平成24年度 第3回-1 国際情勢研究会 報告1「米国経済の現状と展望:財政の崖を克服できるのか」みずほ総合研究所 調査本部 政策調査部 主任研究員 西川 珠子(にしかわ たまこ) 【2012/06/15】

日時:2012年6月15日

平成24年度 第3回-1 国際情勢研究会
報告1「米国経済の現状と展望:財政の崖を克服できるのか」


みずほ総合研究所 調査本部 政策調査部 主任研究員長
西川 珠子 (にしかわ たまこ)

1. 回復が遅れる米国経済
西川 珠子 米国景気は2009年6月を底に回復に転じているが、緩慢なペースでの回復にとどまっており、本格的な回復とはほど遠い。オバマ大統領の就任当初、米国は1兆ドルのデフレギャップを抱えているとして8000億ドル近い景気対策を行ったが、その後、3年が経過しても、デフレギャップは依然として7000億ドル台で、GDP(国内総生産)比でも6%近い規模にとどまり、まだまだ弱い。
 足下の成長率は2.2%で、内訳を見ると個人消費、住宅投資がプラスであり、姿としては望ましいが、1~3月期の異例の暖冬による影響が大きく、持続力には疑問が持たれている。雇用情勢も、1~3月は強かったが、4~6月は弱い数字になり、先行き懸念が強まっている。緊縮財政についても、ここ2四半期は、成長を押し下げる方向に左右している。
 米国経済の回復がはかばかしくないことの最大の要因として、家計のバランスシート調整圧力が非常に強いことがあげられる。株価、不動産などの資産価格は、今回のバブル崩壊局面で、3割から4割以上も下落した。その後、商業用不動産や株価については、半値を上回るレベルまで戻してきているが、住宅価格は二番底を探るような展開が続いている。
 株価の回復で、金融資産は家計、企業共にプラスに転じている。不動産は住宅価格が低迷する一方で、商業不動産価格は上昇しているため、家計と企業で方向性が異なってきており、負債の圧縮圧力も家計にのみ大きく残存している。家計の負債は依然として伸びがゼロで、まだボトムをつけていないが、企業は負債を増やし始めている。住宅販売は依然として低迷しており、不安定な雇用所得環境や、厳しい銀行の貸し出し姿勢、そして、これ以上住宅価格が上がらないという期待によって、需要の低迷がもたらされている。
 政府は積極的に借り換え支援策を行っているが、不動産価格の低迷により、住宅の時価が債務の残債を下回るアンダーウォーターといわれる状況が、住宅ローン保有者の約20%で発生している。これらの世帯は、金利が低下しても借り換えをして、恩恵を受けることはできない。資産価格が下がると、それが逆資産効果を通じて個人消費を抑制し、景気全体の低迷を再びもたらすことが、住宅需要を根本から押し下げる要因になっている。供給面でも過剰在庫が残り、それが住宅価格の下押し要因となっている。
 今回の景気回復局面でもう1つ、非常に回復が遅れている分野は雇用だ。雇用者数は景気後退前のピークから、900万人弱減少してしまったが、底を打ってからの回復は400万人弱で、まだ失われた分の半分も回復していない。オバマ大統領は「就任後に、400万人以上の雇用が生まれた」としているが、民間部門のボトムからの回復のみを計算しており、失われた部分については「ブッシュの負の遺産」と位置付けてしまっている。このようなレトリックを使っても、失業率が8.2%という高水準では、有権者には評価されない。また就業率を見ると、雇用者数は増えておらず、要は求職者数が減ったことで失業率も低下したという状況だ。
 成長率が高まれば、失業率は低下する関係にあり、直近のところでは、成長率が2.1%であるのに対し、失業率は前年より0.7%下がっている。0.7%の失業率低下は、本来であれば成長率が5%超程度になって起きるものであり、現在の状態は明らかに、経験則から逸脱している。連邦準備制度(FRB)のバーナンキ議長らは、こうした逸脱は景気後退局面で急激なリストラが行われたことの反動だとし、今後は逆に、その反動が生じることが懸念される。
 選挙との関係で、若年層と激戦州の雇用動向に注目すると、今回、非常に特徴的なのは、若年層の失業率が非常に高いことで、5人に1人は失業状態だ。このため、2008年の選挙ではオバマを熱烈に支持した若年層の投票率が下がり、結果として、オバマの支持率低下につながることが懸念される。

2. 「財政の崖」への対応
 こうした景気低迷への政策対応として、大胆な景気対策が打たれてきた。2009~19年の10年間で見ると、1兆8000億ドル、GDP 比にして12.5%もの大規模な景気対策により、財政赤字は4年連続で1兆ドルを超えた。オバマ大統領が就任したとき、ブッシュ政権から引き継いだ財政赤字は1.3兆ドルで、任期中にこれを半減すると公約していた。しかし、公約の達成は事実上、困難になっている。またこうした景気対策については、2011年度をピークに2012年度は、GDP比で見て小さくなっているので、むしろ景気の下押しになってしまっている。
 そして、これまでオバマ大統領が打ってきた景気対策が徐々に効果を失い、またブッシュ前大統領が2001年と2003年に成立させた大型の所得減税も2012年末で失効し、大変な混乱が起きるのではないかと懸念されている。また2011年の財政管理法という法律に基づき、10年間で2.1兆ドルの歳出削減が行われる。2013年1月から、新たに削減圧力が加わる見込みで、こうしたものを総称して「財政の崖」(fiscal cliff)といわれている。連邦政府債務の上限は引き上げられたが、遅くとも来年初めまでには再引き上げが必要だ。
 「財政の崖」によって、2013年度の緊縮措置は6000億ドル規模、2013暦年のGDP比で5%以上にもなり、これが回避されなければ、相当程度の景気への影響が発生する。一方、「財政の崖」を完全に回避することは現実問題として、あまりあり得ず、一定程度の「崖」が発生するのは不可避だと考えられる。逆に、「財政の崖」を完全に回避し、すべての減税措置を延長して、一律歳出削減をやめれば、財政再建への道筋は見えなくなる。そうなれば、昨年8月と同様に、米国債の格下げが再び行われる可能性がかなり高まる。
 「財政の崖」をどの程度、回避させるべきかについて、民主党と共和党は、現時点ではまだ対決姿勢を崩していない。ただ両党の主張は、主に2点に集約されている。それは富裕層に対するブッシュ減税を延長するか否か、そして財政管理法による一律歳出削減をどう見直すかということだ。ブッシュ減税では、富裕層以外の部分については延長すべきということで合意しており、その部分がすべて延長されるのであれば、本来、発動される2200億ドル程度の財政の崖は1400億ドル程度に緩和される。
 一律の歳出削減については、民主党と共和党の大統領選挙における経済政策で、神学論争のような論点になっている。財政再建にあたり、増税と歳出削減のバランスを重視するのか、あるいは国防費以外の歳出削減をしっかり行って、増税は一切しないのかということで、今のところ妥協の余地が見出せていない。
 今後については、とりあえず新政権が発足するまでの間、あるいは来年1年ぐらいは減税を延長するということで、年内に暫定的に合意する可能性がある。他方、年内に完全に決裂し、一時的には減税が失効するが、新しく成立する政権や議会が遡及的措置を含んで新立法を検討するという可能性もあると考えられる。オバマ大統領が勝利した場合、限定的ながらもきちんと成果を残したということで、前者に執着するのではないかと考えられるが、ロムニーが勝利し、共和党が上下両院を制した場合には、新たな立法を行いたいと考え、後者に近くなるのではないか。
 政策対応として米国景気を支えるものは、もう金融政策しか残されていないという状況になってきている。今年後半にFRBは追加緩和を実施する見込みだが、バーナンキ自身は、「金融政策によって、『財政の崖』に対応するのは不可能だ」とも言っている。長期金利も最低水準まで低下しており、追加緩和を実施しても、追加的に景気を押し上げる効果は期待しにくい。FRBは新たな政策スタイルを模索しているが、まだ検討の途上にある。また米国経済の今後のリスク要因としては、欧州債務問題の行方が考えられるが、これについては、ほとんど予測不能な次元になってしまっている。南欧を中心に金融システムが非常に不安定化するリスクは当然あり、それが国際的な金融市場の混乱を通じて米国の金融機関経営の悪化要因となり、米国の貸出市場に影響を与えることなども考えられる。

3. 大統領選挙後の経済政策の見通し
 2012年の大統領選挙でのオバマとロムニーの経済政策については、政府の役割、大きさを問う選挙戦ということになる。オバマはフェアな社会を実現するため、政府の役割を重視するのが基本的な方針で、富裕層の増税や製造業の支援などを公約の目玉にしている。一方、ロムニーは小さな政府路線を推進し、20%ずつ所得税率を引き下げるといった大胆な減税を提案し、相当、保守的な政策を打ち出している。
 また議会選挙の結果によっても、実際の政策運営は大きく影響を受ける。現時点では、大統領はオバマ、議会は上下両院とも共和党という予想が優勢だ。ただし、上院で共和党が多数になっても、安定多数の60議席を確保することはできないので、民主党が一定の影響力を行使することになり、スムーズに政権運営が進むことは考えにくい。オバマが大統領府、共和党が議会を握った場合の「分割政府」でも、オバマはもう3期目を考えなくて良く、党内左派に配慮した極端な政策に固執する必要はない。共和党も現在のような「ねじれ議会」ではなく、責任政党として行動しなければならないということになれば、財政再建などで大きな妥協が成立する可能性もある。
 一方、ロムニーが勝利し、議会も共和党が多数になった場合の「統一政府」になれば、財政関連ではかなり大胆な政策転換をはかってくる可能性がある。ロムニーが現在、提案している減税が短期的に実現するとはあまり考えにくいが、かなり保守派に押し切られた形の財政政策に、大きく舵が切られる可能性もある。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部