第125回-1 中央ユーラシア調査会 報告1 「岐路に立つグルジア バラ革命の終焉と「新政権」の課題」東京新聞 外報部デスク 兼 論説委員 常盤 伸(ときわ しん)【2012/12/18】

日時:2012年12月18日

第125回-1 中央ユーラシア調査会
報告1「岐路に立つグルジア バラ革命の終焉と「新政権」の課題」


東京新聞 外報部デスク 兼 論説委員
常盤 伸(ときわ しん)

1. 野党連合の議会選勝利
常盤 伸 10月のグルジア議会選挙で、反サーカシビリ野党連合「グルジアの夢」が59.18%の得票率で、与党統一国民運動(UMN)の40.34%を引き離して勝利した。グルジアの統治構造は、2013年に事実上、大統領制から議会制に移行することになっており、今回の議会選挙は、重要な意味をもっていた。
 グルジアではサーカシビリ大統領の与党「統一国民運動」に対抗できる野党勢力は存在しなかったが、2011年に大富豪イワニシビリが、政党を結成し、野党連合をつくったことから情勢は急変する。グルジアの夢は、反政権派に加え、サーカシビリ政権ではじかれた人々、反サーカシビリ連合という形で集まって実現した。リベラルや民族派、中道派など雑多な政治勢力の寄り合い所帯だ。
 実は、8月の段階でも、与党の支持率は36~37%と、野党連合の12~18%を大きく引き離し、優位に立っていた。ただし浮動票も約4割あった。ところが9月18日に情勢を一変させる出来事が起きた。イワニシビリ系のテレビ局が、トビリシ近郊の刑務所での看守による性的暴行の動画を放送し、一気に反政権の機運が高まった。サーカシビリは慌てて、関係者の処罰を発表したが、人権無視の姿勢に反発する雰囲気を変えることはできなかった。結局、サーカシビリは内外の予想に反して、10月2日の夜に潔く敗北宣言をした。これにより、来年の大統領退任を待たずして、事実上権力の移行が実現した格好となった。
 強権的な指導者が選挙での敗北をあっけなく受け入れた背景には、国際的圧力、特に米オバマ政権の強い圧力があったといわれる。イワニシビリ陣営は、選挙不正を徹底的に追求する構えをみせており、バラ革命の再現の恐れもあった。とはいえ、統一国民運動には各地で根強い支持がある。責任野党に転じ、巻き返す思惑もあるようだ。
 イワニシビリは勝利宣言で、「グルジアの国民は偉大な英知を示した。グルジアの長い歴史で初めて選挙を通じて政権を交代させた」と意義を語った。2010年の憲法改正で、2013年10月以降、大統領制から議院内閣制への移行が決まっている。内政、外交上の大統領権限の多くが正式に首相に移管される。大統領は、形式上対外関係の代表者で、国家元首はあるが、最高権力者は議会が選出する首相となる。より多元的な民主主義が保障された制度になった、といいたいところだが、制度改正にあたり、助言を与えている欧州評議会のベニス委員会は、サーカシビリ政権がつくったこの制度について、今度は首相の権限が強くなり、議会のさまざまな権限が不十分だと懸念を示している。
 今回の選挙での主な争点は、経済、失業・貧困問題、対ロ関係だった。一方で、政治的な無関心も拡大していた。サーカシビリはグルジアから事実上分離独立しているアブハジア、南オセチアの状況を固定化させてしまったが、グルジア紛争前後のサーカシビリ氏の支持動向を見ると、支持へのマイナスの影響は短期的なものにとどまった。そうした中で、サーカシビリと与党は、2012~2016年の大規模な雇用創出を宣伝するなどバラ色の未来を約束していた。
 一方、イワニシビリは、フォーブスによる世界153位の新興財閥の大富豪である。資産総額は約64億ドルとされ、グルジアGDPの4~5割に迫る。1956年にグルジア中部の貧しい家庭に生まれ、90年代はロシアでのコンピュータの販売やロシアクレジット銀行の経営で成功した。2003年のバラ革命で、サーカシビリらの主張に共鳴して帰国し、盟友として財政支援した。特に社会、文化支援事業を積極的に推進した。トトビリシにあるグルジア正教会の総本山ツミダン・ サメバ(三位一体教会)の再建費用も寄付した敬虔なグルジア正教徒で、大主教イリヤ2世とは親しい関係にある。ロシア国内の資産は売却し、クレムリンとの関係も否定するが、ロシアでのビジネスの成功で、ロシア政権との隠れた関係について憶測は消えていない。

2. 「バラ革命」と何だったのか
 バラ革命の最大の成果は、汚職対策だろう。汚職、腐敗は旧ソ連諸国共通の病巣といわれ、その推移はプーチン政権初期の2002年から現在までの、ロシアとグルジアの腐敗認識指数の変化をグラフで比較すると、よく分かる。当初はグルジアのほうが腐敗度が高かったが、バラ革命後の2004年から、ほぼ一貫して低下し続けた結果、現在では東欧レベルには到達している。これだけみてもサーカシビリ政権が大きな成果を上げたのは歴然とした事実である。一方で、ロシアは、「汚職との闘争」を常に優先課題に掲げながら、実際には第2期プーチン政権以降、ますます悪化している。
 ビジネス環境でも、グルジアの改善ぶりは目覚ましい。世界銀行2012年度の「ビジネスのしやすさインデックス」では世界第9位に入った。一方で、ロシアは120位である。「世界法の支配調査」によれば、グルジアは 汚職撲滅、規制環境, 民事裁判 刑事裁判という4分野で低位中間所得諸国のなかでは最上位である。
  一方、グルジア国民は、サーカシビリ政権について、道路やごみ処理などの社会インフラが改善され、犯罪件数は大幅に減少したと評価する。負の側面を見ると、一人当たりGDPは 旧ソ連地域で最低水準、1人当たりGNIは、世界135位と低迷している。失業率は公式には16%前後だが実際はもっと高い。農民は含まれていない。サーカシビリも首都トビリシでは市民の30%が事実上失業状態にあると認める。格差も拡大している。ある調査では、旧ソ連地域では、ロシアが最もジニ係数が高く、グルジアが2番目である。
 旧ソ連地域での「民主革命」の先駆けとされたバラ革命だが、市民的自由や政治的民主主義という観点からはサーカシビリ体制には非常に問題が多かった。権威主義と民主主義のハイブリッド(混合)体制とするエコノミスト・インテリジェンス・ユニットの民主化指数をはじめ、各種調査ではせいぜいロシアのプーチン体制よりは多少上回っているという評価だ。ただ、ソ連末期以降の歴史を振り返るとやむを得ない側面もある。急進民族派カムサフルディアの時代に、グルジア国家はすさまじい内戦で事実上崩壊寸前の状態だったのを、シュワルナゼが一つの国家として何とか維持したが、「破綻国家」のような状況だった。こうした状況に、ピリオドを打ち、民主化革命の旗印で、実際には国家の「再構築」と近代化という課題を達成しようとしたのが、バラ政権であるといえるのではないか。そこで生じてきた様々なひずみや問題を是正しようという運動が、イワニシビリの目指す「脱サーカシビリ」を目指した運動であろう。

3. イワニシビリ 「新政権」の課題
 イワニシビリは、公正な司法や報道の自由、政治犯の釈放など、一連の民主化改革の実現にめどをつけたら、1~2年で首相を退任する意向を度々示している。しかし一方で、メラビシビリ元内相らサーカシビリ派幹部の検挙も相次ぎ、政治指導に早くも疑問符がつく状況だ。
 最大の焦点である対ロ関係について、イワニシビリは親欧米路線継続を表明する一方で、サーカシビリで断絶された対ロ関係を改善したいとも述べる。はたしてこうした外交政策は可能なのか。既に12月14日にジュネーブで4年ぶりに、2国間対話が再開され、カラシン露外務次官とグルジアのアバシゼ首相特別代表が関係改善について協議した。メドベージェフ首相は、「外交関係を悪化させたのはグルジアだ」として、グルジアの新指導部の対ロ政策は、存在する地政学的現実と、ロシアによるアブハジアと南オセチアの承認決定を考慮に入れたものになるべきだ、と釘をさしている。
 ロシアの独立新聞は社説で、グルジア国民には対ロ関係改善への強い期待感があるが、ロシア側がグルジアに真剣に望むのは南カフカスで、ロシアが影響力を維持することを妨害しないこと、つまり、NATOや外国軍事基地を一切置かないこと、北カフカスでの分離主義への支援中止を望んでいると指摘し、「対ロ関係はイワニシビリのグルジアの夢の終わりの始まりになる可能性がある」と警告している。ロシア側の要求に応えることと、新欧米路線を両立させるのは容易ではない。
 ロシアはさらに、反プーチン抗議運動の背後にグルジアがいると、メディアを通じて揺さぶっている。お互いの不信感が消えるのは難しい。ロシアのリベラル系のある政治学者は、「ロシアの支配エリートは 独立したグルジアをある種の歴史の逸脱として見ており、グルジアの国家性なるものについてのあらゆる見方について常に懐疑的だ」と強調する。以前私が会ったグルジアの国際政治学者ロンデリ氏は「ロシアは周辺の中小国とは、対等な関係を欲しない。支配するか、敵対するかだ」と嘆いていたが、そうした構図に変化はなさそうだ。
 それでは「脱バラ政権」の下で、グルジアのNATO加盟や欧州統合はどうなるのか。サーカシビリが熱心に推進したNATOへの協力、特にアメリカが高い評価をしているアフガニスタン派兵をイワニシビリも継続する姿勢で、大きな変化の可能性は低い。
 サーカシビリは以前、今にも参加が実現するかのように期待感を煽ったことがあったがグルジアの市民で、NATO加盟方針を支持するのは62%半数程度で、楽観論はなりを潜め不透明な情勢だ。
 内政外交とも、サーカシビリが大統領を退任する2013年秋までの、いわば「移行期間」での流動的な不確定要因が、どう動くか。それによって次期政権の輪郭が徐々に明瞭になってくるのではないだろうか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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