平成24年度 第5回-2 国際情勢研究会 報告2「南シナ海紛争と中国」桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授 佐藤 考一 【2012/09/25】

日時:2012年9月25日

平成24年度 第5回-2 国際情勢研究会
報告2「南シナ海紛争と中国」


桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授
佐藤 考一 (さとう こういち)

1. 中国が抱える資源と安全保障の問題
佐藤 考一 南シナ海には、プラタス諸島(中国名:東沙群島)、パラセル諸島(同:西沙群島)、マックレスフィールド岩礁群(同:中沙群島)、スプラトリー諸島(同:南沙群島)の4諸島がある。プラタス諸島は台湾が占拠しており、パラセル諸島では中国とベトナムが争っているが、これは中国が占拠している。マックレスフィールド岩礁群は、フィリピン側のスカーボロ岩礁だけは中国とフィリピンが争っているが、あとは暗礁だ。一方、スプラトリー諸島では中国、ベトナム、台湾がすべてを、マレーシア、フィリピン、ブルネイが一部の島礁を、自分たちのものだと言っている。
 2007年5月にはフィリピンがスプラトリーで、上院議員、地方議員の選挙を行った。これに対抗し、2007年11月には中国の海南省が省レベルで三沙市を立ち上げた。そして今年6月には、フィリピンがスプラトリー諸島のパガサ島に幼稚園を作り、6月末には中国民政部が三沙市の市制を認めて国務院が認可を与え、7月23日に市長を選出している。
 中国は南シナ海の地図上に引いたU字線の内側の海域と全島礁(maritime features)の「歴史的権利」を主張し、南シナ海は「核心的利益」であるという議論を始めている。中国の首脳は慎重で、核心的利益という言葉をあまり使わないが、外交部、人民日報などは時々、書いている。歴史的権利、あるいは歴史的水域と言うと、日本の瀬戸内海と同じで内水に近く、かなり中国に権限があることになるので問題だ。背景にあるのは、漁業資源、海底鉱物資源など資源の問題と、中国自身の安全保障問題だ。
 資源をめぐる問題では、中国は人口増と経済発展によって、タンパク資源やエネルギー資源を必要としている。タンパク資源については、陸上であまりたくさんの牛などを飼うと米や麦の作付面積が減るため、海に求めざるを得ない。中国の漁獲量を見ると、南シナ海では限界まで魚を獲っており、また中国全体の海洋漁獲量も減っていることがわかる。そして黄海では、韓国と撃ち合いになり、北朝鮮にも拿捕された。南シナ海ではマレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナムと、魚の奪い合いになっている。
 一方、海洋石油の生産量を見ると、南シナ海が占める比率は低く、なぜ南シナ海にこれほどこだわるのかと思われる。実は南シナ海の埋蔵原油量の見積もりは、90年代の初めには、北海油田を上回るのではないかと言われていた。だが、中国や南シナ海の沿岸諸国は従来、深海域の探査力を持っておらず、沿岸の国は皆、域外の石油会社と提携し、探査を行ってきた。ところが今年5月には人民日報に、中国が深海探査能力を保有したという記事が出た。スプラトリー諸島などがある南シナ海の深海の中心部分はほとんど掘られておらず、実際に原油があるのかどうかはわからないが、あるのではないかと期待され、そこを他人に譲りたくないということがある。そして、漁業・石油権益を守るため、中国の海上保安機関がたくさん海へ出てくる。
 安全保障に関しては、中国の視点から見ると、要するにアメリカが怖い。したがって、アメリカに対する安全保障のために海を使いたい、潜水艦を沈めてミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積んでおきたいということがある。核兵器では、巨浪1、巨浪2の発射実験を何度もやっている。

2. ASEAN外交と南シナ海紛争
 2010年に中国海軍は、複数の大規模な演習を南シナ海で行った。一方、中国は2009年ごろまで、東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議外交に盛んに参加していたが、その後は「会議外交の場で南シナ海問題を討論するのはふさわしくない」、「これは2国間問題だ」と言うようになった。2010年にはASEAN地域フォーラム(ARF)などで、核心的利益と「航行の自由」を巡る米中の摩擦があった。アメリカと中国の間ではこの年、核心的利益をめぐる論争が3度にわたって生じた。しかし、その後、中国の責任ある立場の人は、核心的利益という言葉を使わなくなる。その一方で、『人民日報』などには、まだこの言葉が出るという状況になる。
 このため、2011年2月のコブラゴールド演習では、アメリカに対する国民の反発に配慮し、それまで参加していなかったイスラム国のマレーシアも参加するようになった。7月には日米豪が、南シナ海で初めての演習を行い、中国を牽制した。このため、2011年になると中国海軍は南シナ海での軍事演習を抑制して太平洋で実施するようになり、南シナ海には海上保安機関の船艇が出てくるようになった。
 ASEANの会議外交では、2011年にASEAN・中国外相会議において、南シナ海の係争当事者間の行動制限の実施のための指針がまとめられた。2002年にASEAN・中国首脳会議でまとめられた南シナ海の行動宣言(DOC)を実施するための、指針である。最終的に、南シナ海の行動規範(COC)ができるまでの間、これに基づいて、信頼醸成や海洋科学の研究、海洋汚染に関する研究、航行の安全に関する協力、非伝統的安全保障問題への対処などのプロジェクトを行うという。
 日・ASEAN首脳会議や東アジア首脳会議で、南シナ海問題が議題になると、中国は本格的に巻き返しをはかるようになった。2012年4月には、中国を怖いと感じているフィリピンなどがアメリカと合同演習を行い、けん制を仕掛けるが、同時に、フィリピンは中国とスカーボロ環礁で漁業をめぐる紛争を起こしている。そして6月には、中国が勝手にベトナムの排他的経済水域での石油探査の入札を認可して、外国企業に公示したため、中越の摩擦が起きる。フィリピンとベトナムはこれらの中国の行動を共同声明に反映させようとしたが、中国寄りの議長国カンボジアと対立し、共同声明が出せないという異例の事態になった。中国はカンボジアに対し、この前年までに、アメリカの10倍の投資をしていた。さらに、この年の3月には胡錦濤、6月には賀国強と、共産党の大物2人がカンボジアを訪問し、巨額の援助を行った。実は2002年の首脳会議でも、中国は同じことをしており、戦後、カンボジアに対して行ってきた支援の債務をすべて棒引きにした。これによってカンボジアが中国寄りの立場をとり、2012年のASEAN外相会議では共同声明が出せなくなったのである。今後については、ASEAN側は早くDOCをCOCに変えたいと思っている。だが、中国はまず、皆が厳密にDOCを履行しなければいけないと主張しており、なかなか厳しい。
 中国は必ずしも一枚岩ではないようで、全面的に敵視せず、何とか協力してやっていくべきだというのは4月ごろまでの私の議論であった。しかし、その後はエスカレーションが起きており、なかなか難しい。資源の問題は協力できるかもしれないが、中国の対米脅威感の解消については、ナショナリズムの問題も絡み、困難な面がある。過去にASEAN側に中国が歩み寄ったのは、日本やアメリカと中国が対立したときだった。当時の中国側の外務大臣は、銭其?という共産党の中で地位が高い人で、「ASEANとなら集団交渉に応じても良い」と言った。また、2002年の首脳会議で行動宣言を出したとき、ドラフトを書いてASEAN側と交渉に臨んだのは、後に駐日大使となる王毅だった。このように、共産党の中で力のある人が外交部のポジションにいるときは、動くということだ。

3. 今後の展開
 今後どうなるかについては非常に難しいが、アメリカはアジア回帰したと言っている。今年7月のウランバートルでの演説でクリントン国務長官は、民主主義が重要であるとし、民主化と経済発展は関係があるという話をした。一方でアメリカは国防予算については削減すると言っており、毎年、日本の防衛予算と同じ程度が削られていく。このような中で、どのように中国に対抗し、友好国と連携していくかが課題だ。
 次に中国だが、2012年にはASEANの会議外交に介入した。中国は「平和的発展」をすると言っているが、行き着く先は何なのか示していない。中国人の研究者や知識人の中には、中国脅威論が消えないのは、我々が将来、どのようなことをするのかということをしっかり言わないためだと批判している人たちがいる。和諧世界の実現などと言うと、和して同ぜず、仲良くするが、あなたたちと自分たちは違うという議論になり、またアメリカと衝突するのではないかということになる。中華秩序の再現のような議論になれば、非常に困る。
 最後に、ASEANにはどこか1つの大国の言いなりにはならない、というところがある。今は中国が怖いからアメリカに「助けて」と言っているが、大国の影響力のバランスをとろうとする。しかも、ASEANには援助で中国側に付いている国もあり、南シナ海問題で立場の弱い国々が、ASEANを利用してどの程度、物を言えるかというと、かなり難しい。
 12月にはアメリカのクリントン国務長官、ASEANのスリン事務総長の任期が終了する。次のASEAN事務総長は、ベトナムの元副外相のレ・ルオン・ミンだ。事務総長は閣僚待遇で、ASEAN外相会議に参加できる。今後は、ブルネイ、ミャンマー、ラオスが主催国になる予定だ。これらの国々がどれだけ協力して「ASEANの団結」を保ち、中国と対峙するかを見ながらでなければ、日本やアメリカの援助もうまく行かないかもしれない。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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