平成25年度 国際情勢講演会 「減速する中国経済の課題と見通し」 現代中国研究家 津上工作室代表 津上 俊哉【2013/09/10】

講演日時:2013年9月10日、於:東海大学校友会館

平成25年度 国際情勢講演会
「減速する中国経済の課題と見通し」


現代中国研究家 津上工作室代表
津上 俊哉

4兆元の景気刺激策による後遺症
 中国経済の今後の見通しについて、私は短期、中期、長期の3つに分けてみているが、一言で言えば、いずれの時期をとっても非常に深刻な問題を抱えている。
 まず、2017年頃までの短期的問題は、リーマン・ショック後の景気刺激策の後遺症である。中国はリーマン・ショック後、公共投資を中心とする4兆元の景気刺激策を打ち出し、大変な効果を上げた。2009年には「世界経済を救う中国」と絶賛されたが、ここへ来て後遺症がはっきりしてきた。景気刺激策が4兆元規模で終わっていれば、打つ手はあったのだが、実際にはもっと巨大な投資バブルが起きた。中国はこの数年、10%前後の高成長を実現してきたが、これは人為的な成長率のかさ上げだった。しかも、財源が有利子負債であったことが、今日の問題を招いている。
 中国政府は2008年秋に4兆元の景気刺激策を決めた後、国有銀行に対し、貸し出しバルブ全開の指令を出した。その結果、その後の3年間で金融の貸し出し残高が倍増するという空前の金融拡張が起き、すべての分野で投資の爆発を招いた。2009年から昨年にかけ、1700兆円を超える投資が行われたことになり、これが現在、大変な事態を招きつつある。
 最大の投資先になった製造業では、過剰投資、過剰設備、過剰生産、市況の崩落、厳しい減産、企業の財務体質の悪化という深刻な事態に至っている。その象徴とも言うべき鉄鋼業では、中国だけで全世界の鉄鋼生産能力の半分を占めるに至った結果、業界全体を合算して赤字になった。
 6月以来世間を騒がせたシャドーバンキング問題は、この過剰投資の「結果」である。金融拡張で資金ジャブジャブのはずの中国で、この1年半ほど、短期・高利を本質とするシャドーバンキングが急増したのは奇妙だが、これも過剰投資の後遺症である。
 中国の公式物価上昇率は対前年比5%前後とされているが、実際には金融拡張がもたらしたインフレで10%程度は上がっている。これでは銀行に貯金をしても目減りするばかりなので、お金が銀行預金に行かずに、高利回りで資金を集めるシャドーバンキングに向かっている。一方、借り手側では、大金を投じた投資事業が収益を生んでいない。これが4兆元刺激策の後遺症の核心だ。多くの借り手(特に地方政府系)が、償還期が到来しても元本を償還できずに「高利もやむなし」で、シャドーバンキングからの借り換えで凌いでいる。まるで薬物依存症である。
 つまり、これ以上、投資頼みを続ければ、中国経済は本当におかしくなるというのが現在の姿だと思う。とはいえ、シャドーバンキングの規模は他の国々に比べるとまだ小さく(GDP比で60%前後)、いま手を打てば何とかなる。
 このような中、今年3月に発足した新政権は、直ちに方向転換に取り掛かったように見えた。李克強首相は5月13日に「今年の成長目標を達成するために経済刺激、政府の投資に頼ろうにも、その余地はもう小さい。市場メカニズムに頼らなくてはならない。」と講話で述べ、今後は市場活力を規制緩和で引き出し、それを成長の原動力にするとした。これは「リコノミクス」と呼ばれ、(1) これ以上の経済刺激は行わない、(2) シャドーバンキングの伸びを抑える、(3) 構造改革を行う、が三本柱だと囃された。
 しかし、投資を本当に縮減すれば、ゼロ成長に近づいてしまう。その痛みには耐えられないだろう。また、執行部は昨年秋の党大会でした「国民所得を2020年までに倍増する」公約したこととの齟齬も抵抗勢力に衝かれている。この結果、7月、李克強首相は「成長率の下限は7%」と表明せざるを得なかった。ブレーキを踏むにも時間がかかりそうであるが、実際は公式統計とは裏腹に、投資はかなり減速しているとみられる。中国で不況感が強まっているのは、このためである。
 政権交代後の中国では、これまでの太子党派対共青団派、江沢民派対胡錦濤派という二項対立に代わって、左派と右派の対立が顕著になっている。実は、中国経済政策は、右と左の蛇行を繰り返している。1998年のアジア金融危機で苦しかった頃は、市場開放(WTO加盟)と民営経済振興(国退民進)という右寄り路線を選択せざるを得なかった。これは経済的には正しいので2000年以降の飛躍的な成長をもたらしたが、経済危機が去るや、政策は左寄りに戻り始めた(公有制への回帰)。そこへ4兆元の投資(大量の発注が国有企業を潤した)がやってきて、過去数年で左寄りの極みまで行ってしまった。いま中国は、市場経済路線からの逸脱のツケを払っている。今後の政策も98年の再来で、右旋回するしかないと思う。ただし、それをいつどんな格好でスタートできるか、そこは抵抗勢力との闘いが待っている。

公有制経済主導の弊害、少子高齢化の影響
 次に中期の問題だが、中国の物価や賃金は年率10%以上の勢いで上がっている。余剰労働力を使い果たした後は、賃金が上昇し始め、物価高に波及する――中国もそういう時代を迎えた。こうなると経済発展モデルを換えて、賃金、物価の上昇より速いスピードで生産性や付加価値を向上させないと実質成長が出来なくなるが、いまは成長果実を官が取り過ぎ、民は豊かになっていないし、親方五星紅旗主導では生産性や付加価値の向上はとうてい見込めない。この5年で顕著になった「国家資本主義」の方向を転換しないと、中期でも成長が見込めないが、最大最強の共産党内既得権益の抵抗が障碍になる。
 そして長期の問題として少子高齢化がある(深刻化するのは10年先だが、もはや避ける術がない)。中国の一人っ子政策担当部門は従来、「特殊合計出生率はまだ1.8ある」と強弁してきたが、2010年の国勢調査によって、全国平均1.18という数字が出た。実態がもう少し高めで1.3強はあるとしても、中国の総人口は従来の通説より10年早く、2020年代前半には減少に転じる見込みだ。少子高齢化で怖いのは、経済成長ができなくなることだ。労働人口の減少を生産性向上で補えないとマイナス成長になってしまう。
 なお、中国の不動産に関して「バブル崩壊必至」と見る人がいるが、必ずしもそうではない。中国で「土地は値下がりしない」という根強い信仰の背景にあるのは、地元政府が土地供給を独占している特異な市場構造(供給独占だと値崩れが起きにくい)。また、莫大な借金を抱えた地方政府もあるが、デトロイトのように破産することはない。中国では必ず上級政府が救済に出るためだ。銀行も国有だから不良債権処理は国庫の信用に依存する。そのなかで、いまは中央財政が健全なのが唯一の救いだ。中国の国債残高のGDP比率はまだ20%に達しておらず、先進国と比べて断然余力がある。
 結論として、中国経済は中央財政の出動により短期、中期的には様々な問題を持ちこたえることが可能だが、長期的には中央財政がいつまで持ちこたえられるのか?が究極のクエスチョンマークになるので、中国人がそれをどう判断するのかということにかかってくると思う。

両国政府とも日中関係の悪化は望んでいない
 中国は国際関係を被害者意識から出発して見る国柄である。同時に、歴史や領土という日中間の紛議は、日本から見れば国際問題だが、中国では全く別の純国内的側面を持っている。中国では、侵略国よりも憎むべき存在は、侵略国に手を貸した同胞、売国奴だとされており、中国で売国奴と糾弾されたら一巻の終わりである。この強い不安感が中国人の内面における行動規範になっているのである。昨年9月の尖閣騒動では、事件当座は中国人としての怒りの心理もあったが、それ以上に「日本の肩を持てば、売国奴と糾弾される」という不安心理が働いた。その「空気読み」は未だに続いている。
 リーマン・ショック後、中国は世界経済の救世主と言われる一方、欧米は前途暗澹になった。この劇的な明暗の対照は、中国人を心理バブルに陥れ、経済面では「米国を国内総生産(GDP)で抜くのは時間の問題」と信じ、国際関係では、過去の悔しい記憶の反動で「主権、領土問題ではもう一歩も譲歩しない」という非常に国粋的な主張が台頭してきた。私はこれらを心理的なバブルだと思っており、早く修正しなければ、中国人が損をするだけだと考えている。
 中国は一党独裁の国といわれるが、内実は学級崩壊に似た(生徒が先生(トップ)の話を聞いていない)状況だ。昔は人民解放軍の勢力が突出していたが、最近は宣伝部、政法委員会なども大きな予算と力を持つ独立王国のようになった。省庁でも人材が高度化して外野の容喙を許さない自律化が進んでいる。さらに300ぐらいある市は過度に分権化され、中央の言うことを聞かない。現在の中国は大き過ぎてマイクロ・マネージメントがうまくいかない。尖閣の現場でも、中央はそのせいで苦労している。
 日中関係について言えば、実質的な関係改善は当分期待薄だ(世論の反発を招くリスクは取れない)。ただ、2国間関係が悪くなれば双方の政権とも得をしないという点では、利害が一致している。「民衆の不満をそらすため、中国政府が日中関係をおもちゃにポピュリズムをやるのではないか」と不安に思う人もいるが、両国関係が悪化すれば、中国ではナショナリズムと連動して左派の力が強まり、経済政策の右旋回もできなくなる。いま経済が深刻な状態の中、執行部はそんなリスクを冒さないだろう。日中トップの利害は、そういう意味では意外と一致しているのだが、現場での「偶発事態」を避ける努力だけはしてもらいたい。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:貿易研修センター)


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担当:総務・企画調査広報部