平成24年度 国際情勢講演会 「ゆれ動く中東・湾岸情勢とその課題」 (一財)日本エネルギー経済研究所 理事 兼 中東研究センター長 田中 浩一郎【2012/07/27】

講演日時:2012年7月27日 於:東海大学校友会館

平成24年度 国際情勢講演会
「ゆれ動く中東・湾岸情勢とその課題」


(一財)日本エネルギー経済研究所 理事 兼 中東研究センター長
田中 浩一郎

はじめに
 本日は中東・北アフリカの地域のポテンシャルを再確認した上で、現時点における「アラブの春」の総括と流動化する主要国の情勢と今後の展開について取り上げ、最終的にはわが国に対してどういう影響があるのかということを、特にエネルギー安全保障上の問題意識から述べたいと思う。
 中東・北アフリカ地域(MENA)の主要国は原油供給という高いポテンシャルがあげられる。この地域で勃発した「アラブの春」については民主化運動といわれてきたが、私は各国で起きた運動が同じ方向を向いていたとは思わない。若年層の高い失業率が騒乱の要因ともいわれ、これはある面では正しいが、若年層の人口増加や失業問題は1990年代から続いており、これだけで説明することはできない。また国によっては、食糧価格の高騰が民衆の不満を高めたケースもあるが、この説明も十分ではない。さらにツイッターやフェースブックによって、若者が集まる機会が得られたことは大きいが、よく言われるような一言でIT革命の影響とするのは少し焦点がずれているという問題意識をもってみている。

「アラブの春」総括
 「アラブの春」は当初、チュニジアが革命成就国となってエジプトが昨年2月に加わり、その後、リビアやイエメンにも広がった。長期独裁体制、強権体制を解体する状況は現在も進行し、武力衝突のような形で様相が変わって最終的には指導者の追放、場合によっては殺害に至るケースが増えている。革命成就国では、すべてが新しくなった訳ではなく、以前の体制を引き継いだものもある。現在、最も熱い問題になっているのは、シリアの体制側と反体制側の武力衝突だ。既に、主要国はアサド体制の正統性を否定するところに来ており、2012年はシリアの体制転換が発生する年と言って差し支えないだろう。また、サウジアラビア、バハレーンなど、シーア派の少数教徒や、国内問題を抱えている国の動きも見ていかなければならない、これらの国々の1つの特徴は、ばら撒きや弾圧という旧来の手法によって対応している点だ。現在は油価が高いので、ばら撒きの手厚さは従来よりも拡大している。
 「アラブの春」を「民主化の要求」として、1つにまとめるのは乱暴で、民衆運動が拡大する過程で、民主化や別の要求を掲げる人たちが加わり、広範な基盤を持つ大衆運動に変化したといえよう。この背景には、失業やインフレ、貧困などの問題があり、さらには汚職や腐敗に対する不満、社会的不公正、政治的自由の制限など様々な不満が「長期強権体制」へと向かい、ベクトルを同じにしたのが「アラブの春」だと考える。
 従来体制側の対応には弾圧と譲歩や懐柔の対応があった。後者には「政治改革」という看板でお茶を濁すやり方のほか、経済的なベネフィット(利得)を与え、福祉を手厚くし、社会、経済問題を沈静化させようというものがある。産油国ならではの比較的潤沢な資金力をもってこその方策で、体制を守るため、軍や治安警察に対して特に手厚くばら撒きを行う対応が見られた。
 しかし、このような従来の対応ではうまく行かなかったのが、2011年の「アラブの春」だ。その理由はやはり、世界が変わったということだと思う。今回の運動では、様々な要求を持つ人たちが各方面から集まったため、リーダーや組織が存在せず、弾圧をするにもつぶす「頭」がいなかった。そして、治安部隊などを出動させて流血の惨事になると、敵意と憎悪が増幅していった。また、治安組織においても、弾圧に与するべきか、命令に背いても国民側に立つべきか中立であるべきかという議論も発生した。また、昔であれば弾圧も見逃されるケースがあったが、現代では等しく非難され外交的失点を重ねた。一方、譲歩や懐柔に関しても、民衆には様々な要求があるため、皆を満足させることは難しい。もう1つ気になるのは、21世紀を迎えたころ、北アフリカや中東地域において、次世代の改革者たちの登場が期待されたが、彼らの指導者としての「上」からの改革が国民側、民衆の要求を満たすようなレベルに達しなかったことがあると思う。
 今後、湾岸諸国も含め懐柔策を進めれば財政負担が増すだろう。今の状況は、ある程度、政治改革の面で、国民の不満をそらすことができたとしても、やはりそれが長続きするような状態でないということが背景にあるのかと思う。安全保障の観点から欧米との関係を強めようと、兵器購入契約を結ぶといった傾向も見られる。このようにして、産油国では財政支出が膨らみ、国家財政のバランスをとるための想定油価も上昇している。
 2011年の「アラブの春」と民衆運動に関し、総じて言えることは、「不満がたまっていた」ということだ。社会の様々なひずみが限界点に達し、大きな地震が発生するように、断層がずれたということかもしれない。エマニュエル・トッドは、識字率が上昇すると社会に大きな変化をもたらすとし、さらに出生率の急激な低下による、若い「大人」の比率の上昇も、変化を生み出すとしている。このほか、同族内婚のすたれも、家長権限の弱体化をもたらす要因となり、これらによって「個」の台頭が生じるという。
 チュニジアで平和裏の体制転換が行われ、他の国の民衆にも、チュニジアに続きたいと思わせた。他方で民衆運動も学習効果を発揮しており、いきなり「体制打倒」などを掲げず、経済的な要求、社会的な変革、政治的な改革など、自らの権利を主張するようになっている。これらの民衆運動では宗教や組合などの旗とは異なり国旗が使われたことも特徴的だ。
 もう1点、共通項としては、世代交代を迎える国がそれなりにあり、権力継承の際に生じるほころびがあった。世代が交代すれば、一世代前の既得権益層との間で摩擦が生じる。エジプトのケースでも、これは問題になった。そして、治安体制のほころびもある。携帯電話をはじめ、様々な手段で情報交換が行われ、アラビア語の衛星放送の存在も大きく、その中での情報統制は容易ではない。 さらに支配の正統性は時代と共に希薄化し、終身大統領や、それに近い形で多選を重ねてきた外形的共和政、擬似共和制で正統性が薄れた事もあるだろう。

主要国情勢と今後の展開
 シリアについて、私は昨年秋以降、「2012年はアサド体制の終わりの年だ」と書いてきた。アサド政権が退陣しても反体制組織はバラバラで、国内組と在外勢力の間の不和もあり、混乱が続くことはほぼ間違いなく、どのように着地させるかも全く見えてこない現状だ。エジプトについては、ムバラクはトカゲの尻尾切りに遭った状態で、軍は親玉のムバラクを切り捨て、自らの権益保全をはかった。今後は軍と民選の大統領との対立局面が、当面続くと考えられる。
 イランについては核開発問題で、依然として解決策がみえない。昨年秋以降は、イスラエルがイランに対し、先制軍事攻撃を行うという警告や挑発をしているが、これがいつ現実になるのかわからず、怖いところだ。これに対しアメリカもイスラエルをけん制しているが、オバマ大統領の再選にむけた計算もある。最終的にイスラエルが動くか、アメリカも同調して動かざるを得なくなるか、それに合わせホルムズ海峡の封鎖をはじめ、イランがどう反撃するかということを常に考えていかなければならない。一方、サウジアラビアについては、シーア派の問題を抱えているだけでなく、湾岸諸国のリーダーシップという観点からも目立った動きがみられる。また、対イラン戦略の一環といった側面からのシリア反体制派への支援やバハレーン等へのてこ入れの動きもある。そして、イラクではシーア派とスンニ派との宗派的な対立や、不安定化するシリア情勢の波及によりマ-リキ政権内の対立が深刻化している。域内では今後のカオスの拡散が懸念されるところであり、その中でイラン対サウジアラビア、トルコ対イラン、サウジアラビア対カタルなどの域内対抗軸が明確化し、イランとの覇権争いを続ける新オスマン主義のトルコの動きを湾岸諸国も警戒している。

エネルギー安全保障面とわが国への影響
 最後に、エネルギー安全保障への影響だが、産油国を含め、これらの国が安定のため、そして社会開発のためにばら撒きをしていけば、「価格タカ派」の増加を招くだろう。また、ばら撒きが続けば開発支出もおろそかになりかねず、国際石油資本(IOC)が入っているところなどでは、外国の色の付いた石油会社が排除される、ないしは搾取を嫌って参入条件が厳しくなることもある。
 外的な環境を考えた場合、アジアで伸びてきた需要がある一方で、欧州の経済危機のような状況の行方もあり、どちらも原油価格に影響する。また、名目的にもドル安傾向であれば、投機的な動きも含め、こういった商品の価格は上昇するだろう。他には、日本も含めた一部の国における脱原発潮流で、化石燃料への当座の回帰、依存が再来することの影響も捨て切れない。最後の1点としては、地政学上のパワー・バランスがシフトすることによる紛争抑止メカニズム後退が懸念される。サウジアラビアとイランの関係が悪化するようなパワー・バランスの変化は、最終的にエネルギー安全保障に大きな影響をもたらすといえよう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部