第127回 中央ユーラシア調査会 「中国とはいかなる存在か」拓殖大学 総長 渡辺 利夫 (わたなべ としお)【2013/05/24】

日時:2013年5月24日

第127回 中央ユーラシア調査会
「中国とはいかなる存在か」


拓殖大学 総長
渡辺 利夫 (わたなべ としお)

1. 「中華人民共和国とは後れてやってきた帝国主義国家である」
渡辺 利夫 現代中国は、ナショナリズム鬱勃たる局面にある。中華人民共和国とは後れてやってきた帝国主義国家である。そう見なければ、現代中国のなんたるかは、まず分からないだろう。ここで帝国主義とは、対外膨張主義という程度に押さえておく。国力と軍事力が充実してくれば、対外膨張に向かって行くことは今までの我々の歴史の中にありありと見つめることができる。日本にせよ、ドイツ、アメリカ、その他の歴史をみても、対外膨張の衝動に身を焼かれるような時代局面があったことは紛れもない。中国がその例外であるはずがない。このはずがない行動を理不尽、不条理というのはいかにも情けない表現術だと私は考える。
 過去の歴史に鑑みれば、ある国が膨張ベクトルを働かせようとすると、国際関係においては必ずや、その膨張を止めようとする反膨張ベクトルが働く。事実、ドイツの膨張主義に反膨張主義を働かせたのはイギリス、日本の膨張に反膨張ベクトルを働かせて対抗したのがアメリカであることは言うまでもない。中国の対外的膨張に、反膨張ベクトルを迅速に、的確に、タイミングよく働かせることが必要なのではないか。ここで上手く反膨張ベクトルを働かせないと、日本はミュンヘン会談の一方の主役になりかねない。ミュンヘン会談は、あの悲惨な第二次世界大戦に、世界が落ち込んでいく分水嶺の位置にあった。つまり西側は、ドイツの膨張ベクトルに対してタイミングよく反膨張ベクトルを働かせるのに失敗したのである。
 今中国は海洋への膨張を続けている。南シナ海、台湾から東南アジアに広がる、大きな深い海の制海権を握りつつある。そうなれば、ベトナム、ラオス、カンボジアはもとより、タイ、マレーシアの東海岸、ブルネイに至るまで外洋を失う。日本の抱えている鬱屈よりも強いものを東南アジアの国々は持っている。安倍外交がやや功を奏しつつあるのは、そういう鬱屈感の共有の故であろう。中国が核心的利益の場だという表現を用いた場合には、絶対譲れないという意味合いを含んでいる。つまり、チベット問題、台湾問題と同様、他国の介入を断固許さない。実に強い言葉だが、ついに東シナ海、尖閣についてまで公的にそういう主張を始めている。
 いかに中国が非理性的に見えようとも、彼らには彼らの理があって行動している。いよいよ本格的な対外膨張だと捉えてこちらが対応しなければならない。中国が攻勢に転じているにも関わらず、安倍首相は忍耐と謙譲と言ったそうであるが、そんなことで果たして事が済むのか。日米同盟における集団的自衛権行使容認は閣議決定であり、首相の判断で論理的には可能なことである。しかし、我が国は頑たる民主主義国家であり、簡単に解釈をひっくり返せるのか、国民の支持を受けられるかどうかは別問題である。憲法、とりわけ前文と第9条をどう解釈しなおすかという問題もある。専守防衛、非核三原則というあいまいな観念をどう克服していくか。悠長にしていられる余裕はあるのか。対抗しようとしても何年もかかるものである。

2. 「中華人民共和国とは大清帝国の後裔である」
 昨年11月の第18回共産党大会で、胡錦濤に代わり習近平が党書記に選出され、今年3月の全人代で、国家主席、国家軍事中央委員会の主席となり、中国における三権をすべて握った。習近平は、就任前もそうだが、就任後もしばしば、"チャイナドリーム(=中国の夢)"という言葉を頻出している。あるいは中華民族の偉大なる復興、そういう歯の浮くような表現を講話という形で発表している。孫文以来、指導者はそのようにしてきたが、習近平ほど頻繁に使う指導者は、私の知る限りではいない。
 全人代の後、習近平は常務委員を帯同して国家博物院に行き、長い講話を発表した。要約すると「阿片戦争での敗北以来170年余にわたり屈辱の歴史を背負わされてきた我が中華民族が、ついに偉大なる復興への道を探り当て、世界を瞠目させる成果を収めつつある。中華民族の偉大なる復興こそが、近代以降の中国人がもっとも強く待ち望んでいた夢である。この夢には、過去のいくつもの世代の人々の深い思いが込められている。」という内容の講和だった。
 阿片戦争は屈辱の近代史の始まりであると、中国の心ある指導者はこれをトラウマのように抱えている。そのトラウマを克服しようとした試みが中華人民共和国の成立である。しかし、毛沢東が政権をとってからもなお一層、暴力と飢餓が頻出していた。その時代が幕を閉じ、新しい中国が生まれたのが79年の鄧小平の出現、改革開放の時代である。以来30年余、実質で10%前後の成長が続いてきた。WTOに加盟し、北京でオリンピックが、上海で万博が開かれた。一昨年のIMFの統計では、GDPが日本を上回り、アメリカに次ぎ2位となった。国際会議では中国のプレゼンスは非常に大きくなっている。これは痛快なことだと指導者層も思うと同時に、ひょっとすると、誇るべきものがない貧しい人こそこのことに痛快だという心理を持っているのではないか。つまり、中華民族の偉大なる復興とは、中国人の胸に宿り始めた心理、情動をうまく言語化したレトリックで、偉大なる過去への復帰、回帰願望なのではないか。
 ここで、直感できる直近の偉大なる中国とは、大清帝国である。中華人民共和国とは、大清帝国の後裔である。古来の中国の国際秩序観念図は、中心に中原(中華)があり、密度濃く、周辺に漢族社会が同心円的に広がっていた。中原の王の力はだんだん外に及んでいって外方に、ふわっと消えていく。その周辺に遊牧民族や騎馬民族が住まっていた。大清帝国は、満州族、北方の遊牧民族が北京に攻め入って成立したいわば征服王朝といってもよい。漢字と儒学に染まり、科挙制度、中国の伝統的な官僚、東洋の試験制度を導入し、満州族がだんだん漢族化していった。たいへんな軍事力を誇り、敵うものがなかった。ヨーロッパが産業革命を終える前の時代に、世界最強の文明、国力、軍事力を築いた王朝が清国であり、大清帝国というにふさわしい。モンゴルもチベットもウイグルも、その時代に征服した。大清帝国は、言ってみればそれ自体がひとつの世界であるかの如き構図をなした。これが現代の中国人にとって、偉大なる過去としてあり、そこに戻りたいと考えているのではないか。
 ここで、中国の国際秩序観念を考えるのに必要な、もう一つ必要なコンセプトとして冊封体制である。大清帝国は、分治的な行政をとった。領土を広げていき、それぞれの土地の指導者に統治をまかせた。そうしなければ帝国が築けなかった。ローマ帝国もそうであったように、大清帝国も分治的な行動をとることによって、勢力圏を拡大していった。モンゴル、ウイグル、チベットとの間でも冊封関係が成り立っていたと同時に、朝鮮も、ベトナムもそうであった。独立国であっても、実は半独立国家である。ネパール、ビルマ、シャム、フィリピンもその対象である。琉球もそう。日本はその冊封体制の埒外にあったのは歴然たる事実である。台湾は、日本よりももっと遠い化外、中華文明の強化の及ばない蛮族の住んでいる僻遠の地という認識であった。
 中華民族の偉大なる復興と言っている指導者の頭には、こういう構図がないだろうか。これが私の想像である。そういう考え方をもって92年制定の中国領海法第2条を読むと、ますますそう思わされる。国内法でこういう法律を作るのであるから、いかに尊大な国家であるかがわかる。「中華人民共和国の領海は、中華人民共和国の領地領土と、内海に隣接する一体の海域とする。中華人民共和国の領地領海は、中華人民共和国の大陸とその沿海の島嶼、台湾およびそこに含まれる釣魚島とその付属の各島、膨湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島およびその他一切の中華人民共和国に属する島嶼を包括する。」何度か読んでいるが、私には大清帝国とオーバーラッピングする。
 ややネガティブな表現をすると、失われた歴史を取り戻したい、喪失した歴史を回収したいという情動に、中国は現在の突き動かされているのではないか。ポジティブには対外膨張であるが、それを内包的な表現にすれば、170年余前に失った歴史を取り戻したい。そういう回帰願望と同時に取り戻したい情動があるのではないか、というのが私の考えである。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部