平成25年度 国際情勢講演会 「金正恩政権と国際社会-核、ミサイル、休戦協定白紙化-」 公立大学法人熊本県立大学理事長 関西学院大学 国際学部 国際学科 教授 平岩 俊司【2013/05/30】

講演日時:2013年5月30日、於:東海大学校友会館

平成25年度 国際情勢講演会
「金正恩政権と国際社会—核、ミサイル、休戦協定白紙化—」


関西学院大学 国際学部 国際学科 教授
平岩 俊司

 ここ数か月で朝鮮半島に関して、大きな問題が二つばかり出てきた。一つは飯島勲内閣官房参与の北朝鮮訪問。もう一つは、その飯島参与の訪朝直後に、崔竜海(チェ・リョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長が北京に訪問したという事で、北朝鮮問題を考えるにあたって、中国の役割というものを非常に考えさせられる問題である。本日はこの一連の問題も含めて述べてみたい。

北朝鮮によるミサイル発射と国際社会
 北朝鮮は昨年12月、事実上のミサイル発射実験を行った。昨年4月、金正恩政権が発足した際の発射実験の失敗をフォローするかのように昨年12月の実験を成功させ、東アジアの安全保障環境は新たな局面を迎えた。北朝鮮は「人工衛星発射実験でありミサイル発射ではない」という立場をとるが、国際社会は厳しく反応する。国連決議では北朝鮮に対し、ミサイル技術を利用したあらゆる発射実験を禁じているため、これが国連決議違反であることは間違いない。しかしながら、北朝鮮は「宇宙開発は世界各国に与えられた自主権」という立場をとる。国連安全保障理事会は新たに決議を採択したが、北朝鮮は抗議の意味も含め、再び核実験を行う。北朝鮮はまた、6か国協議をはじめとする核放棄に向けた協議には「応じない」とする一方で、「核の放棄は世界的な軍縮の枠の中で実現する」という彼らなりのロジックを展開する。
 国際社会は北朝鮮を核保有国とは認めていないが、現実問題として北朝鮮が「核を持っている」とすべきかどうかの判断は難しい。まず、政治的な意味で「持っている」と言って良いのかという問題があり、さらに彼らが言っている「核」が本当に使用可能なものかという問題もある。しかし、少なくとも核を持っている可能性は非常に高い。しかもミサイル発射実験を行っており、いずれは米国に到達するような技術も持ち得る。国際社会が北朝鮮に核を放棄させるには、かなりの手間と時間を要する事を覚悟しなければならず、安全保障上の取り組みは、従来以上に重要になっている。
 北朝鮮は最終的に自分たちの安全な生存空間を獲得したい。そのためには米国の脅威を相殺せねばならず、ミサイルや核を持つ必要がある、というのが彼らの理屈だ。いわゆる朝鮮戦争の休戦協定を平和条約に変えるよう求めており、朝鮮半島の危機を演出して、米韓軍事合同演習に対しては、「休戦協定を白紙化した」と主張、ミサイルを撃つ構えを見せている。
 今年4月には米国のケリー国務長官が、韓国、中国、そして日本を歴訪した。北朝鮮の挑発行為は、その直後から治まってきており、対話の条件闘争へ舵を切ったといえるだろう。もちろん、北朝鮮はその後もミサイルを撤去しなかったため、米国の国防総省や韓国の国防部などは引き続き、「警戒態勢が必要」としている。一方、中国は北朝鮮に対し、金融制裁を行ったことを明らかにした。しかし、中国が従来の姿勢を大きく変えて、米国や韓国、日本と共に、北朝鮮に向き合おうとしているかというと、私は依然としてそうではないと思っている。

金正恩体制と対外姿勢、飯島内閣官房参与の訪朝
 金正恩体制は、現段階では金正日の遺訓の枠の中で動いていると考えられる。金正日の遺訓とは、いわゆる「強盛大国の大門を開く」というもので、その柱は"思想強国"、"軍事強国"、"経済強国"の3つだ。現在の体制では、金正恩が大きな決定をできる訳ではなく、金正日時代のいわゆるテクノクラートやエコノミストらが政権を支えている。ただ、最終的には金正恩の名前ですべての決定が行われ、すべての命令が出されるという構造であり、いわゆる集団指導体制とは異なる。
 今回起きた北朝鮮による「休戦協定の白紙化」や「不可侵宣言の破棄」という事態は、1996年ごろの状況と類似している。北朝鮮が「休戦協定は、もはや機能していない」と言ったのは、実は1994年のことであった。当時は金日成総書記が亡くなる直前で、北朝鮮は米国との間における平和協定の締結を求めた。金日成総書記は、その直後に亡くなったが、北朝鮮は軍事休戦委員会から撤退し、中国も追い出し、休戦機構の意図的な解体を試みた。当時は韓国の金泳三政権がイニシアティブをとり、四者協議を行ったが、北朝鮮は韓国や中国が入ることを拒否し、なかなか受け入れようとしなかった。しかし、状況は徐々に変化し、1996年後半ごろにはこれを受け入れ、1999年頃まで協議が続いた。 ただし、成果はあまり上がらなかった。
 今回の事態について、私は当時の状況と似ていると感じる。「核放棄には応じないが、協議には応じる」、そして「休戦協定は、もはや白紙で、朝鮮半島は危機にある」と主張し、このため「もう一度、協議しよう」というやり方は当時と同様だ。しかしながら唯一、異なるのは、当時は韓国を協議からはずそうとしていたということだ。休戦協定では、かつて韓国の李承晩(イ・スンマン)大統領が署名を拒否し、米国と中国、北朝鮮の3者だけが署名した。このため北朝鮮は後に、これを逆手にとって「韓国は(休戦協定の)当事者ではない」と主張する。
 しかし、北朝鮮は今回、当初から1991年の南北基本合意書にある南北不可侵条約を「破棄する」とした。北朝鮮はつまり、南北間にも問題があることを認め、協議のプロセスに韓国を入れようとしている。韓国では政権交代があり、朴槿惠(パク・クネ)大統領は李明博(イ・ミョンバク)前大統領とは違い、「南北関係も信頼関係を前提に考えていく」としている。したがって北朝鮮からすれば、「韓国をうまく使えば良い」という感覚を持ったのではないか。
 一方、韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長は、根っからの4者協議論者で、北朝鮮問題の解決に向けては、南北の当事者と米国、中国の4者で協議すべきとしている。そして、日本やロシアが入るのは、その次の段階で良いと考えている。中国もおそらく、最終的には6者協議を行うとしても、その入り口としては4者、あるいは3者や2者の協議があって良いという立場だ。中国の金融制裁については、どの程度の実質的な効果があるのかわからないが、少なくとも韓国はこの動きを肯定的に受け止めている。そして、韓国は日本の飯島勲内閣官房参与が訪朝する直前に、開城工業団地の問題について、北朝鮮ともう一度、話し合うよう提起する。
 飯島参与の訪朝について日本側は、事前に米国や韓国、ましてや中国への通告はしていなかったようだ。したがって、これらの国には不愉快な思いもあったであろうが、少なくとも日本側の今後の行動や日朝関係の進展に期待し、それが核問題の解決につながることを期待するといった反応であった。しかし、韓国だけは、日本が突出した行動をとったことについて、「国際的な連携を乱す行為である」、なおかつ「何の役にも立たない」と批判した。おそらく韓国は、北に対する包囲網を作り、唯一の窓口は韓国だという状況にし、開城工業団地の問題をきっかけに全体の協議へ持っていきたかった。それがうまく行っていると思ったところで突然、飯島参与の訪朝があり、シナリオがうまく行かなくなったと感じたのだろう。もちろん、昨今の日韓関係が非常に悪いこともあり、韓国だけが突出して否定的な反応になったという印象もある。
 飯島参与の訪朝については、拉致事件の真相究明、再発防止、実行犯の引渡しという3つに関して日本側の主張を北朝鮮側に伝えたところだが、拉致問題の解決に向けては、今後もまだ困難な状況が続くとみられる。

日中韓の枠組み再構築を
 飯島参与の訪朝直後には、北朝鮮の崔竜海朝鮮人民軍総政治局長が中国を訪問する。これについては、金正恩第一書記の親書を持っていったといわれる。この中で崔竜海総政治局長は、「6か国協議など多様な形式の対話を通じて問題を解決したい」と述べ、中国の習近平国家主席は、「各国が6か国協議を再開し、朝鮮半島の非核化の実現と北東アジアの永続的な平和と安定に努力することを希望する」としている。しかし、いわゆる核放棄への言及はなかったようで、北朝鮮側はすぐに6か国協議に復帰する訳ではないというのが私の印象だ。
 現在は日韓関係があまり良くなく、これを修復するのは難しい。しかし、日米韓のコアの枠組みを再構築し、中国に働きかけ、適切な役割を果たしてもらうべき時期に来ているという気がする。これは、非常にオーソドックスな方法ではあるが、これをもう一度、再構築しなければならない。日本はそれを前提として、拉致、核、ミサイルの問題を包括的に解決するという方向性が現実的で、有効な政策ではないだろうか。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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