第128回-1 中央ユーラシア調査会 報告1 「中国の軍事力強化の動向と抱える課題」 拓殖大学 名誉教授/元陸将補 茅原 郁生(かやはら いくお)【2013/06/17】

日時:2013年6月17日

第128回-1 中央ユーラシア調査会
報告1「中国の軍事力強化の動向と抱える課題」


拓殖大学 名誉教授/元陸将補
茅原 郁生(かやはら いくお)

1. 中国の軍事大国化とアジア安全保障への影響
茅原 郁生 2012年に世界で新しい指導者が次々と選出されて勢力地図が塗り替えられ、新指導者による首脳外交が積極的に展開されてきた。
 かつて中国は日本の高度成長時期に、経済大国は軍事大国になると日本を牽制してきた。その信条に沿えば経済高度成長を遂げた中国は軍事大国化したことになる。
 このように台頭する中国に対して、冷戦後世界の警察官として国際秩序を仕切ってきたアメリカは、財政難から大幅な国防費の削減に着手し、それに伴う新軍事戦略に移行してきた。2012年1月にオバマ大統領が発表した軍事戦略は同時に世界の2正面紛争に対処する態勢から1正面対処に縮小するもので、それに伴いアジア太平洋地域で軍事力のリバランスを進めてきた。その最大の焦点について、米国防総省は、中国の軍事行動に関する年次報告の中で、接近阻止(Anti-Access=A2)・領域拒否(Area Denial=AD)という戦略について言及している。日本列島から南西諸島、台湾からフィリピンに至る南シナ海を覆う第一列島線に対して接近する戦略アプローチを中国は阻止できる(A2)ようになったと米国は危機感を募らせている。さらに第一列島線を超えた東京から小笠原に経てグアムに至る太平洋の隆起した線・第二列島線までの海域・西太平洋に対して、中国は米国の行動をけん制、抑制する行動(AD)を採れるようになったことにも警戒感を強めている。このような事態を踏まえて中国は6月の米中首脳会談で米国と対等な新型大国関係を求めてきた。米国は、国防予算が削られる中で、軍事力を強化して近海防御戦略を追及する中国に対して強い危機感を抱き、軍事的リバランスの対応を急いでいる。

2. 軍事力(強権力)依存を強める習近平政権
 急台頭する中国では、昨年秋の第18回党大会で習近平体制が誕生し、今春の全人代を経て新しい党・国家指導体制が始動した。最高決定機関である党中央政治局常務委員には習近平をトップとして7名が選ばれたが、どちらかと言えば保守的、あるいは今問題になっている既得権層を代表するグループが多数を占めており、政治・社会改革の進展が疑問視されている。中国は経済格差の拡大、環境破壊、汚職腐敗の蔓延、疫病の発生等の多くの難題を国内に抱え、13億余の民衆を統合しながら政権を舵取ることは並大抵のことではない。
 これらに対して習主席は昨年の党大会以来、求心力強化のために、1990年代の江沢民の愛国主義高揚の手法に倣って、「中華の復興の夢」を掲げると共に海洋権益の防衛など対外的危機を作って求心力を強めようとしている。また不安定要因を排除して国内の安定維持を進めるために、強権力への依存を強め、そのために軍や武装警察部隊等の強権力の強化を優先して進めている。

3. 中国軍事力の実態
 中国では、「政権は銃口から生まれる」という毛沢東の言葉どおり、力が信奉され、国民は軍事力強化を支持する趨勢にある。解放軍は、共産党政権を支える党の軍隊(柱石)である。中国が大国化を意識する時、解放軍は国威発揚し、大国を象徴する手段ともみている。そのような位置づけの中で、中国の軍事力の強化、近代化は最優先で進められている。
 中国の過去10年間の国防費の伸び率をみると3.5倍、今世紀になってからは5倍、江沢民が政権をとった1990年代初頭から比べると、30倍という驚異的な伸びを示している。経済成長に伴って国防費が増額され、潤沢な資金で国防近代化が進められてきたことになる。
 中国の軍事力の実態は、通常戦力では陸軍兵力が160万人で圧倒的に世界一の兵力量である。海軍力については、135万トン・1000隻の軍艦で米ロに次ぎ3位、空軍力は作戦機2576機で米空軍に次ぐ世界2位の軍事大国である。もうひとつの核戦力については、核拡散防止条約体制の中で核保有が是認された国は、米国、ロシア、英国、フランス、中国で、これはこのまま核戦力の開発順序でもある。米ロが圧倒的な核戦力を持つことは言うまでもないが、イギリス、フランスが、NATOの中に組み込まれて潜水艦搭載核ミサイルを中心にしているのに比べれば、中国は大陸間弾道弾・ICBM、中距離弾道弾・IRBMに原潜搭載核とバランスのとれた運搬手段をもつ核戦力を有し、英仏を抜いている。核超大国米国、ロシアに対しても抑止力を発揮できる反撃力を持ち始め、アジアで唯一の核戦力保有国家である。

4. 中国軍の近代化の推進と国防近代化にまつわる課題
 これまで見てきたような軍事力を保有する中国であるが、非同盟にあって米国からの脅威にさらされることから現有軍事力ではなお不十分だと見て、兵器の近代化など質的戦力強化を進めている。その動向は、2013年の国防予算が、我が国の2.5倍、11兆1千億レベルに到達していることからも伺える。
 4月に発表された中国の国防白書には、依然として世界には、覇権主義、強権政治、あらたな干渉主義などの伝統的脅威や非伝統的脅威があると強い警戒感を示している。さらに軍事力強化の競争も激化しており、アジア太平洋地域は大国の戦略ゲームの主要な舞台になっていると懸念を示している。中国も大国化した今日、戦略ゲームに参加していることになるが、専ら自らが被害者の立場に立って国内外に危機感を示しながら、国防の近代化、強化を進めている。このような中国の軍近代化の狙いはなにか。いうまでもなく、米国に対する抑止力の追求が狙いである。その具体例として核抑止力の強化と共に西太平洋では、第一、第二列島線をめぐりA2ADによって米軍の接近を阻止し、けん制することに力が注がれている。
 しかし、中国の軍事力近代化は今、転換期を迎えてきた。これまで中国の兵器近代化は非合法な技術盗用なども含めて軍事先進技術を導入して来たが、軍事技術のキャッチアップ以降に如何に新兵器開発などの軍事革命に対応するか、に迫られてこよう。国内に経済格差や官僚による汚職腐敗など社会の安定を脅かす難問が山積する中で、果たして国防建設の優先度がいつまで続けられるか。社会保障の拡大、医療分野の出費の拡大、環境破壊に対する対策などを考えると、これからの中国は国防優先か、民生優先かの選択が迫られる日もやってこよう。党軍優先の国家にあってもなお何時まで軍事優先が続けられるのか、の課題でもあり、その動向が注目される。
 また軍部自体にまつわる課題もある。実は解放軍が利益集団として自己利益を追求する悪名高い既得権益集団になっている問題である。習主席によって軍内の形式主義、官僚主義、享楽主義、贅沢風潮が戒められ、軍紀粛清が唱えられてきた。また近代国家において、国防軍が共産党の私兵・党軍のままで良いのか、軍統帥に国家の関与がなくて良いのか、など軍隊組織の根本に関わる問題を内部に抱えている実態も看過してはならない。
 しかし、中国が大国化し、米国と対等な新型大国関係の構築を志向する以上、米国の軍事的脅威に対抗できること、また大国にふさわしい国家の尊厳を象徴する軍隊であることは中国の国益とされ、その強化は最優先され続けよう。それはまた中国軍がアジアで圧倒的な戦力となることで、米国の懸念を呼び、近隣国から警戒されるような軍備管理上の悪循環につながっている。

5. 海洋における日中武装力の相対関係と特性
 中国の海洋進出に伴い関係国との摩擦は激化し、特に尖閣諸島をめぐる日中間の軋轢から、日中両国の海上戦力を比較・検討しておこう。例えば、潜水艦では中国82隻に対して日本の現状は16隻と中国の5分の1以下で、防衛計画の大綱見直しで22隻に増やそうとしている。空母については、遼寧号という実験空母が昨年就役したが、米国防総省のレポートによれば15年後には、複数の本格的な空母の戦力化ができると警戒感を示している。水上艦艇では駆逐艦の数では拮抗しているが、フリゲート艦を含めると中国のほうが圧倒的に多い。強襲揚陸艦などを中国は備えており、2個海兵旅団を含む両用戦能力を中国は有しているが、日本の両用戦能力(海兵隊機能)は皆無に等しい。
 尖閣海域で活動中の我が国の公船は、海上保安庁、水産庁の漁業監視船等である。中国は、「五龍」と呼ばれる、海監(資源部)、海警(武装警察部隊)、海巡(運輸部)、漁政(魚政局)、海関(税関部)の5つの海洋管理機関が活動をしている。今春の全国人民代表大会で、公船を統一的に指導する組織、海洋委員会が新編され、さらに海監、漁政などの公船を「海警」とし、公安部長の指揮下にいれて統一運用と司法警察権の執行ができるように改編された。日本の漁船が、尖閣海域で、中国の司法検察権によって拿捕される危険性が今後起きてくることが懸念される。

6. わが国への脅威/中国にどう向き合うか。
 見てきたような海洋進出に関連して、謀略分野が得意な中国では「三戦(世論戦、心理戦、法律戦)」を展開している。現在、三戦にサイバー攻撃を併用しながら、国民への心理戦を含めて我が国への非伝統的な攻勢が続けられている点も看過できない。
 尖閣諸島をめぐる日中間の軋轢は、わが国民の90%以上に嫌中感を植え付けている。両国の首脳が交代し、関係の深い隣接国でありながらなお首脳会談も実現していない現状にある。さらに今日の尖閣諸島をめぐって一触即発の危険な事態に鑑み、紛争の未然防止に努め、万一発火した場合の拡大防止、早期消火のためにヘッジする危機管理態勢の構築が喫緊の課題となっている。
 しかし同時に日中間では、交易量が増え、相互補完関係は深化している経済関係の側面もある。それも具体的に日中貿易で見れば、日本からの輸出額の方が多く貿易黒字を稼いでいる実態がある。小資源の日本はエネルギー源の90%を輸入し、食料自給率が40%を割るなかでカロリーベース60%の食料輸入をしている。その輸入のための外貨は中国を始め日本製品の輸入国から稼いでいる事実も見逃せない。21世紀の日本の繁栄は中国との経済的な相互依存関係が深化しつつある事実を認識し、我が国内外の平和と安全、繁栄を総合的に考え、日中関係には大局的に対応する必要がある。
 言うまでもなく中国に改善を求めるべき分野は多々あり、日本から率直に要求は主張すべきであろう。その場合、不用意な挑発はせず、また挑発に乗らない賢い戦略的で抑制した対応が必要になる。その前提として両国間の信頼醸成が必要になるが、その上に戦略的互恵関係を追求するのが正道であろう。その際、米国が、中国に対して地域の安全に責任を持つ国になるよう関与政策を進めているが、日米連携した対中関与政策や相互理解の深化を図る努力が重要になってくる。
 また日本は自立的な防衛力を保持していない現状から、防衛上、日米安保条約による補完は不可欠となっている。基軸となる日米同盟を実効あらしめるため対米協調と共に同盟関係を揺るがせない努力も必要になる。それは米国のリバランス戦略への協力だけでなく、日米韓関係の緊密化も必要で、韓国との冷え切った状態の改善や近隣諸国と安定した関係を構築する日本外交が問われてくる。少なくとも日米同盟関係につけ入れられないよう用心深い努力が求められよう。
 基本的には日本の防衛体制はこのままでいいのかを、尖閣諸島をめぐる日中間の軋轢は問いかけている。毎年5兆近い防衛予算を投入しながら南西諸島正面の有事にどれだけ有効に機能を果たせるのか、欠落している離島防衛能力の整備など自立的な防衛力の構築を急ぐ必要がある。そのためには防衛計画の大綱見直しを急ぎ、集団的自衛権などの法制上の防衛環境整備の改善が喫緊の課題となっている。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)

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担当:総務・企画調査広報部