平成25年度 第3回-1 アジア研究会 報告1 「ミャンマーから見た日本と、アジアの未来 ~ 元留学生の声」ミャンマー元日本留学生協会会長 Wa Minnグループ会長 Mr.Myint Wai (ミン・ウェイ)【2013/10/18】

日時:2013年10月18日

テーマ「変貌するアジア(主要国の新しい動き)
~2015年アセアン統合及び主要国指導者交代を見据えて~」

平成25年度 第3回-1 アジア研究会 報告1
「ミャンマーから見た日本と、アジアの未来 ~ 元留学生の声」


ミャンマー元日本留学生協会会長
Wa Minnグループ会長
Mr.Myint Wai (ミン・ウェイ)

1. MAJAものづくりトレーニング・センターの計画
 本日の私の話には、3つの目的がある。1つは現在、我々が設立を夢見て努力している「MAJAものづくりトレーニング・センター」に関する話だ。2つ目は、皆様が関心を持っているミャンマーの民主化が長く続くかどうかという話で、3つ目は私の仕事に関する話だ。
 今回、私が来日した第1の目的は、ミャンマー元日本留学生協会(Myanmar Association of Japan Alumni, MAJA)の夢について、お話しすることだ。MAJAは元日本留学生らによって2010年に結成された団体で、現在は約1500人の会員がいる。会員は日本で日本語や日本の技術や文化を学び、これらについてよくわかっている人達だ。ミャンマーでは社会主義政権の時代、このような会を結成することは禁止されていたため、MAJAも2010年になって、ようやく正式に発足した。ミャンマーからは南方特別留学生が、既に1940年に日本へ留学しており、その中にはアウン・サン・スー・チー氏の父親である、アウン・サン将軍もいた。当時もMAJAのような組織が作られていたのだが、これらの人達はその後皆、政府や軍で偉くなり、同窓生として活動する時間がなくなってしまったようだ。
 戦後になって、1954年に日本政府奨学金による留学生制度ができ、私もその奨学金をいただいて1959年に来日し、大阪外国語大学で1年間、日本語を学んだ後、東京工業大学で経営工学を学んだ。東京工業大学では、特に永井道雄先生や松田武彦先生にお世話になり、また卒業後には、海外技術者研修協会(AOTS)の初代理事長でもある穂積五一先生にお世話になった。AOTSから奨学金をいただいて、大学卒業後も東芝の川崎工場で2年にわたり情報処理に関する勉強を続けることができた。私は現在、ミャンマーで仕事をしているが、私の考え方や気持ちは、これらの先生方から教えていただいた精神に基づくものだ。

2. ミャンマーの民主主義
 現在、ミャンマーは民主主義の道を歩み始めているが、これはミャンマーにとって初めての道ではない。1948年にイギリスから独立したときから1962年までの間も、ミャンマーは民主主義国家を目指していた。当時、私は学生だった。ミャンマーには約35の民族がおり、その中でも主な民族は6つほどある。ビルマ族が67%ぐらいを占めており、他にはシャンやチン、カインなどの民族がある。シャンやチンは、それぞれ独立国を作ろうとして運動してきた。そして1962年にはネウィン将軍が軍事クーデターを起こし、ミャンマーは社会主義の国になった。その原因としては、イギリス統治下における民族の分断があった。現在のミャンマーは再び、民主主義国家となったが、民主主義を継続していくには、国が民族間で分断されてはならない。そのため、多数派であるビルマ人は寛容にならなければいけない。
 ミャンマーではアウン・サン・スー・チー氏の人気が非常に高いが、彼女が自分の力を過信し、すぐに大統領になりたいという気持ちになるのは、ミャンマーの民主主義にとって危険だと思う。スー・チー氏にはもっと、ミャンマーの政治や多数派、少数派の民族について勉強し、政治に取り組んでいただきたい。そうすれば、ミャンマーの民主主義は非常に良いものになるのではないか。我々、MAJAもいつも、国のために貢献していきたいと考えている。
 ミャンマーには経験豊富な専門家がたくさんいるが、技術やノウハウ、資本が足りない。我々MAJAは現在、ものづくりの学校を創りたいと考えているが、ミャンマー政府は、他の多くの学校も支援しなければならない状況だ。したがって、MAJAでは政府にあまり頼らず、自分たちで活動することで、ものづくりトレーニング・センターを創ろうとしている。そして、ノウハウや資金の面で、日本政府にも協力をお願いしている。また、日本では政府だけでなく、民間からの支援もいただきたいと思っている。最近では、タイの泰日経済技術振興協会(TPA)や泰日工業大学(TNI)を訪問し、フィージビリティ・スタディーを行った。
 現在のMAJAの活動には、年1度行っている日本語能力試験があり、約4000人の学生が受験している。また、日本の大学の入学試験も行っているほか、日本語や、ものづくりの基本についても教えている。さらに、英語やIT、産業エンジニアリングの授業も行っているが、今後はさらに活動を広げていきたい。ミャンマーへ来る日本のビジネスマンには、人材を紹介することもできる。そして、良い土地が見つかれば、早い時期に、ものづくりの学校を設立したい。これについては、日本の安倍晋三首相も支援してくださっており、安倍首相がミャンマーを訪れた際には、アウン・サン・スー・チー氏に会う前に、我々MAJAに会ってくださった。

3. 私自身の仕事について
 MAJAはまだ若い組織だが、メンバーは年を取っており、私は75歳だ。MAJAのメンバーには、政府の元役人や元大学教授、日本語や英語の専門家、歯科医などがいる。日本へ留学して勉強し、専門家となってミャンマーへ帰国すると、良い仕事が得られる。メンバーらはMAJAのため一生懸命、活動している。
 最後に、私自身の仕事について、少しお話ししたい。私は金の鉱山を持っているほか、低価格住宅開発事業もやっている。ミャンマーは貧しい国で、貧しい人達が多い。このため、政府が貧しい人達のために、低価格の住宅を作って与えており、我々もこの事業にかかわっている。このほか、銅や錫、タングステンの鉱山や、金の精錬、縫製工場、ホーロー、ステンレスの工場なども持っている。また、ダウェー深海港の道路建設なども行っている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部