交代が起こったチュニジアやエジプトなどの国ではイスラム主義政党が躍進している。今後のアラブ世界の状況を考える上で、イスラム主義に基づくトルコ・モデルの民主化が脚光を浴び、トルコは一層アラブ諸国との関係を強化しているようにみえる。

5. おわりに―アタチュルク主義から「新オスマン主義」への転換?
 今後エルドアン政権の行き着く先によってトルコの位置づけが変わってくる。これまで堅持してきた建国の理念であるアタチュルク主義をどこまで排除することができるのか。
 イスラエル・イランを含む中東諸国との外交関係において中立的・仲介的な役割を果たしていたトルコが急速に世俗主義から新オスマン主義的方向に傾斜していくことがトルコの国益にとってプラスとなるのか。
 エルドアン政権の下での経済成長を遂げたことは、アラブ諸国にとって垂涎の的である。経済成長のモデルとして、イスラムを掲げて経済成長がうまくいかないという議論とは全く異なる新しいモデルを提供している点で、トルコのあり方は非常に大きな位置づけになってくる。しかし、穏健なイスラム政策で民主化と経済成長を実現したエルドアン首相が大統領制の提唱などでプーチン化する可能性も指摘されている。民主化の観点からは大統領制の導入による強権化はトルコにとってマイナスになるだろう。現在、絶頂にあると思われるトルコが今後の舵の取り方によっては危うい方向に行くのではないかという懸念もある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部