平成24年度 国際情勢講演会 「TPPと農業再生」 (一財)キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁【2012/09/26】

講演日時:2012年9月26日
於:東海大学校友会館

平成24年度 国際情勢講演会
「TPPと農業再生」


(一財)キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
山下 一仁

TPP参加の必要性
 まず、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)とは何かという事からお話ししたい。TPPの特徴は2つある。1つは、かなり高いレベルの自由貿易協定を目指しており、基本的に関税撤廃の例外を認めていないことだ。したがって、農協が反対しているという構図になる。もう1つの特徴は、将来的にアジア太平洋地域における広域の経済圏を目指しているということだ。
 日本にとって重要だと思われるのは、例えば尖閣諸島の問題で、中国は日本に対してのみレアアースの輸出を禁止した。中国のこのような行動に対し、日本は対抗する力を持っていないが、かつてアメリカ通商法301条をWTO紛争処理手続きで換骨脱退したように、TPPでルールを作ることによって中国の力を封じ込めることを真剣に考えるべきだ。アメリカも同じ考えだ。中国は現在TPPに入っていないが、TPPが拡大すれば、いずれ入らざるを得ない。そのときに米国は、TPPで作ったルールを中国に適用したいと考えている。
 ルールを作るという点では、残念ながら、世界貿易機関(WTO)では、日本の地位はかなり低下している。しかしTPPに日本が参加すると、米国に次ぐ大きな地位を占められる。そこで日本の利益を反映したルールを作っていけば、将来的にWTOで議論する際にも必ず参考になる。つまりTPPに参加してルールを作ることにより、将来それを世界のルールにすることができる。
 TPP反対派の議論に対し、最初は政府も含め、「TPPに参加すると、どのようなメリットがあるか」という話をしていたが、私は逆に「参加しなければ、とんでもないことが起きる」という話をした方が良いと思い始めている。まず、韓国が米国やEUと自由貿易協定(FTA)を結んでいるため、日本企業は双方の市場において韓国企業と比べて不利な条件になっているといわれる。一方、昨年11月に日本が「TPPに参加するかもしれない」と表明した後、カナダとメキシコが「TPPに参加する」と言い出した。日本がTPPに参加すれば、地域が拡大し、他の国々にとっても参加するメリットが増える。逆に言えば、参加しなければ広大な自由貿易地域から排除されてしまう。昔は自動車やテレビなど最終製品の貿易が主であったが、現在は中間財といわれる部品や素材の貿易が全体の貿易の半分以上を占めているといわれる。TPPに参加せず、巨大なサプライチェーンから排除されれば、日本の、特に部品などを供給している中小企業にとって大変な問題だ。
 また「TPPの内容がわかってから参加すれば良い」という議論があるが、とんでもない。原加盟国と新規加入国には大変な違いがあり、新規加入国になる場合、日本は出来上がった協定の内容を修正することなく、そのまま受け入れざるを得ない。中国のWTO加入交渉は、15年を要した。さらにTPPについては「情報がない」といわれるが、これは当然だ。今の時点で数年後の交渉の結果がわかるはずがない。アメリカもどの国もわからない。このほか、「日本の食品の安全規制が引き下げられる」という議論がある。基本的には、国際基準にハーモナイズすることが要求されるが、各国はその基準より高い保護の水準を設定することが、主権として認められている。これらの全体像を知らずに、反論しているのが日本の反対論だ。
 そもそもTPPは協定という法的なものだということだ。アメリカに二国間で要求されたことがそのままTPPで要求されるのではない。公的医療保険など法的な土俵の上に載らないものは、TPPで要求されない。しかし、法律の知識のない評論家がTPP反対論を展開している。
 またTPPの交渉では、米国の主張がすべて通るという訳ではない。多国間協定では、いくら米国が強くても、コアリッションを組まれれば完全に孤立してしまう。逆に、投資や海賊版のような分野では、日米は連携して様々なことを実現できる。

農業の保護は直接支払いで
 農業で関税撤廃の例外を使用する場合にも、関税ではなく直接支払いで保護するという欧米のような政策に転換すれば、日本が孤立することはない。しかし、関税が下がり、価格が下がれば、それに応じて販売手数料収入が決まる農協は困る。したがって問題の提起の仕方は、TPPと「農業問題」ではなく、TPPと「農協問題」だ。その農協が、同じ既得権益で守られてきた医師会などを巻き込み、活動している。日本の農業では今後、高齢化によって胃袋が縮小し、縮小した胃袋は人口減少によって少なくなる。つまり従来は高い関税で守ってきた国内の市場が縮小していくので、輸出をしなければならない。そのとき、輸出相手国の関税が0%になるのは良いことだ。つまり日本の農業こそ、自由貿易交渉を積極的にやらなければ維持できない。
 一方、中国では貿易も流通もすべて国有独占企業が押さえている。このため、日本の米を関税ゼロで中国へ輸出しても、中国では高い価格で販売され、事実上の関税を国有企業に取られてしまう。これこそ、米国が重視していることだ。国営企業に対する規律は、これまでWTOにもFTAにもなかったが、米国はTPPで初めてそれを作ろうとしている。TPPが拡大すれば、中国は入らざるを得ず、そのときに中国の国有企業に対して規律を課そうとしている。このシナリオは良いので、日本も積極的に乗るべきだ。

自由貿易による食糧安全保障
 農林省の法学士第1号だった柳田國男が戦ったのは、地主階級と農業界だった。地主階級は当時、米の関税を導入し、外国からの輸入を制限することによって国内の米価を高くしようとした。農業界の主流の人たちが言ったのは、「日本は土地が広いアメリカとは、絶対に競争できない。だから関税が必要だ」ということだ。これに対し、柳田は「関税以外の策はないと考えるのは誤りだ。それよりも農事の改良、生産性の向上が必要だ」と言った。そのためには、ある程度、規模を大きくしなければならないということで「2ヘクタールの中農を養成すべきだ」と主張した。現在なされている議論も同様で、「規模が小さいから競争できない」というものだ。しかし、重要なのは規模だけではなく、より重要なのは品質だ。日本のコメは車でいえばベンツのようなものだ。価格の安いタタ・モータースに怯える必要はない。
 現在の米農政を見ると、減反のために6000億円ぐらいの財政負担をしている。これによって需給均衡価格より高い価格を実現している。約4000億円の消費者負担を加えると、米農政は1兆円の国民負担を強いている。このような高い米価で農家を保護してきたため、「自分で米を作った方が良い」ということになり、コストの高い零細農家が滞留した。そして零細農家から農地が出てこないので、専業農家は土地を集めて規模を拡大し、コストを下げることができなくなった。
 減反はコストを下げる単収の向上も阻害した。現在800万トンの米を作るために、250万ヘクタールの水田のうち100万ヘクタールを減反し、150万ヘクタールで米を作っている。さらに、もしも1ヘクタール当たりの収量(単収)が倍になれば、米作は75万ヘクタールで済み、減反面積が増える。それによって減反の補助金総額が増えることは、財務省にとって悪夢だ。したがって、財務省の役人たちは「単収を上げるような品種改良はするな」という。このように、日本の米の高コスト構造を作り出しているのは、日本の農政、高米価・減反政策だ。
 現在は米価が下がり、兼業農家が農地を出してきているが、米価が下がって地代負担能力がないため、主業農家は引き取ることができない。しかし、減反をやめて米価を下げれば、農地は出てくる。そして主業農家だけに直接支払いを交付すれば、地代負担能力は上がり、農地はそちらへシフトしていく。規模が拡大すれば、コストは下がって収益が上がる。
 これまでの食糧安全保障は、いかにして高い関税を守るかという方便として使用されてきた。しかし、人口減少時代には、自由貿易をしなければ食糧安全保障に必要な農地資源や他の農業資源を維持できない。従来どおり、高い価格と関税で保護し、日本の農業を駄目にするのか、それとも直接支払いによって価格を下げて世界の市場に売っていくのか、いずれの政策をとるべきかが問われている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部