第121回-2 中央ユーラシア調査会 報告2 「モスクワから見た 北東アジア、中央アジア」桜美林大学 北東アジア総合研究所 所長・教授 准教授 川西 重忠(かわにし しげただ)【2012/07/19】

日時:2012年7月19日

第121回-2 中央ユーラシア調査会
報告2「モスクワから見た 北東アジア、中央アジア」


桜美林大学 北東アジア総合研究所
所長・教授
川西 重忠(かわにし しげただ)

1. はじめに
川西 重忠 サバテイカル研修でモスクワに2011年10月から2012年3月までの半年間滞在した。当初はロシア極東地域での研究を考えていたが、拠点に予定していた極東連邦大学からの招聘状が延び延びになったこともありモスクワに切り替えた。その前の半年間はベルリン自由大学に滞在していたので計1年間の研究期間となった。
 きっかけは、一昨年の夏に訪れたウラジオストクである。北朝鮮の国境を行くというツアーに誘われ、防川、豆満江、瀋陽から入り、中国の東北部を1週間かけて回った。私の目的はウラジオストクに行くことで、一番近いヨーロッパといわれているウラジオストクは初めて訪ねた都市であった。住民のほぼ4分の1にあたる人が、日本の中古車でなんらかの生計を立てていると聞いた。
 私が所長を務める桜美林大学北東アジア総合研究所は、北東アジア地域を研究領域に含むが、今までは中国を中心にした韓国、モンゴル、日本の4国で、北朝鮮、ロシアは殆ど研究対象外となっていた。今回のモスクワでのロシア研究により、研究所のカバーする領域は名実ともに北東アジアの全領域となった。
 今回の報告では、半年間のモスクワでの研究生活で感じた「モスクワから見た中央アジア地域、周辺地域」への視線と動向を、体験に沿ってご報告したい。

2. 私の体験から見たロシア
 モスクワを訪れ、いままでにない異様な衝撃をうけた。初めて訪れたということもあるが、今まで訪れた国と文化やイメージ、体制や民族性がずいぶん違った。ヨーロッパでもあり、アジアでもあるロシアに取り組むにあたり、ロシアとは何か、ロシア人とは何か、その本質がわかればいいというこの一点に絞った。そのために、一つはロシア語の勉強と、さらに研究所で行っていた、日本企業の動きを通じて、日系企業と現地企業のコミュニケーションやフリクション(摩擦)、投資や貿易、現地人とのコミュニケーションのあり方を調査することにした。もう一つは、文学や演劇を通じて広い面から探ることにした。さらに、実際にロシア人と交流して、今後の触媒のような役割を果たすような体験を積んでいこうと考えた。
 ロシアは、日本の45倍の面積で120の民族がいる。それを統御していることに感嘆する。200年前にナポレオンがモスクワに向かい侵入したが、ナポレオン戦争は今もって、ロシア人の中に、大きな歴史的な出来事として、大祖国戦争としての意味を持っている。書店には多くの歴史書があり、エルミタージュの博物館でもロシア将軍の大きな絵画がずらりと並べてある。芸術面においてもナポレオン戦争が今も大きな意味を持っているところに、私はロシアは歴史を重んじる国だと感じ入った。
 中国の発展はお金と技術を海外から取り入れて自国のものにして、輸出を伸ばして貿易立国政策を行い、財政投融資をして今のような経済大国になった。私はロシアもそういう方針を取っているのかと思っていたがよくわからない。図式からみれば確かに石油やガスが過半で、武器、一次産品を加えれば85%というエネルギー資源に浮かぶ構造体質になっている。そして経済大国と思っていたが、調べてみると、日本の10分の1くらいの経済力しかない。日本の10分の1というと九州の経済規模である。九州の経済力しかないという実態が浮かび上がってくる。一つ言えることは、ロシアの経済の中でもオルガルヒが大きな力を占めているということである。頭のいい人、人脈があって上に繋がっている人は富を握っている。どこにつながっているかというと政府につながっている。
 3月8日の大統領選挙のときに、モスクワにいるメディアの人達は一様にプーチンは半分取るのも危ういのではないか、半分取れるかどうかが分かれ目だと言われていた。しかし、アパートでテレビを見ていたら、得票率が62、3%とテロップがでて、ずいぶん高い票がでるなと思った。その後も数字がじりじりあがって圧勝であった。私は虫が知らせ、1時間かけてクレムリンに行った。地下鉄を出ると一帯は大変な人の群れで近くのホテルの周りでは、プーチンの返り咲きを喜ぶ地鳴りのような歓喜の声があがっていた。それを見て自分は歴史的なところに立ち会ったと思った。まもなく歓声の拍手とともにプーチンが現れたのには驚いた。今までにない調子の話し方でなにか咽ぶような、つまるようないつものプーチンらしくない話し方で目には涙が出ている。信じられなかった。ヨーロッパで涙を流すことは弱い人間の象徴につながりあり得ないことである。私はプーチンについて研究したわけではないが、プーチンの本質はなんだろうと考えた。プーチンの本質がすべてのロシア人の本質につながるかどうかわからないが、彼は、KGBにいて柔道をし、貧しい中で生まれたということを考えていくと立派なスパイの像である。スパイというと言葉が悪く、日本では暗いイメージを与えるが、欧米人からみると007のように、非常に紳士の代表的な側面も持っている。与えられたことは契約を遂行するようにきっちりとやる。プーチンにはそういうやり遂げる強い意志と、私情を挟まない冷徹な面があると思う。

3. 日系企業のロシアおよび周辺地域での動きと研究の課題
 モスクワでの生活を通じて日本に帰ってからの課題も与えられた。ひとつの課題は、ロシアの持つ地政学的、経済学的な意味と日系企業のありようである。今1500人の日本人がモスクワにいる。25年前の上海と同じ人口である。その頃の上海の日本人は1100人で、北京が5千人、大連が300人と言われていた。
 産業面について、私のモスクワでの企業調査研究から、日系5社のロシア戦略および周辺地域の動きを紹介したい。全般的にやはりロシアの産業構造はいびつである。あまり理論が役に立たないところがある。中央アジアには6500万人の商圏がある。伸び率から見ると、中央アジアの伸び率が、他のロシアを合わせたものよりも一番高い伸び率である。今後も有望なので力を入れていきたい意向を各社が持っている。例えば、車産業では性能のよさ、どこでもメカニカルで対応してくれる日本の中古車を含めた機能に対する安心感と尊敬は変わらない。ある部品メーカーは、関税特区の制度を活用し税の優遇制度がある都市に進出した。特定のメーカーに付いて進出したのではなく、部品業としてでているので、日本製品に限らず世界のメーカーに対応して進出するという役割を意識している。シベリアについては、インフラ、物流をどうするかがやはり最初で最後の大きな問題である。電機業界においては、サムソンの追撃がたいへん激しいので、いつまで日本のブランドで勝っていけるのかどうかということになる。将来、といっても5年後くらいになると怖いという危機感を持って競争している。
 ロシアでは、ロシアとベラルーシ、カザフスタンの関税同盟が今年の7月から実質的に動く。プーチンが、事務長職やその担当に自分の腹心を抜擢している姿や状況をみても力の入れ方がわかる。
 投資面の現状をみるとまだ日本の進出は弱い。中国とロシアへの進出を比べると、日系の企業は中国への投資は4.8%でありとても比較にならないほど少ない。貿易額はほぼ直接投資額に比例する。ロシア側からはとにかく日系の企業に進出してほしいとよく言われる。よくも悪くも日本に対するイメージはよい。こんなにロシア人は日本を好きであるのに、日本人がそのことを知らないというそのギャップに改めて驚いている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

IISTサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務・企画調査広報部