平成24年度 国際情勢講演会 「アジアの動向と日本」 政策研究大学院大学学長 白石 隆【2012/06/26】

講演日時:2012年6月26日 於:東海大学校友会館

平成24年度 国際情勢講演会
「アジアの動向と日本」


政策研究大学院大学学長
白石 隆

新興国の台頭とグローバル・ガバナンスの変化
 2001年に始まった「テロとの戦争の時代」は昨年、ある意味で一段落した。米国政府は「21世紀の安全保障問題はテロだ」とし、新しい脅威に対応しようとしてきた。しかし10年が経過し、結局、テロは世界の安全保障問題を大きく変えるものではなく、むしろ政治経済の方がはるかに重要だとわかったのだと思う。特にリーマン・ショック後、市場と国家の関係における国家の役割が大きくなり、政治的リーダーシップの巧拙が問われている。そして長期的には、経済的なパフォーマンスの違いが地政学的な意味を持つようになっている。
 そのような中、2つ重要な趨勢がある。1つは新興国の台頭、もう1つは都市化、グローバル化、アングロ・サクソン化だ。2003年の世界の国内総生産(GDP)は38兆ドルで、このうち先進国は87%、新興国、途上国は13%を占めていた。しかし2010年には世界のGDPは63兆ドルになり、先進国の割合は66%、新興国、途上国は34%で大体2対1になった。さらに2017年には、GDPが94兆ドルで、先進国が58%、新興国、途上国が42%となり、先進国と途上国の富の取り分が急速に拮抗してくる見通しだ。つまり、新興国、途上国が、世界の中で非常に重要な意味を持つようになる。
 グローバル・ガバナンスのシステムにおける今後の変化に関しては、大きく分けて2つの見方がある。1つは、米国の国際政治学者アイケンベリー(G. John Ikenberry)らによるもので、国際連合や国際通貨基金(IMF)、世界銀行、世界貿易機関(WTO)など第二次世界大戦以降、米国が作り、主導的に使ってきた仕組みは簡単には壊れないとする。これに対し、カントリー・リスクの専門家であるブレマー(Ian Bremmer)など、どちらかというとリアリズムの国際政治学者らは、多国間主義(multi literalism)やグローバル・ガバナンスのシステムはだめになっていくという見方だ。
 私自身の考えは、おそらく双方の見方の中間になるというものだ。このような問題は、分野、機能領域(functional area)によって異なると思う。例えば、環境と金融、貿易、開発、安全保障のような分野を見ると、それぞれ異なるだろう。そしてもう1つ、地域によっても異なると考えている。例えば、米国の力が落ち、その結果、中東など、米国の梃子が効かない地域が出てきている。一方、新興国の台頭が最も強烈なインパクトを及ぼすのは、アジアだ。中国やインドが台頭し、さらにインドネシアやベトナム、ミャンマーなども成長する。そして地域の力のバランスが、急速に変化する。
 アジア地域には、欧州と比べて厄介な問題がある。欧州では冷戦終焉と共にソ連が崩壊し、東欧の社会主義国はすべて民主化し、ベルリンの壁は崩壊して東ドイツは西ドイツに吸収合併された。そして、北大西洋条約機構(NATO)の集団的安全保障の仕組みは東方へ拡大し、欧州連合(EU)も中東欧に拡大していった。EUは現在危機にあるが、少なくともこの地域には集団的安全保障の仕組みがあり、その中にEUという政治経済統合の仕組みが入っている。これに対し、東アジアでは冷戦終焉後も、中国をはじめとする社会主義の国々は崩壊しなかった。中国、ベトナムは社会主義市場経済党国家に変わり、北朝鮮は無頼国家となり、ミャンマーもそうだった。その結果、安全保障の仕組みは米国を中心したハブとスポークスのシステムは拡大しないままで、中国はもちろんここには入っていない。
 一方、経済では、1978年に中国が改革開放に踏み出し、1985年にプラザ合意があり、日本企業も韓国企業も華人企業も、この地域に展開するようになった。そして1990年ごろまでには、事実上の経済統合が進行し始める。その結果、いまでは中国を抜きにしてこの地域の経済は考えられない。
 つまり、安全保障の地域的なシステムに中国は入っておらず、一方、経済の仕組みは中国なしには考えられない。しかし、ヨーロッパの国々と比べて東アジアの国々の富、力の相対的な規模は圧倒的に異なる。例えば、経済的には日本と中国は現在1対1だが、タイと中国は1対20だ。ベトナムとの関係では1対60だ。この結果、安全保障と通商の間に緊張があり、この緊張は中国が台頭すると構造的に高まっていく。では、どのようにするのが良いか。力の変化に応じて漸進的に地域の秩序を進化させていくことが最も重要な課題だ。

都市化、グローバル化、アングロ・サクソン化
 もう1つは、都市化、グローバル化、アングロ・サクソン化で、富裕層、中間層が急速に拡大している。ハブになる都市が発展し、その周辺に産業集積ができ、国の研究機関や国際的に競争力のある大学、イノベーションのエコシステムが整備され、「メガ・リージョン」を単位として成長がおこっている。このような地域とそうではない地域との間では格差が拡大していく。また極めてグローバル化、アメリカ化したエリートが急速に増えており、他のモノリンガルの多数派の人たちとの間で距離が拡大している。また、どこでも、国が持っている資源には限りがあるため、この資源をセーフティー・ネットに配分するのか、生産性向上のため、インフラ整備や人材育成、科学技術開発というところに投資するのかという対立が生じている。これは民主化がすすむとますます難しくなる。
 これが長期の趨勢である。では現状はどうか。
 中国がますます台頭しており、中国の人たちには大国意識も生じている。中国はしかし、大国としてもっとやるべきことをするよう言われると、「我々は発展途上国だ」と言う。また、例えば、南シナ海の問題が良い例が、この地域の安定のためには政経分離が重要であるのに、この数年間、領土紛争と経済を結びつけるリンケージ・ポリティックスを平気でやる。これは決して、中国の利益にもなっていない。党の中枢を見ると、鄧小平や江沢民の時代と比べ、胡錦濤の時代になってから、皆が胡錦濤の言うことに従うという状況ではなくなっていて、この状況は、習近平の時代になると、ますます強まり、国外にしわ寄せが行くといった状態が懸念される。一方、アメリカは、アジア太平洋における軍事的プレゼンスの維持や地域機構との連携強化で地域秩序の形成への関与を強化している。
 その結果、東アジアの秩序形成のゲームが変わりつつある。ゲームの目的は、この地域の安全を保障し、安定を確保、繁栄を達成することだが、ゲームの地政学的な条件は変わりつつある。1990年代は、アジア太平洋経済協力(APEC)が中心であったが、東アジア経済危機で米国が露骨に介入したため、米国を入れない「東アジア」の地域協力の仕組みが作られるようになった。ところが、2008年のリーマン・ショック以降は、米国よりむしろ中国がリスクとして受け止められるようになった。そして、リスクをヘッジするために再び米国に頼るような行動が始まった。このように、東アジアからアジア太平洋に地域協力の枠が変化している。この地域の安定を保障するのは、結局のところ、米国のプレゼンスと、各国の経済がうまく行くことだ。2012年のアジア開発銀行(ADB)の展望によると、北東アジアは中国を中心に8%程度成長する。そして東南アジアも5.6%ぐらい成長する。米国がプレゼンスを維持し、この地域の国々がこのくらい成長していれば、大きな心配はなく、地域全体として、それなりに安定している。

日本の課題
 では日本はどうすべきか。日本は大国だが、決して超大国ではない。2030年ごろの日本は、大国かどうかも相当怪しい。したがって、米国や中国、インドと同様なパワー・ゲームをしようとはせず、豪州、韓国、さらには東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々のように、外交に関してもっと梃子を使うことを考える時期に来ていると思う。安全保障については、日米同盟を基軸としてハブとスポークのシステムを日本としてもネットワーク的につないでいくことが重要だ。沖縄の問題もある。日本の米軍基地の9割近くが沖縄にあるのは、沖縄の人にとってアンフェアだ。しかし、中国の台頭、この地域の戦略環境を考えれば、沖縄に沈まない基地を置いておくことは極めて重要だ。そのためには、日本の他の地域がもっと後方負担するしかない。また、この地域のグローバル化するエリートに伍していける人材を日本も育てる必要がある。対外政策について政府は、実務レベルでやれることは大体やっている。やれないのは政治が決めなければならない部分だ。
 現在、日本は様々な意味で、非常に大きな別れ道に来ている。財政の問題だけでなく、安全保障、外交戦略、対中戦略のような様々な問題に対しシステマティックに取り掛かり、国として意思決定していかなければ2020年頃には、もう時間がなくなってきたということになるのではないかと懸念している。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部