平成24年度 第5回-1 国際情勢研究会 報告1「中国と周辺国による南シナ海の領有問題と日本の関わり」防衛省 海上幕僚監部 指揮通信情報 部長 海将補 大塚 海夫 【2012/09/25】

日時:2012年9月25日

平成24年度 第5回-1 国際情勢研究会
報告1「中国と周辺国による南シナ海の領有問題と日本の関わり」


防衛省 海上幕僚監部 指揮通信情報 部長 海将補
大塚 海夫 (おおつか うみお)

1. 南シナ海と東シナ海における海洋関連機関の活動
大塚 海夫 日本が成り立ち、外とつながっていくためには、海の道が確保されなければならない。シーレーンが確保されなければ、物は入ってこなくなり、日本の繁栄はない。南シナ海問題に関しては、資源に焦点を当てて語られることが多いが、日本やアメリカはこの問題を、海の道をいかに自由に使うかという観点から捉えている。日本の生存と繁栄には、特に中東からの原油が必要で、その9割方が南シナ海を通って入ってくる。したがって、南シナ海問題は隣の話ではなく、うちの問題として捉えるべきだ。
 南シナ海、東シナ海、そして太平洋の西側を含む西太平洋で、中国の「ファイブ・ドラゴンズ」といわれる5つの海洋関連機関が活動を活発化させている。2008年には、中国国家海洋局所属の海洋監視船「海監」が、2011年には中国農業省漁業局所属の漁業監視船「漁政」が、初めて尖閣諸島周辺の領海に入った。尖閣諸島周辺において、特に物理的な行動が起こされるようになったのは2009年ごろからで、2010年には尖閣沖で、漁船の衝突事故が発生した。南シナ海においては、中国の「海監」がベトナムの探査船のケーブルを切ったり、「漁政」がインドネシアの海軍と対峙するようになった。中国では、いわゆる「第1列島線」の中を内海にできるようコントロールし、「第2列島線」の中では、アメリカと戦った場合に勝てる実力をつけていくことが、1つの大きな海洋、海軍戦略になっている。
 南シナ海では、スカボロ礁でフィリピンと中国が対峙している。中国は、国民党が引いたという九条断続線の中は、「自分たちの海だ」と主張し、そこでは「海監」がベトナムの調査船のケーブルを切ったり、「漁政」がインドネシア海軍と対峙してた。また南シナ海の真ん中辺りでは、他の国々が領海だと主張しているところにガス田を作ったり、自分たちの国内法に則って監視を行ったりしている。一方、スカボロ礁では今年4月10日、フィリピンの海軍が中国の漁船への立ち入り検査を行った。
 中国には海軍のほかに、「海警」、「海監」、「漁政」、「海巡」、「海関」という、「ファイブ・ドラゴンズ」といわれる5つの海洋関連機関がある。これらは所属する組織が異なっており、我々が現在対峙しているのは、国土資源部国家海洋局の「海監」と、農業部漁政総隊の「漁政」だ。これらは現在、入れ替わりで尖閣諸島周辺へ来ており、南シナ海においても中国の海洋権益主張の尖兵となって活動している。
 海監のミッションには、海洋権益の保護、海域の使用管理、海洋環境保護があるが、具体的な任務の詳細はわからない。ただ間違いないのは、この海監総隊という組織が現在、ファイブ・ドラゴンズを取りまとめ、海軍とそれ以外の公船の中心的な存在になってきているということだ。中国には非常に縦割りの部分があるが、それぞれの横に対する自己増殖機能も働きつつある。中でも海の世界では、この海監が比較的中心になり、公船の部隊や組織を取りまとめつつある。一方、漁政は漁業業務全般を所掌している。

2. 中国による興論戦、心理戦、法律戦
南シナ海の西沙諸島において中国は、まず領有を主張し、次にこれを既成事実化し、最後には支配権を確立するという段階を踏んで出て行った。1951年には島嶼の領有に関する声明を出し、ベトナム戦争が終わって米軍が撤退した翌年の1974年には、漁民が島に上がって領有を主張し、既成事実化させていった。さらにベトナムが警戒を強化する中で、中国は人海戦術によって次々に無人島へ人を上げていった。そして中国の漁船とベトナム海軍の艦艇の間で小競り合いが起き、「しっかり守らなければ」ということで中国の軍隊がやってきて、かつ三沙市という市を作って、法的にも「中国のものだ」と主張するようになった。
 南沙諸島に関しては、中越戦争後も駐留していたソ連が1987年に撤退すると、早速、海軍の艦艇が展開し、翌年には素早く岩の上に建物が建てられた。フィリピン領ミスチーフ岩礁にも小屋が建ち、あっという間に大きくなった。ここでも、まず漁民が上陸し、主権の碑を作った。そして軍が出て、ベトナムの部隊と小競り合いになったが、その後は軍が駐留していった。さらに米軍がフィリピンの基地を撤退すると、その空白を利用してミスチーフ諸島を占拠し、既成事実を積み重ね、三沙市という市を作った。
 一方、東シナ海では1960年代末ごろ、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が、尖閣諸島周辺に石油があるという報告書を出した。この報告書が出るや否や、中国による尖閣領有の主張が始まった。しかし、当時の中国は発展途上で完全に近代的な軍を持っている訳ではなく、それ以上の問題は起きなかった。そして1990年代になると、中国は海洋調査を開始した。これには資源の調査という目的もあったと思うが、同時に、今後は潜水艦を使って活動していくということの表れでもあった。さらに1992年以降になると、「領海法」という国内法を整備し、「うちの海だ」と言い出した。また、海軍力がついてくるにつれ、海軍の船がプレゼンスを誇示するようになった。中国にしてみれば、日本とアメリカに勝る兵力を投入する訳には行かず、衝突は回避されてきたが、その後、ガス田開発の問題が起き、現在に至っている。
 南シナ海と東シナ海における中国の行動の違いを見ると、南シナ海のころ、中国の海洋関係機関は海軍だけであったが、東シナ海には現在、海監や漁政がいる。つまり軍艦は来ていないが、政府公船は来ているという曖昧な戦略がとられるようになった。また、従来は弱かった中国の海軍力や海上法執行能力は、次第に強くなっている。一方、東シナ海には、南シナ海において大国が撤退した際に生じたような「力の真空」は存在していない。排他的経済水域に関しては、東シナ海と南シナ海における中国の主張は、全く論拠が異なる。一定の国際法について好き勝手に解釈しており、ダブル・スタンダードも良いところだ。
 「三戦」という言葉があり、これは興論戦、心理戦、法律戦という、孫子のころからの伝統を受け継いだ発想だ。興論戦では、我の戦闘精神を鼓舞して敵の士気を喪失させ、自国に有利な世論環境を醸成する。心理戦は敵に対する認知操作などを行うもので、法律戦は、私なりに解釈すると、国際法の手前勝手な解釈と国内法の押し付けによって、自分の自由な立場を強化することだ。
 最近起こったことを見ると、例えば尖閣諸島の問題では、外交部の声明のほか、御用新聞で特集ページを組むといった興論戦を行っている。心理戦は、領海に入ってくるなどの脅しであり、他には「日貨排斥」と称して昔も行った日本製品等のボイコットがある。これは日本の経済界に、「大変なことになる」という心理的影響を与えるものだ。さらに中国の中央テレビは、中国海軍や東海艦隊が最近、演習を行ったと報道している。法律戦では、1992年に領海法を制定することで、一連の海に関する法律を整備している。
 軍事の専門家として戦史を学んだ立場から述べれば、現在起きていることは驚くに値しないと感じている。1927年には南京事件が起き、蒋介石が「北伐」と言って、統一の過程で米国やイギリス、日本の当時の公使館を襲撃した。これは先日、中国において日系百貨店の平和堂が襲われたのと同様のことだ。日中のみならず、地域の平和と安定のためには、どのように中国と向き合っていけばいいのか、難しい問題であるが避けて通るべきではないと思う。

(文責:貿易研修センター・講師肩書きは講演当時)

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