第126回 中央ユーラシア調査会 「最近の中東情勢」公益財団法人中東調査会 副理事長・業務執行理事 元駐リビア大使 塩尻 宏 (しおじり ひろし)【2013/04/12】

日時:2013年4月12日

第126回 中央ユーラシア調査会
「最近の中東情勢」


公益財団法人中東調査会 副理事長・業務執行理事
元駐リビア大使
塩尻 宏 (しおじり ひろし)

はじめに
塩尻 宏 2011 年 1月に チュニジアから始まった民衆蜂起による体制変革の動きは、瞬く間に同国のみならずエジプト、リビア、イエメンの長期独裁政権を崩壊させ、今やシリアのアサド政権についても、いつまで持ちこたえられるかが注目されている。中東・北フリカに広がるアラブ世界の民主化潮流は、王制であれ共和であれ、長年にわたり続いてきた独裁支配の政治体制が根底から変わる段階を迎えているように思える。他方、政権交代後の各国では、諸勢力間思惑違いや利害衝突から新たな国造りに向けて未だ試行錯誤が続いている。本日は、最近のエジプト訪問( 2012年12月)やリビア訪問(2013年3月)の際の見聞などを踏まえて、アラブ世界の現状と将来展望について述べてみたい。

民衆蜂起後の民主化改革
 今から2年前の1月にチュニジアから始まった民衆蜂起は、あっという間に、エジプト、イエメン、リビア、バーレン、今やシリアへと広がった。チュニジア、エジプト、リビアについては、政権交代が終わり、今、国づくりの方向に向かって動いている。イエメンでは、大統領が交代し暫定大統領が就任した。
 今回の動きで不思議なことは、君主制の国々でも小さなトラブルや政治改革要求はあったようだが、政権が倒れるほどの混乱にはなっていないことだ。モロッコ、サウジアラビア、クウェート、バーレン、ヨルダンなどでは国王や首長の権限を縮小して議会の権限を拡大したり、福祉予算を増大したりして、民衆の要求をある程度受け入れて国民の不満を抑え、基本的な支配体制を維持しようとしているが、それがいつまで持つのかはわからない。サウジアラビアなどでは、お金と知恵があるのでなんとかやっているが、国民の基本的な欲求はお金と知恵だけでは解決できないままである。
 民衆蜂起が起きた国々では、欧米的な、特にアメリカが考えるような民主主義が推し進めようとしている。しかし、我々がよく理解できるような欧米流の民主主義が、異文化社会のアラブでうまく落ち着くのか疑問である。欧米流の民主主義だけが唯一の方法ではない。「イラクの自由作戦」と銘うって米国主導で敢行されたイラク戦争が終わってから十数年経とうとしているが、イラクではまだ政情が安定していない。それぞれの国民が自ら適当と考えるやり方で、民衆の声を反映させた政治体制を作り上げていく必要がある。欧米的な民主主義のやり方だけが唯一でそれ以外はだめだということであれば、おそらく、アラブ社会、中東地域ではいつまでたっても安定した政権はできないのではないかと思う。異文化社会なので、私たちが持っている民主主義の固定観念で考えたやり方を期待してもなかなか事は進まないのではないかということを申し上げたい。
 さらに、時間的な観念が中東アラブ社会では異なる。政権が倒れて2年も経ち、早く新しい体制が成立することを期待するが、彼らにとっては、2年はまだ十分な時間ではなく、始まったばかりである。2003年3月にイラク戦争が始まったイラクでは、4月にフセイン政権が崩壊して連合国暫定当局(CPA)が発足し、その主導下で暫定政府を成立させ、2年後に選挙が行われて国民議会選挙が行われた。その半年後に憲法ができるところまでは順調にいったが、その後政権が安定しなかった。アメリカ軍が完全に撤退した2011年12月以降も安定していない状況が続いている。
 日本でも、明治維新の際、1867年の大政奉還から内閣制度ができるのに20年近くも掛かっている。リビアでもカダフィ政権が倒れた2011年からまだ2年しか経っていない。まだ混沌としてどこに落ち着くのか分からないのが実情だと私は思っている。チュニジアもエジプトも同じような状況である。もう少し長い目で見なければ落ち着く先はわからない。
 また、彼らは政権交代にも慣れていない。旧政権を排除したわけだから、ガバナンスの経験がない人たちが新しい政治体制を作ろうとしている。様々な青写真はあるが、議論百出の状態である。誰もが好きなことを言える社会になり、それ自体は悪いことではない。しかし、経験不足で国民の意見を集約させていく技法や手法を見つけられず、まとめることができない。経験のない人たちが国を動かそうとしている。そういう状況を国民が理解して、平和的な意見集約の方法を彼ら自身が学ばないと体制は安定しないだろう。
 結論的に申し上げれば、新しい政治的秩序や政治体制を模索している段階であり、今の段階でだれも決定的にこれが絶対だとは言えない。その間は社会が不安定のままであろうが、一般庶民の生活がなかなか改善しないことは気の毒である。できるだけ早く移行期を通り越してほしいが、不安定な状況はそう早くは解決されないであろうとも思う。

イスラーム社会と部族主義
 中東社会の動きについては、いつもイスラームとの関連で話される。たしかに、サラフィー主義など強烈に復興主義を唱えるイスラーム主義もある。しかし、中東社会にはキリスト教徒もいる。エジプトにはキリスト教の一派のコプト教徒がいるし、ほかの宗教もある。確かにイスラームが圧倒的にマジョリティを占めているので、基本的にはイスラームの社会であり、イスラーム的価値観で社会が動いていることは認めざるを得ない。しかし、私は、普通の人までイスラーム主義者、イスラーム勢力だと言ってしまうことは、実態と少し違うのではないかと思っている。例えば日本は仏教と神道の社会で、その価値基準を代々受け継ぎ、それが日常生活における善悪の判断に大きく影響している。中東社会で、イスラーム的価値観を大事にしようというのは当然のことである。
 また部族社会ということもよく言われる。リビアでも部族主義の傾向が見られ、地方で部族同士の争いによる武力抗争が伝えられることがある。リビアでは日本よりはるかに出身地、出身部族の意識が強い。彼ら同士では、初対面であっても名前を聞いただけで、どこの部族の出身者かわかると聞いた。自分の知っている部族または近しい部族の出身者だとわかれば自ずと親近感がわくのは自然であろう。利害が対立すれば、出身地や出身部族で作られる彼らの連帯意識によってお互いに助け合い、深刻化すれば部族対立に行き着いてしまうのだろう。中東社会においては地縁、血縁の意識は日本よりはるかに強いと感じられるが、彼らの部族意識、帰属意識ばかりをあまり強調すると見誤る。国の中央で活動をしている政治的指導者たちは、自分たちの出身部族だけに利益を誘導しようという考え方では、その地位や影響力を維持することはできないと、私は思っている。

軍事介入
 アラブの民衆蜂起に対する外国からの関与については、NATOを中心とした多国籍軍が軍事介入をおこなったリビアが典型的である。発表によれば、2011年3月19日から10月31日の214日にわたって、軍事作戦が展開され、26,000回の出動のうち、9600回は航空機爆撃が行われ、ようやくカダフィ政権が倒れた。中国とロシアは、リビアに対する制裁については賛成したが、その後の展開を見て、気に入らない政権は腕づくによって倒しても良いという議論になるのを恐れて、シリアについては非常に慎重になった。強硬な制裁を安保理で採択できず混乱が長引いているシリアに対して、アラブ連盟や湾岸諸国が少しずつ介入を始めている。自分たちの気に入らない政権を外部からの軍事介入によって打倒することが国際的に認知されるような事態は、非常に危険なことである。人道・人権問題がある場合には、被害者の救済・救援と同時にそのようなことが繰り返されないように国際的な対応を行うことは必要であるが、そのために軍事行動によって政権を打倒することまでは許されないのではないかと私は思っている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部