第122回 中央ユーラシア調査会 「カザフスタンにおける政治傾向およびリスク」Risks Assessment Group (RAG) 代表 Dr. Dossym Satpayev(ドスム・サトパエフ博士)【2012/08/27】

日時:2012年8月27日

第122回 中央ユーラシア調査会
「カザフスタンにおける政治傾向およびリスク」


Risks Assessment Group (RAG) 代表
Dr. Dossym Satpayev(ドスム・サトパエフ博士)

はじめに:
Dr. Dossym Satpayev 今回の発表では、まずカザフスタン国内の政策について述べるとともに、外交政策についても少し触れたい。
 2011年、他の旧ソ連諸国同様、カザフスタンも独立国家として20周年を迎えた。政治エリートの大多数は、(政治的)移行期間がすでに終わっただけでなく実効的な政治経済システムを形成した20年と考えている。一方、こうした政治エリートの見方への反論として、今日に至るまで旧ソ連諸国の多くの政治機構が、国の政治経済システムにおいて、非実効的であり競争力に欠け、あくまでも形式的に制度化されたに過ぎない、という論点も存在する。政治システムの発展を過去20年にわたって省みる遡及的分析によって、カザフスタンの政治機構をどのように理解することができるのかを考えてみたい。

I. 過去20年の歴史
1)1991年~1995年:ソ連崩壊後
<主な特徴>
*「親欧米派」であり、民主主義へのロマンチシズム
*ソ連時代の行政・命令システムの要素を維持
*様々な社会グループの間で非常に活発な政治活動が行われる
*代議組織の弱体化と並行し、段階的な大統領権限の強化が始まる
*発展に最適な社会経済、政治モデルの模索
国の将来の発展にとって、どのモデルがベストであるかを模索した時代であったといえる。

2)1995年~1999年:国家権力の個人化が決定的となった時代
<主な特徴>
* 憲法による大統領権限の強化
* 影響力をもつ圧力グループ間のパワーバランスを維持するためのメカニズムが完成
* 「特別な道」理論の提唱
* 「経済優先、政治はその次」という考え方
* 政府と反対派の対立の始まり

3)1999年~2001年:一時的な安定化の時代
<主な特徴>
* 保守的な政治システムが保持される一方で急速な勢いで経済改革が進行
* 大統領権限の強化
* 政治エリート内部における安定

4)2001年~2004年:エリート内部での対立の激化
 カザフスタンにとって非常に重要な時期。政治矛盾が顕在化し、後の大統領一族内部の問題にもつながる時代。
<主な特徴>
* 開放経済と閉鎖的な政治システムの不均衡
* 政治エリート内部における権力の不均衡;結果として彼らの分裂につながる
* 選挙政治の後退の始まり;いかがわしい政治プレーヤーが政治の場に登場
* 団結し、強くなる反対派;政権との対立の増大

5)2004年~2005年:動員の時代
 大統領選挙に向けての準備期間。グルジア、ウクライナ、キルギスタンにおけるエリートの変化(劇的な政治変化)に対し、カザフスタンは否定的な反応を示した。
<主な特徴>
* カザフスタンの情報及び政治的自由に対する統制強化を目的とした一部の法律改正が行われる
* 「第3セクター」との対立;国内外のNGOに対する国家権力の締め付けが行われる
* 政権と反対派の対立が激化
* 政党システムの変革;大統領派、反対派の両方において新しく政党同士の連携が生まれる

6)2005年~2007年:続・動員の時代
<主な特徴>
* 憲法改正が行われ、初代大統領に限り三選禁止の規定が除外された(2007年)
* 国内における政党地図の変化;与党「ヌル・オタン」の傘下に親大統領派政党が入り、議席を独占。反対派が分裂し、多くの新しい政治プレーヤーが誕生
* 経済に対する国家支配の強化

7)2007年~2009年:第2次内部闘争と世界金融・経済危機による打撃の時代
<主な特徴>
* 大統領一族内での対立(大統領V.S.義理の息子);さまざまなスキャンダル、それをめぐる情報戦
* 政治的家父長制がゆっくりとではあるが確実に経済の分野にも流れ込む
* 利益の新たな分配が始まると同時に、「大きすぎて潰せない」いくつかの銀行が国有化される。一部の圧力グループの影響力が弱体化
* 政治およびメディアへの規制強化
* 危機の間、反対派は抗議行動を組織できず
* 新しい政党連合の出現;旧反対派とは関係のない、新しい反対派リーダー、社会運動の出現

8)2009年~2011年:超大統領制国家の完成
<主な特徴>
* 「国民の指導者」法の採択;初代大統領に終生にわたる訴追免除を保証し、大統領およびその家族の土地財産の没収は行わないことなどを定め、大統領の権力を究極的なものとした
* 下記に列挙される監督機構の下、情報、政治、経済資源の動員が続いている
◎ 政府(承認された経済政策の実施、投資環境の改善)
◎ Samruk-Kazyna National Welfare Fund(国営企業をコントロール)
◎ Samruk-Kazyna NWF、金融監督庁および国立銀行(第二レベルの銀行をコントロール)
◎ The Atmeken National Economic Chamber of Kazakhstan(大企業および中小企業をコントロール)
◎ The Council of Foreign Investors(海外ビジネスをコントロール)
◎ Nur Otan(大統領与党、政党システムをコントロール)
◎ Nur Media(メディアホールディング、マスメディアをコントロール)
◎ The Civil Alliance(非政府組織をコントロール)

II. 否定的結果
 残念ながら、こうしたカザフスタンの政治傾向の多くは、強力な権限の長期的維持という観点からだけでなく、ほかにも否定的影響をもたらしている。イデオロギーの自主性は損なわれ、経済が政治に従属させられている。独立当初からカザフスタンの経済は政治主導型ではあったが、ここにきて政治エリートと経済エリートが最終的に一体化してしまった。それゆえに経済は以下に挙げる要素の圧力を受けざるを得ない状況となっている。

<カザフスタン経済が抱える3つの否定的要素>
1. 方向性の欠如
2. 不均衡な発展(特に地方や地方産業)
3. 独占主義と市場競争力の欠如

 現在のカザフスタンの政治システムを分析すると、以下の3つの否定的結論が導き出される。
1. 政治システムにおける競争力の欠如
2. 競争力のない政治システムが国の経済発展を阻害
3. 経済の各分野だけでなく、国家システム全体の競争原理を高める必要性がある

 以上のことから(カザフスタンにおける)新しい機会について述べる以上に、新しい機会に対する阻害要因について話すことが重要である。以下、カザフスタンにおける6つの政治傾向について述べる。

III. 6つの主な政治傾向
1)政治および社会機構の形式的制度化(ロシアの政治学者Peter Kapterev氏により提唱された概念)
*カザフスタンだけでなく旧ソ連諸国においてほぼすべての政治、社会機構が実効的に機能せず、形式的にのみ存在する
→政党は存在するが政党システムは存在せず、議会は存在するが独立性をもち国民を代表する議員はおらず、裁判所は存在するが立憲国家ではない、など。制度そのものは存在すものの、政治圧力により実質的なことが決まっていく。

2)垂直的行政機構のゆがみ
* 政治システムの一要素(カザフスタンにおいては大統領権限)のみの強化は、必ずしもシステム全体の実効性を保証するものではない
* 政治職と行政職の職員間の断絶、中央のリーダーと中間・下位レベルの地方行政機関の断絶が深刻化。それぞれが別々の圧力グループの影響下に置かれる状況となる
* 官僚機構の忠誠心が低下し、行政が機能不全に陥る
→トップが変わることはその下で働く人々にとって自らのポジションが危うくなるという不安定さをもたらす一方で、新しいキャリアパスが実現可能となるという肯定要素もある。しかしながら、権力が大統領に集中・硬直化すると公務員の向上心は損なわれやすい
* 行政の影響力の再分配をめぐり、官僚機構により不健全な競争が行われる
* マネージメントの不一致
→例えば統計の管理にしても政治的な作為が働き、正しい統計が得られず、結果として誤った数字に基づいて投資が行われるリスクなどが生まれる。これらはカザフスタンの社会経済発展の阻害要因となりうる

3)汚職
* 1999~2011年のカザフスタンの汚職指数は非常に高く(10が汚職なし、0が高い汚職度を示す)、常に2~3の間を推移(2000年に汚職度が最も低い3、2007年は最も汚職度が高い2.1を記録)し、昨年は120位、2010年は105位のランキング。
* 2008年の汚職の総計は約10億ドルともいわれている。
* 最も汚職が進んでいる分野は関税ならびに司法とされている。
* 闇経済は300億円規模に上り、GDPの20%を占める。(ある専門家は40%と指摘)
* 米国の調査機関によると、1990年代におよそ1380億ドルがカザフスタンから引き出され、オフショアに移された。また2000~2008年には1260億ドルが違法に引き出されているという調査結果も、昨年米国のNGO組織により報告されている。一方、興味深いことに、カザフスタンの経済産業省の発表によると、1993年以降、カザフスタンには1430億ドルの直接海外投資があった。

 汚職によってもたらされる否定的結果
* 中央および地方権力への国民の信頼低下
* 汚職した官僚は多くの社会問題を解決することができないため、国民の不満が高まり、抗議運動の気運と結びつく
* 工業化および産業イノベーションプログラムを含む、政府による発展プログラムの多くが失敗

<政府による対汚職政策>
 特にここ5年間で様々な対策が打ち出される。
* 2016年より全国民を対象とした所得申告制の導入(政府職員および国営企業社員については2014年から)
* 国家機関によるライセンス供与機能の数の削減
* 電子政府の導入、国家機関の代表との個人的接触の削減
* 政府職員の削減
* 中央および地方の行政機関の年次活動評価システムの導入
* 20年間の間に15の汚職防止法が採択
* 専門家による法の定期的チェック

4)エリート内部のバランス維持の困難さ
* カザフスタンにおける「政治的安定」とは、政治エリート内部に存在する複数の影響力をもつプレーヤー(6~7の圧力団体)の関係が安定していることを指す。この安定をもたらすための重要な要素は:
1. 規制システムの中で互いに競争関係にある圧力グループが連携し、拮抗関係にあること
2. 大統領が調停者としての役割を果たしながら状況を掌握し、コントロール下におき続ける能力があること
* 圧力グループによって大統領の周辺で起こる主な闘争の3つのリソース
1. 国家元首への影響力
2. 資源分配へのアクセス(財政、行政、情報という資源)
3. 継続的な権力保持プロセスへの参加の可能性
→特に初代大統領の辞任後が注目される

5)政治エリートによるビジネス支配
* 2007年に行われた調査によると、「カザフスタンの大企業と政治の関係」について、56%の回答者が「支配-被支配」の関係にあり、企業は政治エリートの「召使」の役割を担っていると回答。28%の回答者が「寡頭」関係にあり、ビジネスが政治エリートの活動を監督していると回答、「パートナー」関係にあると回答したのは8%に過ぎない。4%は「対立」関係にあるとし、同じく4%が「パートナーと支配-被支配の混合タイプ」であると回答。
* こうした状況が産業イノベーションプロジェクトの実現を困難なものにしている。その原因は下記のとおり
1. 保守主義と高級官僚の汚職
2. 国内における競争力向上に革新的発展が必要基準とならないビジネス構造上の問題
3. 設定目標と実現可能性の不一致
4. 経済革新の成功は中小企業ビジネスの参画によるところが大きく、大統領もその重要性を説くが、実際はそれが不可能な状況。官僚は大企業と協同することを好む

6)政治的、社会的緊張の高まり
* 2006~2009年に起こった社会・経済・政治的抗議運動の数をまとめた統計によると、2006年には88件だった抗議運動が2007年は114件、2008年には290件、2009年には380件に増加。政治、社会、経済のさまざまな局面における異なるタイプの抗議活動(中央政府に対する野党の抗議、地方当局に対する人々の抗議など)が起こり、カザフスタンの社会的緊張が高まっている現状は非常に危険ともいえる。
* 米国のある調査は安全性、公共サービス、法制度、人権などの指標に基づいて国家の安定度を評価しており、カザフスタンは170位だったが、この米国の調査で見落とされているポイントがある。それは抗議活動にどのような人々が参加していたかという視点である。これまでの抗議活動は法律の範囲内に収まるものであり、テロリストと呼ばれる人々も外国人を中心とした構成だった。しかしながら、この5-6年でその内容は大きな変化を遂げている。カザフスタン国民の参加が増えると同時に、新しいタイプの抗議運動が登場している。少数ではあるが、より過激な集団による抗議活動である。
* Erlan Karin博士の調査によると、テロ活動に関ったとして逮捕され、有罪とされた人数は2003年には16人であったのが2011年には50人に上り、今年はさらにその数が増加している。
* 2014年には中央アジアから米軍をはじめとする外国軍の数が減るとされており、中央アジアのテロリスクは非常に高くなると推測されている。カザフスタン国民の多くもアフガニスタンでの戦争に参加している。
* カザフスタンの政治リスクを1(リスクなし)から10(非常に高いリスク)で点数をつけた表を参照すると、国家マネージメントの質と政府の安定性で8.55を記録し、非常にリスクが高いという結果になっている。確かに大統領や現在の首相は、長期間、同じ地位にとどまっているが、その他の政府メンバーの入れ替わりは非常に激しく、政策の継続性という意味においても、この状況はビジネスにとってもあまり好ましくない。また、大統領権力の移譲についてもはっきりと定まっておらず、この問題はカザフスタンだけでなく、ウズベキスタンでも共通している。強大な権力を持つ現大統領の後、どうなるのかが不確定な状況は、国内情勢だけでなく中央アジアの安定にとっても脅威となる問題である。逆にリスクが低いとされたポイントは「外国からの攻撃の脅威、諸外国との対立」である(3ポイント)。
* 監査法人アーンスト・ヤングによって行われた投資家に対する調査によると、回答した海外投資家のうちの53%がカザフスタンの法制度は実効性をもたないと回答し、41%がインフラ発達の不十分さ、政治の腐敗、汚職を指摘している。カザフスタンの経済については「中程度」と評価するものの、政治機能に対しては「低い」と評価されている点が興味深い。
* 重要なのはナザルバエフ大統領後の政権である。その権力移譲が誰にいつ、どのように行われるかは誰もわからない状態であり、そのことが投資環境リスクを高めている。
* 2011年に行われた専門家の調査によると、ナザルバエフ大統領の退陣後、カザフスタンの政治システムはどのように発展するか?という問いに対し、50.1%の回答者が、少数グループが連立合意に基づいて集団後継者となる、寡頭政治になると回答。約23%の回答者が現在のような超大統領制の保持(絶対的不動の権力のもとで行われる形式的な選挙)と回答している。
* 同じく、ナザルバエフ後のカザフスタンの経済政策はどうなるか?という問いに対しては、59.1%が新たな資産分配が始まり、経済の停滞を招くという回答。22.8%が現状維持と回答している。

IV. カザフスタンの外交政策
 1990年代初頭と現在の状況を比べて、それほど大きな変化があるとは思えない。カザフスタンの外交政策は全方位政策をとり、多国間主義であるというのが特徴である。とはいえ、重要な戦略的パートナーは存在する。

1)ロシア
 ロシアは関税同盟(ロシア、カザフスタン、ベラルーシ)の主要相手国である。この関税同盟は一枚岩ではなく、各国それぞれの思惑や期待があり、矛盾も抱えている(例:今春、加盟各国の首脳がロシアの新聞に共同寄稿し、関税同盟の意義について意見を述べたが、行間を読むと、それぞれが期待するモデルに微妙な差異があることに気づかされる)。
カザフスタンは関税同盟による「経済協力」に期待し、ロシア市場への参入、ロシアとのビジネスの活発化をめざしている。これにより、(地域の)国際競争力を高めることを意識している。ナザルバエフ大統領は、将来、市場は国家同士の競争ではなく地域共同体間での競争が激しくなると予想している。
 ロシアは経済協力について言及するものの、より地政学的なパワー獲得をこの関税同盟に期待している。ロシアにとってカザフスタンは決して大きなビジネスパートナーではなく、市場も小さい。カザフスタンにロシアの企業は存在するが、それらはロシアが中国や中央アジアといったより大きな地域への経済的影響を増すための「基地」ともいえる。
ベラルーシはこの関税同盟によって安価な天然資源を手にすることで非常に大きなメリットを享受できるが、問題はロシアとの関係の悪さである。ルカシェンコ大統領とロシアのメドベージェフ大統領やプーチン首相は双方に相手を糾弾し合っている。
関税同盟の将来は非常に不確定な要素に満ちている。そのうちの大きな要素が、カザフスタンおよびベラルーシでの政権交代が起こった後どうなるのか、ということである。仮に後の政権がより米国やイスラム諸国との関係を重視するような政府になったとしたら、この関税同盟は実り薄いものとなる恐れがある。
 加えて、カザフスタン国内には様々な意見の対立がある。国民の多くは、この関税同盟をロシアによる「トロイの馬」と見ている。すなわち、この関税同盟を足がかりにロシアが新しいソ連を築こうとしているという警戒感である。ロシアは関税同盟への動きを早めようとし、その先に「ユーラシア連合」の構想を描いている。カザフスタンはこれに対し、同盟の強化は支持するものの、より穏やかなペースで進みたいという立場をとっている。
 そして関税同盟の行方にとって問題なのがベラルーシである。ルカシェンコ大統領の次の大統領が親欧的立場をとるとしたら、シナリオは大きく変わる。その一例がウクライナである。当初、ロシアとカザフスタンが経済協力の構想を掲げたときにウクライナもそのパートナーとして考えられていた。クチマ大統領の時代である。しかしながらその後、親欧米派路線をとったユシチェンコやティモシェンコ政権の時代になり、この構想は崩壊した。しかしながら今また再び政権が変わり、親露派のヤヌコーヴィッチが大統領になったのでロシアは関税同盟にウクライナの参加を呼びかけるようになっている。とはいうもののヤヌコーヴィッチ大統領はモスクワとは少し距離を置いて接しているようである。ベラルーシは位置的にもヨーロッパに近いので、5-6年後親欧派の政権が誕生していてもおかしくない状況である。その場合、またこの関税同盟がどんな行末となっているのかは誰にもまだわからない。

2)中国
 中国はロシアに次ぐ重要な戦略的パートナーで、国境を接すると同時にカザフスタンへの投資国である。毎年、その投資プレゼンスを高めているが、残念ながら今のところ天然資源に限られている。
 「西ヨーロッパ-西中国」大陸横断幹線道路の建設にも中国が出資している。この道路の大部分がカザフスタンを通過することもあり、カザフスタンにとっては非常に重要な道路である。多くのビジネスを呼びこむための整備作りも進んでいる(空港の建設、カスピ海における港の建設など)。
 さらに、カザフスタンは上海協力機構に参加することによっても、中国と良好な関係を維持している。この上海協力機構はある意味ではロシアの新しい競争相手にもなりうる存在である。もちろんロシアもこの上海協力機構の参加国ではあるが、中国とロシアがお互いに競争するという構図が外交の随所にみられる。米国に代わって中国がロシアにとっては今後最大の競争相手になるだろうと予想される。ロシアを中心とした関税同盟は、カザフスタンにおける中国の経済的影響力を弱めることになるだろうが、一方でカザフスタンはWTOへの加盟も目指しており、もし加盟が認められれば関税同盟とWTOという2つの異なる貿易ルールの下で動くことになり、矛盾も抱えることになるだろう。
 キルギスタンは長らく中国のカザフスタンへの玄関口であったが、関税同盟の影響を大きく受けた国でもある。関税同盟によってビジネスチャンスを失い、失業率も増えたとされている。そのためキルギスタンも関税同盟への参加を検討しているとされている。とはいえ、キルギスタンはカザフスタンのWTO加盟を心待ちにしている。その理由は、ロシアとカザフスタンの加盟によって、両市場へのアクセスが自らが関税同盟に入らずして可能になるからである。

3)米国
 軍事協力体制をとる相手国である。2014年以降も米軍のプレゼンスは高まると考えられる。最近ではブレーク国務次官補がカザフスタンを訪問。

4)ウズベキスタン
 他の中央アジアよりも米国に近い存在で、紛争こそないもののカザフスタンとの関係はあまりよいものではない(ただしタジキスタン・ウズベキスタン間ほど険悪ではない)。しかしながら近年、開放的な政策を展開、新たに外交ドクトリンでは中央アジア重視の方針を打ち出したこともあり、今後その関係に注目する国といえる(ちなみにトルクメニスタンは現大統領の下、ニヤゾフ前大統領時代よりも開放的な政策をとっている)。

5)EU
 経済分野における戦略的パートナーの1つである。EUからの投資もあるが、カザフスタン政府にとって重要なのはイノベーション分野においてEUからの直接投資を呼び込むことである。とはいえ、EUの関心はやはりエネルギー資源の確保であり、ドイツやフランスの首脳がカザフスタンを訪れた際も、ウランなどの天然資源の投資やカスピ海地域のパイプライン敷設の話題に終始する結果となった。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部