平成24年度 第1回 国際情勢研究会 報告「金正恩体制の北朝鮮と国際社会」関西学院大学 国際学部 教授 平岩 俊司 【2012/04/23】

日時:2012年4月23日

平成24年度 第1回 国際情勢研究会
報告「金正恩体制の北朝鮮と国際社会」


関西学院大学 国際学部 教授
平岩 俊司 (ひらいわ しゅんじ)

1. 金正日の突然の死と金正恩体制の発足
平岩 俊司 昨年12月17日、北朝鮮の金正日総書記が死亡した。これは、突然の死と言って良いと思う。このため、三男の金正恩が中心となる体制が、急にスタートすることになった。この体制がどのように準備されてきたのかだが、金正日は2008年8月、重篤な病気にかかり、発作に襲われた。翌月には建国60周年記念の軍事パレードに参加するはずだったが、参加しなかった。金正日はそのころから表舞台より姿を消し、次に登場するのは2008年11月ごろであった。このように金正日が健康を害し、復活してから極めて短期間のうちに、三男の正恩が後継者に決まったようだ。2009年1月には、北朝鮮の在外公館に送られた文書の中に、「三男の金正恩を後継者に決めた」という話があるという情報を、韓国の情報機関が入手したと、韓国の報道機関である聨合通信が報じた。
 それまでは、後継者は長男の金正男(キム・ジョンナム)か次男の金正哲(キム・ジョンチョル)になるという説が流れていた。しかし、2009年初頭からは体制再整備の動きが起こり、その中で徐々に金正恩の後継が本格化していった。2009年4月9日には最高人民会議が開かれ、国防委員会を最高権力機関とするよう憲法が修正され、その権限が明確化された。そして呉克烈(オ・グッリョル)、張成沢(チャン・ソンテク)の2人が国防委員会に加わった。2010年6月には第12期最高人民会議第3回会議が開かれ、続く同年9月の党代表者会において、金正恩が公式デビューした。しかし、ここでは後継者として登場したのではなく、党の中央軍事委員会副委員長という新たなポストに就任しただけだった。中央軍事委員会のナンバー2に金正恩を置くことによって、おそらく金正日は自分の手元で帝王学を学ばせ、しかる後に、後継を実現させようとしていた。このような枠組みができていたため、金正日が急逝しても、北朝鮮の政権自体に大きな混乱はなかった。

2. 金正恩体制の「遺訓政治」
 新たに発足した金正恩体制は、「遺訓政治」を強調している。現在のところ、金正恩が公式に表舞台に登場してから1年数ヵ月しか経っておらず、金正恩が本当の意味で後継者となるには、まだ時間が必要だ。つまり、金正恩政権の正統性の源泉は、金日成、金正日につながる命脈にある。このため「遺訓政治」がくり返し、強調される。現在の体制は、実質的には集団指導体制だと思う。一応、金正恩の名前で指示が出され、命令が下されるが、そこに金正恩の意志がどの程度入っているかというと、現時点では、おそらくそれほど入っていないだろう。
 遺訓政治の内容は要するに、先軍政治の継承だ。金正日時代も既に、金日成時代のようにカリスマ性ですべてをコントロールできた訳ではなかった。このため金正日の時代には、軍との協力関係、あるいは悪い言葉だが、共犯関係を作り上げることで統治していた。それを継承するのが、金正恩体制ということだ。
 今年4月11日には、第3回党代表者会が、同月13日には最高人民会議が開かれた。これらを経て、金正日は「永遠の総書記」となり、総書記のポストは欠番になって、金正恩は第一書記という新設のポストに就任した。そして、国防委員長のポストも同様に、欠番になった。金正日時代にも、父親の金日成が就いていた国家主席のポストが欠番にされており、これは現在も変わっていない。金日成が「永遠の国家主席」となったときには、金正日は国家主席を中心とする機構とは別の国防委員会の長となり、国防委員会を権力の中枢に据えた。しかし今回は、組織はそのまま維持し、組織のトップを欠番にした。2つの欠番のポストを作ったことで、遺訓政治をある種、制度化したといえる。そうは言っても、最高権力のポストは党では第一書記、軍では最高司令官で、これらのポストに金正恩が就任している。金正恩は同様に、国防第一委員長のポストにも就任しており、一応、党、国家、軍の最高権力すべてを取ったというのが現状だ。
 新体制発足後、金正恩がデビューしたのは金日成生誕100年の記念式典で、ここで約20分間の演説を行った。その内容は、金日成、金正日の2人が行ってきた革命を、代を継いで完成させる役目があるため先軍政治を継承する、そのためには経済も大変だが、それ以上に国防を充実させなければならない、というものであった。

3. 米朝合意と北朝鮮の「人工衛星」発射
 今年2月29日、米国は北朝鮮に対し、24万トンの食糧支援を行うことで合意した。これに対して北朝鮮は、ウラン濃縮活動を中断し、米朝交渉が進んでいる間は核実験と弾道ミサイルの発射を中断、凍結することを約束した。そして、その約2週間後に北朝鮮は、「人工衛星」発射実験を予告する。北朝鮮はこれについて、「米朝合意には抵触しない」という立場をとっている。ミサイル発射か人工衛星かという点は、2009年にも非常に議論されたことで、北朝鮮が人工衛星と称して発射するのは、これが3度目だ。
 北朝鮮はおそらく、アメリカの真意を確かめたいというところにあった。2月29日の米朝合意は、ウラン濃縮、ミサイル発射、核実験を凍結し、それと引き換えに米国が24万トンの食糧支援を行うという内容だった。食糧支援は確かに北朝鮮にとって重要なものだが、北朝鮮からすれば、かなりバランスの悪い取引だった。北朝鮮は最終的には、米朝平和協定のような合意を得たいと思っているので、米国が北朝鮮を本気で信頼し、交渉しているのかどうか、最終的に平和協定まで行く気があるのかどうかを試したかったのだろう。彼らの言葉を借りれば、2月29日の合意を経て信頼関係ができているので、北朝鮮が「人工衛星発射実験だ」と言えば、米国は信頼できるはずだった。それがミサイルに見えるならば、米国は北朝鮮を信頼していないということになる。
 実際、このようなやり取りが、オバマ大統領と北朝鮮との間で公式になされた。人工衛星発射実験は失敗したが、国際社会からすれば、北朝鮮の行為は明確な国連決議違反で、迅速な形で議長声明が出され、その内容は2009年4月のミサイル発射実験の時より厳しいものになったといわれる。一方、北朝鮮は今後、核実験やさらなるミサイル発射実験を行う予定だといわれる。
 北朝鮮は滅茶苦茶なことをする国だという印象を持たれるだろうが、彼らには彼らなりの言い分がある。2009年のミサイル発射実験では、「国連安保理で扱われたら、もうだめだ」と事前に言っていたため、それを機に6者協議には復帰せず核実験まで行くというパターンであった。今回の彼らのロジックは、国連安保理で禁止されていることは知っているが、自分たちはそれを受け入れたことはなく、さらに言えば、国家として本来、宇宙開発の権利が与えられているというものだ。しかし、これは、我々には受け入れがたい話だ。さらに米国が24万トンの食糧支援を中断したことから、北朝鮮は「米国が反故にしたので、合意はなくなった。ウラン濃縮は再開し、核実験もミサイル発射も場合によっては行う」としている。客観的な情報として、それらの準備が既に整ったといわれるのが現在の状況だ。

4. 国際社会、米国の誤ったメッセージ
 このような北朝鮮の手法については、よく「瀬戸際外交」といわれる。確かに2006年のミサイル発射実験から核実験に到るまでのプロセスは、瀬戸際外交であったと思う。つまり、場合によっては北朝鮮が攻撃されるかもしれない、次の一手を打ったら、自分たちが本当に攻撃され、米国や国際社会の逆鱗に触れて取り返しがつかなくなる、そのぎりぎりの線を行く、というのが瀬戸際外交だと思う。しかし、今回、北朝鮮がやっているのは、瀬戸際外交ではなく、詰め将棋のようなものだろう。なぜならば、これまで2回核実験を行っても、攻撃されなかったという前例があるからだ。
 北朝鮮に対しては、これまで国際社会、とりわけ米国が、誤ったメッセージを送ってきた部分もある。ブッシュ政権の前半には、「米朝2国間交渉を一切やらない」という立場を通したが、結果として北朝鮮は瀬戸際外交をくり返し、核実験まで行った。そしてブッシュ政権は北朝鮮が核実験を行った直後から、米朝2国間協議を積極的にやり始めた。このため、譲歩せずに押し切れば、いずれアメリカは降りてくるという前例を作ってしまった。
 もう1つは、これは北朝鮮側が勝手に解釈している話だが、イラクのフセイン政権が潰されたのは、核兵器を持っていなかったからだというロジックだ。このため北朝鮮は、「核兵器を持たなければならない」としている。これについても、米国が北朝鮮に対して与えた、まずいメッセージだという気がする。さらに、リビアのカダフィ政権崩壊も、北朝鮮からすれば、「核兵器を放棄したから、裏切られたのだ」という話になる。さらにミサイル発射実験では最近、インドが成功し、これに対してはお咎めなしという状況なので、北朝鮮からすれば「なぜ自分たちだけ、だめなのだ」ということになる。このように、国際社会も北朝鮮に対して、数々の誤ったメッセージを送ってきた面がある。
 韓国や日本は国連安保理の常任理事国ではなく、やはり当面は米国頼みにならざるを得ないと思う。米中がどのように協力していくのかによって、今後の展開は変わってくるだろう。中国が考えているのはおそらく、米朝合意は形としては破綻したが、「お互い誤解があったのだから、もう1度やり直しなさい」という形で場を設定することかと思う。ここが中国の腕の見せどころか、と私は思っている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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