平成25年度 国際情勢講演会 「習近平政権の外交政策と日中関係」 東京大学大学院法学政治学研究科教授 新日中友好21世紀委員会日本側秘書長 高原 明生【2013/07/09】

講演日時:2013年7月9日、於:東海大学校友会館

平成25年度 国際情勢講演会
「習近平政権の外交政策と日中関係」


東京大学大学院法学政治学研究科教授
新日中友好21世紀委員会日本側秘書長
高原 明生

習近平政権による両面のシグナル
 中国では今年3月、習近平政権が本格的に始動した。新政権は、悪い言い方をすれば八方美人で、少し同情的に言えば、国内の様々な勢力の間でバランスを取ろうとしている。例えば、中国では現在、憲政(constitutionalism)を巡り、大きな論争になっている。習近平国家主席は、昨年12月に開かれた憲法公布30周年記念集会で、「いかなる組織、個人も、憲法と法律を超越する特権を持つことはできない」としていたが、その後の全国宣伝部長会議では、「民主と憲政の理念は党の領導、社会主義制度をひっくり返し、政権を転覆するもの」だと決め付け、異なることを言っている。そして、憲政や普遍的価値といった言葉について、あまり使うべきでないという通達も出された。
 経済改革についても、改革を進めようとする側に良い顔をする一方で、具体的な措置はなかなか出てこない。そして外交では、「平和の実現は近代以降の中国人民の最も切実で最も深い願い」、「(中国は)平和的発展の道を歩むことを堅持する」と繰り返し語る一方で、南シナ海や東シナ海における争いを念頭に置き、「中核的国益は犠牲にしない」とも述べている。さらに、「中華民族の偉大な復興の実現が中国の夢である」と述べ、「中国の夢」は政権の一大スローガンとなった。このように、どちらが本当の考えなのかと迷わせるような、相反するシグナルを発している。

中国における様々な論争
 中国では、胡錦濤政権の特に第2期に「中国モデル」をめぐる論争が表面化した。「中国モデル」を主張する人達は、アメリカ・モデルや日本モデルなど様々な発展モデルがある中で、それとは異なる「中国モデル」があり、それが今後の世界各国の発展にとって模範となるとする。経済成長が続く中国では、このように考える人達が増えており、このモデルを世界にアピールしようとしている。中国ではリーマン・ショックの頃から、このような威勢の良い声が高まった。そして南シナ海などに関しても自己主張を強め、攻撃的な言説がメディアに多く出るようになった。このような、かつてない現象が目立っている。2010年1月には、国防大学教授で現役大佐の劉明福氏によって『中国夢』というタイトルの本が出されたが、その内容は「中国の時代が来た」、「中国はこれからも軍事力を強め、世界のチャンピオン国家になる」といったものだった。
 これに対し、中国にはもちろん頭が良く冷静な人達もおり、「中国モデルなど存在しない」、「偉そうなことを言うべきでない」と主張して論争になっている。これらの人達は、中国がマクロ的には目覚しい発展を遂げたものの、一皮剥けば、内実は大変お寒い状況だと指摘している。環境破壊はすさまじく、所得格差や汚職、腐敗、縁故主義が深刻になっている。10年ぐらい前は、「チャイニーズ・ドリーム」が人々の眼前にあり、人々は汗水たらして努力をすれば成功できると考えていた。しかし、今日では縁故主義が非常に強くなり、チャイニーズ・ドリームが萎んで人々の心に空いた穴に、チャイナ・ドリーム、ナショナリズムが吹き込まれているというのが現状ではないか。
 また、経済改革を巡る論争もある。「中国モデルは大成功だ」という立場に立てば、分配制度改革や民営化のような改革は、必要ないということになる。その一方で、投入量拡大による成長には限界があり、労働人口もこれから減っていくため、改革を進めて経済全体の効率性や企業の効率性を上げていかなければならない、と主張する人たちもいる。
 そして、普遍的価値を巡る論争がある。共産党の伝統的立場は、人権を普遍的価値として公式に認めている。しかし、中国では5年ほど前から「普遍的価値などない」という声が強まり、今や中央宣伝部の主流はそのような立場に立っているようだ。彼らは「普遍的価値とは西洋的価値で、それを我々に押し付けようとしている」などと主張し、憲政や公民社会といった概念も否定している。
 外交方針でも、激しい論争がある。「韜光養晦」は鄧小平が語った言葉であり、要するに、「中国は低姿勢を保って協調的な外交を展開すべき」という遺訓だった。しかし、ここ5年間ほど表面化している議論は、「韜光養晦は時代遅れだ」というもので、「中国には国力が付いたのだから、もっと自己主張を強め、増えた海外における権益を守らねばならない」という言説が前面に出ている。これに対し、「韜光養晦は依然として有効」、「攻撃的な言説を続ければ、中国のイメージは悪くなる」といった冷静な声もある。
 もう1つは、尖閣諸島の問題だ。昨年9月、日本の野田内閣が尖閣諸島の5つの島のうち3つを購入する決定をした。これに対し、中国では2つの異なる考え方があった。1つは強硬論で「我々の主権と領土保全に対する挑戦である」という見方だが、他方には穏健派の議論があった。しかし、強硬論が穏健論を圧倒してしまった。
 尖閣問題について私は、日本は譲歩すべきでないと考える。日本が譲歩すれば、中国の将来に大きな影響を及ぼす。現在、中国は数日に一度、尖閣海域に船を送ってきており、かなりの頻度で領海内まで入っている。要するに、日本の実効支配に対して物理的な力で挑戦し、日本に領土問題の存在や、中国の実効支配を認めさせようとしている。もしも日本が折れれば、力を使って現状を変えることを認めることになり、そうなれば中国は南シナ海問題など他の問題に関しても、同様のやり方を強めるだろう。それは周辺国にとっても、中国自身にとっても良くないことだ。
 尖閣の領有権を巡っては、日中の意見の一致はあり得ない。日本にすれば領有権は100%自分のものであり、中国は中国で1971年12月に「主権は自分のものだ」と言ってしまったので、今さら変えられない。日中どちらの政府も立場を変えることはできないので、この問題についてはagree to disagreeするしかない。現在の状態を打開するには、両国の国民感情を考えると、ウィンウィンの状況にしなければならない。今は中国が船を送ってきており、大変危険な状況だ。もしも事故が起きれば、一気に事態がエスカレートし、戦争となる可能性も否定できない。したがって、中国には「力をもって現状を変えるな」と、皆ではっきり言うべきだ。今年は日中平和友好条約35周年だが、条約には「紛争は平和的な手段で解決する」と書かれている。日中関係の発展は両国に大きな利益をもたらすもので、そのためにも、中国側に言うべきことは言わなければならない。しかし、日本は挑発せず、島の状態は1972年以来の状態に保つという譲歩を続けていく。

今後の日中関係:道徳的な立場を築き、建設的な関係を
 今後の日中関係については、長期的な展望で捉えていく必要があり、強靭性を一層強め、脆弱性を解消するための努力が重要ではないか。強靭性の柱は経済交流だが、安全保障面でも協力していることは多い。例えば海賊対策、麻薬対策、環境汚染対策など、いわゆる非伝統的安全保障、あるいは人間の安全保障に影響するような問題について、日中は実質のある協力をしている。これらの協力をさらに進め、文化交流や青少年交流、社会交流も促進していく。他方、危機管理メカニズムや海上行動規範を作っていく必要もある。安全保障対話では、米国も引き込んで戦略対話を進めていく。また国際社会にも働きかけ、多国間の取り組みの一環としていくことも重要だ。そして、日本に国力がなければ中国は相手にしないので、日本の経済力も高めなければならない。教育、科学技術の力も重要だ。
 外交については、外交官だけにまかせてはだめだ。多くの日本人が中国とビジネスをしており、しっかり勉強して、にこやかに対応できる人を増やしていく必要がある。そうした努力をする際、忘れてはならないのは戦争のことだ。日本は日中戦争の加害者で、間違った戦争をした。そのような歴史観をはっきり持ち、中国は賠償を請求しなかったと認識した上で、道徳的な立場をしっかり築く。その上で、中国の良くないところはきちんと指摘し、建設的な関係を作っていくことが重要だろう。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部